ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第43話

「訴えたのは一年Dクラスの松下千秋を中心とした連名で、訴えられたのは一年Bクラスの戸塚弥彦と……」

 

 回されてきた書類を見た桔梗は呟いた。

 事態そのものはどうということはない。言っては何だがよくあることだ。

 千秋を始めとするDクラスの何名かは、廊下を陣取って会話中だった。そこに戸塚が通りすがり、道を開けるように言った。実際の言葉はもっと横柄なものだったそうだが、廊下を塞いでいた自分たちに非があるのも事実なので千秋たちは素直に退いた。

 それで済めば問題になることもすることもなかったのだが、通り過ぎざま、戸塚はDクラスの面々に暴言を吐いた。

 Dクラスとしても、馬鹿にされて黙っているつもりはない。『クラス評価:ゼロ』を受けてから、何かにつけ我慢してきたそれが爆発するにも十分だった。

 何せ、相手は一年の中で唯一中間テストで赤点を取り、自身の属する派閥のトップである葛城の尽力でどうにか残留が叶ったような男なのだ。所属クラス自体はBクラスと自分たち以上の評価を受けていることは事実でも、それは『戸塚が自分たちより優秀』ということにはならない。直結しない。

 そこからは売り言葉に買い言葉。そのうちにキレた戸塚がグループの一人を突き飛ばしてその場を立ち去った。当の突き飛ばされた生徒――軽井沢恵も、よもや直接的な行動に及んでくるとは思わなかった。彼女自身は、あくまでも論戦のつもりだったとのこと。

 結果、恵は上手く受け身を取ることが出来ず、しかも運の悪いことに打ち所が悪かった。余りにも痛がるので保健室に連れていったが、保健医の知恵にも判断しきれない。その後は知恵の運転で病院に連れていき検査した結果、骨がズレていたことが判明する。

 流石にこうなっては千秋らとしても引っ込みがつかない。『自分たちも悪かった』で済ませるわけにはいかない。直接の原因となった戸塚には、最低限の責任を取ってもらわないわけにはいかない。

 知恵としても、付き添った以上は最低限の事情を確認する必要がある。

 結果として、知恵による事情確認が、そのまま千秋たちからの戸塚に対する訴えに繋がった。

 

「あ~、確かにありそうだわ……」

 

 戸塚については、元より派閥のトップである葛城自身が選民思想を問題視していた。

 そんな性質故に、クラス逆転により焦りが増加。焦りが悪循環を呼び、中間テストで赤点を取ることに繋がった。そしてそこを、葛城と、他ならぬ自分を追い詰めた原因とも言える星之宮クラスに救われた。首の皮一枚が繋がった。

 葛城の尽力ありきではあるが、星之宮クラスがポイントを貸しださなければ退学は免れなかったのだ。

 逆に言えば、相手が葛城で、その彼が尽力したからこそ星之宮クラスもポイントを貸しだしたと言える。

 それもあり、退学を免れてからは星之宮クラスに対する態度こそいくらか落ち着きを見せていた。

 しかし、本音ではやはり不満だったのだろう。対立派閥である坂柳派や、旗幟を鮮明にしない中立派閥、CクラスやDクラスへの態度が悪化したとの話は度々耳に届いていた。

 当然、戸塚に対する周囲の反感は強いだろう。

 派閥のトップである葛城はもちろん、場面を目撃した場合には星之宮クラスの生徒も注意していたが、当人に改めるつもりがないなら『馬の耳に念仏』だ。

 オマケに、それを好機と見た龍園の手下が度々挑発をかけていたらしい。戸塚自身は挑発に乗らず我慢していたようだが、それは相手が『不良クラス』として名高い()()()()()()()()()()()という見方も出来る。

 そういった日頃の不満と我慢が、Dクラス相手に爆発した可能性は十分にあり得るだろう。相手は『クラス評価:ゼロ』を受けた教室の生徒なのだ。しかも、生意気と言うか喧嘩腰な女子だ。手を挙げる忌避感が減ってもおかしくはない。それが『突き飛ばす』という行動に現れた。……そう考えることは、決して不可能ではない。

