ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「まあ、だいぶ脱線しちゃいましたけど、改めて説明させてもらいます。――と言いたいところなんですけど、改めて説明するほどのことでもないんですよね。
パッと思いつく日銭稼ぎの方法が全面禁止されてやけっぱちになっちゃった面があるのは事実ですけど、あの時点では
起立したアズは淡々と語った。
その言葉を受けた面々は考え込む。
「……確かに。思い返してみれば、根拠がないわけではないが、決定的なものとするにはどれもこれも乏しいな。言えなくはない、考えられなくはない、そんなレベルだ」
「って言うか、先生が私たちにやったのと同じだよね。一気に捲し立ててその勢いで流すって点ではさ」
「たぶん、先生が冷静でさえあれば、或いは発言者がアズでさえなければ、十分に誤魔化せた範囲だと思うな?
ただ、幸か不幸か、その前の流れで先生はアズを重要視していた。そして、他ならぬアズの言葉だった。それが私たちにとっては追い風になり、先生にとっては向かい風となった」
「先生自身の生徒個人に対する心情が、先生を追い詰めることになった。……そういうことだね?」
「いや、全く以てその通りで。職員室に戻って冷静さを取り戻して、その後に改めて思い返してみた時に思ったよ。やっちゃったな……てさ」
神崎、フォルテ、桔梗、帆波が言えば、星之宮先生自身がそれを認めた。
真相は何のことはない。勢い任せの
「一つ一つ整理していこう。……毎月支給されるポイントが減算式。これはまあ、普通にあり得るだろうな。先生自身、『来月も十万ポイントが支給される』とは一言も言っていない」
「個人評価式かクラス評価式か。これは判断が分かれるところだけど、クラス評価式の方がまだ楽ではあるだろうね。三年間、クラス替えがないことへの後押しにもなる」
「新入生に支給されたポイントが一律十万ってのも後押ししてるよね。クラス単位のポイントがあると仮定して、入学時点では全クラスが遜色なく公平。そこから個人の成績や生活態度なんかが査定されて、クラスの評価に反映。それがクラスのポイントを増減し、以降はそれを元にクラスごとに異なったポイントが支給される……。普通にありそうじゃないかな?」
「増減の機会はどっちが多いかってなったら、そりゃあ減少の方だよね。だって、この学校は『実力者を育成する』のが目的なんだから。
廊下は走らない、授業は真面目に受ける、理由のない遅刻・早退・欠席は厳禁、授業中の携帯操作――は電卓機能や辞書機能があるから分からないけど――、どれもこれも義務教育期間中には口を酸っぱくして言われてきたことでもあるよね。
逆に言えば
「言われればやる。言われなければやらない。それをメリハリと言ってしまえばそうなのかもしれませんけど、少なくとも、一般的に見て
次々と意見が出るが、総じて『減算式のクラス評価制』を肯定するものばかり。
決して個人事業主がいないわけではないが、社会に出れば組織に属する者が多いのも後押しをした。人を使う側であれ使われる側であれ、個人の行動が部署の、会社の評価に繋がるのは間違いない。
これが会社であれば、実力があって『上』からの覚えが良くなれば何らかの役職を与えられたりもするのだろうが、如何せんここは学校だ。役職などありはしない。生徒会長を始め、決してないわけではないが、それを決めるのはあくまでも生徒の側だ。あくまでも学校側は、生徒が定めた人材を追認するだけなのだ。
「まったく、話し合うことや決めることが多いな。次から次へと増えていく。社会の縮図と考えれば、それも無理からぬことか……」
神崎が溜め息を吐く。
それを横目に、アズはサンドイッチを口に運んだ。帆波とフォルテも、同じように隙を見つけてはモソモソと食べている。昼食を食べていないのだから仕方ない。それに、クラスメイトから許可は得ているし、星之宮先生にも確認はした。
「しかしそうなると、この学校の謳い文句である卒業特典に関しても怪しく思えてくるな……」
「それって、希望の進路をほぼ叶えるってやつか?」
「ああ、そうだ。クラス毎の評価をするのであれば、最底辺のクラスにまでそれを適用する意味はあるか? いや、むしろ『最優秀』と評価されたクラスにのみ適用するのではないか?」
「つまり、卒業時点で一番クラス評価の高い教室の生徒だけってことか? ……確かに、あり得なくはないな。大会の優勝トロフィーを手に入れることが出来るのは、優勝校だけだ」
神崎の意見に同意を示したのは柴田だった。卒業特典を大会の優勝カップに例える辺り、サッカー好きの彼らしい。
「そこは、あまり気にしなくてもいいと思いますよ?」
飲み物と共に口内の物を流し込んだアズが言った。
