ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第62話

「はっ……はっ……」

 

 この環境は、身体訓練をするには打ってつけだ。アズ・セインクラウスは内心でそう思った。

 試験テーマ『自由』。それは、何を目指すも『各々の自由』ということだ。だからこそ、早期に『妥協点』を見付けられたクラスにこそ有利に働く。

 アズの所属する星之宮クラスは、この試験での勝利――『ポイントの温存』を早期に諦めた。結局のところ、試験での勝利は『局地的な勝利』に他ならないからだ。それに意味がないとは言わないが、戦略的に見た場合、『敢えて相手に勝ちを譲る』ことが必要な場合もある。

 現時点における他クラスとのCP差、クラスメイトの個人的な能力、後々に行われるだろう『体育祭』という名の行事。それらを総合的に判断した結果、星之宮クラスは『個人能力の底上げ』を選択したのだ。

 早い話、『Dクラスとの同盟』もそのためだ。そもそもにして現在は夏休みであるが、無人島での生活を余儀なくされていることもあり、学生にとっては当然の登校がない。学校に通って勉強をする必要がない。普段であれば強制される筈の時間が余るのだ。

 その上で、労働力が確保でき、人材を適切に振り分けることが叶えば、それだけ個人の自由時間が確保できて然りである。

 もっとも、如何に自由時間が確保できたとて、ここは都会じゃない。施設や設備に乏しい無人島なのだ。必然、時間潰しの方法も限られる。そして、それらは選択肢が限られているが故に、どれもこれもが能力の底上げに通じやすい。

 

「はっ……はっ……」

 

 だからこそ、アズもまたその時間を有意義に使っていた。

 走る。走る。ひたすらに走る。或いは、泳ぐ。泳ぐ。ひたすらに泳ぐ。――旧態依然とした『根性論』を適用するには打ってつけの環境だった。

 

「はっ……はっ……。何でついてくるの?」

「ふっ……ふっ……。気にするな。オレはオレに勝てる相手を求めているが、だからといって手を抜く気もなければわざと負ける気もないんでな。オレに勝てるかもしれないお前がそうやって鍛錬に励んでいるなら、オレが鍛錬に励むのも道理だろう。

 ただでさえ普段の行動で差が開いているんだから、これ以上はな……」

 

 正面を向いたままアズが訊ねると、隣から返事が上がった。清隆である。

 

「何だったら、南雲先輩の遊び相手は代わってあげるよ?」

「それも一興ではあるが、オレにもオレで都合がある。ハーレムだ何だと言われようが、オレが他の生徒を鍛えているのは究極的にはオレのためだ。候補が増えれば増えるほど、オレが負ける可能性もそれだけ高まる。

 そしてそれは、オレに更なる奮起を促す――かもしれない。実現したなら、それは何とも魅力的な光景だ。『悔しさ』というものを実感できる。

 だからこそ、お前だけを意識してもいられない。……ジレンマだな」

 

 アズの提案に、清隆もまっすぐ前を向いたまま答えた。

 

「こちらの意思とは関係なく、ただ一方的に課題が与えられ、それをクリアすることを求められる日々。それによって、私は記憶と感情がすり減った。今じゃもう、両親の顔も名前も、自分の名前すらも覚えてない。

 それでも、ほんの僅か、ぼんやりとでも残ったものがある。だからこそ、私はそれを失くしたくない。大切にしていきたい」

「オレの場合、そもそもすり減るような記憶も感情もなかったからな。それが自然で当然な生活で、だが知識を得るにつれて疑念が増していった。

 その結果として今ここにいるわけだが――果たして、オレとお前と、どちらの方がマシだったんだろうな?」

「分かんないよ、そんなこと。比べられるもんでもないしね」

「一度失ったが故に、再び失うことを恐れて手を伸ばせないのがお前。

 手に入れたことがないから、手に入れ方が分からない――手に入ったことすら認識できないかもしれないのがオレ。

 本当に、どっちがマシなんだか……」

 

 自問なのか、質問なのか、ただの呟きなのか。それすらも分からない言葉が清隆の口から発せられたのを機に、二人の会話はそれで終わった。『答えが分からないから、答えようがない』。それが答えであることを、二人とも認識しているからだった。

 あとはただ、黙々と走り続ける二人の姿があった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「いや、流石にあの二人にはついていけないわ……」

