ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
パクパクパク……。ヒョイパクヒョイパク。
箸が止まらない。明らかに普段以上の食事を口に運んでいるのだが、頭とは裏腹に手は次から次へと食事を口へと運んでいく。
「坂柳……。アンタ、ちょっと食べ過ぎじゃない?」
真澄さんが顔を引きつらせながらそんなことを言ってくる。
「真澄さんに言われなくてもそんなことは分かっていますよ。ですが仕方ないではないですか。私の意思とは関係なく、手の方が止まらないんですから」
事実である。今現在、私の身体は私の制御下にない。それでいて、言葉を発したりは私の意思を優先するんだから妙なものだ。
「神祇無窮流の秘奥にして神髄――
言いながら、フォルテさんは自身の携帯端末で私を撮った。肖像権侵害を訴えたいところだが、その画像を私に見せてくるのだから文句も言い難い。
画面の中の私は、その髪と瞳の色が普段とは異なっていた。普通に考えて、カラーコンタクトを入れるなり、髪を染めるなりしないとこんなことはあり得ない。しかしながら、私はそんなことをしていない。
そもそも、カラコンの方はまだしも、髪染めの方はこんな違和感のない仕上がりにするのは難しいだろう。『元からこうだった』と言われても十分に納得可能な出来映えだ。
「確かになぁ~。元の髪色なんかを知っている身からしても違和感がねえってのは畏れ入るぜ」
「視覚的な影響はその程度に留まってますけど、実際にはその程度ではありませんからね」
続いて、池くんと山村さんが。
池くんは私に注目しているが、山村さんの方は私が食べた食事の皿数に注目していた。そして、山村さんの表情は真澄さんに負けず劣らず引きつっている。
そう。流れと言うか何と言うか、格技場から行動を一緒にしているのだ。
目覚めた私が真っ先に覚えたのは空腹感だった。私が気絶している間のことに関しても興味はあったが、それ以上に空腹感の方が勝ったのだ。
結果として、私は通常の食事時間からはズレた時間帯であるにも拘らず飲食店コーナーへと足を向け、真澄さん以外の面々もそれについてきたわけである。
その後は、こうして次から次へと食事を頼んではパクパクと口に運んでいる。
一体どういうメカニズムになっているのか食べている私自身も分かっていないが、全くと言っていいほど満腹感が得られない。ともすれば、嚥下した端からエネルギーに変換されて、心疾患をどうにかするための燃料にされている可能性が高い。
いやまあ、どれだけ『気の充足を図って~』とか謳ったところで、肉体を動かすには、身体機能を稼働させるには、やはり相応のエネルギーは必要不可欠なのだ。
呼吸することで酸素を取り込むのは人にとって必要不可欠の行動だが、酸素を取り込んでいるだけで身体を動かせるようになるわけではない。
「お客様、少しよろしいですか?」
「はい……?」
頭ではそんなことを考えている間にも身体はヒョイパクとやっていたのだが、どうやらそれにも終わりがやってきたようだ。――お代わりの皿を持ってきたスタッフが、テーブルへと置きながら私に声をかけてきたのだから。
「誠に申し訳ありませんが、お食事の提供の方、今回はこれで打ち止めとさせていただきます」
瞬間、これまで私の意思とは関係なく動いていた手が、その動きを止めた。どうやら私と同一化している存在は困惑しているようだ。言葉の意味は理解できるが、どうしてそうなったのかが理解できていないのだろう。
まあ、人とは根底からして異なる存在なのだから無理もない。
「……もしかして、備蓄の方が心許なくなってしまいましたか?」
「情けない話、然様でございまして……。実のところ、備蓄自体はまだ残っているのですが……」
「私たち高育生はまだまだ船に乗っていますし、食事を提供する相手も私に限ったことではありませんものね。スタッフの賄にだって使用されるでしょうし、先々を鑑みればここで使い切るわけにはいかないでしょう。
むしろ、無料ということで遠慮なく頂いた私の方が謝罪するべきですね、申し訳ございません」
私は軽く頭を下げた。
少しでも冷静に考えれば分かる話で、身体がヒョイパクとやっている間にも私はこうなる展開を予想していた。
そもそも、この船は『豪華客船』である。相応の実力がなければ出店を認められまい。その『実力』が何を指すかと言えば、平たく言えば『拘り』だ。味、食材、調味料……店ごとの拘りが認められればこそ、出店を認められるに至っているのだ。
逆に言えば、海を漂う船であるが故に、
必然、次に補充が叶うのは、順当に考えて港に着いた時。すなわち、私たちが帰るのと同タイミングだ。
