ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第2話

 入学初日にも拘わらず、教室内は和気藹々とした生徒で溢れていた。

 

「アズの席はあそこで、桔梗の席はあそこだね。ちなみに私の席はあそこ」

 

 サッと教室内を見渡したフォルテが、各所を指差す。その言葉に従って指の先を見やれば、確かにそれぞれの席があった。

 

「すご……。一瞬で探し当てたわけ?」

「ま、これでもN.I.N.J.Aですから。この程度はお茶の子さいさいってなもんよ」

 

 感心するように桔梗が問えば、フォルテは鼻高々に答えた。そこに自負は見えるが、自慢は見えない。

 どういう意図があってのことか、フォルテはN.I.N.J.Aであることを隠そうとはしなかった。

 それを不思議に思いつつも、その一方で理解も出来た。ヘタに隠そうとするから、隠すから、探られるし、暴かれる。ならば、最初からある程度の見切りを付けて、敢えて痛くない部分を晒すのは、道理と言えば道理である。――まあ、だからといって、それをすんなりと実行できるかと言えば、話はまた別なのだが……。

 

「私、教卓の真ん前だ……」

 

 些か気分を下げてアズが言う。

 その言葉に改めて席の周りを確認すれば、確かにアズの席の真ん前には教卓があった。

 

「ま、身長の低さを考慮されたってことじゃない? 視力の低い子や注意が必要な子を前に置くのと同じで、特に珍しいことじゃないわ」

「理解はできるけど、率直に言ってありがた迷惑」

 

 いつまでも入り口の前に陣取っていても仕方がないので、各自の席へと向かう。

 着席したまま動かないアズと比べて、桔梗とフォルテは積極的に動いていた。

 

(桔梗、高校でも猫かぶりを止めないんだ……)

 

 それで愚痴に付き合わされることには思うところがあれ、その行為に意味がないわけではない。

 積極的に顔を売り、交流の輪を広げる。それは人脈の構築に他ならない。それによって足を引っ張られることもあれば、それによって助かることがあるのも事実なのだ。

 特にこの学校は一筋縄ではいきそうにない。人脈が広がれば広がるほど、得られる情報も増えるだろう。そうして得られた情報は玉石混交だろうが、だからこそ騙される可能性が減る――可能性がある――のも事実。

 とてもじゃないが、この方法はアズには取れない。必要とあれば他人に話しかけることに否はないが、必要がないなら話しかけたいとは思わない。思えない。

 根がこれなのだ。受け答えは問題ないとしても、これで交流の輪を広げるのは些か以上に無理がある。

 つまり、桔梗の愚痴聞きは必要経費と受け止めるしかない。

 

「えっと、お隣ですね。私、白波千尋っていいます。よろしくおねがいしますね」

 

 アズがつらつらと考え事をしていたら、お隣さんから声をかけられた。やや怖気付いた様子なのは、アズが見るからに『外国人』だからだろうか。

 確かに昨今の社会情勢はグローバル化が進んでいるが、必ずしも外国人と接点を持てるわけではない。通りすがり程度なら然程に珍しくはなく、必要以上に気にすることもないだろうが、少なくとも一年間を同じ教室のお隣さんとして過ごすとなれば、関わり合いを持たずにはいられないのが道理である。

 

(勇気、あるんだな……)

 

 だから、内心でアズはこの少女を尊敬した。少なくとも、今の自分には取れない行動だ。

 

「アズ・セインクラウス。アズでいいよ、よろしく」

 

 ともあれ、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀である。

 

「でも、隣が女子なんだね。驚いたよ。普通に、隣は男子だって思い込んでた」

「うん、それは私もそう。だから、隣が女子だったんで驚いちゃって」

 

 そこで、二人揃ってグルリと教室内を見回した。

 席を立っている生徒もいるため確証はないが、必ずしも女子同士、男子同士というわけでもなさそうだ。

 

「困ったな。余計に法則性が分からない……」

「五十音順でもなさそうですよね。『し』と『せ』だから可能性はありそうですけど、だからといって一番前というのは……」

 

 そう、五十音順であれば、二人が隣席であることには説明が付く。――その一方で、一番前なことには説明が付かなくなる。

 実際、本来ならそこまで気にすることでもないのだろうが、中途半端に情報を得ているからこそ気になって仕方がない。だが、気にしたところで現状ではどうしようもないのも事実である。

 

「ま、いっか。いくら考えたって現段階では情報が足りなすぎる。桔梗が言ってたように、一種の補正措置と考えといた方が気が楽でいいや」

「補正措置、ですか? ……ああ、視力が低かったり、背が低かったりする生徒への対応ですね」

 

 小首を傾げた千尋だったが、程なくして結論を出したようだった。納得したように頷いている。――と言うより、それ以外にらしい答えを導き出せそうにないのが現状であり、必然としてそれで納得するしかないのだろう。

 

