ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
ガサゴソ……、ガサゴソ……。
微かな物音によって私は目を覚ました。
まだ暗い。今は何時だろうか……? 腕時計を確認するも、当然ながら分からなかった。寝ぼけ眼のまま、腕時計のライトを付ける。それによって、漸く時刻が分かる。現在時刻は午前五時を過ぎたところだった。
僅かなりと明かりを確認したことで、意識の覚醒が促された。
物音はまだ続いている。どうやら、テントの外から聞こえているらしい。
身を起こす。よもや、この環境で泥棒ということは考えづらいが、それ以外――この環境だからこそ、『ひと夏の逢瀬を……』と考えた者がいないとは言い切れない。今回の試験ルールにおいて、『男女交際』はペナルティ項目に存在しないのだから。
あまり野暮をする気はないが、逸脱され過ぎるとそれはそれで問題だ。最低限の確認はしておくべきだろう。まあ、私の考えすぎであれば、それに越したこともないのだけれど。
テントから出る。荷物を漁っている人物がいた。泥棒……!? 一瞬驚愕するが、すぐに勘違いに気付く。テントの外は、中に比べて幾分か明るかったことも一因だ。
それは松下さんであり、軽井沢さんであり、佐藤さんだった。彼女たちは度々一緒に行動している。それを思えば不思議ではないが、篠原さんや前園さんの姿はない。
「あれ、堀北さん? あ~、ゴメン。もしかして起こしちゃった?」
私が彼女たちに気付いたように、向こうも私に気付いたらしい。うちの一人、軽井沢さんが申し訳なさそうに言ってくる。
「いやもう、参っちゃうよね。何せ全員のバッグが同じデザインなんだからさ。オマケに、こうも暗いとどれが自分のなんだか……」
私が問うまでもなく、軽井沢さんの方から説明をしてくれた。
確かに、と頷く。
幾分か明るさがあるとはいえ、かろうじて誰が誰だか分かる程度だ。
そして、荷物はテントごとに一纏めにされてはいるものの、テントの中ではなく外に置かれている。それは少しでもテント内のスペースを確保するためではあったが、私物は私物でも使い慣れたわけでもない学校指定の鞄を探すに当たっては
最低限、各自が鞄に名前を記入してはいるし、ストラップを付けたりで
なお、二クラス協力体制を取っていることもあり、ベースキャンプで男女の陣地も分けていた。ニクラス分の男子が片方のベースキャンプに一塊となり、もう片方のベースキャンプには女子が一塊となっている。
まあ、見張りがいるわけでもないため、互いの行き来は割と簡単だ。結局は気分の問題である。
昨日は初日ということで時間的余裕もなく、全員が全員、望んだ相手と同じテントになれたわけではない。端的に言えば出席番号順。なお、両クラスの余り者は一緒のテントである。
他に優先事項があったからには仕方のない部分もあるが、そんな雑な部分が散見されるのも事実だ。
「あれ、どうかした?」
そんな風にグダグダやってれば、他に起き出してくる人がいてもおかしくはなかった。
「桔梗さんに、アズさん? おはよう。軽井沢さんが、自分の鞄が見付からないらしくて……」
「おはよう。あ~、全員して学校指定のバッグだからね。オマケにこの暗さだと、名前が書いてあっても分からなくて不思議はないか……。アズ、お願いできる?」
「いいよ。――名前は書いてあるんだよね?」
「う、うん」
「じゃ、ちょっと退いて」
そうして軽井沢さんの代わりに鞄の前に陣取ったアズさんは、瞬く間に目的の物を見付けてみせた。
「ありがとう。それにしても凄いね。夜目が利くんだ?」
「どういたしまして。望んで身に着けたスキルじゃないけどね。役に立ったなら良かったよ」
そんな会話をしていると、足音が聞こえてきた。男子たちのエリアの方からだ。
「おっと、綾小路くんたちが来たかな……?」
「あ~、思いの外に時間が経っちゃってるね……」