「どういうことだ? この意見に関しては、あながち間違っているとは思わないのだが……」
「はい。そこについては私も同意見です。さほど間違ってはいないでしょう。――単に発想の転換をするだけです。確かに優勝カップを手に入れることが出来るのは優勝校だけでしょうが、決して他の学校の生徒が注目されないわけではないでしょう? まあ、注目されるだけの能力があるのが前提ですけど……」
「つまりこういうことか? いずれ、おそらくは入学後に初めてポイントが支給される来月の一日に、学校側からのネタ晴らしが入る。……いつまでも黙っていられるものではないし、隠し通せるものでもないからな。そう考えれば、いずれかのタイミングでネタ晴らしが入るのは確定だ。
そしてその際、学校側は表向き『卒業特典を受けられるのは最優秀評価を受けたクラスだけ』とでも発表する。ネタ晴らしのタイミングで告げられただけに、多くの生徒はそれを鵜呑みにする。そうしてクラスごとに切磋琢磨させて、生徒を磨き上げるのがこの学校の基本方針。
だが生徒の中には、いくら本人が優秀であっても、クラスという環境に足を引っ張られて実力を発揮しきれない人物がいるだろうことも事実。それでもなお腐らずにいられるか、努力をし続けられるか。学校側はその点も評価して、該当者にはたとえ最優秀クラスでなくとも進路についての口利きをする……と」
「はい。あくまでも希望的観測でしかありませんが、そう考えた方が一定の筋は通りますし、私たちのモチベーションも上がるかと思います」
神崎の意見に対しアズは同意した。
「あ~。その意見、特段間違ってもないかもね。……先生、ちょっとそこのコピー機を使わせてもらってもいいですかね?」
「構わないけど、何をコピーするの?」
「校舎内の監視カメラの配置を調べてマップに書き込んだんですよ。おかげでお昼ご飯を食べる余裕がなくて、今頃食べてるわけですけどね」
「え!? 監視カメラの配置をわざわざマッピングしたの!?」
「まあ、私ってば見習いでもN.I.N.J.Aですから。こういうのを気にせずにはいられないんですよ」
そう言って、フォルテは入学案内で渡されてあった校舎の見取り図を広げる。そこには確かに、アレコレと書き込みがしてあった。
「いやぁ~、もう驚き過ぎて声も出ないや。今回のうちのクラスは優秀だ。……どうぞ、好きにコピーしちゃって」
「はーい。……んで、書き込むだけでなく、一応写真も撮ってきたのよ。それも共有したいから、クラスのチャットグループを作らない?」
コピー機を走らせてる最中、フォルテが提案をした。
「いいね。ついでだから、皆が撮ってきた無料品の写真も共有しちゃおっか!」
「じゃあ、私がグループを作るよ。たぶん、この中で一番連絡先を交換しているのは私だろうし」
帆波が同意し、桔梗が続いた。程なくして、アズの端末にもグループへの招待が届く。
こういった操作に手慣れている生徒が多いのだろう。次々と写真を撮った場所と写真が挙げられていく。アズも食堂で撮った自動販売機の写真を挙げた。帆波も購買で撮った写真を挙げている。
ピコン! ピコン! ピコン! ……それに伴い、断続的に通知音が鳴り響く。正直に言って五月蝿い。アズは思わず端末をマナーモードにした。
そうこうしている内にコピーも終わったらしい。長方形のテーブルの上をスライドさせる形で用紙が配られていく。星之宮先生にも配られた。
「いやぁ~、よくも撮ったねぇ~」
改めて用紙を確認した星之宮先生が呟く。感想はそれだけだったが、その声には確かに感嘆の響きが込められていた。
そして、再び端末が連続で震える。『1-1』だの『1-2』だのといった書き込みに続く形で写真が挙げられている。
配られた見取り図の方にも同様の書き込みがあった。〇と、振り分け番号と、丸を貫く形で矢印が描かれている。矢印はカメラの向きだろう。簡素ではあるが、非常に分かりやすい。
「ってちょ!? トイレにまであるの!?」
女子から驚きの声が上がる。配置と方向的に
「うわ、トイレにまであったんだ……」
星之宮先生までもがゲンナリとしている。どうやら先生も知らなかったらしい。
「まあ、トイレとイジメって切り離せないものだからね。昔のドラマなんかでもあるでしょ? 個室のドアの上からバケツの水をブチ撒けたりとかさ」
写真を撮ったフォルテ自身は、気にした様子もなく言ってのける。
まあ、確かにイジメ問題は度々社会的に取り上げられる。それでも終わることはなくイタチごっこが続いているのが現実だ。
だからこそ、イジメを題材にした作品もそれなりに多く、中にはそういったシーンも見受けられる。
「分からなくはないけど、すんなりと賛同は出来そうにないかな……」
