ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「ああ、アズ? 悪いんだけどさ。今日、須藤と外村の勉強見るのお願いしてもいいかな? 私が戻るまででいいんだけど……」
「別にいいよ。場所は隆二の部屋?」
須藤と外村の勉強見ると言い出したのは桔梗だ。それも昨日の今日である。そしてアズの知る桔梗であれば、少なくともサボり目的での発言でないのは確かだ。――まあ、ストレスが溜まってしまえば分からないが……。
アズはそのことをよく知るが故に、桔梗のお願いに一も二もなく頷いた。
同時、決して条件反射でも考えなしの即答でもない。アズの中では、キチンと見当が付いている。
ゴールデンウィークの連休中、どこか一日を使って愛里、美紀、ひより、綾小路の歓迎会をすることに決めたのはついさっきだ。その参加者は合計四十人以上にもなる。ただの買い物ならまだしも、食事やカラオケ、ボーリングに勤しむとなれば、事前予約をしておいた方が確実である。
なので、ネットで具体的な候補をピックアップして、電話で予約を入れる。――と、一参加者であれば、そこで話を終わらせてしまっても仕方がない。
しかし、ここは場所が場所である。通貨は現金ではなく専用のポイント。生徒は親元を離れて寮生活をしている。率直に言って、四十人以上の予約を受け入れるには、店側としては生徒に対する信用が足りないのだ。電話で済ませようとしたら、高確率で断られる可能性が高い。
考えすぎかもしれないが、
まして一年生が相手となれば、店側にだって
である以上、予約の確実性を高めるには、電話ではなく直接訪れて、
だから、桔梗は自分がそれをやろうとしているのだろう。少なくとも、コミュニケーション能力に関しては、桔梗は絶対にも等しい自負と自信を持っている。中学における三年間の生活が、桔梗にそれを身に着けさせた。
「俺も構わんが、何か用事でもあるのか?」
「今しがた出来た。『店の予約』って用事がね」
「店の予約? そんなものは電話で済ませればいいんじゃ――」
「甘い! 甘すぎる!」
神崎が全てを言い終える前に、桔梗は指を突き付けて言葉を封じた。その上で、アズの予想と大差ない内容を伝えてダメ出しする。
「人数が少なければそこまで気を遣う必要もないんだろうけどね。流石に一クラスプラスαの人数が参加するとなれば、客の方でも相応の配慮は必須よ。
まずは直接店に訪れて事情を伝え、予約したい旨を伝える。もちろん、支払いに問題のないポイントの提示は必須ね。
で、店側が予約を許可しても、そこで決定にはせず、あくまでも仮予約で済ませる。こっちはそもそもが複数の施設を利用するつもりだからね。たとえ予約できても、他の施設と日が合わなければ意味がないわ。
収容人数的に候補自体が少ないとはいえ、複数の店舗を回ってそれをやらなければならないんだから、時間もかかるしストレスも溜まる。急な注文だから割り増しになる可能性もある。
そこら辺を踏まえた上で問題なく行動できるとなれば、このクラスだと元より私くらいしか候補がいないのよ……」
最後には溜息を吐いて、桔梗はそう言った。
「分からなくはないが、そういう理由なら一之瀬は? 一之瀬の能力と人柄なら、十分に熟せそうな気がするが?」
それを聞いた神崎は、理解を示しながらも帆波はどうなのかを訊いた。当然と言えば当然の質問だ。
「熟すだけなら問題ない。それは認める。――だけど帆波は優しすぎる。こっち側が無茶を言っている自覚もあるし、そもそもの目的が歓迎会なこともあって、必要以上に高くつく可能性が否めない」
「ああ、確かに……。そう言われれば、納得せざるを得んな」
桔梗の返答に、神崎は納得した。神崎以外の生徒もウンウンと頷いている。
「私も、そう言われちゃったら否定はできないかな……。予約はやってやれないことはないと思うけど、確かにその二つの理由が重なっちゃったら、値引き交渉自体はやらない可能性が高い。ポイント自体に余裕はあるし、何なら割り増し分は私が負担しちゃえばいいんだから」
そして、当の帆波もそう言って同意を示した。
優しさは美点だが、度が過ぎれば汚点になる。店側にとっては上客なので、完全な汚点とも言い切れないのは確かだが。
相手への配慮を示しつつ、主張する部分は主張する。交渉の鉄則ではあるが、その着地点――許容範囲が桔梗と帆波とでは異なるのだ。