 

「該当の場面は監視カメラにもキッチリと映っている。この時点で戸塚に対する罰則は確定しているわけだが、問題はその内容だな。今のところは訴えを起こしたDクラス側の意見しかない以上、最終的な判断は戸塚側の意見を聞いた上で下すわけだが、ある程度の下地は作っておいた方がいいだろう」

「つっても、現状で証言内容に虚偽は見られないんでしょう? 経緯はともかく、『一方的な実力行使が行われた』点は軽視するべきじゃあないと思いますよ。被害者の方は、それで骨がズレてしまったんだから尚更です。

 戸塚本人は停学。その上で本人と所属クラスからPPとCPを没収し、その分を慰謝料代わりに被害者と被害者の所属クラスへと移すのが妥当なところだと思いますね」

 

 学校側から回されてきたカメラ映像を流しながら堀北が問うと、真っ先に南雲が答えた。

 他の面々から異論反論は上がらない。誰もが妥当な罰則だと判断したのだ。

 そんな中、桔梗が口を開いた。

 

「あ~、戸塚本人に一番問題があるのは事実ですけど、どうにも中間後は度々坂上クラスの生徒から挑発されていたみたいなんですよね。まあ、中間で赤点取って退学になるところを、所属する派閥のトップである葛城が尽力した結果、退学を免れた経緯がありますから。

 もっと詳しく言えば、葛城はうちのクラスに頭を下げてまでポイントの融資を頼み、それぞれの思惑はあれど、うちのクラスは葛城にポイントを貸しだし、葛城はそのポイントでテストの点数を買って戸塚の点数を上乗せさせたわけなんですけどね。

 当初、葛城は『退学阻止』を目的に二千万ポイントを貸してくれるようにうちのクラスに頼みに来たんですよ。まあ、綾小路を始め、他のクラスから生徒をスカウトした実績がありますから、()()()()()()()()()()()可能性はゼロじゃないと踏んだんでしょう。

 ただ、通常、退学の阻止には二千万の他に300CPのマイナスが必要みたいですね。当然、敵対派閥の坂柳にとっては認められるものじゃない。退学者の発生によってCPのマイナスを食らうとしても、代わりに邪魔者を切り捨てられるなら、それはそれで正しい選択です。うちのクラスで喧々囂々とやり合ってましたよ。

 結果、我慢の限界を迎えたうちのクラスの生徒が叫び、アズがそこに便乗。葛城に『テストの点数を買う』という可能性を提示し、その場で先生に確認。先生が認めたことで、『CPにマイナスが出ないなら……』と坂柳は去っていきました。――もっとも、アズによると既に坂柳はその可能性に気付いていたフシがあるそうですけどね。

 そんな経緯で、『戸塚が中間で赤点を取って、その上で退学を免れた』っていう事実自体は、一年の間では有名なんですよ」

 

 桔梗の話を聞いた先輩方は、揃って苦笑した。

 

「それで? それを俺たちに聞かせて何を企んでいるんだ? 櫛田」

「企むって程じゃないんですけどね。今月には期末もありますし、停学させるにしてもいくらか手心を加えてもらえればな~と」

 

 チョンチョンと人差し指同士をつつき合わせながら、桔梗はおねだりした。――まあ、桔梗の本音としては通っても通らなくても構わないのだが。現状の桔梗にとって戸塚の価値は低いのだから、嘆願したという実績さえ生まれればいい。

 

「フム。櫛田の言うように、普段から挑発されていたのなら情状酌量の余地がないではないが……」

「いやあ、それで罰を緩めるのは甘すぎですよ。実力無いのに粋がってた本人の未熟でしょう。クラスの実力は、自分の実力と直結しないんですよ。下位クラス相手に粋がる気持ちは分からんでもありませんが、それならそれで、自分自身でそうするに値するだけの確かな実績を示してから行うべきだった。

