ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
今日は休みだ。いや、ゴールデンウィークの祝日なんだから休みなのは当然なんだが、そういうことではなく。勉強会が休みなのだ。
教師役を務めてくれている櫛田にアズ、それから勉強会の際に部屋を提供してくれている神崎の奴は、揃って予定が入っているらしい。
連休前、綾小路の奴が神崎――と言うよりはAクラスからスカウトを受けて移籍していったのは記憶に新しい。担任が言うには、私的なクラス移籍には二千万ポイントが必要らしいからな。そのインパクトもあって、尚更記憶に残っている。
神崎たちは、一体どうやってそれだけのポイントをこの短時間に稼いだんだか……。担任は『不正はない』と言っていたが……。俺がバカだからのもあるかもしれないが、考えてみても全っ然思いつかねえ。
移籍と言えば、先月には佐倉とかいう地味子も神崎たちのクラスに移籍していったが、アレは罰則による移籍だったからな……。真面目に授業を受けていなかった俺たちの煽りを受けて移籍させちまったのを申し訳なく思えばいいのか、タダでAクラス――当時はBクラス――に移籍したのを羨めばいいのか、心中は何とも複雑だ。
ともあれ。
今日Aクラスは、クラス総出で移籍していった奴の歓迎会をやるらしい。勉強会が休みなのはそのためだ。
暢気な、と思わなくもないが、それは俺の僻みに過ぎねえんだろう。単に、神崎たちのクラスにはそんだけの実力があるってことだ。――うちのクラスとは違って。
「さて、どうっすかなぁ……?」
勉強会は休みだが、宿題は渡されている。ここ最近のお決まりとなった、『中学総まとめ』とかいう問題集だ。出版社ごとに細かな違いがあるようで、問題の傾向は似ていても、載っている問題は異なる。
分からないところは飛ばしていい。だが、分かるところ、分かりそうなところには手を付ける。それが言い渡された宿題だった。
全部解かなくていいのか? と疑問に思ったものだったが、その理由も聞いている。何でも、
先の小テストで、俺は14点だった。我ながら低い点数だと思うが、取り敢えずは置いていく。アイツ等が重視したのは、俺が
高校の内容って奴は、ある程度小中の内容を理解していなきゃ解けるもんでもないらしい。高校は高校で範囲が独立しているのは確かだが、基礎部分に小中の内容が必要だったり、そもそも漢字が読めなきゃ問題文を読むことすら出来ないそうだ。問題文を間違って読んでしまえば、当然ながら答えだって間違ったものになる。そう言われりゃあ、尤もだ。
だから俺に必要なのは、まずは小中部分の分からないところを少なくすることらしい。そして、学ばせるに当たっては、どこかしら取っ掛かりがあった方がいい。
自分では碌に勉強も分からないのだから、そう言われたならそれを信じてやるしかない。だが如何せん、自分一人だからか、途端に問題集に向き合うのが億劫になる。
かと言って、バスケの練習をする気にもならない。『それは逃げだ』と釘を刺されたことが引っ掛かっているんだろう。一人になった途端にバスケの練習を行えば、気晴らしとも思ってもらえない。考え過ぎかもしれないが、それで見放されることが不安なのだ。
「本でも読むか……」
散々に迷った末、俺は読書に勤しむことにした。
アズによると、読書もまた立派な勉強らしい。小説一冊の中に、それこそ膨大な数の漢字が散りばめられている。中には簡単な漢字もあるが、中には難しい漢字もある。
んで、難しい漢字に行き当たった場合の行動でも結果が分かれる。適当に
簡単な漢字は簡単な漢字で、無理なく読める時点で脳内には確かに知識が収められている証拠なんだとか。なのに普段分からないのは、
アズが言うには、記憶ってのは『銘記』、『保存』、『再生』、『再認』っていう四つの区分で成り立っているそうだ。
