ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
再集合を果たした1-Bの生徒たちは、現在アズを先頭にして職員室へと向かっていた。ゾロゾロと連れ立つ様は、さながら大名行列である。
なお、アズは行き先が職員室であることは明かしているが、その目的までは明かしていない。クラスメイトに分かるのは、アズが
「どうせ遠からず分かることですし、私が何をしたいのか考えてみてください。ちょっとしたことでも思考する癖を付けるのは、思考能力を養うのは、将来的にも無駄にならないと思いますし……」
そう言われれば、確かに同意できないわけではない。そんなわけで、1-Bの生徒たちは歩きながらもそれぞれが思考に耽っていた。
しかし、決して無言で歩いているわけではない。前後左右の生徒と相談しあっている姿がそこかしこに見受けられた。
「なんだと思う? 一之瀬」
「う~ん、流石にまだ分からないかな。職員室に向かうってことは、先生に用があるんだとは思うけど……。櫛田さんは何か思い浮かぶ?」
「まあ、それとなくは……。第一に、現段階で私たちが分かっていることは多くない。そのほとんどは推測に過ぎない。……でしょ?」
直言は避け、桔梗は婉曲的に言葉を紡ぐ。
「それは……確かにそうだね」
「でも、そんな中で先生が明言したことがあるでしょ?」
「この学校は生徒の実力と将来性を評価すること、十万ポイントは入学を果たしたご褒美として新入生に共通して支給されたこと、一ポイントが一円の価値を持つこと、毎月一日にポイントが支給されること、敷地内においてポイントで買えないモノはないこと、ポイントは他の生徒に譲渡することが出来ること……他に何かあったっけ?」
指折り数えつつ、帆波が呟く。
「……いや、そんなところだと思う。退学に関する言及なんかもあったが、星之宮先生の言を信じるならアレはアズに対するご褒美であり、言ってしまえば『余分』だ。その点で言えば、アズの質問に対する返事や態度なんかも同様。アズが質問しなければ得られない情報ではあった」
暫し茫洋とした眼差しで宙を眺めていた神崎だったが、やがて口を開いた。
「そう。本来なら、今の時点で私たちが得られたであろう情報は、さっき一之瀬さんが言った程度のこと。このことから、十中八九箝口令が敷かれているね。まあ、教えられる範囲は裁量次第な部分もあるみたいだけど……」
「確かにな。高校は義務教育じゃない。である以上、退学を危惧するのはある意味で当然であり、誰もが大なり小なり抱えている不安でもあるだろう。名門校なら尚更だ。ましてや入学直後だ。その響きから厳しい環境をイメージしている生徒の方が多い筈だ。そう考えれば、先生が退学に関して言及するのも決しておかしなことじゃない」
「それは……うん。今まで義務教育の中学生だった私たちにとって、退学は確かに縁遠い。けど、縁遠いからこそ意識せずにはいられない部分があるのも間違いないと思う」
桔梗の意見に対し、神崎と帆波は補足的に自分の意見も出した上で同意する。
「十万という大金のインパクトもあって、連続的に告げられると、あたかも『来月も十万ポイントが支給される』ように錯覚しちゃう。けどその一方で、箇条書き的に羅列すると、決してそうじゃないことも分かる。
そのことに気付けるか、気付いた上でどんな行動をするか。学校側はそんな部分も測っているんだと思う。それがこの学校の言うところの『実力』であり、決して学力とか運動能力とかの一般的な成績だけを指すものではない。……少なくとも、そう思って行動しておいた方が損はないと思う」
「じゃあ、アズはその部分を確認しに?」
首を傾げながらフォルテ。
「ううん、それはないと思う」
と桔梗。
「それが目的なら、わざわざ全員で行く必要はないよ」
補足を入れて。
「それは……そうだろうな」
神崎が同意を示せば、更に桔梗は言葉を続ける。
「流れを考えれば、ある程度の想像はつくよ。……星之宮先生のやり取りで見せた爆弾発言に対する事情説明。それをアズは否定せず、けれど敢えて後に回した。それはなぜ?」
