ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第24話:櫛田桔梗はプロデュースする。

 軽くシャワーと着替えを済ませた私は、その足で神崎の部屋へと向かう。

 なお、服装に一切の色気はない。ともすれば()()()とすら思われかねないコーディネート。だが、それでいい。それがいい。

 これにより、よしんば神崎の部屋への行き来を誰かに目撃されたところで、()()()()()()を避けられる可能性は高い。――目撃したのが男であれ、女であれ。

 人間というのは現金なモノで、たとえ勘繰りするに相応しい要素を目撃したところで、それに相応しくない要素が混在していた場合、自分に都合のいいように勝手に納得する――してくれる生き物なのだ。

 櫛田桔梗()という美少女が、神崎隆二というイケメンの部屋に赴く。普通に考えると、勘繰りされない方がおかしいというものだ。何せ、思春期と発情期が混在している高校生なのだから。

 しかし、そこにダサい服装が一つ加わることで、『勉強のため』というお題目に、より筋が通ることになる。言葉に出さずして『勉強に色気は不要』という論法が勝手に加わり、その説得力を押し上げてくれるからだ。

 その上で尚も勘繰るようであれば、まさしくゲスの勘繰りに他ならず、堂々と侮辱罪で訴えるだけだ。カメラのない密室の中となっては、元より立証など出来る筈がない。反面、監視カメラがそこらにある以上、侮辱罪で訴えるだけなら立証は容易なのだから。

 第一印象は品行方正に親しみよく。親しくなるにつれて徐々に雑さを表す。そんな私のスタイルは、()()()()()()()()()()と言い換えることも出来る。それは礼儀作法にも通じてくるし、素が雑であれば雑であるほどに、第三者に()()()()を窺わせる要素となる。

 広く雑さが拡大されるのは痛いが、泣き寝入りよりは余程にマシだ。私としては()()()()()()()相手とだけ付き合えればそれで良く、その中において礼儀は大きな範疇を占める。本性がどうあれ、一般的な礼儀も取れない奴など付き合う必要はない。――それを打ち消すほどの要素がない限りは。

 礼儀を取っているということは、現行の社会規範を尊重していることにもなるからだ。であれば、相手の動きも――選択肢が限られる、という意味で――それだけ読みやすくなる。その分、裏をかかれた際の被害は大きくなるが。

 一方、社会規範を尊重していないのであれば、それこそ何をするか分からない。裏をかくも何もなく、根本から行動が読み取れないのだ。

 まあ、結局のところは比重の問題でしかないわけだが。理論派の中にだって感覚的な部分はあるし、感覚派の中にだって理論的な部分はある。単に、私が付き合うのであれば、礼儀のなっている奴の方が付き合いやすいというだけの話。

 誰と顔を会わせることもないまま神崎の部屋に着いたので、呼び鈴を鳴らす。

 ふとした疑問。私たちは『呼び鈴』だの『チャイム』だのと呼んでいるが、今ではどちらの方が正しいのだろうか? 

 起源はともかく、呼び鈴と言うには鈴じゃないので、現行の形にはそぐわない。

 その一方、チャイムと言えば、学校のそれと混同されかねない。学生寮と学校はそれほど距離が離れているわけではないので、タイミングさえ合えば、自室にいても学校のチャイムが聞こえてくるので尚更だ。

 

「そこら辺、神崎くんはどう思う?」

 

 部屋を開けた神崎に対し、私は率直に訊いてみた。

 

「『そこら辺』が何を指すかも分からない以上、『知らん』としか答えようがないな」

 

 しかし、神崎も手慣れたもので、アッサリと受け流す。

 

「いやね? 呼び鈴とチャイムの違い。現状、どっちで呼ぶのが正しいのかな~って。さっき鳴らした瞬間、ふと思っちゃったのよ」

「ふむ……。改めて問われると難しい問題だな。インターホン――と言いたいところではあるが、ここのは誰が訊ねてきたのか姿を確認することは出来るが、その一方で通話は出来ない。然るに、インターホンと呼ぶのもそぐわない。

 だがまあ、意味が通じればそれでいいんじゃないか?」

「やっぱそういう結論になっちゃうか……」

「せざるを得ない、と言うべきだろうがな。時代の流れの中で新しい形と呼び方が登場し定着する一方で、古い形のものもヒッソリと残り呼ばれ続けた。文字通りの『呼び鈴』なんかは今では完全に廃れてしまっているかもしれないが、その呼び名は残り続けている。現在がそうした延長線上にある以上は、如何ともしがたいだろうさ」

 

 そう言って、神崎は肩をすくめた。

 私もそれに反感を覚えることはない。所詮は四方山話に過ぎないのだから。

 

