ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第4話

 教室を後にしたアズが真っ先に向かったのは食堂だった。どうせ戻ってくるのであれば、わざわざ学校を出たくはない。

 

「あ……」

 

 そんな思いからの行動だったが、生憎と食堂は開いてなかった。

 

「ま、入学式だもんね。やってなくても仕方ないか……」

 

 そんな風に自分に言い聞かせて、だけどこのまま戻るのは負けた気がするので、せめてもとばかりにメニューと値段を確認することにした。

 注文は食券式だったが、幸いにして値段は電子表示ではなかった。現在は電源が落とされているが、おかげで値段がハッキリと分かる。

 

「へえ、結構色々あるんだ……」

 

 お高い物は千ポイント以上もするが、その多くは数百ポイントで収まるようになっている。無料の山菜定食もあった。

 

「でも、流石に毎日は注文してられないよね。山菜定食ならまだしも……」

 

 毎日五百ポイントのメニューを注文するとして、五日間で二千五百ポイントの出費だ。それが四週間なら一万ポイント。

 今は十万ポイントが支給されたばかりだから余裕があるが、出費は昼食だけではない。朝食に夕食、嗜好品、必要雑貨……お金の必要な要素はいくらでもある。

 たとえ毎月ポイントが支給されるとしても、極端に減額されるようであれば正直に言って心許ない。

 食券機の前で唸るアズの耳に足音が届いた。誰かが向かってきているらしい。まあ、別段おかしなことではないが。

 振り向いたアズの視界に入ったのは帆波だった。

 当然、帆波の目にもアズが映っていることだろう。

 

「一之瀬さん」

「アズちゃん」

 

 互いの口から、互いの名前が同時に発された。

 

「帆波でいいよ。やっぱり、名前で呼び合う方が仲良くなれた気がするからね。――まあ、流石に男子相手だと恥ずかしいけど……」

「では、お言葉に甘えてこれからは名前で呼ばせていただきます」

「私は最初に購買に向かったんだけどね。食べ物は全滅だったの。それでダメ元で食堂に来てみたんだけど……」

「御覧の通りです。今日が入学式だからか営業していません。それで、せめてもの抵抗としてメニューと値段を確認していた次第です」

「ぷっ。なにそれ」

 

 帆波は笑いを堪えず、素直に笑みを浮かべた。けれど、そこに嫌味はない。

 そのまま、アズの横に並び立つ。

 

「へえ、結構色々あるんだね~。高校の食堂なんて、お決まりのメニューしかないと思ってた」

「お決まりのメニュー……ですか?」

「うん。ラーメン、うどん、そばにカレー、簡単に思いつくところだとこんなとこかな。手早く作れたり、量を作れて作り置きが可能だったり、そんなとこ」

「ああ、なるほど。お昼休み、限られてますからね」

「これが会社とかであれば、それぞれにタイミングは違うんだろうな~とも思うんだけどね」

 

 学校のお昼休みは、生徒と教師を問わず明確に定められている。そんな状況で必要以上にメニューを揃えるのは――確かに生徒のモチベーションは上がるだろうが――費用の無駄ではないのかと思わずにはいられない。

 全教師・全生徒が食堂を活用するわけでもないのだから尚更だ。

 そもそもにして、全教師・全生徒を収容できるだけのポテンシャルが食堂にないのは明白だったが。

 

「ただ、これを見てるとポイントを稼ぐ方法はありそうな気がするよね?」

「帆波さんもそう思います?」

「ああ、そっか。もしかしたら……」

 

 そんなやり取りをしている時だった。不意に、帆波が何かを思いついたように頷いた。

 

「何か思いつきましたか?」

「うん、まあね。……私がフォルテちゃんと初めて会った時のことなんだけど、彼女、私と妹に絵のモデルを頼んだのよ。

 そもそもが妹の誕生日プレゼントを用意したくて、でも、うちってば母子家庭だから余裕がなくて買えなくて、お母さんも無理が祟って身体を壊して入院しちゃったタイミングで、だから、その果てに魔が差しちゃったんだけど……」