「分かった、安全確保だね? あの時点でうちのクラスを除く大半の新入生は帰っていたけど、全員が帰ったわけじゃない。少ないながらも残っている生徒はいた。教室で堂々と説明することで、そういった生徒たちにバレることをアズは嫌った。……違う?」
ニヤリとした笑みを浮かべて、フォルテが。
「流石は自称忍者。情報の取り扱いに関しては慎重だね」
桔梗はその言を否定しない。
「流石にこの時間になれば残っている新入生もいないだろうしね。なお残っている生徒がいるのだとしたら、先生の説明に疑問を持って調べている生徒。そう理屈付けることは可能だし、そんな人物が相手であれば必要以上に隠し立てをする意義は薄い。――あれ……? だとすれば、なんでわざわざ職員室に……?」
自分で口にした意見に、帆波は疑問を覚えた。
「それ以外の目的もあると考えれば理解はできる。より慎重策を取って、会議室みたいな特別教室を借り受けるとかな。――そうか! それが目的か! ポイントで買えないモノはない。それがどこまで指しているのかを、アズは確かめようとしているのか!」
「これまでの学校生活であれば、理由を付けて申請し、それが妥当と判断されれば借り受けることが出来た。私たちにとっては、それが普通の感覚。――でも、この学校のルールに則るのであれば、ポイントを払ってレンタルすることが出来る……」
お金を支払うことで、限定的に利用権を買う。言ってみれば、DVDやコミックのレンタル、カラオケなんかと同じだ。
「たぶんだけどね」
桔梗がそれを認めるのとほぼ同時、一行は職員室前に着いたのだった。
「そこまで分かってるんならいいよね? 桔梗、私の代わりにお願い」
「アンタって子は……」
悪びれもせずにアズが告げれば、桔梗は頭を押さえて天を仰いだ。適材適所に役割分担。そういった言葉で片付けられなくはないのだが、単なる
それでも、もはや手慣れたものだ。溜め息一つ吐いて呆れを外に逃した桔梗は、猫をかぶって職員室の扉をノックする。
「失礼します。1-Bの櫛田桔梗、及び同クラスの一同です。担任である星之宮先生に用があるのですがいらっしゃいますでしょうか?」
まさしく、お手本とも言える態度で桔梗はやってのけた。
「どうしたのかな? 全員揃ってこんな時間に?」
入り口までやってきた星之宮先生は、首を傾げてそう言った。別段おかしな言葉ではない。入学式はとっくに終了しているのだから。
「これからの学校生活について、みんなで相談したいことがありまして。この人数を収容できる会議室なんかを借りたいのですが可能でしょうか? やはり、開放的な教室だと他人の目が気になってしまいまして……。いえ、理屈では残っている生徒がいないか少ないだろうと理解はしてるんですが……」
「それで会議室を? まあ、分からなくはないかな。ちょっと待ってね、確認してくるよ」
それだけ言って、星之宮先生は職員室内に戻っていった。
「ちょっと流れが悪くない? 断られてポイントで借りる展開を想像してたんだけど……」
「大丈夫、問題ないよ。そもそも、正当な理由を付けて申請されたのなら、学校側としては断られないだろうし……」
小声で不安げに話しかけてくる桔梗に対し、アズもまた小声で返した。
その返答を受けた結果だろう。途端に桔梗の表情から不安が消える。
「大丈夫だったよ。流石に日にちが日にちだからか、誰からの申請もなし。最長で二時間の貸し出しになるし、場所が場所だから最低でも教師が一人同席することになるんだけど、それでも構わないかな? ちなみに、今回は私が同席させてもらうよ。担任でもあるからね。でも、毎回私が同席できるわけじゃないから、そこは了承しておいて?」
「分かりました。今回はそれで構いません」
「うん。じゃ、こっちの書類に記入をお願い。本来なら代表者と利用者全員の名前が必要なんだけど、今回は代表者の他は『Bクラス一同』で構わないよ」
流れで書類とペンを受け取った桔梗が、サラサラと記入する。