「櫛田はそっちの二人と一緒にテーブルを使ってくれ。俺はちゃぶ台の方を使う」

「あいよ了解~い」

 

 神崎の案内に従い、私はテーブルの一角に腰を下ろす。

 

「んじゃ、よろしく。先に言っておくと、二人は自分たちが如何に危うい状況にあるかを理解しといてね? あの小テストであの成績だと、今のままじゃ間違いなく退学一直線だから。そのことを理解して勉強に臨むよ~に。オーケー?」

「オーケーでござるが、あの、その口調は?」

「ああ、これ? そりゃアンタらみたいな底辺を引き上げんのに、いつものように外面取り繕ったままで行えるわけないじゃん。どうせキレ散らかすのが目に見えてんだから、元から素で接した方が楽ってもんよ」

「そう、で、ござるか……」

 

 私の嘲笑とも取れる言葉を受け、外村は見るからにショックを受けている。大方、私の外面に騙されていたのだろう。

 一方の須藤は、不思議なことにキレてはいない。ムッツリと目を閉じて黙っている。寝てんのか? とこちらが勘繰った瞬間、須藤はパチリと目を開いた。

 

「訊くが、櫛田は俺みたいな馬鹿でも引き上げられると、退学を阻止できると思ってるんだな?」

 

 そして、神妙な表情で問いかけてきた。

 正直、意外だ。私の知る須藤からは考えられない態度である。考えられるとすれば、事前に神崎が何かを吹き込んだのだろう。だが、悪くはない。

 

「断言は出来ない。結局はアンタらのやる気と成長次第だから。それでも、私が教える以上は、満点は無理でも退学は回避できる部分をボーダーにする。だいたい、70~80点くらい?

 そこら辺を目途にしておけば、当日に体調不良で試験に臨むことになったとしても、安全圏を確保できる可能性は高い。

 同時、実際にはそこまで届かなくとも、退学が避けられる程度には学力が身に着いている可能性が高い。

 質問の答えにはなったかしら?」

 

 私は勝ち気な笑みを浮かべて答えた。

 正直、それが可能な自負はある。自分に自信は持てずとも、今までの努力と経験は嘘を吐かない。その証拠に、先の小テストで私は95点を取った。

 私にはそれだけのポテンシャルがあり、それだけのスペックを持つに至っていることが証明されたのだ。無論、教師が良かったのが最大の要因ではあるが。

 ならば、その程度のことが出来ずして如何するか。アズ・セインクラウスが、エッジ・セインクラウスが、ミツバ・グレイヴァレーが目をかけた櫛田桔梗()は、それが出来て然りなのだ。むしろ、それが出来ないようでは、私が私を許せない。

 ああ、イイ感じに火が入った。そうだ。やはり物事に立ち向かうには、相応の重圧(プレッシャー)があって然りなのだ。重圧がない勝負など、気が入っていない証拠である。

 

「十分だ。よろしく頼む」

「よろしく頼まれた。……で、先に運んどくように頼んどいた問題集は?」

「ああ、すまない。こっちだ。どんな物を買ってきたのか興味があってな」

 

 キョロキョロと見回す私に答えたのは神崎だった。傍らから袋を持ち上げ、その上に取り出して確認していた分を重ね、私に寄越してくる。

 それを受け取った私は、問題集を取り出し須藤と外村に渡そうとして、その手を止めた。先に、念のために確認しておくことにする。いやまあ、するまでもないとは思うのだが、如何せんこの二人はDクラスだ。覚悟はおろか、思いついてすらいない可能性がある。正直、私にとってDクラスの評価はそれだけ低い。

 

「どうしたんだよ?」

「どうしたでござるか?」

 

 私が不意に手を止めたからだろう。二人が揃って問いかけてくる。

 

「いやまあ、言うまでもないことだとは思ってるんだけどね……。それでも念のために確認しておくけど、私に勉強を教わって学力が向上した場合、それだけクラスメイトが退学になる可能性が上がることは理解しているよね?」

「……は?」

「……え?」

 

 あ、ダメだ。これ、そこまで考えてなかったっぽい。――二人の反応を見た私は、即座にそう結論付けた。

 

「いや、当然でしょうが? アンタたちの学力が上がってテストの点数が上がるってことは、それだけ平均点も上がるってことで、赤点の数値も上がるってことなんだから。

 そりゃあ、元から底辺の奴が多いからどこまで効果があるかは分からないけど、だからこそ一点が大きく響くわよ?」

「言われてみれば尤もでござるな。先の小テストで最低点たる14点を記録した須藤殿の点数が上がった場合、次にヤバいのは24点の池殿でござるが……」

「寛治か……。寛治は勉強しそうにねえなぁ~。てか、俺と同じで目を逸らしてそうだ」

 