「ちゃっちゃっと顔を洗っちゃいましょ」
軽井沢さん、佐藤さん、松下さんの三人は、そう言って川の方へと向かった。
川辺にはポイントで買ったバケツと初期配布のワンタッチテントが置いてある。バケツで水を汲み、それをワンタッチテント内に運んで顔を洗うのが両クラス間で設定されたルールだ。歯磨きなんかも同様。
これは試験ルールにある『環境汚染』が、
また、『環境を汚染する行為を発見
昨日の話し合いの中でAクラスから出された意見ではあるが、素直に感嘆した。よくもまあ、そこまで考えられるものである。正直に言えば、私は前者については思い至ったが、後者についてはそこまで気が回らなかった。普通に教師だけを対象に考えていた。
そういう点でも、Aクラスには侮れない人物が揃っている。
「私たちはこれからジョギングするつもりなんだけど、鈴音ちゃんはどうする?」
私に訊いてきたのは桔梗さんだった。彼女に『鈴音ちゃん』と呼ばれるだけで鳥肌が立つ。――もっとも、それは向こうも同じかもしれないが。
「そうね。目も冴えちゃったし、お邪魔でなければ御一緒させてもらおうかしら」
「たぶん、さっきの三人も同じだよね。言葉からすると清隆も。他にも誰かいるみたいだけど、隆二かな?」
「さてねえ……。綾小路の交友関係を鑑みると神崎とか柴田の可能性もあるけど、そうなるとお相手の方に違和感が出る。そう考えればDクラスの誰かって可能性もあるんじゃない?」
「ああ、確かにそうだね」
桔梗さんとアズさんはそんな会話を行っている。さっき松下さんが言った『綾小路くん
「軽井沢さん、佐藤さん、松下さんから考えれば、うちのクラスの池くんの可能性も考えられるわ。だいたい五月の頭――中間テストを意識し始めた頃から一緒に行動する様子が増えているもの。正直、松下さんが池くんの勉強を面倒見てくれたおかげでだいぶ助かった部分があるのよね。
あとは、そちらのクラスが最初に須藤くんと外村くんの面倒を見てくれたのも大きいわね。中間以後、彼ら二人に関しては私が引き継いだのだけど、入学当初に比べると大分様変わりしていて驚いたわ。
まあ、手料理を振る舞うことになったりもしたのだけれど、手料理一つで勉強に向き合ってくれるなら安いものよね」
負けないように、侮られないように、私もまた意見を述べる。
「なるほど、鈴音ちゃんが須藤と外村の面倒をねえ……。名高い『三バカ』のうち、山内だけが退学したのにはそんな絡繰りがあったわけだ」
「まあ、中間の際に私たちが優先したのは
私の言葉に、桔梗さんとアズさんが反応する。内容から察するに、中間であの二人の面倒を見たのはこの二人だったようだ。十分に納得もいく。
そうこうしている内に足音の主が姿を見せた。綾小路くんと池くん、そして神崎くんと柴田くんもいる。つまり、私たち全員の予想が合っていたわけだ。
「おはようさん。恵と麻耶と千秋は?」
「おはよう。今は顔を洗ってるよ。……今日のモデルは南雲先輩?」
「そういうこった。……効果は出てるか?」
「口調は及第点。あとはやっぱり表情だね~。南雲先輩を真似るには、もっと自信を漂わせないと。端的に言えば
「チッ、難しいもんだ」
生徒会役員同士でそんな会話が繰り広げられ、舌打ちをした綾小路くんがガリガリと頭を掻く。
正直、綾小路くんの言葉遣いにビックリしたが、どうやら彼なりに南雲副会長を模倣しているらしい。
「おはよう、堀北。こっちとしては綾小路のランダムトレースは慣れたものだが、やはり別クラスとしては驚かずにいられないか?」
「おはよう、神崎くん。ええ、正直に言えばね。最初は一体何が起こっているのかと……」
「綾小路なりの、感情発達のための特訓らしい。そっちが知っているかは分からんが、綾小路の奴は随分と抑圧された環境で育ったらしくてな。高い能力を身に着けるのと引き換える形で、感情面や情緒面の発達は未熟らしい。普段の無表情ぶりはその表れだ。
