ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「かあああぁぁ……っ! 生き返るわ~!」
湯船につかり、頭にタオルを乗せ、へりに両手を広げた桔梗は、締まりのない笑顔でそう言った。
「おっさん臭いよ、桔梗」
一方のアズは、頭にタオルを乗せている点こそ桔梗と同じだが、桔梗のように身体を広げるではなく三角座りをしていた。
端的に言えばコンプレックスの結果である。
「まあまあ、そう言わないの。『お風呂は日本人の心の故郷』って言われることもあるくらいなんだからさ!」
「ですね。シャワーも悪くはないのですが、こうしてお風呂に浸かれると心の底からホッとします」
特に、今は桔梗だけでなくフォルテと美紀も一緒だから尚更だった。
ドタプン! ドタプン!
美紀はまだしも、桔梗とフォルテの胸は見事なまでに水面に浮いている。
アズとしてはうらやまムカつくことこの上ない。唯一の救いは、巨乳勢にサンドイッチされていないことだろう。
とはいえ、美紀も桔梗やフォルテほど胸が大きくないだけで、身長はハッキリとアズより高い。スラッとした背の高さは、『大人っぽさ』と同義だ。その点で、美紀もまたアズのコンプレックスを刺激する存在であることに違いはなかった。
本来、アズは割り当てられた部屋の浴室を使おうとしていた。しかし、桔梗に手を引っ張られたことでそれは叶わなかったのだ。アズ自身、『一緒の入浴』を心から否定できなかったことも大きい。素肌を目にすれば不満は溜まるが、この空気が楽しくないわけではないのだ。
「隣、失礼すんぞ」
そう言って、ブクブクと浴槽に泡立てるアズの隣に座ったのはユキだった。横目に見やれば、更にその向こうには愛里の姿もある。
ドタプン!
更なる視覚的暴力が、容赦なくアズを襲った。
そんなアズの心情を余所に、ユキも愛里も頭にタオルを乗せて、実に心地よさそうな表情を浮かべている。
「しっかし、今回の試験結果はどうだったんだ? 私的には『大番狂わせ』って感じなんだが……。特に真嶋クラス」
「だよね。うちのクラスは、ポイント使い切ってリーダー当ても不参加だから、アレ以外の結果がないのは分かるんだけど……」
おもむろにユキが口を開いた。それに愛里も続く。
「坂上クラスは、龍園くんが宣言していた通りにキッカリと150ポイントを獲得していました。他クラスのリーダーを全員当て、どのクラスからもリーダーを当てられなかったのは確実です」
坂上クラスの大半が無人島から姿を消していたのは、彼女ら全員が認識している。
特にリーダーを探したりしていたわけではないが、決して島内を動いていなかったわけでもない。である以上、何十人も残っているのなら、誰かしらを目撃して然りなのだ。
それがなかった時点で、坂上クラスの大半が早期にリタイアしていたのは間違いないと言える。
「試験終了時、坂上クラスで島に残っていたのは龍園と――悪い、他の連中の名前が分からねえ」
指折り数えだしたユキだったが、龍園の名前を挙げた時点でギブアップした。『星之宮クラス有数のコミュ障』は伊達ではなかった。――まあ、積極性がないだけで、受動的なコミュニケーション能力は十分に持ち合わせているのだが……。
ユキの隣では愛里が顔を横に振っていた。分からないという意思表示である。『星之宮クラス有数のコミュ障』と言うのなら、愛里も負けず劣らずだ。
「龍園くん以外で残っていたのは、男子は石崎大地くんと金田悟くん、女子は伊吹澪さんと真鍋志保さんですね」
答えたのは、再び美紀。
「……詳しいな?」
「N.I.N.J.A修行の一環で……。流石に全員ではないですけど、同学年の生徒なら、ひと通りの外見と名前は覚えたと思います」
誇る様子もなく、美紀はそう言った。
ユキにしてみれば十分に誇れることだとは思うが、ユキと美紀ではそもそもの前提が違う。数ヶ月一緒なので忘れがちになるが、美紀は元々真嶋クラスの所属だったのだ。星之宮クラスに移籍したのは一ヶ月が経ってからである。一ヶ月もあれば、人によっては自クラスの生徒の名前と顔ぐらい、覚えられる者もいるだろう。
