ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
1-Dの教室内は、阿鼻叫喚の地獄絵図にも等しい有様だった。
それを無視して、オレは自分の席へと向かう。
「おはよう」
最低限の礼儀として隣席の堀北に声をかけ、俺は自席に腰掛けた。
「おはよう。……確認だけど、貴方はポイントが振り込まれていたかしら?」
何とも珍しいことに、堀北は挨拶だけじゃなく一言付け加えてきた。まあ、事情を鑑みれば理解はできるが。
だから、オレは素知らぬ顔で返すことにした。
「ああ、振り込まれていたぞ。――ゼロポイントが」
堀北は前半部分で表情を変え、後半部分で溜息を吐いた。
「貴方ねえ……! 結局は振り込まれていないってことじゃない! こんな時に言葉遊びなんかしないでくれる!?」
見る間に表情を変えた堀北は、表情通りに語気を荒げる。
「オレの言葉を《言葉遊び》と捉えている時点で、お前はその程度ということだ。まずはそのことを自覚するんだな」
オレは堀北の怒りを気にも留めず、淡々と受け流す。お前は俺より格下だと、言外にそう告げた。
自然、堀北の怒りは更に強まったが、それでもオレの言葉に思うところがあったのか、自分の端末を取り出して操作する。
そう、ポイントの関連項目には増減履歴がある。それを確認すれば、オレの言葉が単なる言葉遊びじゃないことはすぐに分かるのだ。
真っ先に目に入るポイントに変化がない。その事実に過剰に気を取られた余り、冷静に考えればすぐに気付くだろう履歴の確認にまで気が回らなかったのだと思われる。
「嘘……!? 本当に支給ポイントがゼロ……!?」
オレのセリフは、言葉遊びでも何でもない。履歴に『支給:0』と計上されている以上、ポイントは
「普段通りのお前であれば、真っ先に確認していてもおかしくはないだろう。しかし、現実にはそれが出来ていなかった。その時点で、支給ポイントゼロという事実に、それだけお前が動揺していたことがハッキリと分かる。
お前が自分に自信を持つのはお前の勝手だが、世の中はお前のルールだけで成り立っているわけではない。この学校は殊更にそれが顕著だ。この学校で優先されるのは、何よりもこの学校のルール。それを、まずは認めることだな。
お前が最初から周りにもっと目を向けていたのなら、その程度のことには容易に気付けていただろうし、認めることも出来た筈だ。実際、それだけのポテンシャルがあるとはオレも思っている。
だが現実として、お前はお前の定めたルールに基づき、必要以上には周りに目を向けず、必然として気付ける機会を次々と逃し続けた。そしてそれは、是正のために行動する機会をも逃し続けることに繋がった。
最初はともかく、オレは途中から、オレのためにも多少はクラスのために動いた。Bクラスから聞いたことを平田を通してクラスにも伝えてもらったし、お前にも危機感を持つようにそれとなく促していた。そしてお前は確かに危機感を持ってはいたが、終始それが
Bクラスから訴えられた一件。アレもまたそのことに気付けるチャンスではあったが、結果として、お前は
それが事実で、現実で、真実だ。……堀北、お前はお前が思っているほどには優秀じゃないよ」
オレは一筋の慈悲を伴って所感を告げた。堀北にはだいぶ厳しい内容だろうが、そこまでは知ったことじゃない。堀北の頑固さはかなりのものだ。このクラスと同様、ちょっとやそっとじゃ是正なんて出来る筈もない。そしてオレには是正する気もない。
