ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第56話

「池、どうかしたか?」

 

 フォルテ主催の『無人島散策ツアー――自然を学び触れ合おう! 初級編』に参加した綾小路は、同じく参加者の一人である池寛治へと話しかけた。

 普段の()調()()()な気配は鳴りを潜め、何事かを真剣に考え込んでいる様子が見られたからだ。

 

「あ~いや、さっきの草についてなんだけどな。アレってそんなに珍しい知識だったりするのか?」

「珍しいと言えば珍しいけど、珍しくないと言えば珍しくないわね」

 

 困惑を露わに綾小路に訊き返す池へと言葉を返したのは鈴音だった。

 

「うん……? つまりどういうこと?」

「技術の発展した都会で一般的な生活を送っているのであれば、特に必要とする知識ではないでしょう? そういう点で言えば縁遠く、珍しいことに変わりはない。

 その一方で、調べようと思えば図鑑だったり事典だったり、調べる方法はいくらでもある。そういう点では珍しくはない。

 これで伝わったかしら?」

「どうにかな。サンキュー、堀北」

 

 からりとした笑顔で池は堀北へと礼を告げた。

 

「それで、何をそんなに悩んでいたんだ?」

「いやな? 俺って小さい頃はよく家族と一緒にキャンプしてたからさ。中学んときはだいぶ御無沙汰になっちまってたけど、決してやんないわけでもなかったし、それこそ小学生の時なんかはしょっちゅうだったわけよ。

 で、さっきの草の知識なんかも親に教えてもらってたわけ。俺にとってはごく当たり前の知識だったからさ~。馬鹿な俺でも知ってることを周りが知らないってのが、逆になんか不思議でな。つい考えこんじまったんだよ」

 

 オレの質問に対し、池はそんな言葉を返した。

 

「やっぱアレだな。人間、つい自分本位で考えちまうもんなんだな……。()()()()()キャンプ生活、誰だって経験あるもんだと思ってたぜ……」

 

 言って、池は深々と溜息を吐いた。

 

「ちょっと待ってちょうだい。池くん――あなた今、『この程度の』、と言ったかしら?」

「お、おう……。だってよ、そりゃあ暑いは暑いけど、精々がそんくらいだろ?

 水辺にも困らねえ。軽くそこら辺を見渡せば食うもんにも困らねえ。薬草なんかも豊富だから、怪我なんかの応急処置にも十分。何より危険な野生動物がいねえ。

 普通に考えて、キャンプするには天国みてえな環境じゃねえか。――実際の山ん中なんてこんなもんじゃすまねえぞ? 野生動物は勿論、虫や毒草なんかにも気を付けなきゃならねえんだからな」

 

 池は何の気負いもなく、本当に()()()()()のように話す。

 

「お! 池くんだっけ? いいこと言うねえ~、君。そうだよね~、()()()()()()()()この程度の環境、天国みたいなもんだよねえ~」

 

 池の首に腕を回しウンウンと頷いているのは、ツアーの案内人であるフォルテだった。

 

「うおっ!? ……まあ、そうっすね。あ~でも、中学んときは遊び回ってたから、体力なんかもだいぶ落ちちゃったしなあ~。木登りなんかも、昔ほどスムーズにできるかどうかすら分かんねえし……。

 チクショウ! 俺のバカ! 家族の言う通り、最低限には維持する努力を続けていれば今頃は……」

 

 自分の『常識』と周囲との落差に初めて気付いたのだろう。池はガックリと肩を落とした。……綾小路にとって、その光景は他人事のような気がしなかった。

 

「木登りか……。アウトドア派の子って、男女問わずそういうのが好きだったよね。私は昔からスカート派だったからやんなかったけどさ」

「今はともかく、ちっちゃい頃は男女の性差なんて有って無いようなものだったしね……。保育園の頃は、男女一緒の部屋で寝ることだって当然だったし」

「それが今じゃ、『スケベ』に『セクハラ』が常套句だしね。変われば変わるもんだよね」

 

 千秋、恵、麻耶が、昔を懐かしむような口調で言った。

 

「う~ん、こういうのを『童心に帰る』って言うのか……? 話してたら木登りをしたくなってきちまった」

「だったら登っちゃえ! 池くんの~! カッコいいとこ見ってみたい! ヨッ!」

 

 池が零せば、囃し立てるようにフォルテが音頭を取った。

 

「よっしゃー! やってやるぜ!」

 

 池は気合を入れて雄叫びを上げた。そして、一本の木へと駆け寄り、跳躍。――普段の池からは考えられないほど、その姿勢は実に安定していた。

 右足、左足、再度右足……その繰り返しで、池は手を使わぬまま、文字通りに木を駆け登っていく。最後に一際強く木を蹴ったら、枝へと両手を伸ばし、見事にキャッチ。そのまま逆上がりの要領で身体を持ち上げ、枝の上へと飛び乗って見せた。