その推測に基づけば、美紀は真嶋クラスと星之宮クラスの生徒データは収めていることになる。残りは坂上クラスと茶柱クラスだが、茶柱クラスはこの無人島試験で一週間一緒だった。その点で覚えやすいのは間違いないだろう。
となれば、美紀にとって特に接点がないのは坂上クラスだけということになる。それでも、有名どころは押さえておいて不思議はないし、その範囲が周辺人物にまで及んでいても不思議はない。何せ、積極性のないユキですら龍園の顔と名前は覚えているくらいなのだから。
「ともあれ、途中からそいつら以外の姿は見なくなっていたからな。リタイアのペナルティが一人当たり-30ポイントという時点で、十人もリタイアすればポイントは尽きることになるんだ。坂上クラスの試験ポイントが一時的にゼロにまで落ちたのは間違いないだろうな」
「そこからリーダーを三人当てれば150ポイントの獲得。そのまま、他クラスからリーダーを当てられなければこその結果だね」
「その点で言やあ、うちのクラスの次に結果に納得しやすいのは坂上クラスになるな。――いや、それを実現してみせた方法を考えれば、そう簡単に納得することは出来ねえだろうけどよ……」
ユキの言う通り、『言うは易く、行うは難し』なのだ。それを実現してみせた時点で、坂上クラスの実力――龍園の手腕は並大抵ではない。
「坂上クラスの結果を踏まえると、茶柱クラスも納得しやすいよね。高円寺くんがリタイアして270ポイント。数値的にはそこから変動なしだけど、ボーナスポイントが得られていない時点で他クラスからリーダーを当てられたのは間違いない。その点で、坂上クラスの結果とも合致する。
けど、変わらず270ポイントを維持している時点で、他クラスのリーダーを当てたのは間違いない。必然、その候補は真嶋クラス以外にあり得ない。――もっとも、その実はうちのクラスのリーダーを当てた可能性もゼロじゃあないだろうけど……」
「ゼロじゃあないにしろ、実際の可能性としては低いだろうね。それはつまり、『私たちのクラスを敵に回す』に等しいから。
いずれはそうなるにしろ、今時点で、それも騙し討ちに等しい方法で行うのは余りにもリスクが大きすぎる。流石に、Dクラスもそこまで馬鹿じゃないでしょ。
ともすればやりかねない輩はいるかもしれないけど、少しでも物事を冷静に見れる奴がいれば必ず制止する。現時点だと茶柱クラスの評価はビリッケツだけど、それでもまだ一年の半ばであることに違いはないしね。逆転の余地は十分にある。そんな状況で、『共闘可能なクラス』を敵に回す余裕なんて茶柱クラスにはない。
それに、愛里がうちのクラスに移ってきてからそれなりに時間が経っているのも事実だしね。いつまでも入学当初の認識のままでいると痛い目を見るよ?」
元Dクラス故に、愛里はこの場の誰よりもDクラスの『馬鹿さ加減』をよく分かっている。それ故に懸念は捨てきれなかったわけだが、桔梗はバッサリと切って捨てた。
そして、その認識に対して忠告する。
「そっか。そうだね……」
愛里は素直に頷いた。頷くしかない。
多かれ少なかれ、自分だって変わったのだ。である以上、Dクラスの生徒だって変わらない筈はない。少なくとも、個人単位で見れば可能性はあり得るだろう。
「で、『うちのクラスのリーダーを当てた可能性』を除外するなら、消去法で真嶋クラス以外あり得ねえわけだ」
ユキの出した結論に全員が頷く。
「残るは真嶋クラスのポイント推移だが……正直に言って難しすぎねえか? 分かってることが少なすぎる」
「学校側による強制とはいえ、坂柳さんのリタイアで-30ポイント。そこから坂上クラスと契約を結んだことでPPと引き換えに物資を補充したみたいですが、結局は龍園くんのセリフ以外に根拠はありませんからね。どれだけの物資を得たのかすら分かりません」
「それでも、分かることはある。坂上クラスと茶柱クラスにリーダーを当てられたってことだ。それによって-100ポイント。残るは170ポイント。そして、この170ポイントを真嶋クラスは溶かし尽くした」
アズの言葉にも全員が頷いた。
「……ゴメン、もう限界。先に上がらせてもらうね」