 私の言葉を聞いて、外村は同意を示し、須藤は遠い目をして呟いた。……そう言えば、池寛治は須藤の友人だったか。であるなら、その反応も納得だ。

 

「神崎殿の言っていた過去問が本当にあって通用するのなら、中間に限ってはどうにかなりそうでござるが……」

 

 しかし、次の瞬間に外村が言ったセリフを聞き逃すことは出来なかった。

 

「は? 過去問のこと、Dクラスに伝えたの? 神崎」

「ああ、伝えた。伝えなければ乗り越えられそうになかったんでな。そして、早めに伝えておかないと交渉ポイントにも余裕がなくなりそうだったんでな」

 

 神崎の返答を聞けば、納得せざるを得なかった。そもそも、手持ちの余裕からして私たちとは違うのだ。自力で過去問の存在に思い当たった時には、購入ポイントが足りなくなっている可能性は十分にある。

 そして、私が須藤と外村の勉強を面倒見るという事実。この事実を前に、Dクラスにおける一部生徒の反感が、今以上に両名と、交渉に向かった神崎、実際の教師役である私に向かう可能性は否めない。

 その防止策と考えれば、この段階で伝えたのはむしろ妙手だ。過去問については可能性でしかないが、これを伝えたことにより、決して須藤と外村だけを優遇しているわけではないと分かる。

 両名に関しては、あくまでも慈悲でしかないのだ。見るべき部分があるのは確かだが、それを踏まえた上での慈悲。少なくとも、Dクラスの生徒にはそう思ってもらわないと困る。

 

「まあ、いいや。それが通用したところで、乗り越えられるのは中間が精々でしょ。期末にまで通用するとは思えないし、思わない。

 だから、友人の退学が嫌なら、ちゃんと注意喚起をしておくことね。ハッキリ言っておくと、流石の私でもアンタたち二人しか面倒見る余裕はないから。

 そもそも、アンタたちの面倒を見てる時点で、私自身は半ば自分のクラスを蔑ろにしてんだからね? まあ、『赤点を取る生徒はいなさそう』という前提の上であるのも事実だけど、それは可能性が高いだけで絶対じゃないの。

 アンタたちは私に目を向けられた幸運を喜び、それだけの素養を持つに至った自らの経験を誇りなさい。その上で、まずは他人よりも自分に目を向けなさい。自分の安全確保も出来ていない人間が余所の面倒を見ようだなんて、そんなのは思い上がり以外の何でもないわ。

 アンタたちが、それが友人やクラスメイトとはいえ、他人の心配までならまだしも、面倒を見ようとするんであれば、私は即座に教師役を辞退するから。

 よく言われることだけど、勇気と無謀は別物なの。そしてこと学力において、今のアンタたちが他人の面倒を見ようとするのは無謀でしかない。

 アンタたちに見るべき部分があるのは事実だし、この表現が正しくないのは分かってるけど、私、自殺志願者に付き合うつもりはないの」

 

 二人への注意喚起を兼ねて、私はズケズケと言い放った。普段であればもっとソフトな言い回しをするのだが、それも時と場合によりけりだ。

 私にとって、池や山内など有象無象のその他大勢だ。必要以上に気をかける価値はない。

 正直なところ、山内の『ほら吹き』には目をかけていないわけではないのだが。キチンと制御できるようになって使いどころを間違えなければ、その一点だけでかなりの戦力にはなるだろう。――だが、そこに至るまでの矯正が至難だ。正直、須藤や外村以上に至難だろう。その時点で現実味がない選択肢だ。

 

「ただ、だからといってアンタたちに私との勉強を強制させる気もないの。

 クラスメイトと一緒に勉強して乗り越えたいのなら、アンタたちがそれを選択するのなら、私も無理に引き留める気はないし、その意思を尊重する。

 それでアンタたちが退学になったとしても、単に縁がなかっただけのこと。諦めは付く」

 

 だが、私にとってはともかく、須藤にとっては違うだろう。その気持ちを蔑ろにし、強制的に勉強させたところで、結局のところ身に着く筈がない。対象が異なるだけで、同じことは外村にも言える。

 本人が何らかの折り合いを付けない限り、面倒事が後に転ぶだけなのだ。

 だから、私はそうなることを防ぐべく、こうして事前に伝えているわけだ。ヘタな希望を抱かせないように、より直接的に、分かりやすく。

 その上で、選択することを分かりやすく強いている。

 そうして暫く悩んだ末、二人は私から勉強を教わることを選択したのだった。




毒舌少女、桔梗ちゃん。ただし、根底には優しさと厳しさが同居している。
そんなイメージです。

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