ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
当初の早朝ジョギングとは予定が変更になってしまったが、これもこれで興味があることに違いはない。
程なくして帆波やひより、千尋――全員が『綾小路ハーレム』のメンバーだ――も起き出してきて合流。アズと桔梗に起こされた女教師二人を伴って、一行は占有スポットエリア内の砂浜へと向かった。
念のために確認すると、星之宮クラスによって占有状態が更新されている。どうやら、フォルテはキチンと仕事をしたようだ。
占有状態にあるのなら、そのエリア内を使用するのに問題はない。往復十本ダッシュだって十分に可能だ。
「あ、塩づくりの準備してるところがあるから、そこだけは気を付けてね?」
砂浜に付いたところで、アズが一同に注意を入れた。
見れば分かるだろうが、まだ全体的に薄暗いのも事実である。注意しておくに越したことはなかった。
「ほう? 占有エリア内の砂浜を使って塩づくりに挑戦か。ただ『勝利』を目指すわけではないそのスタンス、大変結構だ」
「そうそう! こういう、一種の回り道じみた挑戦が、後々の糧になるのよ。
ま、今だからこそ言えることでもあるけどね! 学生当時はそんなことを思う余裕はなかったわ……」
アズの言葉に対し、真っ先に反応を示したのは教師二人であった。悔やむような、懐かしむような、何とも言えない眼差しを砂浜に向けている。
「ま、私たちの後悔は置いておこう。――それで、綾小路と堀北で勝負をするんだったか?」
「はい、砂浜での往復十本ダッシュで勝負します。勝負の内容を私が決められる代わりに、私が負けたら綾小路くんの試験プロジェクト――別名『綾小路ハーレム』に加わる契約です」
「ふ~ん。立会人として事前に確認させてもらうけど、綾小路くんと堀北さんはそれで釣り合いが取れていると判断しているのね?」
「はい。まあ、挑発に乗った部分がないとは言いませんが、私としても『渡りに船』だったことは否めませんので……」
「オレが言えたもんでもありませんけど、鈴音はコミュニケーション能力にこそ難はあれ優秀です。捨て置くのは勿体ないですよ。――今日は南雲先輩を真似てるんですけどどうですかね?」
「フ……。まあ、出来ているんじゃないか……。南雲というには
「そうだね~。口調は問題ないと思うけど、ある種の傲慢さが足りてないね~」
女教師による評価は辛口だった。
「チッ、能力的には負けているつもりはないんだがな……。やはり感情面の発露がネックか……」
これまでの学校生活を通じ、ある程度感情面や情緒面が発達した自負は綾小路にもある。あるのだが、言ってしまえば
早い話、やはり未成熟であることには違いなく、表情や
「大丈夫だよ~。清隆くんも、日増しに表情を変えられるようになってるからね~」
舌を打つ綾小路を、帆波がその胸に抱いて頭を撫で始めた。星之宮クラスでは珍しくもなくなった光景だが、やはり見る人によっては違うのだろう。
「一之瀬さん!? あなた何を……!?」
鈴音が驚愕の表情で帆波へと問いかけた。
「う~ん、『何』って言われれば難しいんだけど、率直に言えば『お母さんプレイ』になるのかな……?