 

 普段はアズと一緒に自主トレに励むことが多い桔梗だが、無人島という環境に来て、アズが普段からどれだけ加減をしているのかがよく分かった。

 通学時間を始めとする『定まった予定』があるからこそ、それはトレーニングを行う上での制限と化しているのだ。

 この無人島生活でも()()()()()()はないではないが、普段の学校生活に比べると雲泥の差で少ない。やることさえやってしまえば、点呼と食事時間以外はほぼ自由なのだから。そしてDクラスという労働力の確保に成功した今現在、()()()()に費やされる時間もそれだけ減っている。

 

「清隆くんの体力が()()()に近いのは分かってたつもりだけど、アズも大概だね……」

 

 桔梗の独り言に追随したのは帆波だった。

 

「まったくです。お兄ちゃんの本性が()()()()()()()なのは分かってたつもりでしたが、それとタメ張れるって……。アズって何者なんです?」

 

 帆波に続いたのは千尋である。帆波の獲り合いでしのぎを削り合った結果、清隆と千尋は互いを認め合い、いつだったかに『桃園三義兄弟』よろしく『義兄妹の契り』を交わしたらしい。以来、千尋は清隆のことを兄呼ばわりすることが割とある。

 千尋とて、アズの過去は断片的には知っている。友人であるとも認識している。だからこそ、気にならないわけがなかった。

 

「エッジさんの妹で私の親友。私にとってはそれだけでいい」

 

 千尋の質問に、桔梗は素っ気なく返した。真実、桔梗にとって重要なのはそれだけだ。それ以外は些末事である。

 

「まあ、確かに。アレコレ気を回して考えたって回しきれるもんじゃないしね。ある種単純に考える方がいいこともあるか……」

「……ですね」

 

 桔梗の言葉に、帆波と千尋は頷いた。二人とて、清隆との関係を細かに説明しようとすると筆舌に尽くしがたい。同時、誰彼構わず説明する気もない。

 お互いが真に友人同士なら、関係が深まっていけば、自然とアズの口から語られる時もくるだろう。なら、素直にその時を待っていればいい。今はまだ、そこまでの関係を築けていないというだけだ。

 そもそも、出会ってまだ数ヶ月なのだ。普通に考えて、桔梗とアズほどの関係を築ける方がおかしい。二人の関係には、『中学期間』という積み重ねがあることを忘れてはいけない。

 

「ま、待ってくださいぃ~」

 

 三人に対して後方から声がかかる。

 振り向くと、そこにいたのはひよりだった。見るからに汗だくで息も切れている。

 その隣には麻子。苦笑しながらひよりを励ます一方で、三人に対してジロリと睨みをくれている。

 

「あ、ゴメン……」

 

 そもそも、行動開始時は一緒だったのだ。ひよりと麻子だけでなく、アズと清隆も。何なら神崎と柴田も。

 だが、道中でアズの手抜きに気付いた桔梗は、アズを先行させることにしたのだ。手抜きと言っても、自分たちに合わせたが故。である以上、そこに責める道理はなく、むしろ自分たちの不甲斐なさを詫びるべき。

 そして、『わざわざ自分たちに合わせる必要はない』とアズを先行させた結果、清隆もついていき、神崎と柴田も後を追っていった。

 そうして女性陣――桔梗、帆波、千尋、ひより、麻子が取り残されたわけだが、やはりこの中でも身体能力に差はあって然り。ダントツで低いのがひよりだ。それは重々承知していたのだが、お話に夢中になる余り、いつの間にか置き去りにしてしまっていたようだ。協調性を大事にする麻子が睨みを寄越すのも無理はなかった。

 なお、入学当初は千尋もひよりに負けず劣らずの身体能力だったのだが、清隆に()()()()()結果、今では平均程度にまで上昇している。……清隆に()()()()()()()という点ではひよりも同じなのだが、方向性の違いが如実に出た結果だろう。

 

「いえ。一番の原因は、私の身体能力の無さですので……」

 

 息を切らせてはぁはぁさせながら、それでもひよりは置いていった三人を責めなかった。そうなると、逆に心苦しいのが三人である。

 

