ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「ちょっと提案があるんだけどいい~? あ、これは首脳陣で決めていいことじゃないから、全員への提案なんだけど~。――あ、ゴメン。全員って言ったけど、もしかしたら佐倉は蚊帳の外になるかもしんない」
桔梗がクラス全員に向けてそんなことを言ったのは、五月二日の朝だった。星之宮先生に許可を取った上で、朝のホームルームの時間を借り受けている。
その語り出しに全員が興味の表情を浮かべ、次の瞬間には一斉に愛里へと視線が向かった。
「ひうっ!?」
一斉に視線を向けられた愛里が恐怖の声を洩らすが、この時点で大まかな見当を付けられる者は付けられていた。話の内容自身はまだ見えないものの、それが臨時報酬に絡むものだと。
「桔梗ちゃん、それって臨時報酬に絡む話?」
「そ。タイミング的に、佐倉には支給されてないかなって……」
桔梗のその言葉に、愛里を除く全員が『ああ~』と納得の声を洩らした。
「簡単に説明すると、佐倉さんがまだDクラスだった時に、私たちはクラス全員揃って学校側にとある質問をしたことがあるの。そして私たちは、『実力評価の褒賞と口止め料を兼ねたポイントをもらう』か、『話を広げる代わりに退学するか』の選択を迫られた。結果、私たちは全員がポイントを選択したって話」
非常に簡略的にではあるが、帆波が愛里へと事情を説明した。正確には若干違うが、流れとしては大差ない。
それを聞いて、愛里も納得したように頷いた。
「私はもらってないです。振り込まれていたのは
そして、そう続けた。
「そうしてもらったポイントが、一人当たり三百六十万ポイントでね。これを使って、ちょっと他のクラスに攻めるのはどうかなって思ってさ。具体的には、A、C、Dクラスから一人ずつ移籍させる。
佐倉の時のは例外として、移籍にかかるポイントは一人当たり二千万ポイント。佐倉を除く私たち全員が三百六十万を受け取っているわけだから、一人辺り百五十万ポイントを支払えば三人の移籍が叶う。無論、本人の同意は必要だけどね。
ポイント自体、半ば幸運の賜物であることは否めない。なら、今の時点で盛大な先制攻撃を行うことで、他のクラスの警戒心を強める。
同時、二千万ポイントでの移籍は学校側が定めている正当なルールだから、私たちは何を恥じることもなく仲間を増やすことが出来る」
前に進み出た桔梗は、教壇に手を置いてクラスメイトへと話しかける。
「話は分かんなくはねえけど、警戒心を強めるのは上手くねえんじゃねえの?」
「普通に考えればそうなんだけどね。それも場合によりけりなのよ。
まず、私たちは入学して一月にして早々に学校の初回評価を塗り替えた。まあ、真嶋クラスとの差は僅差だけど、それでも星之宮クラスが評価を覆したことに違いはない。つまり、この時点で他のクラスからの警戒は買ってるのよ。攻められる土壌は揃ってるってわけ。
そして私たちは、所属生徒の傾向的に盤外戦に弱い。予め予想できている事柄に対しては対応も出来るでしょうけど、それでも限度がある。
訊くけど、ハラスメント攻撃みたいなダーティプレイに対処しきれる自信がある? 廊下を歩いていて、『ぶつかった・ぶつかってない』の因縁を日毎に付けられればどう?」
桔梗の言葉には筋が通っている。その上で具体例を挙げられれば、表情をゲンナリとさせる生徒が多かった。
監視カメラを確認すれば、ぶつかったかぶつかってないかは分かるだろう。だが、ぶつかっていたとして、それが余りに露骨でない限り、故意であるかどうかまでは分からない筈だ。それを日毎に繰り返されれば、まず先に精神の方が参る。
「世には『当たり屋』や『インテリヤクザ』と称される者もいるのよ? この学校が真に実力者を排出しようとしているなら、そういうタイプの生徒がいたとしてもおかしくはないでしょ。一口に『不良』と言ったって、その内実はピンキリなんだから。
忘れた? CクラスとDクラスには最低限のマナーすらなってない生徒がいるのよ?」
それもまた事実。学校側が重度の放任体制を取っていることも一因だが、それでも授業中に不必要に騒ぎ立てるのはマナーがなってない。それだけで『不良』と評価されてもおかしくはないのだ。その中に、当たり屋じみた行為をする者がいたとして何の不思議があろうか。
同時、そんな不良が所属するCクラスの代表者がインテリヤクザタイプだったとして、何の不思議があろうか。むしろ、Cクラスの代表者が提案したという罰則の内容が、よりインテリヤクザタイプである可能性を後押しする。
「だから、こちら側から敢えてぶっ飛んだ行為をすることで、警戒心を必要以上に高めさせるってわけよ。柴田に訊くけど、強豪チーム相手に生半可な戦術が通用すると思う?」