 

「いや~、久しぶりにやってみるもんだなぁ~!」

 

 枝の上で、池は気持ちよさそうに笑みを浮かべている。

 

「私の知ってる『木登り』と違う……」

「え……? アレが本当に池くん……? 偽物じゃなくて……?」

 

 その一方で、女性陣はドン引きしていた。普段の池からは想像もつかない様相なのだから無理もないだろう。

 そんな女性陣の様子に気付くこともなく、池は登った時と同様、実にスムーズに木を降りてみせた。

 

「久しぶりにやると楽しかったけど、やっぱだいぶ落ちてるなぁ~。もう息が上がってるし、登れた高さだってそんなでもないし……」

 

 そして、そんなことを宣う始末。

 

「池くん。俄かには信じ難いのだけど、それはつまり、昔のあなたはもっと高くまで、もっとスムーズに登れたというの?」

「おう! 木登りはキャンプでは定番の遊びだったからな!」

 

 恐る恐ると問いかけた鈴音に対し、池は笑顔で頷いた。

 

「俺の他にもキャンプに来てる子供たちもいたけどよ、そいつらだってこの程度は軽くこなせてたし。それもあって、余計に普通だと思ってたんだよなぁ~。

 そもそも、俺なんか下から数えた方が早いくらいだったぜ? 俺の五つくらい上だったかな……? に、クロスっていう兄ちゃんがいたんだけどよ、その人なんか俺とは比べ物にならねえくらいに凄かったし……。うちの両親たちも、クロス兄ちゃんのことはべた褒めしてたほどだ。

 まあ、そんな感じで、成長するにつれて劣等感を刺激されることの方が多くなっちまったから、キャンプにも足を延ばしにくくなっちまったんだけどよ」

 

 池が明かした過去は、まさに『いま明かされる衝撃の事実!』と言わんばかりの内容だった。

 

「あ~、やっぱ池くんって『寛治くん』だったわけだ。割と珍しい苗字だから『そうじゃないかな~?』とは思ってたんだけど、私自身が面識あるわけでもないからイマイチ自信がなかったんだよね。

 ドーモ、寛治くん。『特戦隠密・朧』が頭領――月ノ輪クロスが妹、月ノ輪フォルテです」

「うぇっ!? クロスさんの妹!? マジで!? ――っと、挨拶をされたら挨拶を返さねえと……。

 ドーモ、フォルテさん。池寛治です」

 

 何かしらの作法でもあるのか、フォルテと池、双方がポーズを取りながら挨拶を交わした。なお、そのポーズはそれぞれで異なっている。

 

「しっかし、ウチの連中も気が利かないなぁ~。池さん家の寛治くんがいるんなら、前以てこっちに一報寄越しておいてもいいだろうに……」

 

 挨拶を終えてポーズを解いたフォルテが、そんな愚痴を零した。

 

「え~と、それはどういう……?」

 

 しかし、当の池は困惑気な表情だ。

 

「どういうも何も、池さん家は伝統的なN.I.N.J.Aの家系でしょ? 同じN.I.N.J.A同士なんだから協力を期待してもよくない?」

「家ってそうなの!?」

 

 ここにきて更に判明した新たな事実。どうやら池は、自分の家系がN.I.N.J.Aであることを知らなかったらしい。

 

「え!? N.I.N.J.A同士の挨拶まで交わしておいて何で知らないの!? そっちの方が信じられないんだけど!?」

 

 どうやら、先程のポーズには自身の所属を示す意味が含まれているようだ。そうである以上、フォルテの驚愕も無理はない。

 

「いや、待てよ……。そう言えば、確かに何かに付けて『忍者がどうこう』と両親から言われてたような気が……。今どき忍者なんてあり得ねえから、てっきり冗談か何かだと……」

 

 額に指を当てながら、池が捻り出した言葉がそれだった。

 

「池の言い分も分からないではないな。N.I.N.J.Aは確かに存在するが、その一方で一般的に知られていないのも確かだ。

 N.I.N.J.Aがどんな教育スタイルを取っているのかは知らないが、『世間への擬態』と『一般常識の習得』を優先させて市井の学校へ通わせたのなら、池の反応も分からないではない。世間一般にとっては、N.I.N.J.Aだろうと、その源流の忍者だろうと、非実在の存在だろうからな」

「忍者に、その源流の忍者……? ごめんなさい。貴方たちが何を言ってるのか、私にはサッパリ分からないわ」

 

 世間一般で考えた場合、優秀な頭脳と学力を誇る鈴音ですら、N.I.N.J.Aに対してはこのような反応なのだ。それは、池の反応を裏付ける要素とするには十分過ぎた。

 

「あ~、まあ、そういうこともあり得るのかな……?」

 

 同じN.I.N.J.Aとして俄かには信じ難い様子のフォルテだったが、取り敢えずはそのように受け止めるしかないのが現実であるのも確かだった。

 

「けどよ、おかしくね!? 普通、優れた成績を叩き出せばキャーキャー言われるもんだろ!? 俺、小学生ん時は体育じゃあぶっちぎりだったけど、一回もチヤホヤされたことなんかねえぞ! むしろ、遠巻きにコソコソされて、気味悪げな視線を向けられることの方が多かったし!

