ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「七……八……九……十。休憩していいわよ」
その言葉で、幸村輝彦はズシャリと崩れ落ちた。たった十回の腕立て伏せで体力を使い果たしてしまったのだ。
「情けないな、我ながら……」
「誰だって、最初はそんなものでしょう。『継続は力なり』。今まで本腰を入れてこなかった分野に向き合おうとしているのだもの。そこに年齢なんて関係ないわ」
「ありがとう、堀北。そう言ってもらえると助かる。それに、訓練課程の構築もそうだが、わざわざ付き合ってくれて……」
「腕立て伏せ、ジョギングにランニングなんかは独りでも出来るけど、腹筋に背筋なんかは素人一人だと難しい部分があるのは事実だしね。私が訓練メニューを構築した責任もあるし、最初から放置なんてしないわよ」
そこで会話は一旦終わった。ただ、幸村の呼吸音だけが響いている。呼吸をしているのは鈴音も同じだが、幸村ほどには響かない。二人の疲労度合いの差を如実に表していた。
それからどれだけ経ったか。幸村の荒い呼吸が治まった頃、彼は口を開いた。
「『学生の本分は勉強』。僕は父さんのその言葉に従ってここまで生きてきた。学力と、社会に生きる人間としての礼儀、その二点を軸として生きてきた。だから、本分たる勉強を蔑ろにする学生には嫌悪感の方が勝る。
けど、この学校で生活している内に思ったんだ。僕は、
両親は離婚し、母親は僕が幼い頃に家を出ていった。僕はそのことで母親を嫌悪していた。
だけど、この学校で生活しているうちに、
やれやれ、僕は何だって君にこんなことを話しているんだろうな……? 誰でもいいから吐き出したかったのか……。或いは、君だから吐き出したかったのか……。
そこは分からないが、訳の分からない物言いに付き合わせてしまってすまなかったな、堀北」
己が過去の一端を静かに語った幸村は、自嘲し、顔を横に振って鈴音へと謝罪した。
「或いは、無意識に共感性を抱いたのかもしれないわね。もちろん、私と貴方では軸としたものは違うけれど、それでも、そこらの学生に比べればよっぽど強固な軸に沿って生きてきたと思うわ」
「共感性に軸か……。差し支えなければ、君の軸を訊いても?」
「構わないわよ。私の軸は兄さんよ。――いえ、正確には『兄さんだった』と言うべきかしらね。
堀北家きっての出来人――堀北学。然程年齢も離れていないそんな人物を兄に持てば、必然的に周りはそれに倣わせようとする。親の庇護失くして生きてはいけない子供が抵抗できる筈もない。
結果、出来上がったのは『兄を盲信する妹』よ。盲信するだけならいざ知らず、自身の好きなものから嫌いなものまで兄に合わせようとし、兄の冗談すら本気で捉える。……私の髪、長いでしょう。それが証拠。兄が『長い髪が好き』と言ったから伸ばし始めたのよ。
それに危機感を抱いた兄は、私を突き放し始めた。ただ、『自発的に気付いてほしい』との思いから、理由までは教えてくれなかったけどね。私がそれを知ったのは、つい先日――期末テストが終わってからのことよ。
私も兄も、互いに不器用なのね。相手への期待が高すぎる余り、『言わずとも気付いてほしい』、『伝えずとも分かってほしい』と思ってしまう。その果てが『見事なまでのすれ違い』なんだから、不器用さも極まってるわ。
だからこそ、場を整えてくれた桔梗さんには感謝しかないわ。そして感謝するからこそ、私は彼女に勝つ。勝ってみせると決めてるの。『
幾分かスッキリとした表情で空を見ながら、鈴音は言った。
「桔梗……。星之宮クラスの櫛田桔梗か?」
「ええ。彼女、生徒会に入ったでしょう? で、以後はバンバンと兄さんと副会長にツッコミを入れているらしいわ。
方向性はともかく、兄さんも副会長も
そこに桔梗さんを始めとする現一年生が加わったことで、ようやく
クスクスと、笑みを零しながら鈴音が言う。
兄を気安く叩く桔梗には怒りが湧くが、その一方で、あの兄を
「『南雲係』だったか……。最初に耳にした時は『何だそれは?』と思ったものだが、『好敵手を求める』部分には理解も納得も示せる。
僕自身は学力偏重主義だが、だからこそ、『学力の高い』生徒を求めている部分があるのは否定できない。それは『話が合う』という点では『友人』であり、『互いに切磋琢磨する』という点では『好敵手』だ。未だかつてそんな存在はいなかったから、尚更に求めている部分があるのは事実だ。
僕の場合は学力だけだが、南雲副会長は『万能』と言っても過言ではないんだろう? であるならば、彼の抱いた鬱屈がどれほどのものかは想像も出来ない。その無聊を慰めることが出来る時点で、アズ・セインクラウスも僕たちとはだいぶかけ離れている」
