ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第54話

「おは~。アズから聞いたけど、転んで擦りむいちゃったんだって? って、流石にジャージの上からじゃあ分からないね。

 知恵せんせ~、まだ眠ってる子もいるし、ちょっと教員用テント使わせてもらっていいです?」

「構わないわよ。流石に、こんな開放的空間で女生徒に対して『服を脱いで』とは言えないからね」

「サンキューで~す。んじゃ、ちょっと案内をお願いしま~す。あ、清隆はそのまま彼女を運んじゃってね」

「ああ」

 

 こんな流れで、綾小路に姫抱きされた鈴音は()()の教員用テントへと運び込まれた。

 ルール上、担任教師は受け持ちクラスと同行し、設定したベースキャンプに教員用テントを構えなければならない。しかし、星之宮クラスと茶柱クラスは今回の試験において『同盟』という協力体制を取った。そして、クラスの垣根を超え、それぞれのベースキャンプに男子は男子、女子は女子で固まることになったのだ。こうなると、教師のどちらか片方は、ニクラス分の男子に囲まれて女性一人で過ごすことになる。

 だが、流石にそれは旨くない。そこでルールの穴を突いた。ルール上、ベースキャンプに教員用テントを構えることは避けられないが、なら教員用テントだけ構えて、あとは女性陣の方で過ごせばいいという寸法だ。

 仕事で使う物を茶柱のテントに運び入れたら、『テントはお好きに使ってどうぞ』である。元々が仕事用の道具なんかで場所を取られるため、教員一人で使うにしては十分な広さを持っている。そのため、茶柱のテントに知恵の仕事道具を運び入れても、二人分の就寝スペースくらいならば十分に確保できていた。

 そんなわけで、茶柱の教員用テントは知恵のテントでもあるのだ。本来ならば茶柱の方に許可を求めるべきであろうが、フォルテにとっては知恵の方が頼みやすいのが道理である。

 

「すみません、茶柱先生。テント、使わせていただきます」

「ああ」

 

 だからか、綾小路に抱えられた鈴音が茶柱に頭を下げていた。

 それに対し、茶柱は鷹揚に頷いた。

 

「んじゃ、清隆はそこに彼女を下ろしちゃって」

 

 フォルテの指示に従い、綾小路は鈴音をテントへと下ろした。そして、躊躇ったかのように口を開いた。

 

「本来ならとっとと出るべきなのだろうが、後学のために見学しても構わないか?

 薬として使える野草なんかの知識はあるが、オレにあるのは知識だけなんだ。例えば、『擂り潰して使う』薬草があったとして、『どれくらい擂り潰せばいいのか?』、『どの程度を患部に塗ればいいのか?』、そこら辺の判断が付かないんだ。……これでは、いざという時にどれだけ役に立つか怪しいものがある」

 

 綾小路の口から零れたのはそんな内容だった。 

 

「言うことは御尤も。私としては鈴音ちゃんが構わないならオーケーだよ。本当に()()って時には、性差を気にしてる余裕なんかありはしないだろうからね」

「はぁ……。恥ずかしいけれど、私も構わないわ。賭けをして勝負に負けた時点で、私は綾小路くんの試験プロジェクトの被験者――言い換えれば、『綾小路ハーレム』の一員なんだもの。

 ハーレムの目的自体、『綾小路くんが高校を卒業後、いずれは政界へと進出し、少子化対策の一環としての複数婚、及び同性愛者に対する救済としての重婚の樹立を掲げるための土台作りにして説得力作り』という側面があるのは公然の事実だしね。

 ぶっ飛んだ内容であることは否定しないけれど、目的そのものは崇高と言えば崇高で、だからこそ学校が部屋の提供などで支援している部分がないではない筈。

 そんなのの一員になった以上、状況次第では下着を見られることくらい許容するべきでしょう」

「表向きは、『見所はあるが問題を抱えている生徒への救済策』としているがな」

 

 鈴音の言い分に綾小路は反論するが、どこまで効果があるかは怪しいのが事実であった。現実として、プロジェクトには女子の被験者の方が多いからだ。

 