だが、自分で是正する気はないにしても、是正されるのを望んでいないわけでもない。だから、オレが行うのはちょっとした衝撃を与えるだけだ。
堀北が打ち勝ててても打ち負けても、オレにとってはどちらでも構わない。打ち負けたら見切りを付けるだけだし、打ち勝てたらもう少し目を向けるだけだ。
堀北がオレを睨みつけてくるが、まあ現状では当然の反応だな。だが十中八九、ホームルームでは茶柱からネタ晴らしが入るだろう。この一ヶ月で付いた、他クラスとの格差を知るだろう。それを知った時、尚も俺を睨んでいられるか……見ものだな。
その状況で尚もオレを睨みつけるようだったら、そんなのはただの思考停止だ。所詮は八つ当たりに過ぎず、オレが堀北を気にかける理由もなくなる。それはそれで清々するのも事実だが、それを望んでいないオレがいるのも事実なのだ。ともすれば、この矛盾こそが感情の表れなのかもしれない。
程なくしてチャイムが鳴り、担任である茶柱が入室してきた。いつもと違い、手には大きな筒を持っている。その表情はいつも以上に険しい。
「これより朝のホームルームを始める。……説明することが多岐に亘るからちゃっちゃと進めていくが、お前たちにはポイントが振り込まれていないわけではない。振り込まれた結果、ポイントが変動していないだけだ。まずはそのことを理解しろ」
『…………はあああぁぁぁっ!?』
暫しの間が経った後、茶柱の言葉の意味を理解した生徒たちが一斉に驚きの声を上げた。
「入学日にお前たちにした説明。あの中で、確かに私は毎月一日にポイントが支給される旨を伝えた。だが、『十万ポイントが振り込まれる』などとは一言も言った覚えがない。私が言ったのは、『この学校は
今月も十万ポイントが振り込まれる、などというのは、お前たちが勝手に自分たちに都合のいいように考えた結果でしかない。お前たちの勝手な判断である以上、学校側がそれを気にかける理由などない。学校側は、あくまでも学校側の定めたルールに基づいてお前たちを評価し、個人の実績をクラスの実績と結び付け、その上でポイントとして支給している。
授業への遅刻・居眠り・無断欠席は言うに及ばず、授業中の私語に携帯操作、廊下の走行もあったな。……いやはや、ひと月で随分とやらかしたものだ。義務教育期間中に『やってはいけません』とさんざっぱら教えられたことは、お前たちの中で何一つ血肉となっていなかったらしい。お前たちは
結果、学校側は今月のお前たちへの支給ポイントをゼロと定めた。……言ってみればそれだけのことだ」
順番に、一つずつ、茶柱は語る。生徒たちの逃げ道を塞ぐが如く。
勘違いされがちではあるが、実績とは良い結果だけを指すわけではない。『実際にやり遂げた成果・業績』を表すのが実績だ。である以上、マイナス面だとて『実績』と言える。
「Bクラスから訴えられた一件。アレはある意味でお前たちに対するチャンスでもあった。何故なら、Bクラスは授業中に必要以上に騒いでいる奴らを訴えこそしたものの、それをクラス評価と結び付けることを望まなかったからだ。直接にBクラスに聞いたわけではないが、対象の指定具合から、少なくとも学校側はそう判断した。
アレを機に行動を改善していれば、少なくとも今月の支給ポイントがゼロになることはなかっただろう。だが、お前たちはこれまた自分たちの都合のいいように解釈した。『五月蝿くして訴えられたのなら、五月蝿くしなければいいだろう』……言葉にするとこんなところか? 或いは、ポイントを没収されたことに対する腹いせの意味もあったかもしれないな?
