ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

8 / 24
第8話

 翌朝。午前五時に起床したアズは、そのまま日課になっているランニングに出発した。

 ミツバの導きで日本に来てからはいくらかマシになったとはいえ、アズの日常とはすなわち逃亡生活である。少なくとも、施設を脱走して以降、追っ手を警戒しなかったことはない。何せ、反抗的な態度が目立つが故に『EDGE』と名付けられた人物と、その豊富な才能が故に『AZ』と名付けられた人物の組み合わせなのだ。

 脱走前には施設の人間が自分たちへの興味を失うように、才能が限界を迎えこれ以上の成果を上げられなくなった態を装っていたとはいえ、それで完璧に騙せたとは思えない。

 こうして脱走が叶い、曲がりなりにも平穏な生活を迎えられている今現在であっても、『何らかの思惑があって脱走を見逃したのではないか?』という危惧が離れることはない。

 だから、いざともなればすぐに逃げだせるように身体を鍛えることは怠っていない。少なくとも、鈍らない程度には維持し続けている。

 余分な荷物を持たないようにも心掛けているが、こちらは手遅れ感が強い。実際、物欲自体はそこまででもないのだが、ミツバという姉が出来てしまった。桔梗という親友が出来てしまった。

 彼女たちと離れるのは心苦しく、けれどいずれは離れなければならない可能性が高い。だけどあくまでも可能性でしかなく、それ故に未確定。

 その中途半端さが、アズに断固とした態度を取るのを躊躇わせたのは否めない。桔梗に対し自分が高度育成学校を目指していることを伝えつつ、桔梗の志望校は聞かなかった辺りに、その片鱗が表れている。桔梗が自分を追って高度育成高等学校へ来ることを、自覚のないままに期待していたのだ。

 この学校で桔梗と再会を果たしたことでアズ自身はそれを自覚したわけだが、だからこそ『時すでに遅し』である。アズは既に、手放せない『荷物』を抱えてしまっていたのだ。

 それを自覚してしまった以上、これまでのままではいられない。より先鋭化を図る必要がある。少なくとも、降りかかる火の粉から()()()()()だけではだめだ。荷物と一緒に逃げるか、逆に火の粉を打ち払えるようにならなければならない。

 それは義務ではない。アズ自身が抱いたエゴであり覚悟だ。

 

「や! おはよう!」 

「おはよう。……相変わらずなのね、アンタ」

 

 エレベーターで一階に降りたアズを待ち受けていたのは二人の人物――フォルテと桔梗だった。

 片や元気よく、片やあくび混じりに挨拶をしてくるが、決して約束していたわけではない。

 

「おはよう、二人とも」

 

 僅かに驚いたアズだったが、挨拶をされた以上は素直に返す。桔梗がアズの行動を予想し、フォルテはそれに乗っかった。セリフからそれが予想できたからでもある。実際、中学時も偶に桔梗はこうして付き合っていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 アズにとって、桔梗は『努力の方向性を間違えた人』であり、『視野狭窄に陥りやすい才人』である。

 

「幼少時から他人にチヤホヤされるのが好きで、だけど学力や運動能力は自分より優秀な人物は普通にいる。だから、他人に優しくすることで信頼を集めることにした」

 

 以前に桔梗からそう聞いたことのあるアズだったが、それを聞いた際、深く困惑したのは今でも思えている。

 そんなもの、やろうと思って出来るものではない。やるだけなら出来るだろうが、成果を出すとなると非常に困難だ。

 しかし、桔梗はやってのけた。それも、大多数の人物を相手にだ。同じクラスのみならず、同学年、先輩に後輩、果ては先生まで。学校関係者の大部分が、櫛田桔梗という少女に一定以上の信頼を寄せるようになったのだ。

 果たして、どれだけの才があればそんな真似が可能なのか? 考えても答えは出ない。

 確かに、優しく接するだけでもある程度までは距離を詰めることが出来るだろう。だが、人間とは欲深い生き物だ。優しくされるだけでは物足りなくなる。話題、趣味嗜好、他にも色々……信頼を寄せればこそ、それ以上を求めてしまう生き物だ。

 そして、桔梗は見事にそれをクリアした。全員相手ではないものの、一部からは秘密を聞き出すまでに至ることが出来た。

 考えてみれば当然だが、それまでには相応の時間と努力を費やした筈だ。距離を縮める手段として、共通の話題、共通の趣味嗜好は非常に効果的だが、それも一定の深度に達していればこそ。浅堀の知識では、未熟さが露呈して逆に距離を離されかねない。最初のうちはともかく、時間が経過しても変わらないようでは、まず間違いなく相手の方から見切りを付けられるだろう。