「問題がないならそれに越したことはないんだけどね~。先生としては、もっとこう、男女間の甘酸っぱい恋愛模様が見たいかな~って気がなくもなかったり……」

「おい、知恵」

 

 からかい気味に知恵が口を開けば、呆れた様子で茶柱がツッコミを入れた。

 

「何なら、『生徒と教師の禁断の関係』でも狙ってみますか? ハーレム云々を謳っておいて、対象が同い年だけというのも、それはそれで説得力に欠けますからね」

「それはそれで興味がなくはないけど、私が綾小路くんのハーレム入りをするとしても卒業後かな? 流石に在学中は教師として崩せない一線があります」

「残念。振られてしまいましたか……」

 

 ちっとも残念そうではない表情で綾小路が言う。

 

「貴方ね……。曲がりなりにも、ハーレムに加えたばかりの相手がいる前でその態度は――いえ、逆ね。ハーレムなら、それが当然ということなのね……」

 

 綾小路にジト目を向けた鈴音は苦言を呈しようとして、思い返したように溜息を吐いた。

 すでにジャージは上下ともに脱いでおり、肘や膝を始め、至るところに擦り傷が確認できた。血が滲む様が痛々しい。

 なお、短時間で全力疾走したこともあり、汗によってTシャツは見事なまでに濡れ透け状態。見事に下着が見えていた。

 それ故か流石に羞恥心は隠しきれないようで、鈴音の頬には赤みが差している。

 

「ふむふむ……。このくらいなら、昨日摘んでおいた分で大丈夫そうだね。持ってくるからちょっと待ってて」

 

 言い放ち、フォルテはテントを出ていった。

 綾小路と鈴音、知恵と茶柱の教師二名がテント内に残される。

 

「しかし、大したものだな綾小路。元々の担任として、理事長からお前のことはそれとなく聞いていたんだが、流石に信憑性が持ちきれなかったんだ。怪しいところはあったんだが、様子見をしている内に知恵たちのクラスに持っていかれてしまったからな。今更ながらに逃がした魚の大きさを実感しているところだよ」

「そうですか……。オレに言わせてもらえば、茶柱先生のスタンスに問題があったと思いますけどね。

 生徒に対してどんな接し方をするかは担任の裁量次第。Dクラスの受け持ちになったからには、むしろ積極的に関与すべきだったと思いますよ。表向きルールに引っ掛かるというのであれば、ルールに引っ掛からない方法を取ればよかっただけのことです。

 貴方は『生徒の自主性』を盾にして、極一部の『優秀な生徒』に過剰な期待を寄せ過ぎた。どれだけ優秀な能力を持っていようと、所詮は高校生。オレもそうですが、相応の欠点は持っているものです。

 そんなでは、遠からずその生徒は潰れていたと思いますよ。或いは、反感を買って反逆されるか……。どの道、愉快な結末にはならなかったでしょう」

 

 茶柱の言葉に、綾小路は冷たく返した。いや、別段として冷たくはない。綾小路は、ただ一般的な感想を述べているだけだ。それを冷たく感じるのは、茶柱の()()()()()の表れだった。

 

「以前にも言ったけどね。私と佐枝ちゃんはこの学校のOGなの。ちなみに言えば真嶋くんも同級生。

 Bクラスだった私たちは、卒業を目前にしてDクラスへと転落した。その引き金を引いたのが、佐枝ちゃんであり、当時の佐枝ちゃんの恋人。Aクラスでの卒業も夢じゃなかっただけに、その後は散々。クラスは崩壊し、佐枝ちゃんは恋人と自然消滅した。

 それが佐枝ちゃんのトラウマになっててね~。生徒たちに自分が果たせなかった夢=『Aクラスでの卒業』を代行させることで、自分の過去を清算しようとしてるってわけ。――で、私は佐枝ちゃんのそんな態度が我慢できなかったから、それを阻止するべく、佐枝ちゃんを追ってこの学校にやって来たってわけ。

 ぶっちゃけた話、佐枝ちゃんは自分一人で責任を背負い込みすぎなんだよ。佐枝ちゃんの立場を鑑みれば分からないわけじゃないけど、それはクラスメイトだった私たちをバカにしてる行為に等しい。そんなの許せるわけないでしょ?」