「それはそれ、これはこれよ。おしゃべりに夢中になって、一声もかけずに置いてけぼりにするってのは流石にね……」

「いや、その返答はどうなの?」

「うん? だって、一番の原因が『ひよりの身体能力の無さ』なのは間違いのない事実じゃない。そこを誤魔化して何の意味があるのよ。慰め合いがしたいんだったら余所の学校でどうぞ?」

「そう言われると、厳しいけど間違いはないから困るわ……」

 

 麻子は溜息を吐いた。

 結局のところ、桔梗たちがおしゃべりに夢中になろうと、ひよりにそれを問題としないだけの身体能力があれば置いていかれることはなかったのだ。その点だけは、どう足掻いても否定できない。

 麻子は『協調性』や『団結力』を重視するタチだが、環境に適した形でなければ途端に堕落を招きかねないのも事実。そして、こと『高度育成高等学校』においては、()()()()()()など何の役にも立たない。気力を取り戻すことが出来ても、それが発奮に繋がらなければ意味などないのだ。

 安寧を是とするのは大切だ。だが、肝心の能力が足りないようでは、いつ『学校側が用意した足切り』に引っ掛かるか分からないのも事実。実際、今の時点で引っ掛かって退学した生徒が二人もいる。特に、停学からの期末テストとなった戸塚は余計に厳しかったことだろう。

 それに対し、生徒会の南雲副会長は学年主任である真嶋先生を介して一年生に一つの言葉を送った。本試験の開催時のことだったのでよく覚えている。

 

『戸塚の場合、クラス評価に溺れ、実力も無いのに粋がった結果がコレだ。この学校において粋がるのであれば、退学を免れる程度には個人の実力を身に着けてからにしろ。「虎の威を借る狐」はどの道長生きできん。

 山内の場合は、典型的な虚勢だな。虚飾で飾るのを悪いとは言わん。しかし、使い道を誤った結果がコレだ。

 山内は常日頃から、能力も無いのに過度に自分を大きく見せていたと聞く。山内に必要なのはそんなことじゃなかったし、するべきもそんなことじゃなかった。どうせなら、すぐさま()()()()()()を吐くのではなく、ここぞという場面で()()()()()()()()()()()を吐くべきだった。

 山内は自分の力の活かし方に気付かず、クラスメイトもまたそれに気付かせることを――導くことをしなかった。

 その結果、両名は退学になったと言えるだろう。

 故に一年生諸君よ! ()()()()()を知れ! ()()()()()()()()()()を知れ! ()()()()()()()()()をマッチングさせろ! 日々の努力研鑽を怠るな! ――そして、俺を楽しませるほどの実力者になれ!

 俺は、口だけ達者な「弱者」を何人か退学に追い込んでいる。そのことに後悔も反省もない。

 吠えるだけなら別に構わん。負けん気を示すのは、それはそれで大切なことだからな。だが、身の程知らずが実力行使に出てきたのなら容赦はしない。そんな輩は、この学校が、バックにある政府が求める「次代を担う人材」には相応しくないからな。

 だからこそ、そんな俺でも生徒会の一員として籍を置いているし、先生方からの評価も高い。

 現一年生には、この事実と、早くも退学となった戸塚と山内の存在を教訓とし、その上で成長することを望む』

 

 その内容に優しさはない。しかし、厳しくも真摯なアドバイスであるのは間違いなかった。

 その言葉が示すのは、『生徒間のやり取りでも退学が発生し得る』という一つの事実。『漫然と日々を過ごすだけでは、いつ退学になってもおかしくない』という一つの事実。

 どれだけの生徒が、その言葉を真摯に受け止めたのかは分からない。結局のところ、南雲のアドバイスが利己に満ちた行為であることに違いはないからだ。

 麻子自身、『もう少し伝え方に気を配れないのか?』と反感を抱きもした。――けれど、クラスメイトの柴田の言葉で考え直さざるを得なくなった。

 

『厳しいけど、言ってることに間違いはねえな。

 俺自身はそんなに好きじゃねえけど、サッカーにおいては「相手のミスを誘発するようなプレイ」も時と場合によって必要となる。「狡すっからい」と言われかねないのは事実だけど、それもまた()()()()()()()()()()()()全力を賭せばこそだ。