結果、確かに不必要に騒ぎ立てることはなくなったが、逆に言うとそれだけでしかなかった。変わらず、遅刻・居眠り・無断欠席、携帯操作に廊下の走行といった、騒がしさに直結しない行為はやり続けた。
そして、やはり周りの生徒もそれを止めることはなかった。呆れか、恐怖か、理由はどうあれ止めに動くことはなかった。
訴えられて一部の生徒がポイントを没収され、その煽りを受けてクラスメイトの一人が他クラスへの移籍を余儀なくされ、それでも尚訴えられる前と何ら変わることはない。精々、授業中の私語が収まったくらいだ。自発的に止まることはなく、止めることもしなかった。
お前たちは、Bクラスから齎された
その内容はBクラスから訴えられた一件にまで波及する。
ある意味では実に御立派だよ。――茶柱は自分が受け持つ生徒たちを嘲笑し、拍手までやってのけた。
生徒たちから返る言葉はない。不満がなくはないだろうが、行動に関しては紛れもなく事実だからだ。
「さて、続きだ」
茶柱は筒から紙を取り出し、それを広げつつ黒板に磁石で貼り付けていく。
その紙には各クラスの名前が縦に並び、クラス名の横には丸括弧内にクラスの担任の名前が書かれ、更にその横に四つの四角い枠が載っていた。そして枠の中には数字。
Aクラス(真嶋智也)0⃣9⃣4⃣0⃣。
Bクラス(星之宮知恵)0⃣9⃣7⃣5⃣。
Cクラス(坂上数馬)0⃣5⃣5⃣0⃣。
Dクラス(茶柱佐枝)0⃣0⃣0⃣0⃣。
まず間違いなく、現状における各クラスの評価だろう。今月、Bクラスの支給ポイントは97,500でDクラスは0だ。枠内の数字に百を掛けた数値がポイントとして支給されるのだとすれば、BクラスとDクラスの支給ポイントと合致する。
生憎、AクラスとCクラスに関しては不明だが、これを見る限りではそれぞれ94,000ポイントと55,000ポイントということか。
「これが先月の実績から学校側が各クラスに対して付けた評価だ。概ね、学校の定める評価基準で
例えば、Aクラスには坂柳有栖という女生徒がいるが、彼女は先天性の心疾患により医療機関から正式に運動を禁じられている。歩行に関しても、基本的には杖を用いている。そういった事情から彼女の運動能力は学校でも最低値に等しい。しかし本人にはどうしようもない事情であることと、医療機関からの正式な証明があるため、運動面の成績に関しては平均値へと底上げがされている。彼女に関しては、その結果としてAクラスに配属された部分がなくはない。無論、他の部分で相応に優秀な評価を受けているからでもあるがな」
なるほど、と頷く。
視力の悪い生徒が眼鏡などの補正器具の利用を許可されているように、足を骨折したりした場合は治るまでの間松葉杖や車椅子の利用を余儀なくされるように、事情によっては学校側もある程度までは許容するのだろう。
そして、事情によって
あらゆる部分を複合的に評価した結果、初期のクラス分けがなされたわけだ。
「だがまあ、学校側の評価も絶対というわけではない。見て分かる通り、AクラスとBクラスで数値の逆転現象が起こっている。結果、今月からはBクラスがAクラスとなるわけだ」
そう言った茶柱は、AクラスとBクラスに相互に矢印を引いた。
「そして、この学校の謳い文句でもある卒業特典――
ま、当然だな。推薦した生徒が何らかの問題を起こした場合、その責任は該当生徒を推薦した当校にも波及する。である以上、当校としても誰彼構わず推薦するわけにはいかない。
クラス評価はその指針でもある。最優秀と評価されたクラスの生徒であれば、ヘタに問題を起こすこともないだろう……そういう判断だな」
それもまた正論だった。
事実、うちのクラスは同学年であるBクラスから、入学を果たしたその月に訴えられている有様だ。そのBクラスは学校側の定めた初期評価を覆し、見事にクラス逆転を果たしている。そして、訴えられたDクラスの評価はゼロだ。
それが純然たる事実であるからこそ、誰も反論することができない。
「まあ、だからこそクラス評価を向上させる機会は三年間を通して相応に用意されている。現状が不満だというのなら、その機会を有効的に活用して評価を上げ、現在の評価を覆して見せるのだな。それが出来ないのであれば、『負け犬の遠吠え』でしかない」
茶柱は生徒の負けん気を刺激するような言葉を発した。
「まあ、とてもじゃないが、現状ではそれも難しいだろうがな」