鈴音が桔梗について語ったからだろう。幸村は生徒会繋がりでアズに対する意見を述べた。
「綾小路くんも見事なものよ。正直、彼に関しては私の『人を見る目の無さ』をこれ以上なく痛感させられたわね。学力も身体能力も私以上なのは間違いなく、その底も未だ知れないわ」
「『綾小路先生』だったか……? 実際、どうなんだ?」
「中間前にやった小テストを完答できるだけの学力は持っているし、今回の期末テストでも全教科満点。
身体能力ならと思って、綾小路くんの挑発に乗る形で勝負を吹っ掛けてみたけど、手も足も出ずに完敗よ。
ダッシュによる砂浜での往復十本勝負をやったんだけどね、彼ってば最初は棒立ちで動こうともしないんだもの。動き出したのは、私が五周目に入ってから。私が疲労しているのもあっただろうけれど、速度自体が段違いだった。
彼が棒立ちしている間に貯まった貯金は大した意味をなさず、それは私に必要以上の焦燥を齎したわ。結果、疲労と焦燥のダブルパンチで私は転倒。すぐに立ち上がって走行を再開したけれど、その時点で肉体的ダメージも精神的ダメージもピークに達していたんでしょうね。私が精彩を欠いている間に、彼は悠々とゴールしてみせたわ。
本当、あの時は悔しかったわ。それでも、『自分の弱さ』を認めるにはこれ以上ない契機だった。……そう、私は弱いの。弱いから、あとは遮二無二『上』を目指して努力するだけでいい」
鈴音の眼は天を見据えて。
「強いな、堀北は。自分の『弱さ』を認めるのは、確かな『強さ』だ。
しかし、そんな奴らが揃いも揃って星之宮クラスか……。それだけじゃなく、一之瀬に神崎、ビジュアル特化型だが佐倉もいる。正直、反則に等しいだろう。人材過多にも程があるというものだ」
鈴音の強さを認めた幸村は、しかし次の瞬間には溜息を吐いて。
「だけど、うちの二人は元々私たちのクラスだからね。そこに不満を言っても、あらゆる意味で『負け犬の遠吠え』にしかならないわ」
「……そうか。そうだな。正直、一緒のクラスにいた期間の方が短いから、綾小路と佐倉が『元は僕たちと同じクラスだった』という事実を忘れてしまいがちだ」
「ま、無理はないでしょうけどね。特に幸村くんの場合、これといって二人と接点があったわけではないでしょうから」
「そういう堀北は……ああ、綾小路とは隣の席だったか」
納得したように幸村は頷いた。
「さ、休憩はもう十分でしょう。次は腹筋よ。足は押さえてあげるから横になってちょうだい」
「ああ、よろしく頼む」
話題を切るかのように鈴音が顔を横に振って言えば、幸村は素直にそれに従った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「どうしたものでござるかなぁ~……?」
外村は独り悩んでいた。
先々を見据えれば、何かしらの訓練をした方がいいとは思う。けれど、何をすべきか皆目見当が付かないのだ。
正確に言えば、『身体を鍛えよう』とは思っている。しかし、そのための『効率的な方法』が分からないのだ。闇雲にやるだけでは効果が低いし、それで体調を崩してリタイアしてしまえば元も子もない。
「独りで悩んでいても仕方ないでござるな。こういう場合は『駄目で元々』、『当たって砕けろ』でござる」
結論を出した外村は、その足を使って歩き出した。
「というわけで、星之宮先生には『保健医』としての観点から、一生徒である拙者に『この環境を利用したダイエットメニュー』を組んで欲しいのでございます。
やはり、拙者としても女子にモテたいでございますので。そのためには『体型にも気を遣うべき』と思い至った所存。しかし、如何せん拙者にはそのためのノウハウがないのでございますからに」
辿り着いた先は教員用のテントである。許可を得てテントに入った外村は、知恵に頭を下げて頼んでいた。
「むむ……。これまた判断の難しいところを突いてくるね……」
曲がりなりにも『試験』である以上、教員が関われる範囲には限りがある。
その一方で試験のテーマは『自由』だ。『女子にモテたい』というのは俗な理由だが、男子としては健全とも言える。『そのために痩せたい』と思うのも何ら不思議なことではなく、『せっかくの環境を活かそう』と考えるのもまた然り。また、当人にそのためのノウハウがないのであれば『誰かに相談する』のは道理であり、その『誰か』が保健医になったとしても、これといっておかしなことではない。