 特に学校ん中でも特に可愛い子が他のクラスにいてさ。その子は俺と違ってまさしく文武両道の優等生だったんだけど、体育の合同授業があったんだよ。あわよくばお近付きになれるかな? って思って頑張ったのに、俺が勝った途端に親の仇でも見るかのような目で睨まれ続けることになったしさ!」

 

 運動不足が祟り今は劣化してしまったが、以前の自分が()()()()()()優れた身体能力を持っていたことを自覚した池は、『信じられない』と言わんばかりに声を荒げた。

 常日頃から『女の子からチヤホヤされたい』、『彼女が欲しい』と宣う池であるからして、その言い分には確かな説得力があった。

 そして、そんなことがあったなら身体を鍛えるのを止めてしまっても無理はない。

 とはいえ、運動不足が祟って体力なんかは衰えてしまったようだが、慣れ親しんだ行為に対する()()()使()()()はまた別だということなのだろう。文字通り、身体の方が覚えているのだ。そうでなければ、今しがたの木登りを成功させる要素がない。

 ともあれ。池の身体能力の高さの一端は十分に分かった。『チヤホヤされる要素』が十分にあることも分かった。

 その上で、言葉通り、池は実際にチヤホヤされたことなどないのだろう。その経験があるのなら、今ほどがっついた様子を見せる理由がない。普段の池の態度こそが、池の言葉の信憑性を裏付ける要素となっていた。

 

「あ~、池くん。君には残念なお知らせだけど、たぶん環境が悪かったんだと思うよ?」

「よく『猿山の大将』って言われるけどね、煽てられるにも条件があんのよ。すなわち、肉体的にであれ精神的にであれ、周りが同レベルに未熟なこと」

「そうでなければ、余りにも実力がかけ離れていれば、待っているのは『出る杭は打たれる』という現実だけ」

「人は根本的に未知を恐れる生き物だもの。小学生の頃のあなたは、余りにも周りとかけ離れた実力を示してしまったことで、チヤホヤされるどころか逆に恐れられてしまったんでしょうね」

 

 池の過去の一端を知った女性陣は、気の毒そうな視線を池へと向けた。

 N.I.N.J.Aの中では下から数えた方が早く、学校では実力の高さを恐れられて排斥される。女の子にチヤホヤされたい池にとって、腐るには十分な環境だ。――逆を言えば、一つ環境が違っていたのなら、池がここまで腐ることもなかっただろう。

 そう。池はその目的に対し、殊更に環境が悪かった。

 

「まあ、それはそれとして……。お前か! 私を一番最初に絶望に叩き込んだ奴は! 小学校の時だったし、別のクラスだったし、久しぶりに会ったら落ちぶれてるしで、今の今まで気付かなかったわ!」

 

 そんなことはお構いなしに、桔梗が池へと吠え猛った。

 

「へ……? え~と。櫛田ちゃん、それはどういう?」

「だ~か~ら~、その合同授業でお前に負けた優等生の女子が私だって言ってんだよ! 今まで負け知らずだった私は、お前によって初めての敗北を味わわされたんだよ! それもぶっちぎりのな!

 それは私のアイデンティティの崩壊を招くには十分な要素だったし、おかげで方向転換を余儀なくされたわ! ――まあ、その回り道も、今となっては()()()()になったから、私に敗北を与えたアンタには感謝しなくもないけどね……」

 

 きっかけを思い出せば怒りもするが、それがなければ今の自分がないのも事実。そういう意味では感謝の念を抱いているのも事実。

 だが、高確率でその当事者だろう池が、予想以上に落ちぶれていたこともあって、尚更に桔梗の心中は複雑だった。

 

「フォルテさんとか綾小路くんの言う忍者がどんなものかはよくわかんないけどさ、言われてみれば池くんには忍者らしさがなくもないんだよね。

 物怖じすることなくグイグイと踏み込んで場を作れるのってさ、情報を得る上では重要な技能でしょ。会話の端々で相手は情報を落とす。こちらはそれを拾い上げる。潜入なんかとはまた別の意味で忍者っぽいんじゃない?