見た印象を情報として脳に書き込むのが銘記。
書き込んだ情報を残しておくのが保存。
保存した情報を引き出す=思いだすのが再生。
再生した情報が以前と同一かを確認するのが再認。
俺たちは日々の生活の中で、事細かにこれらを行っているらしい。例として、俺がダチである寛治を寛治と認識できるのは、服装とかの細かな違いがあったとしても、大別すれば『同一』と判断しているからなんだとか。
当然、常日頃からこんなことを行っていれば、脳にはかなりの負担がかかる。だから、
そして苦手意識を持ってる事柄ってのは、とかく不要と判断されがちらしい。記憶の奥底にしまわれるため、必然的に引き出すのも難しくなる。で、苦労して引き出しても、長らく確認していなかったため、『こんなんだったか……?』と疑問を覚えるのも珍しくはない。つまり、再認が上手くいってないってことだ。
同じように記憶の奥底にしまわれたものでも、当人が大切だからしまい込んだものの場合は、『そうだった!』、『懐かしい!』などと、瞬時に再認が機能する。
理解しきれているかはともかく、
こんなメカニズムが行われている一方で、人間は脳の機能を完全に引き出しきれてはいないらしい。
実際、世の中には『瞬間記憶能力者』ってのもいるらしく、そいつらは物事を鮮明に記憶しておけるんだとか。俺たちが一字一句をノートにとって保存しているんだとしたら、瞬間記憶能力者は写真に撮って保存しているとのこと。本当の意味で『教科書丸暗記』が出来るらしい。
それだけを聞くと羨ましくも思えるが、大抵は制御しきれていない奴が多く、覚えていたくないことまで鮮明に覚えているんだとか。そして、そもそもの該当者が少ないために、これといった対処法も分からないのが実情らしい。……そう聞くと、俺は瞬間記憶能力者でなくて良かったと思えてくるから不思議だ。
ともあれ。
少数であろうと現実にそんな真似が可能な奴がいる以上、俺の心掛け次第で今まで以上に上手く回る可能性もあるってことだ。つまり、俺は俺自身が思っているほどには馬鹿じゃない可能性がある。そんな風に煽てられてすぐさま気分が上向くんだから、我ながら実に単純である。
だがまあ、それで退学回避の可能性が上がるんであれば、読書をするのも吝かではない。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
ペラリ。ペラリ。
ページをめくっていって、ついには最後のページまで行き着いてしまった。つまり、俺は小説という活字が羅列された物を一冊丸々読み終えたのだ。個人的には快挙である。
今までは途中で眠っちまうのが当たり前だったからな。んなもんだから、読書感想文なんかは毎回死ぬほど苦労した。
だが、やはりそもそもが活字慣れしていないからだろう。気付けば結構な時間が過ぎていた。だいたい、二~三時間ってとこか……? 時計は昼過ぎを出している。
ウンと伸びをして、硬くなった体をほぐす。それから備え付けの冷蔵庫を開けてタッパーを取り出した。タッパーの中に入っているのは、アズの作ってくれた昨日の夕食の残りである。タッパー自体は初日に櫛田が買い込んできた物だ。
正直、これだけでもアイツ等には頭が上げられねえ。『考え方の違い』って言っちまったらそれまでなんだろうが、櫛田やアズにとって『勉強を教える』ってのは、『環境を整える』って意味合いを持つらしい。でなきゃ、普通に考えてここまで
「よく『経費削減でリストラだー』とかって言われてるけどさ、私に言わせれば、それって
でもさ、社会に金が回るのは、結局人が働いて、会社から金をもらって、それを買い物で使って、そうすることで循環しているからじゃん? なのに、肝心要の人に金を渡すことを渋っている時点で、不景気になるのは避けられないってもんよ。
だから、まずは何よりも人に金を落とせ! 人が金を持てば、今よりも社会に金は循環するし、笑顔にもなれる!