 自分の実力を過信した結果がこの有様です。なら、手心なんざ加えるべきじゃありません。そも、停学させたところで期末で赤点を取ると決まったわけでもないんです。粋がるだけの実力を、真に本人が有しているか否か、それが期末で試されると思えば尚更です」

「生徒会長としては、必要以上に退学者が出るような事態は歓迎できんのだが――確かに、南雲の言うことも尤もか。

 根底的な実力が不足しているのなら、粋がるよりも先に足掻くべきだ。やるべきことをせず、やらなくてもいいことを優先した結果。……今回はそう考えることとしよう。

 戸塚に対しては、夏休みまでの停学、PPとCPを没収し、被害者と被害者クラスに譲渡。なお、ポイントについては、戸塚本人に話を聞いてから決めることとする」

 

 銘々が了承の返事をし、朝一の生徒会会議はお開きとなった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「うちの戸塚が申し訳ない。そちらには恩を仇で返す形になってしまった」

 

 休み時間。星之宮クラスの教室にやって来て、そう言うなり頭を下げたのは葛城だった。

 戸塚がDクラスの生徒から訴えられた件については、既に朝のホームルームで周知されている。

 今回の一件で直接的な被害を受けたのは星之宮クラスではないが、以前、葛城は中間で赤点を取り退学の憂き目に遭った戸塚を救うべく星之宮クラスから『ポイント融資』という名の協力を受けている。

 そうまでして退学から救った相手が、今度は他クラスから――それも、以前に『マナー不足・モラル不足』で訴えられた生徒が大勢所属しているDクラスから訴えられることになったのだ。

 オマケに、戸塚には学校の実態が知れ渡ってからというもの、常々下位クラスの生徒を見下す部分が多く見られた。葛城もそれを危惧して度々諫めてはいたようだが、結果が全てを物語っている。

 葛城自身、戸塚を情けなく思っていようが、派閥の長として、それを隠し、こうして星之宮クラスへと頭を下げている。実に見上げた心意気であり、星之宮クラスとしてはその心情を慮らないわけにはいかなかった。

 

「葛城くんが頭を下げる必要はないよ。まあ、派閥の長としてはポイントを融資した私たちに頭を下げざるを得ないのかもしれないけど、葛城くんだって戸塚くんを諫めてたんでしょ?」

「それはそうだが……。結局、俺に出来たのは口うるさく注意することだけだった。それで効果が出なかった以上、俺の責任も大きい」

「その気持ちも分かるけどね。でも、結局は本人次第な部分も大きいから。

 葛城くんは戸塚くんを思って度々注意した。でも、戸塚くんはそれを重く捉えることが出来なかった。自身の選民思想を優先し、変わることが出来なかった。それが一面の事実で、私たちはそう受け取ることしか出来ない。

 だから、葛城くんは悪くないよ。敢えて悪い部分を挙げるなら、『戸塚くんを導けなかったこと』になるんだろうけど、さっきも言った通り、結局は本人次第なんだよ。戸塚くん一人だけにかかりきりになれるわけもなし、葛城くんは葛城くんなりに出来るだけのことをした。その上で成果が出なかった。

 葛城くんは確かに戸塚くんの所属する派閥の長なのかもしれないけど、一生徒としては対等なんだよ。背負いすぎる必要はない。だから、もう一度言うけど、葛城くんは悪くないよ」

 

 帆波は微笑とも苦笑とも付かぬ笑顔を浮かべ、葛城に対してそう言った。

 葛城に前向きになってもらおうと思っているのに、暗い表情で慰められるわけがない。かといって、葛城の心情を思えば明るい表情で慰めるのも気が引ける。そんな、帆波の複雑な心情が表れた故の表情だった。

 

「そう、言ってくれるか……」

 

 呟いて顔を上げた葛城の表情は、幾分かマシになっていた。ほんの僅かだが、口元が弧を描いている。

 