 相手が増えれば増えるほど、求められる方面は多岐に亘る。桔梗は、そのいずれに対しても、見切りを付けられない範囲を常にキープし続けたのである。

 必然としてストレスは溜まったみたいだが、こんな真似をやってのける『才人』じゃなくて、一体何だというのか。それでいて、当の本人は『私以上に優秀な人はいくらでもいる』とか言い出す始末である。――そりゃあ確かにいるだろうが、その大半は特定方面に特化しているだけだろう。

 桔梗自身は多方面に広く才能を有しており、萌芽も早かった。だから、幼い頃から多方面で活躍できた。称賛された。

 しかしだからこそ、自分より優秀な成績を叩き出した人物が現れたことで、桔梗はアイデンティティーを揺るがされた。今となっては真偽は分からないが、特定個人に限ってみれば、桔梗が負けたのは限定的な分野――体育だけとか、国語だけとか――だった筈だ。

 だが、アイデンティティーが揺るがされていたことと、自身が多方面に活躍できる能力を宿していたことが重なった結果、桔梗は視野狭窄に陥り、その事実に気付かなかった。敗北という事実のみが重く圧し掛かった。それが原因で、桔梗は自身能力にある意味で見切りを付け、コミュニケーション方面に舵を取ることを選んだ。

 推測でしかないが、おそらく真相はこんなものだろう。

 そもそもにして、方向転換のきっかけが間違っていたのだ。これで正しい結果が出る筈がない。

 確かに、桔梗は持ち前の能力と才能で多大な成果を叩き出した。秘密を聞き出せたことは『甘露のようだった』とも言っている。しかしそれ以外となると、桔梗は達成感を得られていないのだ。むしろ徒労感――ストレスのみが募っている。

 実際に自分はチヤホヤされている。嬉しい筈だ。達成感がある筈だ。そうでないとおかしい。――おかしい筈なのに、実際には達成感など殆どない。むしろストレスの方が溜まっている。

 それが、アズが出会った当時の桔梗だった。

 表には出さず、必死に隠している様子が辛そうで、だからアズは、転校生である自分に挨拶をしに桔梗がやってきた際、思わず言ってしまったのだ。

 

「辛くないですか?」

 

 と。

 それがきっかけ。

 それにより殊更に桔梗の興味関心を惹いてしまったアズは、度々桔梗に絡まれることになったのだ。

 転校生のアズを構うことは、桔梗のスタンスとしても間違っているわけではない。おかげで周りに怪しまれることもなく、桔梗にとってはいい息抜きになっていたらしい。

 一方、理由はどうあれ、そうして絡まれること自体が、アズの心にも喜びを齎していった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ちょっと、どうしたのよ? まさか寝ぼけてる?」

 

 アズが気付いた時、桔梗の顔が目の前にあった。どうにも、思いの外に過去回想に耽っていたらしい。

 

「ゴメン、ちょっと桔梗と会った頃のことを思い出してた。……行こっか」

 

 素直に謝って、けれど深掘りされるのを避けてアズは走り出す。

 

「あ、こら! 待ちなさい!」

「仲いいなぁ~」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきたが、敢えて返事はしない。

 環境が変わったばかりということもあり、当然ながらコースが決まっているわけもない。交差路のたびに停止して、三人でどっちに行くかを話し合う。迷ったら目も当てられない。

 アズとフォルテにとっては軽く流している程度であるのは事実だが、桔梗は問題なくついてこれていた。ほとんど息切れもしていない。

 

「問題なくついてこれるんだ……。桔梗って、もしかして掘り出し物?」

「コミュニケーションに爆振りしつつ、それでも平均以上の学力と運動能力を有してるんだから、素で優秀ではあるんだよ。視野狭窄に陥りやすいのが玉に瑕ではあるんだけどね。

 自分が認めた相手から称賛されるのを喜び、相手が有象無象であっても無償の感謝を与えられることを尊ぶ。端的に言えば『承認欲求の権化』だけど、決して悪い人物じゃないよ」

「コラコラ、そこのチミっ娘。アンタの辞書には『オブラートに包む』という文字はないのかね? ん?」

「アダ!? アダダダ……ッ!」

 

 笑顔を浮かべた桔梗が両の拳でアズの側頭部をグリグリとする。

 痛みの余り思わず悲鳴を上げたアズだが、ハッキリ言って自業自得である。

 

「仲いいんだね!」

 

 フォルテは、顔を引きつらせることもなく、無視満面の笑みを浮かべて宣った。

 二人の仲がいいのは事実だが、臆面もなく言ってのける辺り、フォルテもどこかズレていた。……大抵の人物であれば、桔梗の余りに違いすぎる態度に驚く筈である。

 