「いや、それで通用するようなら強豪チームなんてやってられるわけがないから、通用しそうな戦術を入念に組み立てるけど……。――ああ! そういうことか!」
「ご明察。単にCPが逆転しただけだと、『手強いだろう』という印象に過ぎない。だけど、その上で更に信じられないことをやってのけたらどう思う? それも、目に見える部分では正攻法に則った上で」
「普通に考えると、迂闊に攻めようとはしなくなるだろうな。二千万ポイントによる移籍は正当だが、『この短時間でどうやってそれだけのポイントを稼いだのか?』という疑問には当然の如く突き当たる。その答えが見えない以上、恐怖と無縁ではいられない。
その一方で、この学校がクラス闘争と切っても切り離せない以上、他のクラスを攻めないわけにはいかない。必然的に、うち以外のクラスを攻める筈だ。
逆に、だからこそうちのクラスに対する、意表を突いての早期攻撃を謳う生徒がいないとは限らないが……」
「その場合は、クラス内でぶつかることになるでしょうね。少なくとも、クラス内での意思統一が為されるまでは、内輪揉めで勝手に弱まってくれる」
必ずしもそうなるとは限らないが、筋道だってはいる。
学校側の説明は、『Aクラスが最優秀』というものだ。それを入学早々に覆されたのだから、真嶋クラスは特に余裕がない筈だ。CPの問題ではなく、プライドの問題でだ。
世間一般で言うところの
だがその前に、CP自体には関係がなくても、他の部分で
「ついでに個人的な意見を述べさせてもらうと、私、生徒会への入会を目論んでるのよね。だから、その前に無視できない実績を作っておきたいってのもある。
根本に承認欲求が絡んでいないと言えば嘘になるけど、それだけが理由でもない。現在は堀北生徒会長の統制が利いているからいいけど、問題は彼が退任した後。現状の会長最有力候補である南雲先輩の方針は、ハッキリ言って私と相容れない。聞いた話、彼は極端なまでの個人主義を掲げているらしいのよ。
個人主義を掲げるのは否定しないけど、話通りなら彼のは些か度が過ぎている。だけど、現行のシステムがクラス評価を用いていることもあって、彼のシンパは必要以上に多い。だから、今のうちに少しでも牽制しておきたい。そのためには、生徒会に入るのが一番だからね」
桔梗は
その一方で、生徒会への入会さえ果たしてしまえば、どうとでも出来るという自負が窺えた。
この短期間で、どうやってそこまで知ったのか? 普通なら当然に湧き上がる疑問も、桔梗が相手となれば浮かばない。学校側がどれだけ生徒に箝口令を敷いたところで、完全に防げるわけがない。重要な部分は口にしなくても、断片は洩れ出るものだ。
まして桔梗である。その口八丁手八丁を以てすれば、必然と洩れ出る部分も多くなるだろう。
それだけ桔梗のコミュニケーション能力は群を抜いているし、同じクラスでひと月も過ごしていれば、嫌でもそのことは分かっている。
「ハッ! ちょっとばかり能力に優れているだけの猿山の大将が! 必要以上に社会を蔑ろにする者が、社会で通用する道理はないってことを骨身に刻んでやるよ! ――だから! アンタたちは私に力を貸せ!
皆が感心と納得をした直後、桔梗は堂々と毒を吐いた。場合によっては、CPにダメージが入るかもしれない。だが、そんなことは関係なかった。クラスメイト全員が、桔梗の発する熱に浮かされていたからだ。
偉そうに言っておいて、他人の力を借りることを厭わない。人によっては、それを非難するかもしれない。しかし、それが現在の社会でもある。人独りに出来ることなど、高が知れているのだから。
人を支配し、思うがままに操る。それこそを
だけど、このクラスの面々にとって受け入れやすいのは、支配者ではなく統治者なのだ。言葉はどうあれ、頼ることを厭わない。それこそが、星之宮クラスの認める
「我がクラスが誇る『
神崎が立ち上がり、賛否を募る。
彼は、桔梗が論点のすり替えを行ったことを察していた。自分の生徒会入会と各クラスの生徒の移籍を上手いこと絡め、その一方でアジテーションによりまだ見ぬ南雲先輩への反感を高める。やっていることだけを見れば、クラスメートを扇動し、操る行為に他ならない。
しかし、それに気付きつつも何も言わなかった。各クラスから生徒を移籍させるのが上手い手であることに違いはないが、それだけでは押しが弱いのも事実だからだ。それを埋めるために、生徒会への入会を口にした。
自分たちの仲間が生徒会への入会を目指しているのだ。そして桔梗は、他クラスの生徒をスカウトすることで、その確実性を高めようとしている。その上で、言葉は悪いが協力を求めてきた。ならば、これに協力せずして何がクラスメイトか。
使われて不満に思う人間はいる。使われて満足感を得る人間もいる。頼られて不満を覚える人間もいる。頼られて満足感を覚える人間もいる。