だけど、度を越した残業は勘弁。残業が日常化、場合によってはサビ残を強いる会社も横行している現状が、そもそもにして間違ってんのよ! そんな会社は潔く畳むなり業務を縮小するなりしろ!」
初日、飯の席で櫛田は、こぶしを握りながらそんなことを叫んでいた。
俺にはよく分からなかったが、神崎の奴は苦い顔をしながらも所々で頷いているのが印象的だった。
「言わんとすることは分かるでござるが、現実には難しいでござろう?」
「そりゃそうだけどね。そもそも、そういう状況をどうにかしたくてこの学校は作られたわけだし、必然としてそこに通ってる私たちは
「あ~、そういうことになってしまうわけでござるか……」
「なってしまうわけよ。……今は余裕がないにしても、アンタらも色々と考えて動いた方がいいわよ? てなわけで、勉強の合間にこれも覚えときな」
そうして渡されたのは、所々に書き込みの入った校内の見取り図だった。
「それ、うちのクラスの生徒が調べた校内の監視カメラの配置図。見て分かる通り、本校舎に比べて特別棟はこれでもかってくらいに監視が緩いわ。つまり、特別棟は学校側が用意したグレーゾーンってわけ。面倒事に関わりたくなければ、必要以上には近寄らない方がいいわよ?」
「クラスで共有するも、お前たちの胸の内に秘めるも、そこは自由だ。正直、Dクラスには
お行儀のいいクラスなのに、個々人では違う考えを抱いている。当然と言えば当然なんだが、それが何だか印象的だった。
櫛田に言わせれば、全部の把握は無理にしても、配置傾向に気付く奴は気付いている。そしてそういう奴にとって、学校からの『クラス評価:ゼロ』を受けたDクラスは恰好の狙い目なんだとか。
中間テストが近く、赤点退学が周知された今現在、動く奴は動く。どこまでするかは分からないにしても、世の中に『人を人と思わない』振る舞いをする奴がいるのは確かだ。『退学のペナルティを探るべく、監視カメラがないのをいいことに階段から突き落とす。……なんて真似もあるかもしれない』と、櫛田からは脅された。
神崎からも、『或いは須藤、お前に狙いを絞っての行動もあり得る。お前の素行不良ぶりは有名だからな。軽く挑発して特別棟までお前をおびき出し、その上でお前にボコらせる。……なんてのは簡単に思いつく』と脅された。
オマケに、『暴行の証拠映像はないにしても、怪我という物証と状況証拠はあるわけだからな。そこに普段のお前の素行不良が重なれば、深く審議されることもなく、悪いのはお前で決定だ』とも。
俺個人としてはその意見に思うところがあるわけだが、だからこそ、二人も俺たちに監視カメラの配置図を教えることで意見が一致したらしい。それほどまでに俺は――Dクラスは危ういらしい。
だがその一方で、神崎はこれを知ったDクラスの生徒が悪用することを怪しんでいる。まあ、悲しいかな。Dクラスの一員として、その意見には否定できねえところがある。
心中は実に複雑だ。
そんな俺のモヤモヤを吹き飛ばすかのように、チーン! と、電子レンジが軽快な音を鳴らした。
「お! 温まったか」
レンジからおかずの入ったタッパーを取り出し、次いでご飯をチンする。ご飯が温まったら次は味噌汁だ。
「いただきます」
手を合わせて、
「健~ん、何か食うものねえかぁ~?」
姿を現したのは寛治だった。春樹もいる。
「お前らなぁ、せめてチャイムは鳴らせや」
コイツ等は勝手に人の部屋の合いカギを用意したらしい。別に盗られる物はないから構わないが、そのことに呆れを覚えずにはいられない。なので、無駄かもしれないがせめて注意はしておく。
ついでに、コイツ等の様子を見てると、櫛田や神崎の危惧も頷けるってもんだ。これが『人の振り見て我が振り直せ』ってやつなんだろう。
「って、何だよそれ!? 随分と豪勢な物を食ってんじゃねえか!?」
飯を食おうとしてたんだから当然だが、昼飯を目にした寛治が食って掛かってくる。
「あ~、俺と外村はAクラスの奴から勉強を教わってんだろ?」
「らしいな」
「なんだけどよ、今日はAクラス総出で綾小路やらの歓迎会をやるってことで勉強会自体が休みなんだよ。それもあって、教師役が昨日のうちに今日の分の飯を用意してくれたわけだ。つっても、昨日の夕食の残りもんだけどな」