清隆くんって、よっぽど厳しい環境で育ったらしくてね。『天才の量産法の確立』を目的に、物心が付いた時には課題課題のオンパレードだったらしいのよ。他ならぬお父さんがその先導者だから、清隆くんに拒否権は無し。清隆くんの意思とは関係なく、ただ与えられる課題に取り組み、それを乗り越えるのが当然の日々……。そこに疑問を覚えることもない。
そんな日々でも、学ぶ範囲が増えれば増えるほど、密度を増せば増すほど、疑問を覚えずにはいられなかったってことじゃないのかな……? 結果として、清隆くんは今ここにいる。
聞けば想像がつくとは思うけど、当然ながら『親の愛情』・『家族の愛情』とは無縁だったみたいでね。清隆くんは、生まれ付いた子供が一番最初に与えられるべき『無償の愛情』を与えられなかったことになる……。
私が清隆くんのプロジェクトに参加したのは、彼に『無償の愛情』を与えることを求められたからであり、私自身が彼をほっとけなかったから。他にも何やかやと理由はあるけど、最も大きいのはそこだね。結論として、『利害の一致』を見た私たちは契約を交わしたの」
帆波としても、清隆による指導を受けることで成長を余儀なくされる。母子家庭故に周りに比べて余裕のない帆波としては、実力の向上は望むところであった。……そういう事情もある。
「無償の愛情……。確かに、そういう面で考えたら、最も与えてくれそうなのは一之瀬さんになるでしょうね……。同級生に『母親』を求めるのもどうかとは思うけど、そういう環境で育ったのなら
難しい顔をしながらも、鈴音はどうにか理解を示した。
親ではないが、無償の愛情を注いでくれる相手。言ってみれば、鈴音にとっての学が、綾小路にとっては帆波なのだ。
もっとも、鈴音自身は親から『無償の愛情』を与えられなかったわけではない。非常にうすぼんやりとしているが、与えられた記憶はある。だからこそ、それが枷となり、『毒親』と認識しつつも両親に見切りを付けられずにいるのだ。
「ありがとう、帆波。――待たせてすまなかったな。始めるか、鈴音」
綾小路は帆波に対して微かな笑みを見せたあと、鈴音へと向き直った。
「ええ、始めましょう」
鈴音は、それに頷きで返した。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「ルールは簡単だ。スタート地点兼ゴール地点と折り返し地点に、私と知恵がそれぞれ立つ。お前たち二人は、グルリと左回りする形で走れ。なお、右回りの場合は無効とする」
距離としては、片道およそ二十五メートル、往復で五十メートルになるな。それが十本だから合計で五百メートルになる。
ルール上、最初にどちらが内側に立つかを決めねばならんが……」
「レディファースト。選択権は鈴音に譲りますよ。内側を選ぶも外側を選ぶもご自由に」
茶柱の言葉に被せる形で、ジャージのポケットに手を突っ込んだ綾小路が答えた。表情こそ無表情だが、
「なら、お言葉に甘えさせてもらうわ。……内側でお願いします」
鈴音は綾小路にひと睨みを送りつつも、その言葉に甘えた。内側を選択する。
スタート地点兼ゴール地点。茶柱の右横に鈴音が立ち、更にその右横に綾小路が立つ。折り返し地点には知恵の姿が見えた。
他の面々は距離を取り、全体が見える位置から見学姿勢だ。
体育祭などとは違い、スタートを告げるピストルなどはない。茶柱の開始宣言が、スタートを切る合図となる。
「双方、準備は良いか?」
『はい』
茶柱による最終確認に、綾小路と鈴音は肯定を返した。
「では……。よーい――」
茶柱が右手を高々と上げる。
「スタート!」
そして、言葉と共に振り下ろした。
同時、鈴音もまたスタートを切った。速い。二十五メートルという短い距離ではあるが、瞬く間に折り返し地点に立つ知恵との距離を詰めていく。――一方の綾小路は、未だポケットに手を突っ込んだまま突っ立っている。
「どうした? 既に開始宣言はしたが、走らないのか?」
「走りますよ。ただ、今回の勝負の目的には、鈴音にオレとの実力差を