「ところで、桔梗さん、という方はクラスメイトですか?」

「うん。櫛田桔梗っていってね。中学のクラスメイトなんだ。人脈を広げるのに躍起になってる子でもあるから、そのうちに声をかけられると思うよ?」

「紹介はしてくれないんですか?」

「その必要があるならするけど、ないならいらないんじゃない?」

「なるほど……。もしかしてアズって省エネ主義ですか?」

「そんなつもりはないよ。むしろ、姉ともいえる人の影響で、『出来ることは精一杯やろう!』って感じだし……」

「なのに紹介はしてくれないんですか?」

「うん。確かに私の『出来ること』ではあるけど、それは私の『やるべきこと』でなければ、『私にしか出来ないこと』でもないからね。出来るからって何でもかんでも手を突っ込んでたら、必要以上に疲れちゃうし、肝心な時に動けなくなっちゃうよ。

 そしてそれは、この学校の求める人材ではないと思う。謳い文句が『将来の日本を背負って立つ若者世代を育成すること』でしょ?

 役割分担って言葉があるけど、人材を適切に配置して、配置した以上はその部分は任せて必要以上に関与しない。けど無関心ってわけじゃなく、必要に応じて関与はする。

 この学校が求めているのはそういう行動が出来る人であり、そういう行動に理解を示せる人なんだと思う。もちろん、いざともなれば任された部分以外にも最低限の対処は出来るように、浅くとも幅広い能力があるに越したことはないだろうけどね」

 

 そうしてアズが語り終えたとき、気付けば教室内の喧騒は静まり返っていた。ばかりか、教卓の前には笑顔を浮かべた女性教師の姿があるではないか。

 

「す、すみません!」

 

 流石に、教師の入室にも気付かないのは問題ありだろう。慌ててアズは謝罪した。

 それほど、意見を述べるのに熱が入っていたのだろうか? 自問するアズだが、答えは出ない。

 

「はい、謝罪は受け取りました。だから、必要以上に気にしなくていいよ。確かに問題ありと言えば問題ありの行動ではあったけど、興味深い意見であったのも事実だからね。

 後ほどもっと詳しく説明するけど、この学校は現状における皆さんの実力と将来性を評価します。その点において、私はアズさんの意見を高く評価しました。ですので、必要以上に気に病まれて、その実力が発揮されなくなるのは私の望むところではありません。……責めない理屈を付けるならそんなところですね」

 

 アズ自身に、そして周りの生徒に対して、その教師は言い聞かせるように説明した。

 

「改めまして、皆さん初めまして。私は皆さんの担任を務めます星之宮知恵です。普段は保健室に務めていますので、用事の際に職員室にいなければそちらに来てください。

 原則、この学校に年度ごとのクラス替えはありません。ですので、退学者が出ない限りは三年間付き合っていくことになります。……まあ、中学と違って義務教育ではありませんのでね。退学の可能性は普通にあります。その点は忘れないようにして学校生活を送ってください」

 

 笑顔で宣言した星之宮先生だが、改めて担任から退学について言及されれば浮かれ気分も払拭されたようで、生徒たちは神妙な表情を浮かべていた。

 

「本来であれば、この場で退学について言及することはないんですけどね。興味深い意見を述べたアズさんへのご褒美とでも思ってください。そしてクラスメイトの皆さんは、そのお零れに与ったということです。他のクラスには内緒ですよ」

 

 星之宮先生は笑顔のままで付け加え、最後には人差し指を口元まで運んだ。どうやら、おちゃめな部分も持っているようだ。『親しみやすい教師』。現状ではそのように評するのが適切だろう。 

 

「とまあ、真面目ぶった口調はここまでにしておいて……。

 今から一時間後に体育館で入学式が行われるんだけど、その前にこの学校のルールについて説明するね。これから資料を配るから、前の人は後ろに回してね」

 

 そうしてルールの載った冊子が配られ、次いで一人ずつ名前が呼ばれ、この学校で生活するに当たって必須となる学生証端末――端的に言えば『携帯』――が配られた。どうやら、学生証はよくある手帳型ではなく、スマホのアプリとして収められているようだ。

 

「それじゃあ、『学生証』アプリを開いてもらっていいかな」

 

 指示に従ってアプリを開くと、顔写真、名前、性別、生年月日、学籍番号といった個人情報が表示された。

 

「表示された個人情報に間違いがなければ、次に『保有ポイント』タブをタッチして。……あ、もし個人情報に間違いがあれば教えてね。こっちも気を付けてはいるけど、やっぱり人の手による作業だからさ。どうしてもミスと無縁ではいられないのよね~」

 

 口調は軽いが、言っていることは尤もである。気を付けて完全にミスがなくなるのであれば苦労はない。一クラス四十人が四クラスで計百六十人だ。それだけの人数のデータを入力しなければならないのだから、分業体制を取ったところでミスは生じ得るだろう。

 取り敢えず、自分の情報に間違いはなかったので、アズは指示に従ってタブをタッチした。

 

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、十万……?」

「きちんと十万ポイントは振り込まれてるかな? このポイントが皆の学校生活における通貨代わりだから、現時点で不足しているようだったらちゃんと言ってね? あとから言われても修正は利かないよ? あくまでも今のうちだけ。……あ、あと現金は使えないので悪しからず」

『大丈夫でーす』

『分かりましたー』

 

 口々に生徒が返事をした。

 

「額の多さに驚いたかな? さっきも言ったけど、この学校は現時点における皆の実力と将来性を評価するの。十万という額は、難関であるこの学校に入学を果たしたご褒美と言っても過言ではないかな。

 そうそう、ポイントは毎月一日に振り込まれるから、その点は心配しないでね?

