ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
無人島試験。その初日の調理風景は、混沌とした様相を呈していた。
男女を問わず自炊ができる。その条件で集められた人材は、しかしその大半が役立たずだった。遺憾なことに、その『役立たず』の中には私も含まれている。
設備が違う。調理道具がない。調味料がない。食材も限定的。作る量が根本的に異なる。……こんな具合に、細かく理由を挙げていけば理由は様々に存在するが、結局は『環境の違い』に集約される。
もちろん、ポイントを使えばそれらの品々を用意することは出来る。しかし、ポイントは有限だ。何でもかんでも用意できるわけではない。
オマケに、今回の方針上、ポイント消費=物資の提供はAクラスに限られる。Dクラスは初期保有のポイントを全温存する方針だ。だからこそ、同盟が叶った背景がある。――まあ、既に高円寺くんが勝手にリタイアしてしまったので『全温存』は叶わなくなってしまったのだけど……。
ともあれ。そうなると、最優先にポイントを消費するべきはトイレやテントなどだ。何せ、両クラス合わせて八十人近くいるのだから、初期配布の簡易トイレやテントだけで賄える筈がない。簡易トイレの仕様を考えたら、特に仮設トイレの購入は必須と言える。
その仮設トイレは、一つ20ポイントもする。一クラスに一つ購入するとして、この時点で40ポイントの消費が確定された。そして、コレで事足りるかも正直怪しい部分がある。今日は初日なのだから、この数はあくまでも様子見だ。少なくとも、明日丸一日を使って更に数を増やすか様子を見る必要はあるだろう。
テントだって仮設トイレほど高くはないが、その一方で安くもない。一つ10ポイントはする。支給テントは一つが八人用。詰めれば十人は入れるだろうが、そうした場合、身体をゆっくりと休めることは出来ないだろう。
また、本来であれば一クラスは男子が二十人、女子が二十人の計四十人。推奨使用人数が八人である以上、テントが五個あれば理論上は全員がゆっくりと休めることになるが、うちの一つは必然的に男女混合となる。理屈の上では休息が叶っても、実際には叶わないだろう。
ポイントを多く使ってゆっくりと休める環境を整えるか、ポイントを節約して最低限の環境で我慢するか。Aクラスはスカウトで人数が増えたり、うちのクラスは逆に人数が減ったりしているが、その点でも学校側は厭らしい選択を迫っている。
現状、Aクラスは元々の人数に綾小路くん、佐倉さん、椎名さん、山村さんが加わって四十四人。男子が二十一人の女子が二十三人だ。
一方の私たちDクラスは、綾小路くんと佐倉さんが移籍でいなくなり、そこに山内くんが退学したことで、男子十八人、女子十九人の計三十七人だ。
両クラスの人数を合計すれば八十一人。男子は三十九人、女子は四十二人となる。
このうち、各クラスにテントは二個が初期配布されているから、合わせて四個。三十二人分は休息環境が確保できている。男子用にあと一個、女子用に五個買えば、最低限の休息は叶う計算になる。
まあ、推奨使用人数が八人だとて、男女の体格差もあるのだ。男子に比べ比較的小柄な体格の生徒が多い女子の方であれば、詰めてもまだマシな休息が取れる可能性はある。――それも、
いずれにしろ、テントとトイレで100ポイントの使用は確定されているのだ。様子見用にある程度ポイントを残しておく必要があることを踏まえれば、他の必要物資に使えるポイントは更に減る。
その上で、更に優先順位を付けなければならず、上位に来るのは必然的に『衛生環境の整備』だ。ただでさえ不慣れな環境なのだから、頭や体を洗ってリフレッシュできないのであれば、体調不良に陥ってしまう可能性は大きい。特に私たちの場合、生活する上で『毎日の入浴』は習慣付いているのだから。