「はい、確かに。利用時間は二時間の申請で構わない? もちろん、早く終わる分にはそれでも構わないよ」
「そういうことなら、二時間でお願いします」
「はいはーい」
星之宮先生もペンを動かし、それが終わったところで再度職員室に戻り、暫くして戻って来たときには書類の代わりに鍵を持っていた。
「んじゃ、行こっか」
今度は星之宮先生が先導となって会議室に向かう。後ろ姿なので確かなことは言えないが、どうにも楽しそうな様子だ。
目的の会議室は職員室から思いの外近かったようで、すぐに着いた。
「じゃ、入って」
星之宮先生が鍵を開けて入室を促す。
全員が入室して席に着いたのを確認したら、今度は内鍵をかけた。そのまま、ドア近くの椅子へと座る。
あくまでも監督者としての同席であり、話し合いに対して積極的には関与しない。言外にそう告げているのだろう。
会議室内を見渡すと、やはりと言うべきか監視カメラはあった。一角には大型のプリンター兼印刷機もある。
「じゃ、時間も限られているんでちゃっちゃと進めていきましょう! 司会進行は、私、一之瀬帆波が務めさせていただきます!」
ヒューヒュー! やんややんや! これも協調性の表れか。ノリよくクラスメイトが囃し立てた。
「ありがとう! では、最初にアズの方から爆弾発言の意図を話してもらいたいと思います! アズさん、どうぞ!」
「ちょっと、流石にそのノリにはついて行けないんですけど、まあ答えさせてもらいます。――ただその前に……先生、この使用時間中、あの監視カメラに映る映像を他クラスに確認されないためには、いくらかかりますか?」
「どういう意味かな?」
「ポイントで買えないモノはないんですよね? だったら、権利のような無形のモノを買うことも出来ると思いますけど?」
アズの質問に小首を傾げる星之宮先生だったが、それでアズは誤魔化されない。追及して逃げ道を塞ぎにかかる。
「はぁ……。誤魔化しきれないか……。でも、その必要があるのかな? 教師であれば、どのクラスが申請したかなんて、調べようと思えば簡単に調べられる。そして業務上、教師が監視カメラの内容を確認するのは禁止できない。生徒会長なんかの一部生徒もまた然り。その当然の権利を抑制しようって言うんだから、高いよ?」
「でしょうね。だから、元から防げるとは思っていません。知りたいのは、いくらかかるかという参考値です。そもそも、値段が分からないのでは買うか買わないかの判断もつけられません」
その意見に根負けしたのか、星之宮先生は値段を告げた。その値段は二百万。普通にバカ高い。七桁の大台だ。全員が協力すれば払えなくはないが、それだけの価値があるかは正直に言って怪しかった。
「そんなにするんだ……」
帆波が呟いたが、その声に力はない。
「十万で驚愕していたのが馬鹿らしくなってくるな……」
続く神崎もまた同様。
言葉に出さないだけで、生徒たちの誰もがそんな感じだった。
「では先生、この端末ですけど、教室名義のそれを用意するとなればいくらかかりますか?
今の答えから、到底個人では払えないような金額のモノがあるのは分かりました。となると、皆からポイントを集めていざという時のための『クラスの共有資金』を用意するのは何らおかしなことじゃないと思います。
でも、誰かに管理を任せるだけならともかく、特定個人の端末に纏めるのは、その『誰か』の負担が余りに大きいです」
「確かにな。ポイントが一括化されてしまえば、それだけ管理は難しくなるだろう。せめて一括化されず、別枠管理ができるならまだマシだろうが……」
星之宮先生が答える前に、神崎がアズの言葉に同意を示した。
「……あるよ。端末の方は生徒の個人情報と結び付けるのが前提だから、壊れでもしない限り新しく用意することは出来ないけど、IDであれば話は別。言ってしまえば、手持ち枠と貯金枠に分けるだけのことだからね。
そもそも、現金であれば、箱や袋に分けることで簡単に出来るんだから、ポイントだからって出来ない方がおかしいよね?