 まあ、『ポイント決済』とか『電子マネー』とかは既に一般化してるから、そこを改めて説明する必要はないよね?

 一ポイントが一円としての価値を持つから、普通に現金感覚で使えると思うよ? 基本的に、敷地内においてポイントで買えないモノはないからね。

 あと、メニュー欄には送金機能とかもあるから、余裕があるならポイントを使いすぎちゃった子に譲渡することも出来るよ。まあ、すき好んで譲渡する子もそうはいないと思うけど……」

 

 まあ、それはそうだろう。バイトなりで個人的に稼げるのであればまだしも、そうでないなら譲渡する余裕などあるまい。

 

「ここまでで何か質問はあるかな~?」

 

 僅かに迷ったが、アズはこの機に質問することにした。手を挙げる。

 

「はい、アズさん。――って、私、さっきから名前で呼んじゃってるけど、もしかして名字で呼んだ方が良かったかな?」

「いえ、アズで大丈夫です。名字だと長ったらしくて呼びづらいと思いますので。――それで、質問は複数ありますが大丈夫ですか?」

「まだ時間はあるし、構わないよ~」

「じゃあ一つ目の質問ですけど、持ち込んだ現金をポイントに交換することは出来ますか?」

 

 入学案内では学費や生活費が無料なことは載っていたが、現金が使えないことは載っていなかった。だからこそ、アズも幾らかの現金は持ち込んでいる。それはアズ以外の生徒もそうだろう。

 高校の新一年生であるからしてそこまでの大金を持ち込んだ生徒はいないだろうが、だからこそ、基本的に三年間も使えないのであれば『交換』という選択肢も生まれ出る。――だが、それも可能ならの話だ。

 

「ゴメンね~。現金のポイント化、ポイントの現金化は対応してないの。持ち込んだ現金は大事に取っておいて、卒業後に使ってね。

 何なら、郵便局はあるから振り込んじゃうのも一つの手だよ。原則、外部連絡は禁止だけど、逆説、外部でなければ手紙を送ることも出来るからね。誕生日を迎える子に、バースデーカードを敢えて手紙で送ったりとかさ」

 

 その説明を聞いた生徒たちは、納得したように頷いた。携帯、メール、SNSが一般化した現在、今どきの若者が手紙を出すことなどそうはない。それ故に、そういった利用方法は盲点だったのだろう。

 

「次の質問ですが、敷地内でアルバイトは出来ますか?」

「これまたゴメンね~。アルバイトと呼べるものは、公に認められてないの」

「そうですか……。では、ポイントで株をやったりは?」

「へ? 株って、株式投資? 流石に対応してないなぁ~。ポイントが対応しているのは敷地内だけだから」

「現金交換はダメ。アルバイトもダメ。株もダメ。――じゃあ、私はどうやってポイントを稼げばいいんですか!?

 生きていくにはお金がかかる! だから、生きるためにお金を稼ぐ! お金は生命の証! だから、私はお金を稼いで生きていく! ――だってのに、肝心の稼ぐ手段がないなんて!」

 

 この瞬間、アズは紛うことなく最大級のショックを受けていた。

 

「え、え~と、さっきも言ったけど、毎月一日にポイントが振り込まれるんだけど……」

「どうせ減算式なんでしょう? それも、年度ごとのクラス替えがないことからして、連帯責任のクラス評価制。所々に沢山の監視カメラもありますし、成績だけでなく生活態度も査定に含まれるんじゃないですか? さっき退学に関しても言及してましたし、退学を余儀なくさせる試験もあったりするんじゃないですか? 人を使うなら、時として強制リストラも必要でしょうし。まあ、実際にはそんな状況にしないことが一番ではありますけど、ここは学校ですし、そんな状況を想定した試験は十分にあり得ます。

 私なりに出来ることは精一杯やるつもりですけど、直近の利益が見込めないならモチベーションはそこまで上がりませんよ……」

 

 恐る恐る声をかける星之宮先生に対し、アズはバッサリと切って捨てた。伊達に『A~Z(すべて)の才能を有する』と評価されたわけではない。未だ確証も確信もないが、その可能性を想起させる程度にはアズの頭脳は明晰だった。

 

「え、え~と……。みんな、入学式には遅刻しないようにね!」

 

 そう言って、星之宮先生は教室を後にした。

 その姿は、生徒たちにしてみればアズの言葉を肯定したようにしか思えない。

 新生活に浮ついていた空気は、一瞬にして氷点下にまで落ち込んだのであった。




調べたところ、有栖の身長は150cm。
一方のアズは、原作では明確な数値こそ設定されてませんが、考察だと140cm台の半ばが有力視。
これに則ると、アズは有栖以上に小柄です。
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