 

 万引きのことだろう。

 なるほど、とアズは頷く。まだ出会って間もないが、帆波は万引きを行いそうな人柄ではない。そのことは断言できる。

 そんな彼女が万引きを図った以上、相応の理由があったのだろうとは思っていたが、そういう事情であれば納得だ。色々と重なった結果、帆波も参っていたのだろう。

 

「で、モデルを務めた報酬というかご褒美として、妹が欲しがってた物をフォルテちゃんがくれたの。――ポイントに関しても、それと同じじゃないかなって……」

「『労働の報酬』としてではなく、『お手伝いの対価』としてのポイント譲渡ですか……。些か言葉遊びのような気がしなくはないですが、可能性はありますね」

「あとは、『勝負の勝利報酬』もあるんじゃないかな? 大会のトロフィーみたいな感じでさ」

「ああ、なるほど。……とすると、定期試験の際、条件を満たしたらご褒美をくれるよう先生に提案するのもありかもしれないですね」

「いいかもね。実力を評価するって言い分が正しいなら、きっと応えてくれると思うよ」

 

 営業していない食堂の券売機の前で、思いの外二人の会話は弾んでいた。

 そして、ピーピーと無機質な音が鳴り響いた。

 

「あ、時間……」

 

 呟いた帆波が、慌てたように端末を取り出して操作する。どうやら、アラームをセットしていたらしい。

 アズも自分の端末を取り出して時間を確認した。13:40を示している。集合時間にはまだ若干の余裕があるが、とてもじゃないが今から外に行って済ませる余裕はない。

 判断は迅速で、アズはスムーズに端末を操作し、数少ない登録相手――桔梗に電話をかける。

 

「はい、櫛田です。どうしたの? アズ」

「桔梗、いま外!?」

「うん。集合時間も迫ってきたし、今から学校に戻るところだけど」

「ゴメンだけど、適当になんか買ってきて! 二人分!」

「まあ、本当に何でもいいなら可能だけど――貸し一ね?」

「了解。恩に着るよ。今からポイントを送金するから」

 

 桔梗の了承を受けたことで安堵したアズは、通話を終えたら更に端末を操作。分かりやすく二千ポイントを桔梗に送金した。

 ふと横を見れば、もの言いたげな眼差しを帆波が寄越していた。

 

「そんなわけで、桔梗にお願いしました。二人分頼みましたので、帆波さんの分も買ってきてくれますよ。流石に希望に添える食べ物かまでは分かりませんけど……」

「うん。それはありがたいくらいなんだけど、私にもさっきの電話みたいな口調で話してくれないかな? 敬語の必要性も分かるんだけどね。やっぱり、どうしても壁を感じちゃって……」

「じゃあ、私のことも呼び捨てにしてくれますか? 同い年相手からちゃん付けで呼ばれるの、好きじゃないんです。自身の背丈の低さ故のコンプレックスと受け取ってくれて構いません」

 

 アズがそう言うと、帆波は納得したように頷いた。

 仲のいい友人同士であれば、ちゃん付けは普通にありだ。それはアズも理解しているし認めている。

 だがその一方で、ちゃん付けが幼い女の子相手に用いられるのも事実なのだ。だからこそ、僅かでも年齢差があるのならアズも許容できるのだが、同い年の相手から呼ばれるのは好きじゃないのであった。

 

「分かったよ、アズ。改めてよろしくね?」

「こちらこそ。改めてよろしく、帆波」

 

 二人は握手を交わし、どちらともなく笑みを浮かべ、自分たちの教室へ戻るのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 教室へ戻れば、チラホラと他の生徒たちの姿があった。

 

「ん? 二人は一緒だったのか?」

 

 話しかけてきたのは神崎だ。

 