 まあ、当の池くんに忍者としての自覚がないし、女の子に対するがっつき方が凄まじいから、半ば死に技能と化してる面があるのは否めないけど……」

 

 そう言ったのは恵だった。そして、その言い分には一理あるのも事実だった。

 

「あ~、恵ちゃんの言うことは何となく分かるかも……。池くんってデリカシーのなさがこっちを不快にさせがちなんだけど、その一方で盛り上げ上手でもあるんだよね。それに気を良くして、こっちも色々と零しちゃうこともあるし……。

 欲望に正直ではあるんだけど、それ故にある意味では真摯的って言うか……。あ、この場合はジェントルマンじゃなく真面目な方の真摯ね」

「まあ、確かに……。空回りも凄いけど、分かりやすくはあるよね」

 

 麻耶と千秋がそれに続いた。

 

「え……? もしかして俺にもモテ期到来!? ――でも、三人して綾小路のハーレムメンバーなんだよなぁ~」

 

 一瞬喜んだ池だったが、すぐに現実に思い至って溜息を吐いた。

 

「貴方ね……。そんなところよ……」

 

 それに対し、鈴音は呆れを隠さずツッコミを入れる。

 

「取り敢えず、池くんにも『モテる素養』が十分にあるのは明らかになったわ。本当に女の子にモテたいのなら、そのための努力をして上手く活用することね。場合によっては、清隆くんのようにハーレムを作ることだって不可能じゃないと思うわよ?」

「マジでか!? 堀北ちゃん」

「マジもマジよ。まあ、私は既に清隆くんのハーレム入りしちゃったから無理だけどね。それでも、うちのクラスにはまだまだ女の子がいるんだから、可能性は十分にあると思うわよ?」

「よっしゃあーーっ! やってやるぜ!」

 

 鈴音の言葉に気を良くした池は、めくるめくハーレムライフを思って気勢を上げる。

 まあ、これで池くんが少しでも役に立ってくれるなら、クラスにとっても御の字よね。――池を持ち上げた鈴音が内心でそんなことを思っているなど、当の池には知る由もないのだった。




池が『ボーイスカウト経験がある』ってどこで出てきたんですっけ?
少なくとも、原作三巻で語られてるのは――

『小さい頃、よく家族と一緒にキャンプしてた』
『水源が綺麗で衛生的なことくらい見れば分かる』
『ボーイスカウトやってたとかなら自慢出来るかもしんないけど』

って感じで、むしろボーイスカウト経験なんかなさそうなんですよね。
ただ、Pixivの百科事典だとそういう風に書かれてますし……。

そこら辺を疑問に思った結果、本作の池はスパロボの恩恵を受けてN.I.N.J.Aの家系にしました。
『池のアウトドア技術は家族由来である』ことを強調するためであり、『池の馬鹿さ加減』や『石の水切りで六回は水面を蹴って悠々と対岸を飛び越えさせられる技術がある』などの原作描写もそのようにした要因です。

本作の池を分かりやすく言えば、『挫折した元天才N.I.N.J.A(自覚無し)』です。
普通に一般市井に混ざって生活していたこともあり、N.I.N.J.Aでありながら自覚がありません。正確には、『一般常識』から信じていませんでした。
結果、N.I.N.J.Aの修行は親が苦し紛れに言った『キャンプ』の一言で誤魔化されてました。
代々のN.I.N.J.Aの家系ということもあり、その才能はフォルテ以上です。
作中で話題に出たキャンプは、幼い頃から『最強の特戦隠密』と言われる『朧』への所属を見込められる者のみが参加を許可されていた、などの裏設定があります。
つまり、一緒にキャンプに参加していた周囲の子供は、自然と『N.I.N.J.Aの中でも上澄み』になります。
ただ、池はN.I.N.J.Aとしての自覚がなかったことに加え、クロスの突出ぶりもあって次第に劣等感を刺激されるようになりました。
私生活(学校)の方でも、『校内でも有名な可愛い子(桔梗)にいいところを見せてやるぜ!』と体育で張り切った結果、ぶっちぎりの勝利。
『優秀な私が負けた……?』と、桔梗のアイデンティティーを崩壊させることになり、お近付きになるどころか、逆に怒りを買うことになりました。
それらが重なった結果の挫折と転落があり、今に至っています。

N.I.N.J.A同士の挨拶の元ネタは『ニンジャスレイヤー』ですね。
スパロボ原作で登場した特戦隠密は『朧』だけですが、当然ながら他にもあるでしょうし、『所属や立場をポーズで示す』というのはありかなと考えました。
そりゃあエンブレムとかでも構わないんでしょうが、『そんな物証になりそうなものをN.I.N.J.Aが持ち歩くか?』と言われると疑問を覚えるのも事実ですので。

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