「生徒間の問題に対処するのは、基本的に生徒会だと聞いた。ダメ元で確認するが、今回の一件で戸塚が受けるだろう罰則について聞かせてもらえるだろうか?」

 

 次いで、現時点で一年生ながらに生徒会に所属している三名――アズ、桔梗、綾小路に対して顔を向けた。

 

「その質問に答える前に、戸塚の現状を教えてもらっても構わないか? 一応、戸塚からも話を聞くとのことだったんでな。それが終わったなら、仮決定でいいなら教えるのも吝かじゃないんだが……」

 

 答えたのは綾小路だった。

 現状において、戸塚に対する罰則は仮決定だ。『戸塚から話を聞いた』という事実さえあれば、その瞬間に『周知したかはさて置き、戸塚の罰則は確定した』と言い張ることも出来るようになる。

 しかし、まだ戸塚から話を聞くことが出来ていないのであれば、事前に『ポイント譲渡』を行うことでPP没収を逃れることが可能になってしまう。手持ちがないのであれば、没収など出来る筈もない。

 もっとも、タイミングを考えれば、当然ながら偶然で済ませられる筈がない。必然的に、最も怪しいのは同学年で生徒会役員を務める綾小路たちになってしまう。

 それを危惧すれば、質問に答える前に戸塚の状況を確認するのは必須だった。

 

「そういうことであれば、先の質問は取り消そう。

 真嶋先生は、一年生に対しポイントが支給されていないことの理由として、『戸塚が他クラスの生徒から訴えられたこと』、『それによってCPが変動する可能性があること』、『基本的に生徒間の問題には生徒会が対処すること』、『現状では一方からの意見しか聞いていないため戸塚からも話を聞く必要があること』は教えてくれたが、その際に話を聞くのは放課後だとも言っていた。

 今日は確かに七月の一日で、本来であればポイントが支給されるのが道理だが、訴え自体は昨日の時点で起こっていたため、順番で言えばそちらを先に対処する必要があるとのことだった」

「ま、道理だな。その上で、一言に『話を聞く』って言ったって、どれだけ時間がかかるかも分からないからな。それを思えば放課後に話を聞くのは不思議なことじゃない」

 

 肩をすくめ、綾小路は葛城の言葉に理解を示した。

 

「戸塚への罰則が実際にどうなるにせよ、今回の一件で俺の影響力と支持力は間違いなく低下するだろう。必然、その分だけ坂柳が台頭することになる。

 気を付けることだ。坂柳は余りに攻撃的だからな。その矛先がこのクラスに向かっても何ら不思議はない。

 余りに度が過ぎるようであれば俺も止めるために動くが、どこまで効果が出るかは分かったものじゃない。すまないが、過度の期待はせずにおいてくれ」

「忠告ありがとう、葛城くん。まあ、クラス団結してどうにか乗り越えていくよ」

「気軽にそう言えるお前が、心底羨ましいよ、一之瀬。――では、失礼した」

 

 最後にもう一度頭を下げ、葛城は教室を出ていったのだった。




原作における、須藤の『暴力事件』に相当する話です。
龍園のターゲットとして戸塚が選ばれることになりました。ただし、最後の引き金を引いたのはDクラス――千秋たちです。

この展開になったのは話の流れもありますが、筆者の都合もあります。
『堀北:南雲』と『葛城:戸塚』という、『導く者』と『導かれる者』の対比を書きたかったからでもあります。
その一方で、『こうなってもおかしくない状況』は描写できていると判断したからでもあります。

戸塚の停学期間が長過ぎるかもしれませんが、これは原作と同様です。須藤に与えられる筈だった停学期間も夏休みの開始までです。
この点については、『実際に怪我人が出ているから』と判断しました。
問題として大きいのは間違いなく『ストーカー問題』の方なんですが、あっちの方は愛里が精神的な被害こそ受けましたが、怪我なんかは負っていませんからね。どうしても『実質的な被害』は軽視せざるを得ません。
それもあり、南雲の停学期間を二週間とした運びです。

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