アイツの改革を促すには、いっそアイツが壊れかねないほどに潰す必要があるんです。潰さなきゃならないんです。
もちろん、それで本当に潰れてしまう可能性もありますが、それならそれで、アイツはこの学校に相応しい生徒じゃなかったってだけの話です。
ですが、アイツは会長がその才能を認めるほどの人物ですからね。潰れ、それでも立ち上がる気概を見せるなら、その時は相当に化けると思いますよ。なればこそ、オレが目を向けるに相応しい」
「厳しいな……。もっとも、我が校の教師である私が言えたことじゃないが……。
我が校が『生徒』という『総体』へ厳しさを向けるのだとしたら、お前は特定個人に対して厳しさを向けるわけか……。
さて。お前に見初められた生徒は、果たして幸せなのか不幸なのか……」
綾小路と茶柱がそんな会話を行っている間にも、鈴音は順調に往復回数を消費していく。走り出す様子を見せず茶柱との会話に耽る綾小路に対して睨みをくれる程度には怒り心頭の様子だったが、文句として口に出すことはなかった。
そして、鈴音が五週目に入った瞬間だった。綾小路はそれまでの様子からは一転して走り出した。その速度は鈴音以上に速い。
鈴音が既に五週目に入り、相応に疲労しているのも一因だろうが、それを踏まえてもなお異常と言えるほどに速かった。砂浜であることを感じさせない走りっぷりだ。
鈴音が更に二十五メートルを走る頃には、既に綾小路は一周していた。鈴音が六周目の突入時には、綾小路は三周目に。
綾小路の異常ともいえる速度は、鈴音に焦燥を抱かせるには十分だった。綾小路が余裕を見せたことにより積み重なった貯金はあるが、それが
「クッ……!」
そんな自分を内心で叱咤しながら、鈴音は足を走らせる。しかし、疲労と焦燥の蓄積は、やがて完全に鈴音の余裕を奪い去った。
「あ……!?」
力みか、或いはフォームミスか。曲がる瞬間、鈴音は砂に足を取られてしまった。滑らせてしまった。――転倒する。
すぐに立ち上がって走行を再開した鈴音だったが、予期せぬ転倒が齎したダメージは大きかった。――肉体的にも、精神的にも。
ジャージによってダメージは最小限に抑えられていたが、それでも内側を擦りむくには十分だった。走るたびに、鈴音の身体には物理的な痛みが走る。必然、速度が落ちるのは已むを得ない。
一方の綾小路は、その間にも順調に走行を重ねている。転倒したのが最も大きいだろうが、鈴音の貯金は瞬く間に尽きてしまった。
そして――
「負けた……か」
砂浜往復十本勝負は、綾小路の勝利で幕を下ろした。
ポタリ。ポタリ。俯いた鈴音の瞳から涙が落ちる。
「我ながら情けないわね。兄さんを目指して必死に努力をしてきたつもりだったけど、結局はこの程度でしかなかった。こんなんで当初は綾小路くんのことを見下していたのだから滑稽だわ。自意識過剰で、他人を見る目もない。――堀北鈴音は、その程度の人物に過ぎなかったってことね……」
鈴音の口から自嘲が洩れる。
だが、それは紛うことなき真実で、純然たる事実だった。
複数もの周回差を付けた相手に抜かれ、ついには逆転勝利を許したのだ。これでは否定する余地などない。これで尚も己が敗北を否定するようでは、ますます惨めで情けなくなってしまう。そんなのは御免だった。
堀北鈴音が情けないのはいい。堀北鈴音が弱いのはいい。堀北鈴音が惨めなのはいい。
だが、それらを『堀北学の妹』として認識されるのは、尊敬し敬愛する学の妹として我慢がならなかった。
自らの傷を、学の傷にしてはならない。その一心で、鈴音は現実を認め、己が敗北を受け入れた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫に見える?」
ゴールをした綾小路が戻ってきて、鈴音に話しかけた。鈴音はそっぽを向いて問い返す。
「分からないから訊いてるんだ。『一般的な常識』で考えれば、こういう時には手を差し伸べて慰めるべきなのかもしれないが、前提として、お前をそこまで傷付けたのは他ならぬオレだぞ? それでそんな真似をしてみろ。『マッチポンプ』と何が違う?