結局のところ、
そして、星之宮クラスの強みは協調性であり団結力だ。先天的に
また、星之宮クラスが、クラス評価制という現行のシステムと殊更に相性が良いのも一因だ。『一人は皆のために、皆は一人のために』。これがなくして、現在の社会は成り立たない。
だからこそ、クラス評価制という前提が崩れてしまったら、自分たちは途端に窮地に陥ることになる。である以上、度を越した個人主義なんぞ求めるものではないのだ。
そして、桔梗は生徒会に入会し、それを防ごうとしているのだ。ならば、尚更に応援しない理由はない。
「私も桔梗ちゃんを応援するよー! ホントは私も生徒会に入会しようと思ってたんだけどね、クラス代表と掛け持ちできるほど器用じゃないから。
それに、人の善性を期待し過ぎてしまう私じゃあ、この学校の生徒会はやっていけないと思うし……。
だから、生徒会に関しては私の分も桔梗ちゃんに任せました!」
帆波もまた、桔梗を応援した。
「正味、南雲雅は
だけど、そんな私の迷走経験は、決して間違っているわけじゃない。迷走したからこそ、他人に対してより目を向けるようになった。肌身で他人との接し方を学んだ。他人に優劣を付けられるようになった。私自身を鍛え上げ、今の私を形作ることになった。
ぶっちゃけて言う。そんな私だから、南雲雅が気に食わない。挫折を知らない驕り高ぶった天才に、現実を思い知らせて挫折させたい。そんな、醜い嫉妬心からくる衝動が行動原理。それが本心で、それ以外の理由はただのオマケ。――皆は、それを知っても協力してくれる?」
アジテーションで盛り上げた直後の、本心暴露。その落差に、熱で浮かされていた者たちも正気に戻る。
「いいんじゃねーか、醜い嫉妬心が理由で。人間、そこまで品行方正な生き物じゃねーよ。一皮剥けば、醜い面なんかわんさかとある。だけど、それじゃあ社会でやっていけないから、必死に隠して外面取り繕ってるんだろ?
それを、敢えて晒してくれたんだ。それは、櫛田の俺たちに対する信頼の表れに他ならねえ。喜びこそすれ、厭う要素がどこにあるってんだ?」
そんな中、柴田が口を開いた。
それは余りに真っすぐで、人が普段、必死に見て見ぬ振りしている部分を直撃していた。
世の中には、
むしろ、自覚しているからこそ必死に隠そうとするし、他人のそれに気付いても気付かぬ振りをする。そういう配慮の下で、世の中が回っている面があるのは紛れもない事実だ。
だからこそ、自覚した上で己が醜さを曝け出すというのは、中々に勇気がいることだ。それは同時、相手に対する信頼の表れでもある。
信用とは能力に対するもの。信頼とは人柄に対するもの。それに則るならば、桔梗はクラスメイトの人間性を信じたからこそ、醜さを出したことになる。
柴田の言葉は、その事実をも直撃していたのだ。
それを自覚したクラスメイト達は、だからこそ桔梗への賛同を露わにした。今度は、決して熱に浮かされたわけではない。信に信を以て返したのだ。
常日頃、桔梗がクラスメイトに対しては素を出していたのも、信じることになった一因だ。
「ありがとう」
その現実に、桔梗は短く礼を言って頭を下げた。
「……で、盛り上がっているところに釘を刺すようだが、誰をスカウトするか目星は付けているのか?」
「そこは皆に任せる。強いて言えば、うちのクラスでもやっていけそうな人がいい。まあ、Dクラスであれば綾小路一択だろうけど……」
「真嶋クラスであれば、表向き中立派の生徒。Cクラスは――」
「はーい! Cクラスは椎名さんなんか良いんじゃない? 一言で言えば
クラスの中からそんな意見が挙がった。Cクラスに少ないながらも問題児がいるのは周知の事実。普通に考えて、文学少女とは馬が合わないだろう。
入学してまだ一ヶ月が経ったばかり。だからこそ、所属クラスへの思い入れやしがらみも、まだ少ないのが道理。であるからして、時間が経てば経つほどにスカウトが難しくなるのもまた然り。
「真嶋クラスだと、私は山村美紀さんを推しとくよー! 正直、N.I.N.J.Aの私から見ても、彼女って影が薄いのよね」
自称忍者のフォルテのその意見は、思いの外クラスメイトに重く捉えられた。軽い言葉とは裏腹に、フォルテの実績が確かなのが要因だ。こと、彼女がN.I.N.J.Aとして発する意見には一考の価値がある。それがクラスの共通認識だった。
こうして、誰をスカウトするかは割とアッサリ決まったのだった。
桔梗のコミュ力ならこの時点で南雲の情報を仕入れていてもおかしくはないと思います。
まあ、手に入れた情報を重視するかは桔梗次第なんで、一切話題に挙がらなくてもそれはそれで不思議でもないんですけどね。
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