そこから言葉が紡がれるかと思った矢先、アズが紡いだのは別のことだった。
「しゃ~ないか。私ももう上がるけど、そっちはどうする?」
桔梗の言葉に、全員が上がることを選んだ。
サウナを楽しむなり入浴を続けるなり、そういう思いがないとは言わないが、そんなのは後ででも、独りでも出来る。それよりは、検討の方を優先したい。――それが全員の偽りない本音だった。
無論、ここでアズが上がっても検討を続けることは出来る。しかし、
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
『ゴクゴクゴク……プハーッ!』
女性用の休憩スペース。裸身をバスタオルに包んだだけの面々は、腰に手を当て、風呂上がりの牛乳を一気飲みして息を吐いた。……なお、流石は豪華客船と言うべきか。牛乳、コーヒー牛乳、イチゴ牛乳、バナナ牛乳、フルーツ牛乳とひと通りのラインナップが揃っていた。ちなみに瓶タイプである。
「やっぱ風呂上りはこれよね~! 特に温泉とか行った場合は、これがないと落ち着かないわ!」
くうううぅぅ……ッと、噛みしめるようにして桔梗が言った。雑に口元を手で拭ったりと、普段の品行方正さが見る影もない。
「それには同感。流石に
同じく口元を手で拭ってユキが続いた。
「本音を言えば畳で寝っ転がりたいところだけど、流石にバスタオル巻いただけじゃね~」
所定の回収ケースに飲み干した瓶を片付けつつ、休憩スペースの一角に広がる畳を見ながらフォルテが言う。
昨今は畳の無い家も相応に多い。寮の個室もまた然り。おかげで、畳にゴロリと横になることの解放感を知らない人も割といるらしい。
何とも勿体ないことだ、とフォルテは思う。
「畳ねえ……。日本の文化だとは聞いてるけど、実際どうなの?」
畳に怪訝そうな眼差しを向けながらアズが問う。
仕方のないことではあるが、アズは『畳』というものを堪能したことがなかった。ミツバと同居していた時はマンション暮らしだったし、生活する上で不便の無い広さはあったが、基本的にはどれもが洋風の部屋で和室なんかは存在しなかったのだ。
桔梗の家には和室こそないものの畳が置かれている部屋があったのは認識している。その部屋にお邪魔したこともある。――けれど、同時にそこは仏間でもあった。その家の住人である桔梗ならまだしも、『娘の友人』に過ぎないアズが寝転がれる筈もない。
「私は好きだけど――こればっかりはアズが実際に試してみないと分からないんじゃないかな?」
「まあ、そうなんだろうけど……」
愛里の言葉にアズは同意を示し、そこで会話が終わってしまった。そんな風に言われてしまったら、アズとしてはそう返すより他にないのだ。結局のところ、
話が途切れたのを契機にして、一行は室内を移動し
座って気付いたが、その椅子にはドリンクホルダーも付いていた。
本当に至れり尽くせりだ。――アズは思った。
「んで、話を『真嶋クラスのポイント推移』に戻すけど……どこから話す?」
「『坂上クラスから何ポイント分の物資を購入したか?』。……完全な推測になっちまうけど、これは避けて通れねえだろ」
「ま、確かにね。あくまで龍園の言葉を信じるなら、無線機を介してではあるけど、彼と坂柳の間で直接的に交渉は行われた。もちろん坂柳が断った可能性はあるけど、彼女が本当にクラスリーダーをやる気なら断りはしないでしょ」
「それは、なんで?」
愛里が首を傾げる。
「第一に、先が長いからだね。私たちはまだ一年生で、まだ入学してから四ヶ月めに入ったばかりだ。先は長い。焦る必要はない。
第二に、情報が足りないからだね。学校側は『クラス評価制度』を敷くことで私たちに『クラス間闘争』を強いてきているけど、ここから先、『クラス間の共闘』がないとは言い切れない。
その可能性が存在する以上、他クラスの――特に『リーダー格との繋がり』があるに越したことはないんだ。実力者ではあっても、相応の発言力や影響力がないんじゃ、戦略や戦術に乱れが生じる。それを思えば、やはり繋がりを持つ相手は
実際、私たちも今回はDクラスと共闘したわけだけど、その際に話し合った相手は有象無象じゃなかったでしょ?