手持ちに余裕があれば、あるだけ使っちゃう。だから、それを抑制するために別枠を欲する。そんな生徒は思いの外に多いよ。まあ、言っても簡単に移せるから、どれだけの効果があるかは、それこそ人によるけどね」
そして、流石に誤魔化せないと判断したのか、今度は割とすんなり認める星之宮先生だった。
「ちなみに、そのIDの値段は?」
「一人当たり十万ポイント」
それを受けて、生徒たちは思案気な表情を浮かべた。
その様子を見て、帆波がすかさず宣言した。
「はい、今から一分間、いるかいらないか考えてください! 一分後に決を取って、賛成多数であれば購入します!」
その結果、尚更に生徒たちは焦らされることになった。
買えなくはない。少なくとも、さっきの監視カメラよりは余程に安い。しかし、それでも高い。現金であれば簡単に出来ることが、どうしてこんなに高いのか?
いろんな考えが、生徒たちの頭をよぎる。だが無情にも、無機質なアラームによって思考を中断せざるを得なくなった。
「はい、決を取ります! 購入に賛成の人は挙手! ……すみませんが、中立として先生にカウントしてもらっていいですか?」
「仕方ないなぁ~。って言うか、カウントする必要ある、これ?」
帆波の投げかけにノリよく起立した星之宮先生だったが、その言葉通り、明らかに賛成多数だった。むしろ、満場一致と言ってもいい。
「確かに結果は一目で明らかです。でも、だからこそ、少数派の意見を蔑ろにしてはダメだと思うんです」
星之宮先生の言葉に、帆波はキッパリと返した。
「そう。……うん、そういう考えは大切だと思うよ」
帆波に微笑を返した星之宮先生は、ゆっくりと室内を回る。この状況では手を挙げていない生徒を数えた方が早い。
「え~と、反対者は……神崎くんと櫛田さんと姫野さん? 納得と言えば納得だけど、意外と言えば意外だね」
反対者の名前が挙げられ、それを聞いた一部がざわつく。
「それじゃあ、反対理由を教えてもらってもいいかな? 神崎くんと櫛田さんに訊いたんじゃ芸がないから、ここは姫野さんからで!」
「私かよ……。最初に言っとくと、私は完全に反対なわけじゃない。共有資金の用意には賛成だ。――でも、このままじゃなし崩しに買うことになって、未だ能力も人柄もよく分からない『誰か』に任せることになりかねなかった。だから反対した」
嫌そうな表情を浮かべながら、それでもユキは理由を説明した。
「俺も同じような理由だな。少なくとも、誰かに管理を任せるのであれば、『任せられる』とクラスの大多数が認めた人物に任せたい」
「右に同じでーす! アズが言ってたように端末購入が可能なら、買うだけ買っておいて誰に管理を任せるかは後から決めることも出来たと思うけど、IDだったら買った時点で『誰か』に紐付けられちゃうからね。IDを買うんであれば、先にその『誰か』を決めるべきだと思うな?」
神崎と桔梗も続き、確かにその言い分には一理あった。
「あれ……? じゃあ、何でアズは反対じゃないんだ?」
ポツリと、そんな疑問が持ち上がった。
「私ですか? 単に星之宮先生に管理してもらおうと思ったからですけど……。何も、全てを私たち生徒が分担する必要はないじゃないですか。この学校の教師である以上、星之宮先生もIDを持っている筈ですし、担任ならその程度の協力はおかしくないと思います。教師に預けてしまえば、生徒が好き勝手にポイントを弄れなくもなりますし……」
『確かに!』
アズの言葉に、生徒たちは一斉に同意を示した。そして、グルン! と勢いよく星之宮先生へと視線が向いた。
「……はい。確かに私も教師としての端末とIDを持っています。担任として、その程度の協力であれば許容範囲です……」
もはや諦めの域に達しているのだろう。星之宮先生は誤魔化すことも否定することもなく、俯き加減に認めるのであった。
「なに……? なんなの……? 今回の私のクラス……。優秀で嬉しいんだけど、その優秀さが逆に怖い……」
そしてその口からは、弱音とも取れる言葉が紡がれるのであった。
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