流石に浴槽の用意までは望むべくもないが、だからこそシャワーの用意は必須と言える。そして、仮設シャワーもまた高い。仮設トイレと同様に一つ20ポイントもする。
それに比べるとウォーターシャワーとやらは一つ5ポイントと格段に安いのだけど、生憎とどういう物なのか分からない。名前から察するに、
まあ、八十人もいるのだから中には分かる人もいるかもしれないが、継続使用を考えた場合、割に合うかどうかはまた別だ。携帯コンロのように稼働燃料を別に用意する必要があるのだとしたら、仮設シャワーの方が単価は高いけど逆に安上がりな可能性だってある。だって、使用する人数が人数なのだから。
よほどの大型燃料を提供されるなら話はまた別だけど、流石にそれは考えにくい。である以上、燃料の量に期待は出来ない。一人や少人数で使用する分には十分でも、八十人で使用するなら頻繁に燃料補充にポイントを持っていかれる可能性は高いだろう。
衛生環境を考えるなら、シャンプー、ボディソープ、歯磨き粉、自然の中で行動することを考慮すれば虫除けの類も必須だろう。リンス、コンディショナー、トリートメントに拘っていたらキリがないので、リンスインシャンプーが現実的なところだろうか。
これらも比較的単価は安いけど、人数を考えれば量に期待は出来ない。
まあ、そんな風に先々を考えていった場合、調理道具に費やすポイントだって限られるのが道理。しかも、『調理器具セット』やら『包丁セット』、果ては『鍋セット』と言った具合に、セットにも様々な種類があるのだ。セット故にお得感はあるが、その分だけ単価は高くなるとくれば、尚更吟味する必要に迫られる。
結果、役立たずが生まれるのは避けられないことだった。所詮、私たちは一介の高校生である。いくら自炊が出来たとしても、だからといってこんな環境で八十人分もの料理を作れることとは直結しないのだ。食材、調味料、果ては設備まで限られているとなれば尚更だ。
食材は各所に用意されているが、前提として、使用するためにはスポットを占有する必要がある。スポットを占有して、初めてそのエリア内の食材を使うことが可能になるのだ。
その点でリーダー当ての危険性が高まるのは避けられず、私たちがAクラスと同盟を結んだ理由にはそれもある。スポット占有に動かなくて済むのなら、リーダーがバレる可能性はそれだけ減る。得られるボーナスもそれだけ少なくなるが、リーダーを当てられたらどれだけボーナスを稼いでも意味はないのだ。
初期ポイントの温存が叶うなら、ベースキャンプのスポット占有だけでも十分な利がある。
そして、それらの自然食材も、それを『食材』と認識できなければ意味がない。普段目にするような分かりやすい野菜やら果物であればまだしも、目にする機会の少ない野草や香草の類は尚更に無視されがちだ。
結果、諸々の制限から『作る料理の目途が立たない』という状況に陥っているのが実情だった。
「はぁ……。我ながら情けないわね……」
自らの能力には自信を持っていた私だけど、いざそれが通用しない事態に直面すると、結構ダメージは大きかった。
何も仕事をしていないわけではないけれど、これといって極端な能力を求められることもない、言ってみれば誰にでも出来るような仕事でしかないのだ。端的に言うと芋の皮むきである。
「いやいや、そんなことはないと思うけど?」
溜息を吐きながら作業をする私に声をかけてきたのは松下さんだった。やはり、彼女の手にも芋と包丁が握られている。
「松下さん? 私に何か?」
「いやね。船の上から思ってたんだけど、堀北さんの様子が以前と変わったように思えたんでね。訊けるようなら、何があったのか聞かせてもらおうと思ってさ」
「ああ……。船の上では、我ながら以前とは違う態度を取っていたからね。確かに、不思議に思うのも無理はないと思うわ。