試験により
「そう言われると、確かに……」
アズの説明に、愛里は納得したように頷いた。
「『勝ち』は確かに大切だけどね。卒業特典はあくまでも卒業特典。卒業時にAクラスでなければ意味はない。
であるならば、その筋道は一つだけとは限らない。もちろん、ひたすらにトップを独走するのも一つの手ではあるだろうけどね。――だけど、そんなのは到底現実的じゃない。
これで卒業特典を受けられるのが、『個人ランキング制の上位四十人』とかだったらその可能性もありだったかもしれないけどね。
現実には『クラス評価制』でしょ。戸塚然り山内然り、どれだけ自分の能力に自信があったところで、『周りに足を引っ張られる』可能性は捨てきれない。
もちろん、自分が足を引っ張る可能性だってあるでしょうけど、自分に自信のある人物ほどそのことは考えない。自分の功績を以て棚上げしたり帳消ししたりするでしょうね。
まあそれはそれとして、そんな理由から早期に筋道を一つに絞るのはむしろ悪手と言ってもいい。まだ序盤も序盤だからこそ、選択肢を増やしておいて損はない。
そう考えれば、坂柳としても龍園の持ちかけた交渉に乗る意味はあるってこと」
「もっとも、PPが
あくまでも『お近付きの印』程度が精々だと思うよ。最終的に試験ポイントがCPに変換されることを考慮すれば、自分のリタイア分である30ポイント分か、切りよく50ポイントってところじゃないかな? 坂柳が台頭したのは事実だけど、葛城の影響力がなくなったわけでもないからね。『クラスリーダーとしての強権』もそこまでは強くないでしょ」
「……そっか。30ポイントであれば、一人当たりの消費は三千PPで済む。50ポイントでも五千PP。確かに、その程度なら押し通せそう。――まあ、それでもDクラスなら無理だったけど……」
桔梗が言い、アズが補足を入れれば、愛里は納得したように頷いた。
試験で残した270ポイントがCPに変換されることが確定した今ならともかく、山内の退学により試験前のDクラスのCPはゼロだった。これでは龍園が交渉を持ちかける筈はない。
「一人当たりの消費は五千PPでも、龍園が受け取るのはクラス分のPPだからな。それだけで約二十万PPは得られる。それが定期的に続くのであれば、龍園としても無理に押し通す可能性は低いか……」
ユキもまた頷いた。
龍園の本音としてはもっとPPを欲しがっても不思議はないが、無理強いして交渉を断られては意味がない。
坂柳の権勢を鑑みても、30~50ポイント分の物資提供が現実的なラインで、高く見積もっても100ポイントが精々だろう。肝心の本人が試験に参加していないことも相俟って、それ以上は反感の方が強まる筈だ。
そんな風に検討を重ねていくうちに温まった身体はすっかりと冷めてしまい、少女たちは再び湯舟へと足を向けるのだった。
前話の『一方その頃』的な感じです。
女湯の方ではこうなってました。
アズは自分の体格が女子の中でも一層小柄なことを自覚してますので、その点に関しては重度のコンプレックスを持ってます。
普段はまだしも、お風呂など『肌面積を多く晒す』場面では余計に刺激されます。
また、『日本に来て一年と少し』であることを踏まえ、『日本的文化』への馴染み具合も今一つな面があります。
流石に入浴自体には慣れましたが、長風呂が可能な域には至っていない設定です。
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