「途中からね。私は最初に購買に行って、その後に食堂に行って」

「私は最初に食堂に向かいました」

「で、バッタリ会った結果、時間を忘れて意見交換とか世間話をしちゃってた」

「待て。……と言うことは、お前たちは食事を取っていないのか?」

「あ、桔梗に適当にお願いしましたので、その点は大丈夫ですよ。――まあ、摘まみながら話すことにはなるかもしれませんが……」

「それもどうかと思うが、目途が立っているならとやかくは言うまい」

 

 呆れた様子を隠さずに、神崎は嘆息した。

 

「ついでに、俺からも情報提供だ。俺は適当にコンビニで買って済ませたわけだが、無料商品が売られていたぞ。条件付きの限定販売ではあったがな。……ああ、これだ」

 

 そういった神崎は、自分の端末を操作して画面を見せてきた。

 そこに映っていたのは、ワゴンに入った歯ブラシや絆創膏といった日用品。ご丁寧なことに、デカデカと『一ヶ月三点まで』と書かれたPOPも用意されていた。凝った出来ではないが、だからこそ、これが日常的であることを思わせてならない。

 

「正直、アズの意見を聞いていなければ救済措置とでも思って軽く流していただろう。いや、単にアズの意見を聞いていただけでは、まだ足りなかったかもしれない。――だが、その後の星之宮先生の行動を見るとな……」

「ああ……。図星を指された! って行動にしか思えないわよね、アレは……」

 

 神崎の意見に、帆波がしみじみと同意した。

 そんなやり取りをしていると、クラスメイトが集まってきた。

 

「無料商品って言うなら、水とかお茶もあったぞ。……ほらこれ」

 

 そう言って、実際にボトルを取り出したのは柴田だった。

 

「一応、写真も撮っといたんだ」

 

 付け加えつつ、端末を操作して画面を見せてきた。

 全体像ではなかったが、商品、値段、ボタンの組み合わせは見慣れたものだ。おかげで、自動販売機を撮ったものだと察するのは容易い。そして、確かにメインに置かれているのは、値段の代わりに無料と表示されている箇所だった。

 

「ついでにこっちも」

 

 撮った写真を変えると、それも確かに自動販売機を撮ったものではあるのだろうが、メインに置かれているのは商品ではない。『無料商品は、それぞれ一日一点までとさせていただきます』という注意書き。

 

「なるほどな。()()()()だから、水とお茶の両方を購入することが出来たわけだ」

「私たちはモールの飲食街に行ったんだけど、併設されたスーパーでも無料品が置かれてたよ」

 

 麻子や千尋といった女性陣の一部は一緒に行ったらしく、ついでとばかりに買ってきたようだ。

 そうして取り出された物の中には、食材もあればお菓子もあり、日用品もあれば小袋に入った氷もあった。

 もちろん、商品が置かれていた辺りの写真も撮ってきていた。

 

「購入制限はあってもこれだけ無料品が売られているんなら、支給ポイントがゼロでも生活は出来そうだよね……」

 

 そう零す千尋の表情は硬い。洒落や冗談ではなく、現実的な危機感として語っているのだろう。

 

「それには同感。でも、個人的にはとても喜ばしいものだと思うよ、この状況は」

 

 千尋を慰めるようにアズは口を開いた。

 

「……?」

 

 だが、どうやら伝わり切らなかったようで、千尋は不思議そうに首を傾げている。

 またやってしまった、アズは思った。

 根本的なコミュニケーション不足もあるのだろうが、どうしてもその根底には『自分が分かるんだから相手も分かるだろう』という意識が働いてしまうのである。そして、口は無意識のうちにそれを前提にして言葉を紡いでしまうのだ。

 主に会話をする相手が限定的かつ優秀だった弊害とも言える。実際、兄も姉もそんなタイプである。桔梗も、初めのうちはともかく、付き合いを深めるうちにアズ限定でそれとなく察せるようになってしまった。それもあり、アズは自然と彼ら彼女らを基準にしてしまう傾向が強いのだ。

 