「そうよ~。仲いいわよ~。こうして、臆面もなく素を出せる程度にはね~。

 まあ、本来なら第三者の前で出したくはないのも事実だけど、アズと同じクラスだと隠すのも難しいし、むしろ隠す方が疲れるからね。なら、クラスメイト相手には必要以上に隠す必要もないわ」

「あ~、何となく分かるかも。私がN.I.N.J.Aであるのを隠してないのって、これまでの訓練もあって常人とは比べ物にならない身体能力を有しているからなんだよね。戦闘能力もまた然りだけど。

 だから、周りに合わせて加減するのって、それはそれで訓練にはなるんだけど、必要以上に疲れるんだよね。体力的にじゃなくて精神的に。

 ぶっちゃけた話、私って根本的な部分でドライなんだよね。修行過程でそうならざるを得なかった部分があるのも確かだけどさ。本当に大切な相手は極々限られているし、畢竟、それ以外の相手にはどう思われようとどうでもいいんだよね。

 まあ、その一方で友人関係に憧れがあるのも確かなんだけど……」

 

 アズが頭の痛みに呻くのを余所に、二人の少女が言葉を交わす。

 

「ちょっと、いい加減にしてよね……!」

 

 それが我慢ならなかったので、アズはサッサと拘束から抜け出す。……結局のところ、アズにとっては簡単に抜け出せる程度のことでしかなく、それに対して桔梗は驚きもしない。互いの了解があっての()()()()()に過ぎないのは一目瞭然だった。

 

「へえ~。報告は受けてたけど、アズも大した身体能力だね。改めて自分の目で確認すると、それがよく分かるよ」

「それはどうも。……せっかくだから、N.I.N.J.Aさんには訓練相手になってほしいんだけど、どうかな? この学校に入学したことで兄さんとも離ればなれになっちゃったから、訓練相手の確保に苦労しそうなんだよね」

 

 表情は真面目だが、それは紛うことなく挑発だった。

 挑発を受けて黙っていられるフォルテではない。自分個人であればともかく、N.I.N.J.Aを馬鹿にされては堪らない。フォルテの顔が冷笑を浮かべる。

 

「喜んで」

「はいストップ」

 

 今にも動き出しそうな二人の間に割って入ったのは桔梗だった。

 

「『手合わせすんな』とは言わないけど、せめて監視カメラのないところを探して、そこでやりなさいな。こんなところでやり合って、マイナス評価食らって、それでこっちが巻き添えを食らうのは我慢できないのよね」

 

 呆れも露わに紡がれたのは、紛うことなき正論だった。桔梗の指差す方向には、確かに監視カメラが設置されている。ここでやり合ってしまえば、バッチリと映り込むだろう。

 

「……それもそうだね」

「にゃはは、つい乗せられちゃったよ。我ながらまだまだ未熟だね」

「ゴメンね、フォルテ。どうにも、気が急いちゃってたみたいだ……」

「いや、こっちもゴメン。N.I.N.J.Aたる者、常に冷静沈着を心掛けなくちゃいけないんだけどさ。私の場合、感情的になりがちなんだよね。だから未熟なんだけど」

 

 冷静さを取り戻して闘気を抑えた二人は、互いに謝り合う。

 そして、アズがフォルテに向かって口を開いた。 

 

「別にいいんじゃない? 感情的でも。表し方がどうあれ、()()()()()な面があるのは否定しきれないでしょ?

 確かに、感情的に暴走して、結果を出せないかもしれない。それは『未熟』と評されても仕方ないことかもしれない。

 でも、じゃあ、常に冷静沈着なら必ず結果を出せるの? 私はそうは思わないし、思えない。それが出来るとしたら、それだけ能力が完成されているからであり、逆説的に感情を乱す必要がないからだよ。

 要は、静かに研ぎ澄ませた一撃を繰り出すか、爆発的な一撃を繰り出すか、そういう、タイプ的な違いの話で、今のフォルテは後者に当たる。言ってしまえばそれだけのことでしょ?」

「それだけ、の一言で済まされたくはないけど、言葉にするとそういうことになっちゃうかなぁ~」

 

 端的に言えば『方向性の違い』である。難儀なのは、自分の求める方向と適性が必ずしも一致しないことか。まあ、一致したらしたで、しないならしないで、また別種の問題が巻き起こるのも事実ではあるのだが……。

 その後はランニングを続ける空気ではなく、三人は切り上げて寮に戻るのであった。




感想・評価お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。