そして帆波は、基本的に相手に譲歩する傾向が強い。それは帆波の優しさの表れであり、育った環境によって培われたものだ。これを一朝一夕でどうにかするのは難しい。
相手を堕落させてしまいかねないその優しさこそが、一之瀬帆波の持つ長所であり短所なのだ。
「ただまあ、帆波にはついてきてもらうつもりではあるけど。自分も満足、相手も満足。そのWinーWinの塩梅を知っておくだけでも損はないし」
「そういうことなら、私も同行させてもらおうかな。曲がりなりにもクラス代表。任せる部分は任せるつもりだし、頼れる部分は頼るつもりだけど、だからって任せっぱなし、頼りっぱなしってのも違うと思うし」
そんな二人へおずおずと声をかける人物がいた。美紀である。
「あの。歓迎してくれるのはありがたいし嬉しいんですけど、そこまで手間をかけると心苦しくなってしまうんですが……」
「その気持ちに理解は示すけど諦めて。心苦しく思うのは、そっちの人間性の問題であると同時、心のどこかで自分のことを
『同じ釜の飯を食う』って言葉があるけど、本質的にはアレと同じ。この歓迎会は一種の儀式なの。招く側と招かれる側から、一歩進んだ関係に至るためのね。この儀式を経て、貴方たちは真に
これを怠ると、貴方たちの心にはいつまで経っても
無論、これはほんの一例であって、貴方たちがそういった行動を取ると言っているわけじゃない。でも、可能性としてはあり得ない話じゃない。
携帯やらネットやら、技術の普及によって人と顔を会わせなくなってもやりとりが出来るようになった反面、今の世の中は
顔かたちが分かり、実際に声も交わせる隣人よりも、顔かたちすら分からず、声も交わせない他人を重視しがちになっている。誰が発したかも分からない、信憑性も定かではない情報に一喜一憂している。
桔梗の説明に、誰もが難しい顔で黙り込んだ。
「確かに、難しいところではあるな。未だ学生の俺たちには縁遠い話だが、社会人になれば『飲み会』と無縁ではいられない。所謂『飲みにケーション』というやつだな。酒の力を借りて、職場では立場が邪魔して言えない本音で語り合うことを――それによって、より円滑に仕事に従事できる
だがその一方、欠点が存在しているのも確かだ。本音で語るのが目的だからこそ、普段は我慢している部分が説教という形で表れたり、参加させること自体をパワーハラスメントと捉える者もいるからな。実際、誰も彼もが酒が得意なわけではないから、そういう奴は参加したところで雰囲気に馴染めず置いてけぼりになるし、無理に飲ませれば下手すると急性アルコール中毒だ。
それもあって賛否両論分かれているが、これも大枠ではそれと同じだな。こっちは歓迎会を開くことで、『歓迎する』という意思を示す。そちらは参加することで『一員に加わる』意思を示す。……なるほど。確かに儀式と言えば儀式だ。
そしてその後も、定期的に名前と形を変えて会合を開き、開かれていくんだろう。そしてそれへのスタンスから各々を測っていく。クラスという組織の一丸性を測っていく……」
それをウザいと思う者もいるだろう。それを否定する気はない。だがやらなければ、組織の実情を把握することも出来やしない。
「結局ね。人独りに出来ることなんて高が知れてるのよ。どれだけ能力が高かろうが、生きていく上では誰かの力を借りるしかないのが現実。である以上、気分良く力を貸してもらうための努力は欠かせないのよ。
ヘタに能力があって自信のある奴は、それを『使っている』なんて表現するけど、私に言わせれば、そんなのはただの見栄っ張りよ。
自分で言うのもなんだけど、私、割と最低な本性をしてるじゃん。承認欲求の怪物だし。――だけど、皆はそんな私のこと、嫌い?」
桔梗は、クラスメイトを見回しながら訊ねた。
「嫌いじゃあ、ねえな。そりゃあ、本性を知った時は驚いたけどよ」
「程度が違うだけで、外面を取り繕ってるのは私たちも同じです」
「アンタが内心では私たちを見下してるのは分かってる。だけど、見下してはいても見放してはいない」
「行動は嘘を吐かない。つまりはそういうことだな。根底にあるのが承認欲求――他人にチヤホヤされることであったとしても、お前はそのための努力を欠かさない。クラスメイトにはそれを明かしてもいる。その正直さは美徳だ。それを知ってしまえば、嫌いきれるわけがない」