理性では理解を示しつつ、感情では否定的な生徒の方が大半だった。
「ま、トイレの方はさて置いて。重要なのはこっちの方でね」
言って、フォルテは特別棟の見取り図の方をピラピラと振った。
「これって……」
特別棟の見取り図に目をやった生徒は、その大半が言葉を失った。本校舎に比べると、圧倒的に監視カメラが少ない。危険な薬品のある理科室や、分かりやすい凶器ともなり得る包丁のある調理室に関しては流石に監視されているようだが、逆に言うとそれだけ少ない。……あと、やはりトイレにもあるようだ。
「これを見ると、安全確保、イジメ防止に力を入れているのかいないのか分からなくなっちゃうよね?」
「時として、確定的な証拠がない限りは犯罪が犯罪として認められない場合がある。被害者の心情は別にして、そこには容疑者に対する冤罪防止の観点があるのは否定できない事実だ」
「特にアレだろ? 痴漢の冤罪」
「ああ、そうだ。だから、重視する部分次第では、トイレに監視カメラがあるのも許容は出来る。……用を足す場面が撮られないのも大きいけどな」
「まあ、ね。フォルテさんが撮った写真から分かるカメラの配置的に、このカメラが重視しているのはトイレの本分じゃない。――だから、感情面ではともかく、理性では理解を示すことも出来る。
でも、じゃあこれは何? こんな、見るからにあからさまな空白地帯。気付かないならともかく、気付いてしまえば到底納得なんて出来そうにないんだけどさ……! 『どうぞ、悪いことをやってください』って言わんばかりじゃない!」
最初は理性的に喋っていた帆波だったが、次第に全身が震え、ついには吠え猛った。
「つまりは、それが学校側の方針なんだろう。あからさまなグレーゾーンを用意することで、そこに限ってはグレースタイルを許容する。暗にそう示しているわけだ。……世の中、綺麗事だけじゃないからな。それを思えば理解はできる」
「理解はできても、納得はしきれないよね。フォルテさんの言うようにトイレでのイジメはもちろん分かるけど、正直、敢えてグレーゾーンを用意するのであれば、トイレもそうしてくれていいよ。本分的な場面が撮られないとはいえ、トイレ内を撮られる方が遥かに苦痛」
女子が次々と同意する。
「ということで、星之宮先生! 我々1-Bの生徒はトイレ内の監視カメラ撤廃を学校に要求します! これが受け入れられないのであれば、全校生徒に署名でも何でも協力を求める次第です!」
「まあ、当然だよね。分かりました。私の方から理事長に報告しておきます」
「と言うより、トイレのカメラって本当に学校が設置した正規の物なんですか? だって、監視カメラの映像を確認できる筈の、教師の星之宮先生も知らなかったんですよね? そう考えると、誰かスタッフ個人が仕掛けたか、或いは、正規の物だとしてももっと『上』が仕掛けたと判断した方が納得がいくんですけど……」
結論が出たところでアズが指摘した。
支給ポイントや卒業特典など、学校側のやり口が心理的盲点を突いていること。加え、所々に監視カメラが配置されていることから
その一方で、騙し討ちみたいなやり方が罷り通っている辺り、学校自体がキナ臭いのも事実である。この学校自体、日本政府が直々に作り上げたものであるし、60万平米を超える敷地を有し、敷地内は小さいながらも『街』を形成しているのだ。
そこまで力を入れている以上、表沙汰にされていない、裏の目的があったとしてもおかしくはないだろう。だからこそ、表立っては生徒と接することのない、言わば裏方のみに下されている指示があったとしても筋は通る。そして、この監視カメラがそれに該当している可能性もまた。
もっとも、配置と構図的におかしいのも事実であり、『そういうイジメを受けたことのある人物が個人的に仕掛けた』という推測もまた成り立ってしまう。
そうした意見を伝えれば、誰も彼もが悩みだした。
確かなのは物証だけであり、だからこそどれもこれもがあり得てしまう。
基本、1-Bには善意に寄った生徒が揃っているからこそ、善意に則った行動であれば咎め立てるのは気が引けてしまっていた。
「まあ、理事長への報告と監視カメラの撤廃はしてもらいましょう。処分に関しては――理由次第で考えるってことで!
トイレの監視カメラに関してはここまでにして、他のことを話し合いましょう! 時間は有効に使わないとね!」
だとしても、心情的な不満があるのは事実であり、監視カメラの撤廃要求を引き下げることはなかった。
星之宮先生には今すぐにでも報告してもらいたい気持ちがあるのも確かだが、会議室のレンタル時間は限られている。である以上、今はこれからについて相談するのを優先すべきだ。
帆波の提案に、生徒たちは不承不承ながらも頷くのであった。