生徒数、期間、無料提供……諸々を考慮した上で店側も備蓄していただろうが、私の健啖ぶりがその予想を上回ってしまった形になる。正確にはまだギリギリ上回ってはいないのだろうが、店側からストップがかかった時点で大差ない。
「そんな! お客様が頭を下げられることではございません! 頭をお上げください!」
スタッフが慌てた様子で言ってくる。本心ではどう思っているか知らないが、ポーズとしてはそうせざるを得ないだろう。
終始ペコペコと頭を下げながら、それでも律義に食べた皿を回収してスタッフは戻っていった。
「……あ。髪と目の色が戻った」
呆気に取られた様子で真澄さんが呟く。どうやら神祇の方も理解したらしい。『私に最適な存在』としてチョイスされただけはあるらしく、理解力は悪くないようだ。――存在の違いが齎す
まあ、それはそれとして――
「食べます? いえ、神祇が引っ込んだ瞬間、途端に満腹感が襲ってきまして……。正直、コレ以上はちょっとでも食べれば吐きます」
私は必死に冷静さを取り繕いながら、同席者たちにヘルプを求めるのだった。
なお、キチンと皆さんで食べてくれました。食材が無駄にならなくて何よりです。特に男子である池くんの同席が大きかったですね。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
飲食コーナーを後にした私たちは、その足でデッキを訪れていた。
デッキの一角では魚釣りが可能であり、釣った魚介類をその場で調理・提供してくれる露店があるのだ。
「坂柳……。アンタ、あれだけ食べてまだ食べるの?」
真澄さんが呆れた顔を隠さずに言ってくる。
「仕方ないじゃないですか。神祇は引っ込んだだけで、実際にはまだ繋がっているんですよ。であるからして、その意向を蔑ろには出来ません」
それに対し、私もまた頭を痛めながら答えた。引っ込んだ直後は満腹感に満たされていたのだが、時間の経過とともにそれも落ち着き、再びの空腹感が押し寄せてきたのだ。
「意向?」
「はい。神祇が表に出ようと出まいと、『心疾患を治すためのエネルギーの確保』を目的にしているのは違いがないわけです。単に、神祇が表に出ている間はその機能が強く働き過ぎるというだけです。
おそらくですが、心疾患が治るまではこの状況が続くんじゃないですかね……?」
正直、願望が混ざっている部分があるのは否定できないが、『エネルギーを求めろ』と言われている気分になるのは間違いない。
「まあ、納得だね。無から有を生み出せるわけがない。そう見えることはあっても、実際には
フォルテさんが言うが、おそらくはそういうことだろう。
かれこれ十何年もまともに機能していなかった身体だ。正常稼働させるのにどれだけのエネルギーが必要になるかなど、私自身からして分かったものではない。
「釣りをするのかい?」
「はい、そのつもりです」
私は露店の主人と言葉を交わす。黒髪の、まだ若い青年だった。顔立ちからは純朴そうな人柄のように思える。しかしながら、その手付きに淀みはない。慣れを感じさせるには十分だ。
「そうか。説明は必要かい?」
「お願いできますか?」
と言うのも、普通の釣り竿による釣りではないからだ。そりゃまあ、デッキの上からの釣りである。いくら転落防止用の柵があろうと、必ず防げるわけでもない。そこを危惧しないわけにはいかないだろう。
そもそも、別にこの『豪華客船』は偶さか私たちに宛がわれただけで、私たちのために作られたわけではない。本来豪華客船に乗るような人物であれば、興味はあれ本格的な釣りなんかはしないだろう。
「つっても、説明なんかないに等しいんだけどな。要は機械制御されているだけだからさ。
こっちのボタンを押せば、クレーンに設置された竿が動く。ここに双眼鏡が付いているから、これで海面やリールの状態を確認しつつ、タイミングを見計らってこっちのボタンでリールを巻き上げる。その後は自動でクレーンが所定の位置まで釣った魚を運んでくれる。……簡単だろ?」
露店の主人は言いながら実演して見せる。言葉だけの説明よりは余程に分かりやすい。
「まあ、その分だけ
そう言って露店の主人は肩をすくめた。
私は参加していないが、つい最近まで無人島で行動していた生徒たちだ。当然ながら釣りだってやっただろう。それがまた無い無い尽くしの原始的な環境だったればこそ、そう感じるのは頷ける話だ。
もっとも、私が求めているのは
「風情を求める方には申し訳ありませんが、私が求めるのは釣果の方ですので利用しない理由はありませんね」
露店の主人に答えた私は、付属の椅子に座ってボタンを押した。立ちっぱなしじゃないのも、私としては嬉しい限りだ。