「今だって、率先して歓迎会の会場予約を取りに行こうとしてるしね。ただの人気取りが目的なら、面倒な部分は何だかんだと理由を付けて他の人に投げてるよ。だから私は、桔梗ちゃんの根底に優しさがあることを疑わない。信じてる」
「私も桔梗のことは好きだよ。桔梗は姉さんじゃない。兄さんでもない。だけど、間違いなく二人の影響を受けてる」
柴田が、千尋が、ユキが、神崎が、帆波が、アズが――他にもたくさんのクラスメイトが今の桔梗を肯定した。この一ヶ月間で桔梗が積み上げたものであり、クラスメイトとはいえこの一ヶ月で全員に受け入れられている辺りが、桔梗の並外れたコミュニケーション能力を証明していた。
そう、人は欠点を持っていても受け入れられるのだ。認められるのだ。――無論、その程度にもよるが。
中学時代、桔梗に多大な影響を与えた三人、アズ、エッジ、ミツバ。
アズは並外れた能力を持っているくせに、お金にがめつく、自分からは積極的に他人に関わろうとしないコミュ障だ。
エッジはお金と奢りとナンパを愛し、それでいて物事への執着心が薄い軽薄者だ。しかし人当たりはいいし、自分の力で物事を解決しようと努力する人に対しては、老若男女問わず尊敬の念を隠すことはない。
ミツバは才色兼備の才人である。だが、そんな彼女も重度のショタコンである。そして、それを隠しもしていない。
三人に共通して、能力は確かだが、それを打ち消しかねない側面を持っている。だがそれでも、三人は周囲に受け入れられていた。認められていた。それが、どれほど桔梗に影響を与えたか。
そう、欠点を持っていてもいいのだ。それを隠さなくてもいいのだ。素直に表していいのだ。
そんな、基本的で、だけどとても大切なことを、桔梗は三人に教わったのだ。もっとも、それは三人の能力が桔梗も認めるほどに確かだったのも一因だが。
三人に会う前の桔梗は、そんなことにすら気付かず、だけど根が真面目なため、自分の限界を無視して努力をし続けた。コミュニケーション能力を磨き続けた。
それが糧になったのは事実だが、そんな真似をしていて負担にならないわけがない。必然としてストレスは溜まり、爆発間近になってアズと出会い、彼女の発した何気ない一言で救われた。
だからこそ、桔梗はアズが大好きだ。アズが好きなエッジとミツバも好きだ。結果、二人とも自然と接触回数は増えたし、その影響も色濃く受けている。
「ありがとう! ま、そんなわけでね。今後、学校生活という限定期間だけでも助け合っていくために、私たちは歓迎会を開くし、貴方たちは参加する。単純な善意だけではないけど、善意がないわけではない。この儀式を経て、私たちはクラスメイトになる。……オーケー?」
『オーケー』
全員の返事が一致したのだった。
高度育成高度学校は人間性も測っているし、自然、敷地内の店舗施設も測定に協力できる部分は協力している筈です。
言ってしまえば、協力している店舗・施設にとっても投資している面があるのは否定できないでしょう。ある程度は政府から補填されるとは思いますが、全てとは思いません。
そこまでして閉ざされた陸の孤島内に店舗や施設を構える理由など、そう多くはないと思います。
政府と繋がりを持つことによる影響力の拡大もあるでしょうが、高育の生徒をスカウトすることによる『投資の回収』を狙っている部分もあると思います。
そして、敷地内の店舗責任者は、有望株を視察、スカウトする権限を与えている。
高育の謳い文句からも、そう考えた方が普通に納得がいきます。
ぶっちゃけ、こんな特殊な環境で働くスタッフなんぞ、その環境に慣れている人物の方がいいのは否めませんし、それだけでスカウトする価値はあります。
で、そういう風に考えた場合、徒歩で行き来できる距離であるにも拘らず、四十人以上の予約を電話で済ませようとする者をどう思うか。
理解は示しつつも、普通に印象は悪いでしょう。店側にとっては予約者の手持ちも分かりませんし、店側も高育のシステムに強く根付いている以上、『高育の生徒』というのは信用の裏付けにならず、結果として受ける理由がありません。
だが、直接訪れて確認を取った場合はどうか?
本話はそう考えたが故の一幕であり、星之宮クラス内でも『そう考えて行動し、実現できる人物は少ない』ことを示しています。
同時、桔梗と帆波では、実現する上で『違い』が出ることも示しました。
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