どこまでが本当かは分からんが、こちらとしてはそう言われたら信じるより他にない。信じるだけの要素は十分だしな。
で、流石にそれだと一般生活を送る上でヤバいと思ったらしく、せめてガワだけでも整えられればと、たまに見知った相手を模倣しているんだ」
「だいたい……五月の二週間目くらいからだったよな? 十日にはなってたっけ?」
「そこまでは覚えていないが、そんな頃合いだったのは確かだ。……正直、こちらとしても初めて見た時には驚いた」
「そう……。そんなことが……」
いや、本当に驚きだ。Dクラスにいた頃の彼からは想像が付かない。
「よお、鈴音。お前も一緒に走るらしいな?」
「おはよう、綾小路くん。イキナリの名前呼びはどうかと思うわよ?」
「いいや、それはないね。オレに限っては話が別だ、何せ、お前はオレの実力を認めているからな」
表情の変化こそ少ないが、それでも綾小路くんの口元には笑みが浮かんでいる。自信満々な雰囲気こそないが、その意見に自信を持っているのは間違いないだろう。
そして、それは図星だった。身体能力面はまだ分からない。だけど、頭脳面では確かに敗北を認めていた。返却された小テストを目の前で軽々と解いてみせられれば、否応なく認めざるを得ない。
「そうね。否定はしないわ。けれど、それは頭脳面の話よ。身体能力面では果たしてどうかしら?」
「同じだよ。お前が優秀な頭脳と身体能力を持っているのは認めるが、それでもオレには勝てない」
傲岸不遜に綾小路くんは言い放つ。その言いようが、実に癇に障る。
「……試してみる?」
「構わないぜ。だが、勝負をする以上、相応のリスクを負わないと楽しみがない。……賭けをしないか?」
「賭け?」
「ああ、そうだ。オレが勝ったら、お前もオレのプロジェクトに加われ。正直、お前ほどの実力者を腐らせておくのは惜しい」
「プロジェクト……? 松下さんたちが受けているっていう?」
「ああ」
生徒会役員としての立場を使って綾小路くんが行っている、『実力者』を養成するための試験計画。始まったばかりで実績も何もあったものではないが、実際に効果が出るようなら『実力者の輩出』を謳う学校側としても儲けもの。そのため、学校側も『部屋の融通』といった支援を行っているらしい。
被験者は、応募制ではなく、綾小路くんによるスカウト一択。取り敢えずは、綾小路くんも実績を出すことを優先しなければならないためらしい。まあそういうことであれば、誰も彼もの面倒を見ていられるわけがないのは頷ける。
基本的には綾小路くんが課題を出し、被験者がそれを解くといった形式。ただし、課題にはボーダーが儲けられ、達成率次第ではペナルティを受けることになる。なお、このペナルティは
もっとも、綾小路くん自身、常に手が空いているわけではないので開催は不定期。綾小路くんが暇を見つけては被験者に集合をかけ、それによって集まる形。
スカウト制ではあるが、応えるかどうかは本人次第。また、一度は断ったとしても、考え直して受けることは可能。
注意点として、被験者になったなら退学するか卒業するまで抜け出すことは出来ない。そして、内容の口外禁止も含まれる。なお、匂わす程度の口外は許可。実際、松下さんによると
極論すれば、この学校がやっていることの縮小版と言えるだろう。実際の課題やペナルティ内容が分からないので断言は出来ないが、『テストで一科目でも赤点を取ったら退学』というこの学校のルールも相当に厳しいのは否定できない。
被験者は、内容の不透明さに対する不安を抱え、それでもスカウトを受ける覚悟を決める必要に迫られるのだ。
別名を『綾小路ハーレム』。……池くんのように男子が所属していないわけではないのだが、それよりは圧倒的に女子の所属率が高いため、揶揄やら称賛やら羨望やら嫉妬やらの諸々を込めてそう呼ばれている。
そのプロジェクトに、私をスカウトする……? 私も綾小路くんのハーレムに加われと……?