流れのままに同行してきた四人――真澄さん、山村さん、フォルテさん、池くんもどうやらやるようだ。それぞれが椅子に腰掛けてボタンを押している。
「まあ、『風情がない』って言えばその通りなんだろうけどね。私は別に風情を求めるほどの釣り好きってわけじゃないしね!」
「右に同じく。そういう
「私は釣りの経験自体がないので、こっちの方が助かりますね」
「楽に越したことはない」
銘々にそんなことを宣っている。まず間違いなく、私たちは釣り人失格だろう。
「ハッハッハッ……! それでいいさ。人間、時には実利を求める方が必要で正しいこともある。――無論、その逆も然りだけどな」
だが、そんな私たちのスタンスは露店の主人には受けたらしい。闊達に笑ってそんなことを言ってくる。――しかし、どうやら完全肯定しているわけでもないようだった。
「要は塩梅さ。真に拘るのは、『どうしても譲れない一線』だけでいい。――しかしながら、そこを分かってない奴が大半を占めるのが現実だ。ま、俺自身も相応の失敗をしてるから偉そうに言えたもんじゃないんだが……。
こんな船に乗ってはいるが、実のところ俺はフリーターでね。定職なんか就いちゃいない。――と言うより、漂流中のところを拾われたんだ。それでも、こうして働かせてもらえている。
この事実を聞いて君たちはどう思う? ――と聞いておいて何だが、答える必要はない。世の中には
はい。順番が前後しちまったけど、釣りを止める時や釣った魚を調理してほしい時は、この番号札を持ってきてくれ。メニューにもよるけど、調理するにも時間がかかるからな。腹に余裕があるんだったら、釣り上げてすぐに注文することを勧めとくぜ。
さて! こっちも釣果には期待させてもらうぜ! でないと、腕の振るいどころがないからな!」
そう言って、露店の主人は定位置に戻っていく。
「あの人、強いね」
ポツリとフォルテさんが言った。
「そうなんですか?」
私は素直に訊いた。神祇無窮流を学んでこそいるが、そこら辺はサッパリだ。
「うん。一見隙だらけのようで、その実は隙がない。『無形の構え』をあそこまで使いこなせる人もそうはいないよ。私とは実力差がありすぎて自信は無いけど、佇まいからして主体は格闘技かな……?」
学生とはいえ、曲がりなりにも特戦隠密に配属される程のN.I.N.J.Aがそうまで言うとは……。
「なんで露店の主人なんかやってるんですかね?」
「うん。それは私も本気でそう思う」
私が首を傾げれば、フォルテさんは真顔で頷いた。
「うっし、ゲット!」
私とフォルテさんがそんなやり取りをしている内に、早速池くんは釣り上げたらしい。
機械制御されたリールが勢いよく巻き上げられ、その先端には確かに魚が引っ掛かっている。
その後は先に露店の主人が言った通りにクレーンが所定の位置まで動き、待機していたスタッフが魚を外して番号の振られたバケツに入れている。クレーンにも番号が振られているので、それと合わせているのだろう。
池くんは早速番号札を持って露天商の元へと向かった。その後、空手のまま戻ってきた。
「何を頼んできたんです?」
「店主のお勧めにしておいた。出来たら番号札を通して呼んでくれるってさ」
機械式の番号札を弄びつつ、私の質問に池くんはそう返した。
その後、私たちの誰もがそこそこの釣果を上げ、いろんな海鮮料理を御馳走になったのだった。
『華奢で小柄、それでいて健啖家な女の子』からしか摂取出来ない栄養素が世の中にはあります!
本作の有栖は『肉体健常化路線』を進みますが、すぐに人並みに動けるようになるわけではありません。
有栖の心疾患の内容は具体的には分かりませんが、血液循環やら栄養の取り組みなんかが正常に機能していたとも思えませんので……。
『肉体を巡る分も脳に回ったが故の天才性』という解釈だって成り立ちます。
『精霊憑依』の原典である魔装機神シリーズだと、精霊はマシンと一体化するわけですが、理屈の上では生身でも可能だと思います。
ただし、魔装機神こそ精霊憑依を行っても無事で済んでますが、原作のイベント展開だと精霊憑依を行った魔装機は爆散しています。
同様の危険性は生身で行っても変わらず、龍園や有栖が精霊憑依状態になっても無事でいられるのは、一体化する神祇の方がそこら辺に配慮している設定です。
上記の解釈を踏まえ、現在の有栖は体内の血管強度やら何やらを根本から作り変えられている真っ最中です。
やろうと思って出来ることではありませんが、そこはまあ神祇ですから。超常存在のやることに、人の理屈や理論が完全に通用する筈もありません。
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