星之宮知恵は、現Aクラスの担任であると同時に保健医だ。保健医の観点で言えば、たとえ俗な理由からであっても、そのために生徒が無理や無茶をするのは本意ではない。その点で、生徒が無理や無茶をするのを止める、抑制する『正当な理由』が存在することになる。
その一方で、リタイアは30ポイントのマイナスを受けるのも事実。その点で、大きく関与することは出来ない。少なくとも、効率的だからといって、ギリギリまで絞り込むような訓練メニューを構築することは不可能だ。
「じゃ、折衷案として一緒に散歩しよっか」
「ふむ……?」
「正直、外村くんはイイとこ突いてきてるよ。そういう頼み方をするのであれば、少なくとも私は教師としても保健医としても協力せざるを得ないからね。
けど、如何せん私は外村くんの体力やらをよく知らない。よく知らない状態で訓練メニューを組むことは出来ない。それが原因で君がリタイアすることになったら、私に掛かる責任も大きいけど、うちのクラスも巻き添えを食らうことになるからね。
かといって、器具も何もない状態で能力を測ることも出来ないからね。君が『私の散歩に付き合う』という形で同行し、私が『君の安全圏をキープする』といった方法を取るのが現実的なところかな」
「強烈な負荷を一気に掛けるのではなく、軽度の負荷を持続的に掛ける。そういう認識でよろしいでござるか?」
「うん、そういう認識でよろしいでござるよ。……ま、こっちだって一日中テントの中に籠りっぱなしってわけにはいかないからね。――で、どう? 一緒に散歩する?」
「よろしくお願いするでございます」
外村は頭を下げて知恵の提案を受け入れた。
「ちょっと待て、私も同行する」
「佐枝ちゃんも来るの?」
「理由は尤もだし止める理由はないが、テントに籠りっぱなしで気が滅入るのは私も同じだ。
それに、外村は私の生徒だからな。他クラスの担任であるお前に任せっぱなしというわけにもいかんだろう」
「うう……。佐枝ちゃん、漸く教師としての自覚が芽生えてきたんだね……」
佐枝の言葉を受け、知恵は袖で
「よーし、そこに直れ、知恵。喧嘩を売っていると解釈した。愛の鞭をくれてやる」
「それは勘弁かな~」
和気藹々とした様相の二人を見て、外村は首を傾げた。
「ほらほら佐枝ちゃん、教え子が待ってるよ」
「えぇい、どの口がそれを言うか! 先に私をおちょくり始めたのはお前だろうに!」
まさしく、『喧嘩するほど仲がいい』を地で行っている。
そのことに疑問を覚えたのは事実だが、ギスギスした雰囲気で散歩をするよりは余程いい。
知恵と佐枝に挟まれる形で、外村は散歩に繰り出すのであった。
個人的に、鈴音と幸村って似ていると思います。本人に自覚があったかはさておき、『抑圧された家庭環境で育った』という意味で。
原作を読むと、この二人ってどう考えても自宅が息苦しく思えてなりません。
そんなわけで接触させてみました。
まあ、双方共に学力は高いですので、幸村が鈴音を拒む理由はないでしょう。
鈴音としても、幸村の身体能力はともかく学力は認めざるを得ない筈です。
原作との諸々の相違から幸村の危機感も高まってる筈ですので、この時点で身体を鍛える理由にも筋は通ると思います。
で、今まで勉強一辺倒だった幸村が体を鍛えようとするなら、当然ながら誰かにアドバイスを求めざるを得ないと考えます。
そう考えた場合、白羽の矢が立つのは鈴音かな……と。
同時、『危機感の高まり』が、『自分の育ってきた環境』への疑念に繋がっても不思議はないかな……と。
説明したかどうか忘れましたが、本作の幸村は基本的に一人称が『僕』です。ただし、感情的になると『俺』になります。
基本は『俺』だったのが、父親に矯正されて『僕』になった設定です。
昔ながらの教育人間であれば、子供の一人称は『俺』よりは『僕』を好むだろうし、将来的には『私』へのシフトを考えるだろうと思ったからでもあります。
あとは、より『家庭環境の抑圧感』が出るかな……と。
一方、外村も危機感を覚えてますが、これまた体を鍛えるにも筋道が立てられません。
本作の関係性で言えば須藤にアドバイスを求めるかもしれませんが、須藤は部活組で身体を鍛えてる真っ最中ですし、根っからの『バスケバカ』な須藤が、配慮した『訓練メニュー』を組み立てられるとは外村も思いません。思えません。
その結果、知恵に白羽の矢を立てた次第です。
まあ、期間は短いながらに桔梗たちの薫陶を受けていたわけですからね。多少なりと頭と口が回るようにはなっています。
その流れで、わだかまりがなくなった女教師二人のやり取りもチラッと……。
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