うちの生徒会長いるでしょう? 彼、私の兄さんなんだけどね。以前から関係が上手くいってないのよ。いえ、私自身は兄さんを尊敬してるし敬愛してるのだけどね? どうしてか兄さんからは避けられちゃってて……。まあ、その理由も既に判明はしたのだけど……。
その理由を知らなかった私がこの学校への入学を目指したのは、兄さんがいるからなのよ」
「あの生徒会長が……。私は実際の人柄とか能力とかはあまりよく知らないけど、評判だと結構な出来人だよね? そんな人がお兄さんなんだ? それはまた、大変と言うか何と言うか……」
私の言葉を聞いた松下さんは、何とも言えない表情を浮かべて感想を述べた。
「大変、だったのかしらね……? 自分ではよく分からないわ。私にとっては、兄さんがいることが自然で当然だったから。
そんな兄さんに、先日、この学校に入学してから初めて呼び出されたのよ。私から逢いに行ったときはあるのだけど、その時は素っ気なくされたものだから、そりゃあもう嬉々として行ったのよ。
そしたらね? 何でかそこに桔梗さんが同席していて。率直に言ってお邪魔虫よね。期待との落差で、私の機嫌は宙ぶらりんになったわ。
だけど、桔梗さんの同席を求めたのが他ならぬ兄さんであるのなら、私としては受け入れるより他にないわよね」
本当、今思い出しても腹の立つ出来事だった。
「で、兄さんが私を呼び出した理由を語ってくれたのよ。どうして今まで私を避けていたのかも含めてね。
正直、それを知れたのは嬉しいのだけど、桔梗さんってば事ある毎に兄さんの頭をハリセンで叩くのだもの。殺意が湧いちゃっても仕方ないわよね? まあ、実力行使をしようとしたら兄さんに止められちゃったんだけど……。
兄さんが言うには、兄さんは私の才能を認めて、いずれは自分を超える人間になってくれることを期待していたらしいわ。
そんな兄さんが私を避け始めたのは、私が兄さんに対して
一方の私は、兄さんの真意に気付くことなんかなく、
兄さんにしてみれば、久方ぶりに再会した妹の状態がより悪化してるんだもの。そりゃあ、素っ気ない態度を取っても仕方ないわよね」
「言っちゃあなんだけど、会長の気持ちは分かるわ。聞いてる私もドン引きものだよ。ブラコンにも程があるって言うか……」
松下さんは顔を引きつらせながらそう言った。
「普通に考えればそうなるわよね。実際、兄さん自身の口から説明されたことで、私も認めることは出来たわ。兄さんの立場で考えてみれば、確かに怖いでしょうね。
だけどね? 私にも私の言い分があるのよ。さっき松下さんが言っていたように、兄さんは稀代の出来人。オマケに、齢もそう離れていない。……こうなると、周りが何を言うかなんて松下さんにも想像がつくんじゃない?」
「学を目指せ、お兄さんはこうじゃなかった。……こんなところかな?」
「そのものズバリでその通り。オマケに、そんな連中は『
そんな状況で、唯一私の努力を認め、褒めてくれる相手が兄さんだったのよ。私が兄さんに入れ込むのは当然だと思わない?」
「まあ、そう聞けばね……。身近に優秀な人物がいれば、どうしたって比較されるでしょうし……」
「そんなわけで、私が自覚したときには、もはや兄さんが私の
こうなってしまっては、たとえ兄さんの言葉であろうと全てを受け入れることは出来ないわ。だって、私がこの状態から変わってしまえば、兄さん以外の家族は私を受け入れなくなってしまうもの。私が兄さんを目指し模倣したからこそ、両親は私を娘として認めているのだもの。
それを伝えたら、兄さんは絶句していたわね。私がそんな状態に置かれていたことに気付いてなかったみたい。そこでも桔梗さんにハリセンで叩かれてたわ」
本当、兄さんの頭をあんなポンポンと叩くなんて!