正直に言えば腹が立つ。――が、彼の能力の高さは私も認めるところだ。そんな彼の教えを受けられるとあらば、一考の価値はある。
「勝負の内容は?」
「身体能力を競う勝負なら何だっていい。ただし、『善は急げ』というからな。この島にいる間に行われることを望む」
私が訊くと、綾小路くんは鷹揚に答えた。……自分が負けることを微塵も疑っていない。正直に言って腹が立つことこの上ない。
「なら、早速これから始めましょう? 砂浜での、一定距離の往復十本ダッシュ。タイムではなく、先に十本往復した方が勝ち。……それでどうかしら?」
「それでいいんだな?」
「ええ」
正直、言葉では強気なことを言っているが、勝てるかどうかは分からない。
それでも、『砂浜』という普段とは異なる環境ならば、勝てる可能性もあるだろう。
私自身、どこかで踏ん切りを付ける必要はあるのだ。何せ、これ以上兄さんを目指してばかりもいられないのだから。兄さんにそれは止めるように直接釘を刺されてしまったのだから是非もない。
だが、兄さんを目指すのは私の身に『呪い』と言ってもいいほどに染みついている。その呪いの奥底、まるで『パンドラの箱』のように一筋の希望――『兄さんとの想い出』があったから、私は耐えられたのも事実。
それでここまで来てしまった以上、今更ただ兄さんを目指すのを止めたところで私は壊れてしまうだろう。
しかし、兄さんの代わりとなるような目指すべき対象を新たに見つけることが出来れば……? 用意することが出来れば……? 身近な、気軽に言葉を交わせる距離感であれば尚良しだ。
その点において、綾小路くんであれば大部分で当て嵌まる。スライドさせる対象としては十分だろう。未だその底が知れないのが懸念点ではあるが、だからこそ、契機とするにはちょうどいい。
勝っても負けても、一種の禊にはなるだろう。
「分かった。櫛田、アズ。すまないが星之宮先生と茶柱先生を起こしてきてもらっていいか? 勝負の見届け人になってもらう。
お前たちは生徒会役員だがオレと同じクラスだし、神崎たちも同じクラスだ。池や千秋たちはDクラスだが、その一方でオレのプロジェクトの被験者でもある。これじゃあ、どれだけ正当性を謳ったところで鈴音としては信じられるものじゃないだろ」
両者の合意が成ったところで、綾小路くんがそんなことを言いだした。
まあ、茶柱先生にどこまで期待していいのかは分からないのが正直なところだけど、生徒に審判を任せるよりは信憑性があるのも間違いではない。
「了解~い」
「分かったよ」
頷きを示した桔梗さんとアズさんが先生たちを起こしにいく。
そうこうしている内に松下さんたちが戻ってきた。
「顔を洗ってくるわ」
言い捨て、私も顔を洗うために川辺に向かうのだった。
売られた喧嘩は買うスタイルなのが鈴音だと思います。
もっとも、今回はただ挑発に負けたわけではありません。
負けるつもりはないけれど、勝っても負けても鈴音には利があり、そのことを鈴音自身が認識しています。
学を目指し続けたいのが鈴音の本音ではありますが、学直々に『それは止めろ』と言われてしまいましたからね。正確には、『目標とするのはいいけど、節度は弁えろ』といった感じですが……。
鈴音自身、学のその言い分に理解も納得も示しましたが、かといって素直にそれを聞き入れてしまうと鈴音の目標が宙ぶらりんになってしまいますし、両親の希望からも離れてしまいます。
だからこそ、目指す対象を『学に匹敵する人物』へとスライドできるのならば、どの方面に対しても言い訳が付きます。
その候補の筆頭が綾小路で、鈴音としては既に頭脳面での敗北を認めている以上、あとは身体能力面での敗北を認めるだけです。
それを確かめるために挑発に乗った面もあります。
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