 それは間違いない事実であり、外野からどうこう言われたくはねえ。

 自分たちがそんなプレイをするのが嫌なら、そんなプレイをしなくても勝てるように強くなればいい。

 相手にされるのが嫌なら、それを気にしなくていいほどに強くなればいい。

 そう、結局のところは()()がモノを言うんだ。逆に言えば、そんなプレイを気にしちまう時点で「弱い」ってことであり、気に食わないからと文句を言えば「負け犬の遠吠え」だ。――それがサッカーにおける「真実」だ。

 この学校生活は、ただの学校生活じゃねえ。学校生活自体が「一つの勝負」なんだ。――ありがてえよ、ホント。今まで以上に身が入るってもんだ」

 

 目をグルグルとさせながら、獰猛な笑みを浮かべて、クラスの『ムードメイカー』である柴田がそう言った瞬間、麻子は自分の考え違いに気付いたのだ。

 伝え方云々など、そんなことを考えている時点で――そこで思考をストップさせている時点で、観客気分にも程があるというもの。

 真に当事者という自覚があるのなら、発奮材料とするべきだったのだ。それこそ柴田のように。

 自分のスタンスを殊更に変える必要はない。ただ、スタンスはそのままに、もう半歩、もう一歩、そうやって前に進んでいく覚悟を決めるだけだ。

 そして、前に進んだ分だけ、相応の能力を身に着けていくだけだ。――それが一番難しいのだけれども。

 実際問題、覚悟だけあっても、能力が足りなければ前に進むことなど出来はしないのだから。

 

「和気藹々とした日々を送ることも、それを求めることも、学校側は禁じていない。――ただ、『そのためには、学校側が求める最低限の能力を身に着けろ』と言っているだけのこと。

 至極真っ当で、至極妥当で――放任主義のこの学校では殊更に難しい。放任主義だから生徒同士で教え合うしかないし、努力が求められる一方で運にも左右される。オマケに、『求められるボーダーの不透明さ』が尚更に重圧をかけてくる。

 だからこそ、この状況で退学をせずに卒業できたなら、それは実力の証明に他ならない。……感情を抜きにして考えれば、本当によくできてる」

 

 汗を拭いながら麻子は言った。

 

「それで、その結論に至った麻子はどうすんの? 地力なんて一朝一夕で上がるもんじゃなし。実力に余裕がなければないほど、初動がモノを言うのは分かるわよね?」

「それなんだよね~! いっそのこと、私も綾小路くんのハーレムに加えさせてもらおうかしら……? 『ハーレム』って形式に思うところがあるのは事実だけど、形成目的には頷けるところがあるし、帆波ちゃんも千尋ちゃんもひよりちゃんも参加してるんでしょ?」

「麻子ちゃんが加わる気なら、個人的には歓迎するし、清隆くんに紹介するのも吝かじゃないけど……」

「『ハーレム』ってモノを簡単に考えてるようなら止めておいた方がいいです。一緒に寝たりはザラですよ?」

「一緒に寝……ッ!? それって同衾?」

「そのものズバリで同衾です。帆波ちゃんがだいぶ体を張りました。まあ、私も頑張りましたけど……」

「胸に吸い付かれるのがワンセットになってるよ……」

「私も何度か寝ましたね。清隆くんは男らしい身体で気持ちよかったですよ」

「ちょっと考えさせて……」

 

 予想外に過ぎるド直球な内容に、麻子は頬を赤らめながらそう言うのが精一杯だった。




必要以上に試験ポイントやリーダー当てを意識しないからこそ取れる戦術。
星之宮クラスにしてみれば、この特別試験は『地力向上週間』に他なりません。
端的に言えば、『走って泳いで体力付けろ』です。

実は試験開始時に南雲副会長からのありがたい激励メッセージがありました。――あったことにしました。
本作の、ある程度精神的に余裕のある南雲なら、初の特別試験に臨む一年生にこんなメッセージを送ってもおかしくないし、生徒会副会長ならそれが可能な権限もあるかな……と。

こういう『あってもおかしくない』細かな違いを一つ挿むだけで、大なり小なり影響と変化が生まれるのは否定できません。
本作ではあまり目立ってませんが、柴田もシッカリと影響を受けてます。
ぶっちゃけ、目的としたキャラ以外にも『この展開ならこのキャラも影響受けてておかしくないな……』と後から思うことが多々あります。幸村もその一人です。
本作は筆者も予期せぬところで、キャラ間に『影響の輪』が広がっていく感じですね。

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