 

 両手に顎を乗せながら、知恵はそんなことを言った。

 

「結局さ、アレは私たち全員が悪かったんだよ。

 リーダーは『リーダー』としての、同時に『佐枝ちゃんの恋人』としての責任感がなかった。

 佐枝ちゃんは『クラスの一員』としてよりも『個人』であることを、『リーダーの恋人』であることを優先した。

 私たちはリーダーに任せきりで頼りきりだった。自分で選択することもなく、リーダーの選択に追随するだけだった。流されるだけだった。

 どの道、こんなんじゃあ上手くいく筈がないのよ。――だけど、あの頃の私たちは今よりも若くて幼かったから、今ほど落ち着いて冷静に考えることは出来なかった。

 結局はその程度のことでしかないのよ。

 それから時間が経ち、齢を重ね、大人になることで、私たちは私たちなりに『あの日の出来事』に決着を付けることが出来た……」

「知恵……」

 

 知恵の言葉に、茶柱は呆然とした表情で見つめ返す。

 その間に、知恵は立ち上がり、ゆっくりと茶柱へと近寄った。そして、その胸倉を掴み上げた。

 

「だってのに! 佐枝ちゃんだけが未だに過去に縛られている! 『あの日の出来事』に心を囚われている! ――フザケンな! いつまで後悔を引きずりゃあ気が済むんだよ! 答えてみろよ、茶柱佐枝!

 私たちは今を生きてんだよ! いい加減、『過去』に折り合いを付けろよ! 『現実』として受け入れろよ! 『未来(まえ)』に進めよ!

 私たちは曲がりなりにも教師なんだよ! 自分の妄執に! 生徒たちを巻き込むな!

 私は! 星之宮知恵は! 茶柱佐枝の親友でライバルなんだよ! ――だってのに! だってのに、アンタがいつまでもそんなんじゃあ、私まで情けないじゃないか……。

 頼むから、私に茶柱佐枝を見限らせないでよ……。親友でよかったと、ライバルでよかったと、そう誇らせるに値する佐枝ちゃんでいてよ……。何でわざわざ私に言わせるんだよ……。このくらいのこと、自分で気付いてくれよ……」

 

 怒りのままに吠え上げて、最後には胸倉を掴んだまま地面に両膝を着いて、涙ながらに知恵は茶柱へと懇願した。

 

「知恵……」

 

 呆っとしたまま、茶柱は知恵の名前を呼ぶのが精一杯だった。その心中は、混乱していた。困惑に支配されていた。

 茶柱にしてみれば、知恵がそんなことを考えているとは夢にも思わなかった。ただ、あの日の出来事を境に、自分を憎んでいるのだと、恨んでいるのだと、そうとしか思えなかった。そう思うしかなかった。

 だが、それが全くの見当違いであったことが明かされたのだ。言葉を信じるなら、確かに知恵は茶柱に対して怒りを抱いていた。しかしそれは、『茶柱が未だに過去に囚われたまま前に進めていない現状』に対してであり、『あの日の出来事』にはとっくに折り合いを付けているとのこと。

 そのまま吹っ切って前に進めばいいものを、親友でありライバルである茶柱が前に進めずにいたから、彼女もまた足踏みを余儀なくされていた。

 知恵の言葉だからこそ、茶柱の胸に響いた。

 過去を共有し、ルームメイトとして過ごし、親友として、ライバルとして認め合った星之宮知恵の、気高くもみっともない本音だからこそ、茶柱佐枝は受け止めざるを得なかった。

 後悔はある。傷もある。それらは決して消えてなくなったわけではない。

 だけれども。

 親友に、ライバルにここまで言われて、そのまま足踏みをしていられようか。

 そんな真似をすれば、それこそ本気で知恵に見限られてしまうだろう。

 今までの自分の有り様を振り返ればまさに失笑ものではあるのだが、流石にそれは我慢がならない。

 星之宮知恵が親友と、ライバルとして認めた茶柱佐枝は、そんな女ではないのだから。

 