「え~と。皆して、誰に何を言われるでもなく、こうして無料品を買ったり端末で写真に撮ってきたわけでしょ? 自分で使うためだけなら、わざわざ写真に撮る必要はないよ。つまり、その根底には『クラスの役に立つんじゃないか?』って意識が働いていたんだと思う。

 そりゃあ一時解散前の流れから余計に顕著になった部分もあるんだろうけど、普段からそういう行動を取ってない限り、ここまでは出来ないよ。大抵の場合は口頭報告が精々で、例外があっても実際に無料品を買ってくる程度だと思う」

「え? でも、可能な限り根拠となり得る物を用意するのは当然のことじゃない? そうじゃないと、仲のいい相手ならともかく、そうでない相手には信じてもらうことなんて出来ないでしょ? 警察だってある程度の根拠がないと動いてくれないんだから」

 

 アズの言葉を聞いた千尋は、不思議そうにそう言った。

 その言葉から、見えてくるものがある。千尋は『無償の善意』を尊重する一方で、現実には期待していない。少なくとも、よく知りもしない相手に対しては。

 そして、そのことを自覚しているかいないかはさておき、快くは思っていない。だから、見知らぬ相手とも積極的に交流を図るのだ。そうして、『自分も相手と同じだ』と理解することで安堵する。

 言ってしまえば、根底的に善意が強く、それでいて『集団意識』が強いタイプの人物だ。

 善意の強さに対しては、警察を例に挙げたことから分かる。警察だって、決して動いていないわけではない。だが、それはあくまでも『国民のため』であって、『特定の個人のため』ではないのだ。特定の個人のために動くには、相応の根拠が必要となる。そのことに理解を示しつつも、心の底からは納得がいっていない。だから、仕方のない部分が必要以上に目に付いてしまうのだろう。

 

「まあ、確かにな。俺は今までサッカーやってたし、高校でもやろうと思ってるけどさ。ただ『勝とうぜ!』、『言われた練習メニューをこなせ』じゃ納得なんか出来ねえんだよな。

 言われなくても、()()()()()()()なのはこっちも分かってるんだよ。その上でこっちが求めてるのは、『練習の意図の共有』であり、『勝つために必要な作戦の提示』だ。

 仲が深まれば自ずと分かるようにもなるけど、少なくとも最初のうちはきちんとした説明が必要だろ。――そりゃあ、訳が分かんなくとも動ける、動くことが出来る『根性論』の必要性も分かるけどさ……」

 

 そう言ったのは柴田だった。

 連携は必要だ。だが、連携だけでは勝てない。だから個人技も必要だ。しかし、余りにも個人技を重視するようでは、サッカーという集団スポーツである意義があるのか?

 そもそもにして、勝つためには勝利への執着や根性が必要だ。それを養うために、敢えて練習の意図を説明しないのは理解ができる。だが、それでは集団スポーツに必要な、根底的な仲間意識や連帯感が芽生えないのではないか?

 そんな、サッカーという集団スポーツに携わるが故のジレンマが窺えた。

     

「ごめーん! ちょっと通してー!」

 

 桔梗の声が響いたのはそんな時だった。

 その声に従うかのように、さながら『モーゼの十戒』の如くに人垣が割れ、その間から桔梗が姿を現す。

 やはり、このクラスの人物は根底的な部分で集団意識が強いのだ。我の強い人物であれば、敢えて動こうとはしないだろう。

 

「まったく。頼むのはいいけど、もうちょっと余裕を持って頼みなさいな。後でフォルテに感謝しときなさい。元々彼女にも頼まれてたから可能だったんだから」

 

 言いつつ、桔梗がその手に持ったナイロン袋からパンやおにぎりといった軽食を取り出す。飲み物はない。自動販売機で好きな物を買えということだろう。

 

「フォルテが?」

「うん。校内の監視カメラの配置を確認するとか言ってたよ。まあ、そう言われちゃったら流石に断れないからね」

「やあやあ、お待たせー!」

 

 まるで桔梗の声に応えるかの如く、フォルテが姿を見せたのはその瞬間だった。




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