ここで、俺はちょっとばかり嘘を吐いた。飯を用意してくれたのは今日の分だけじゃない。初日の櫛田も、翌日の朝食分は用意してくれていた。今日は勉強会が休みだから、昼と夜の分も合わせて多めに渡されているだけだ。
ただ、それを真っ正直に言うと、入り浸られて勝手に食われそうだ。
「へ~、神崎って男なのに料理が出来んだな……」
「あん? 何言ってんだ? 寛治。コイツを用意してくれたのはアズの奴だぞ」
言った瞬間、俺は自らの失言に気付いた。
「アズ……? って、アズ・セインクラウスちゃんか!? あの部活荒らしの!?」
「何だよお前、女の子の手料理もらってんのかよ!? そりゃあ、俺たちに対する裏切りだぞ!」
案の定、二人揃って食いついてきやがった。
「あ~、分かった、分かった。うるせえから黙れお前ら。少しなら分けてやっからよ……」
面倒臭くなった俺は、そう言って二人にも飯を分けてやった。
「感謝すんぜ、健! ヒャッホウ! 女子の手料理だ!」
「ありがたやありがたや」
作り置きの料理一つでここまで騒げるんだから、大概コイツ等も幸せだ。
「んで、お前らは勉強やってんのか?」
「あ? ヘーキヘーキ。だって平田の奴が先輩から買ったって言うテストの過去問を配ってくれたからな」
「そうそう。アレを使えば赤点は回避できるっしょ」
俺が訊ねれば、コイツ等は平然とそう言った。――やべえ。マジで危機感が足りてねえ……。
「赤点を回避できるったって、それが通じんのは中間だけだろ。期末に通じるかは分かんねえんだから、少しは勉強やっといた方がいいぞ」
そうは思っても、俺に出来ることなんざ高が知れている。効果が薄いだろう忠告を送るくらいしか出来ねえ。
「え~、マジマジ? 健ってばAクラスに感化されちゃった?」
「そういうつもりはねえけどよ。この学校の設備が、バスケをする上でこの上ないほどに上等なのは事実なんだよ。赤点で退学になって、みすみすそれを逃すのは馬鹿らしいからな」
こちらを煽り立てるかのような春樹の表情と口調が気に障ったが、俺はどうにか怒りを抑え込んだ。その上で、尤もらしい理由を語ってやる。
「あ~、健はバスケに懸ける熱意が凄まじいかんな。そういう理由があんなら、確かに勉強も頑張るか……。健はどんなことやってんだ?」
一方、寛治の奴はまだマシだった。納得したような表情で、そんなことを訊いてくる。俺は正直に答えてやった。
「ぷぷっ。健が読書って!? 似合わねえ~!」
「似合わねえのは同意だけど、俺も読ませてもらっていいか? ポイントねえから、暇潰しにも苦労してんだよ」
「別に構わねえけどよ……」
それからは、三人揃ってグダグダとした時間を過ごした。
俺は続きの巻を読み、寛治の奴は俺が読み終えた巻を読む。春樹の奴はウロチョロと動き回る。
「うっせーぞ、春樹。視界の隅でチョロチョロすんじゃねえ! ただでさえ不得手な読書をやってるってのに、気が入らねえじゃねーか!」
「んなこと言われてもよぉ~。暇だから仕方ねえじゃねえか……」
「だーもう! だったらコレでも読んでろ。こいつも勉強用にアズにもらったもんだ!」
言って、俺は一冊のコミックを春樹に渡してやった。『イングリッシュコミック』とかいう、日本語ではなく英語でセリフが書かれたコミックらしい。媒体がコミックなので、気楽に英語を勉強できるらしい。
発行されているコミック自体が限られているらしく、趣味に合う作品があるかは運次第だが、確かに気楽に読むことは出来た。
「アズちゃんに? だったら読む読む」
そう言って春樹はコミックを読み始め、漸く静かになった。
そして、俺は小説の続きを読み始めるのだった。
珍しいだろう須藤目線です。星之宮クラスが『歓迎会』をやっている最中の、『一方その頃……』を書いてみました。
こういう部分も書いて、原作と似ている部分、変化している部分も出していかないと、以前描写した部分に対する説得力や、後々の説得力が足りなくなってしまいます。
外村の方は、原作の方でもそこまで目立ってないのでフォローの必要性は薄いんですけど、須藤はレギュラーと言っても過言ではないので。
その一方で、勉強面においては、須藤をフォローすれば外村のフォローにも繋がります。
また、須藤を描写すれば、『三バカ』の池と山内の描写に繋がっても不思議はありません。
『銘記』、『保存』、『再生』、『再認』は型月より拝借しました。
感想・評価お願いします。