「フ、フフ、ハハハハハハ……。不思議だな、知恵。あんなに苦しかったのに、今ではそれが嘘のようだ。――いや、正確には今でも苦しいは苦しいんだがな、決して耐えられないほどではない。

 ああ、どうやら私は思い違いをしていたようだ。『あの日の出来事』が苦しいのは確かだが、それよりも『お前に見限られる』ことの方が私にとっては恐怖らしい。

 覚悟しろよ、知恵。お前は私に『未来(まえ)』を向かせた。私に、『星之宮知恵の親友として、ライバルとして切磋琢磨していた茶柱佐枝(あの頃の私)』を取り戻させた。

 今まで腐っていた分、すぐに追いつくことは出来ないだろうが、それでも可能性はゼロじゃない。都合のいいことに、私の代わりに生徒を導いてくれる奴がいて、その影響で日々成長している生徒がいるからな」

 

 ニヤリと勝ち気な笑みを浮かべながら、佐枝は綾小路を見やった。

 それに対し、綾小路は肩をすくめるだけだ。あくまでも結果的にそう言えるだけであり、綾小路が狙ってやったわけではないからだ。

 

「これからが大変だぞ、堀北。お前も知っての通り、星之宮クラス――現在のAクラスは難敵だからな」

「承知の上です。兄さんを目指すのは兄さん直々にストップがかかったので止めざるを得ませんが、『兄さんに誇れる私』であろうとすることを止めるわけではありませんので。

 ええ、その点においてAクラスを目指すのは、私としても都合が良い。望むところです。

 そう、過程なんてどうでもいい。重要なのは、卒業時にAクラスであること。開き直ってみれば、これほど都合のいいことはない。虎視眈々と牙を研ぎ、最後に牙を剥いて逆転できればそれで良いんですからね」

 

 鈴音もまた、茶柱に触発されるように勝ち気な笑みを浮かべた。――下着が露わになっているので恰好は付かなかったが……。

 

「お取込みは終わったかな~? 入ってい~い?」

 

 そこでテントの外からフォルテの声がかかった。仕方のないことではあるが、入るには入れずにいたらしい。

 

「ええ、どうぞ」

 

 知恵が許可を出し、幾種類かの薬草を持ったフォルテが入ってきた。美紀も一緒だ。水の入ったバケツを持っている。

 

「んじゃ、ちゃっちゃと手当をしちゃおっか」

 

 フォルテの言葉を引き金に、鈴音の身体へと薬草が塗りたくられたのだった。




本作における星之宮知恵と茶柱佐枝の関係はこんな感じです。

親友同士でライバル同士。
だけど、片方は過去で足踏みを続けて前に進めなくなり、その間にもう片方は過去に折り合いを付けて前に進んでいた。
しかし、前に進んで、進めてしまったが故に、親友にしてライバルが過去で足踏みを続けていることを我慢できなかった。
親友でありライバルだからこそ、相手の考えを分かることが出来た。
親友でありライバルだからこそ、それを認めることが出来なかった。
認めることが出来なかったら、止めるためにあとを追ってきた。
そうして相手の邪魔をしつつも、自発的に気付いてほしかった。

それが本作における知恵のスタンスでしたが、今回でプッツンしちゃった感じです。
それは変わらない佐枝にへのイライラが溜まりまくっていたからであり、生徒たちの『若さ』にアテられたからでもあります。

一方、知恵をそんな風に設定してしまったため、佐枝の方もそれと並び立てるように設定せざるを得ませんでした。
でないと、『親友』や『ライバル』という肩書が途端に軽くなりますので。

これまでの佐枝は、言ってしまえば『ヒカルの碁』で佐為が消えて迷走していたヒカル状態です。
結局、本作の佐枝にとって一番大切だったのは、『星之宮知恵の親友兼ライバルとして恥じない自分』だったというわけです。
これを佐枝が自覚するには、知恵が本音をぶつけるより他にありません。
この時点で知恵の『自発的に気付いてほしい』という願いが叶うわけはないのです。
非常に面倒ですが、世の中なんてそんなもんです。

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