だがその直後、一転してそれを削ぐようなことを言う。
しかしそれも、続いて貼り出された用紙の内容が分かれば、頷かざるを得ないだろう。1-Dの生徒全員の名前がズラリと並び、名前の横にはまたもや数字が並んでいるそれは、先日やった小テストの結果であるらしい。
90点以上は片手で足りるほど。85点もオレを含めて極一部。大半は60点前後の点数しか取れていない。最低点は須藤の14点、次点が池の24点だ。そこからも、問題内容を鑑みれば信じられないほどの低得点が並んでいる。
オレの所感ではあるが、この小テストはラストの三問を除いて入試問題より二段階はランクが低かった筈だ。それでこの結果というのは、流石のオレもビックリだ。内心で見切りこそ付けてはいたが、オレの想像を上回るほどの低迷ぶりである。
逆説的に、茶柱の言葉にも説得力が生まれることになる。それを証明するかの如く、茶柱は更に言葉を続けた。
「良かったな。これが本番だったら、十人は入学早々退学になっていたところだ」
「退学って……どういうことですか?」
平田が茶柱に問いかける。
「高校からは義務教育ではないんだぞ? 当然、常日頃からお前たちは退学の危機と無縁ではいられない。まして、当校は国内でも有数の名門校にして進学校だ。退学の基準がそれだけ厳しくなるのは道理だろうが。
この程度のこと、言わなくても理解しておけよ。――まあ、それが出来ない奴が揃っているからこそのクラス成績と言ってしまえば、それまでではあるがな。
当校においては、中間テストや期末テストで一科目でも赤点を取った場合、退学になることが決まっている。基本、足切りラインは毎回異なるが、今回の小テストでは十人が下回ったことになる。
正直、今回の小テストは意図的に極端な難易度構成が取られている。ラストの三問は予習せずには解けない内容だし、それ以外は入試よりも簡単な問題となっている。それでこの結果というのはな……。本当に、愚かとしか言いようがないよ、お前たちは……」
茶柱は呆れを隠さずに言ってのける。だが、その内容は正論も正論だ。
ラストの三問こそ解けてはいないのだろうが、自身も上位の点数を取っているからこそ、平田は反論が出来ない。上位の点数を取っているということは、それだけの基礎学力を修めているということだからだ。
「私としては、これでお前たちの浮かれ気分が払拭されることを祈るよ。中間テストまではあと三週間。現状の過酷さが理解できたのなら、死に物狂いで頑張ることだ。お前たちが実力者と言えるのであれば、見事に赤点は回避できる筈だ」
言い捨て、茶柱は教室を去っていく。
その後の休み時間、平田からクラス勉強会の教師役を頼まれたが、オレは堂々と断った。
「先月の途中から、オレは三年の先輩と一緒に勉強している。まあ、運が良かったんだろうな。向こうも『復習になる』とのことで拒否してはいないが、この点数はその結果でもある。
そしてそういう事情だから、オレの一存で勝手に生徒を増やすことは出来ない。
また、茶柱先生の言を信じるのなら、この点数は中間テストの参考にはならない。入試よりも簡単な問題が解けたところで、中間の問題が解けるとは限らないだろ?
余裕がないんだよ、オレには。自分の問題だけで手一杯なのに、クラスメイトとはいえ他人を気にかけていられる筈もない。小テストの問題構成と点数、普段の授業態度を鑑みれば尚更だ。
平田。お前の精神性は美徳だと思うし、その行動には尊敬の念を抱きもする。――だが、それはそれだ。すまないがオレは付き合えない」
敢えて言葉を省いた部分はあるし、誤解されるような言い回しを取ったのも事実ではあるが、結果的に平田は理解を示してくれたのだった。
本作の綾小路はこの時点でDクラスに見切りを付けているため、原作よりも態度がやや辛辣になっています。
その一方で星之宮クラスとの交流もあり、一般的なマナーやモラル何かの遵守精神は原作よりも高くなっています。
ぶっちゃけた話、『初めての学校生活』の大切な最初の一ヶ月間を、殊更にマナーやモラルのなってないDクラスで過ごしたことも、原作での行動に繋がっていると思います。
結論として最大の戦犯は理事長ですね。真に綾小路に学校生活を送らせたいと願うのであれば、DクラスではなくBクラスに初期配属させるべきだったと思います。
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