いやまあ、確かに今日のオレは南雲先輩をモデルにしているのは確かだし、必要とあればそんな真似も辞さないが、今のお前相手にそんな真似をするつもりはない」
「やれやれ……。正道なんだか外道なんだか分からないセリフね? ――ん」
綾小路の言葉を聞いた鈴音はツッコミを入れ、恥ずかしそうに、けれど確かに彼へと両手を突き出した。
「……何だ?」
「転んだせいであちこち擦りむいて痛いから、抱きかかえて運びなさいって言ってるの。……いちいち説明させないでよ」
「オレにそんな機微を過剰に期待するな。抱きかかえてほしいなら、今みたいに素直にそう言え。――よっと」
言って、綾小路は鈴音を姫抱きにした。
そうこうしている内、他の面々が心配そうな表情を浮かべながら近寄って来る。
鈴音は盛大に転倒していたのだから、その表情にも無理はない。勝負の最中だったから、必死に我慢していた者もいて道理。帆波なんかはその代表格だろう。
「堀北さんは大丈夫なの!?」
「本人の言葉によると、あちこち擦りむいて痛いらしい。取り敢えずはこのままベースキャンプに戻ろう。
アズ、すまないが先行してフォルテを起こしてもらっていいか?」
「薬草類の確認だね?」
「ああ」
最低限の確認を済ませたアズは、一路ベースキャンプに向かって駆け出した。砂浜との違いはあるが、その速度は先程の綾小路と遜色ない程度には速い。
それを見送り、残った面子に向けて綾小路は口を開いた。
「こんな至れり尽くせりの環境だからな。どこかしらには薬草が存在していてもおかしくはない。――が、生憎とオレ自身が直接探索したわけではないからな。自分で確認していれば、少なくとも占有エリア内に存在するかどうかは分かるんだが……」
「ポイントで買った方がいいんじゃない?」
「もちろん、それも視野には入れている。だが、真に実力者たらんとするならば、『限定条件下での対応法』を探り、身に着けておいて損はない。
今の世の中、医薬品はそこらで簡単に手に入るほどありふれているのは事実だが、場合によっては必ずしも手に入るとは限らないんだからな」
そう、『自由』をテーマにしてこそいるが、あくまでも『実力者の育成』を謳う『高度育成高等学校』の特別試験なのだ。
であるならば、少しでも『実力の向上』に繋がる選択肢を取っておいて損はない。
「そう言われると否定はできないわね。まあ、痛いは痛いけれど、危急の事態というわけでなし。ここは綾小路くんの言葉に従いましょう。
特別試験はまだ二日目を迎えたばかり。これからも、ポイントは何に使うか分かったものでないのも確かなのだから、節約するべき部分は節約に努めて損はないでしょう。――恩恵に与っているDクラスの私が言えることではないでしょうけどね……」
「……確かに。テント、仮設トイレ、仮設シャワー辺りは、数を増やす必要がありそうだし」
「テントで思い出したけど、今日からはメンバーを変更しようよ。昨日は時間もないから出席番号順にしちゃったけどさ、早朝ジョギングをするメンバーで纏まっておいた方が都合は良いと思うんだ」
会話の流れの中、麻耶が口を挿んだ。
「否定はできないわね。私自身、軽井沢さんたちが荷物漁りをする音で目が覚めて、その結果としてこうなった部分がないではないし……」
「ただでさえ慣れない環境で、他の人の休息を妨げかねないってことだね?」
「その節はご面倒をおかけしました」
鈴音自身は今の状況に納得しているので恨み言を言う気はないが、それが他の人物にまで適用されるかは分からないのだ。その可能性自体は誰も否定はできない。だからこそ、恵も改めて謝罪を口にした。
「やれやれ、考えることはいっぱいだ……」
星之宮クラスの代表であるが故か、帆波は深々と溜息を吐くのだった。
状況こそ違いますが、鈴音の転倒は原作のオマージュですね。
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