「いや~、そこに関しては『櫛田さんグッジョブ!』としか言えないかなぁ~」
松下さんは苦笑する。まあ、兄さん至上主義ならぬ一般的な感性の前では、そのような反応になってしまうのも無理からぬところか。私でもその程度の理解を働かせることは出来る。
「兄さんはその優秀さと反比例するように、自己評価が低い人だから仕方ないのかもしれないけどね。
一方で、自己評価が低いからこそ、どこまでも努力を重ねることが出来る人でもある。そのストイックなまでの姿勢が、その努力を実力として結実させる姿が、自然と周囲の目を惹き付けるのよ」
「頷ける意見ではあるね。――それで、話し合った結果、どうなったの?」
「桔梗さんに仲介に立ってもらって、互いに妥協点を探ることになったわ。
家庭環境を鑑みれば、私がある程度兄さんを模倣することは避けられない。兄さんもその点を否定することは出来なかったみたいね。
一方の私は、好きなものや嫌いなものまで模倣するのは行き過ぎという結論になった。髪の長さに関しては、最初こそ兄さんの冗談だったものの、決して似合っていないわけではないらしいから、そこは私の判断に任せるらしいわ。
あとは、共通の課題として『親しい友人』を作ることが桔梗さんから与えられたわ。桔梗さん曰く、『兄さんも私も、気安くツッコめるブレーキ役が近くにいないと危なっかしくてしょうがない』とのことね。
そんな理由で、私と兄さんは最初の友人に桔梗さんをチョイスしたわけ。兄さんをポンポンと叩くとことかは嫌いだけれど、だからこそ率直にモノを言えるのも事実。『喧嘩するほど仲がいい』とか、『嫌よ嫌よも好きのうち』とか、そんな形ね。端的に言えば『悪友』になるのかしら……?
で、そういう友人が桔梗さんだけというのも兄さんが心配するだろうから、友人作りに悪戦苦闘してるところね。今までは『必要がない』と切り捨てていたものだから、どんな風に接触すればいいのかが自分でもよく分かってないのよ」
それでも、どうにかこうにか頑張った結果が、船上での一幕だったわけである。
「なら、私と友人になる? 以前の堀北さんならともかく、今の堀北さんなら上手くやっていけそうだと思うの」
「本当? 友人関係なんてサッパリだから、足を引っ張ることの方が多いと思うのだけど……。それでも構わないのかしら?」
「構わないから提案してるんだけど? 誰にだって、どんなことにだって『初めて』はあるよ」
「なら、お言葉に甘えさせていただくわ」
そうして、私は松下さんと握手を交わす。
私の友人が増えた瞬間だった。
本作の鈴音はこんな感じです。
いやまあ、原作で描写された鈴音の境遇を考えると、歪まないわけにはいられないかな~と。
鈴音当人に関しては本文中で描写した通りとして、兄である学ですが。
いくら学が優秀な人間でも、学生の身であることに違いはないわけですからね。
鈴音の『行動』を過剰に忌避してしまったあまり、鈴音がその様な行動を取るに至った『理由』とか『原因』にまでは、目が向かず考えも行き届かなかったとしても不思議はないかな~と。
親を始めとした周辺人物も、学と鈴音に対しては態度を変えているでしょうし。
そもそも、学にとっては『頑張れ』と言われる環境が常態と化していたのなら、鈴音にかけられる言葉を疑問視してなかった可能性もあります。
むしろ、学の優秀さを鑑みると、その可能性が高そうです。
学本人はキチンと親に褒められて育ったけど、学という前例があった故に鈴音は親に褒められず、だけど学はそのことを知らなかった。
そして、知らないままに学が褒めたことで、鈴音の親愛対象が学に一極化されてしまったのかな~と。
原作読んでそんな風に思ったため、本作ではそのようにしてみました。
なお、桔梗ちゃんは生徒会における貴重なツッコミ役になってます。
「校風もあるのかもしれないけど、どいつもこいつも根本的に言葉が足りねえ!」……と、日々ハリセンが唸りを上げてます。
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