ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
正式名称『夏季、グループ別特別試験』――通称『干支試験』が始まった。
最初のディスカッションが行われて早々に試験が終了したグループもいくつかある。普通なら、生徒たちの話題はそのことで独占されてもおかしくはない。事実、そのことで盛り上がっている生徒たちは多い。
だがその一方で、別の話題で盛り上がる生徒たちもいた。その話題は須らく共通しており、『船で山内を見た』というものだ。
豪華客船という
山内――山内春樹。元茶柱クラスの生徒であり、期末試験で赤点を取り、夏休みを待たずして退学処分を受けた。『三バカ』の一人として不名誉な意味で名高かったこともあり、顔と名前を一方的に知っている生徒は存外多い。
逆に言えば、その程度しか知らない生徒の方が多く、山内個人に対する興味関心そのものは全体的に低いだろう。
しかし、『山内が船に乗り込んでいる』という事実が加われば、途端に話は別となる。
だって、自分たちがいるのは『豪華客船』なのだ。高度育成高等学校の方針と協力があってこそ乗り込むことが叶っているのだ。
また、豪華客船なればこそ、働くスタッフも基本的には厳重な調査・監査の末に乗船していることだろう。
多くの生徒にとってはそれが前提であり、だからこそ話題を掻っ攫うには十分な『謎』があった。
そして当然ながら、生徒たちの間で話が広まれば、それが教師に届くのも時間の問題であった。
「さて、どうする?」
「決まっている。船に事情を聞かないわけにはいかないだろう。既にこちらの事情を話した上で、協力要請は呼びかけてある」
佐枝の質問に、真嶋はムッツリ顔で言葉を返した。
既に退学処分となった山内だが、それで『高度育成高等学校に通っていた』という事実が消えるわけでも、生徒データが抹消されるわけでもない。単にデータの保管場所が、『在校生』から『退学者』へと移るだけだ。
然るに、調べようと思えば、登録されている基本データを調べることは十分に可能であった。
そして調べたところ、山内春樹は間違いなく一般家庭の生まれであった。つまり、この船に乗り込んでいる筈がないのである。
いや、常であれば、決して乗船できないわけではない。一般的な家庭でも、大枚叩いて乗り込むことは決して不可能ではない。――しかし、現在のこの船は『高度育成高等学校』の貸し切り状態にあるのだ。
である以上、教師と生徒を除けば、船そのものや船内施設の維持管理用のスタッフしか乗り込んでいない筈なのだ。
当然、曲がりなりにも船は『豪華客船』という肩書故に、高校中退の子供が乗り込める余地などない。山内が一般家庭の生まれなら尚のことだ。
だが、そんな道理や理屈を無視するかのように、生徒たちの間では『山内を見た』という話題が後を尽きず、とうとう教師である自分たちの元まで届くこととなった。
そして知ってしまった以上、由緒正しき『高度育成高等学校』に務める教師としては、決して無視しきれないのである。
「おっと、船からの返事が来たかな?」
無機質な着信音が鳴り響いたのを受け、知恵が呟いた。
「……そのようだ」
画面を見て相手を確認した真嶋が、そう呟いて電話に出る。
学年主任の真嶋が電話越しに話を伺っている間、他三人――知恵、佐枝、坂上はジッと息を潜めていた。
「……ええ、はい。では、そういうことで」
真嶋が電話を切って端末をしまった。フゥ……と深い息を吐く。
「どうでしたか?」
「どうにも要領を得ない部分もあったが、確かに山内春樹という人物は船にスタッフとして乗り込んでいるようだ。しかし……」
そこで真嶋は言葉を切った。難しい表情で眉間を揉み込む。
「しかし、なに?」
「スタッフの山内春樹は、四月の時点で『裏方の雑用係』として船に乗り込んでいるらしい」
「……なんだと? それでは、我が校の山内春樹は何だったというんだ?」
「分からんよ、今時点ではな。こちらもせっついてはみたが、『電話越しでは話せない』の一点張りだ。
なので、後で時間を用意してもらった。その際に本人も込みで詳しい事情を訊くことになる。
そして、その時は佐枝。池と須藤も同席させたい。学校では山内と特に仲が良かったのがその二人なんだろう?」
「……そうか。そうだな。教師目線では分からぬことも、生徒目線、友人目線では話は別となるか……。分かった。池と須藤の二人にはこちらから伝えておこう」
「頼んだ。――しかし、こう言っては何だが、今年は波乱だな……」
真嶋が深い溜息を吐く。
その点に関しては他三人も同意だった。それぞれが苦笑を浮かべていた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「俺に話があるってことらしいっすけど、何すか?」
真嶋たちと池、須藤が指定された部屋に赴くと、そこには二人の男がいた。一人は初乗船した際にこの船の『船長』として紹介された男。もう一人は、間違いなく見た目だけなら山内春樹だった。
その山内が、怪訝を隠さずに口を開く。
真嶋たちは事情を話した。
「高度育成高等学校っすか……。そこに俺が通っていて、夏休みを目前に退学処分になり、にも拘らず、この豪華客船で姿が目撃されたものだから、真偽を確認しないわけにはいかなかったと……。そういうことなら納得っすけど、あまり役には立てねえと思うっすよ。
俺は確かにそちらの学校に受かりましたし、合格通知も届きました。しかし、そちらさんも知っての通り、俺ってあんな性格だったでしょう? 喜んで調子に乗りすぎた結果、スジモンを怒らせちまったんですよ。その結果が、この船への没シュートです。
ただ、これでもマシな方だと思ってますよ。俺が『高度育成高等学校』に受かったことを知った途端、向こうの態度が軟化しましたからね。詳しくは知りませんけど、なんか、向こうも向こうで面倒事を抱えていたらしいっす。
んで、結果的には『交換条件』って形で俺はこの船に乗り込むことになったんです。確かに雑用ではありますけど、キチンと給金は出ますし、家族との連絡も取れます。パンピーのガキがヤーさんを怒らせた結果としては、十分に上等な部類でしょう。
もういいっすか? まだ仕事が残ってるんで……」
山内の言葉に許可を出し、船長と真嶋たち一行は彼が退室していくのを見送った。
「まあ、そういうことでしてね。流石に、他に誰が聞いているかも分からない電話で堂々と語ることは出来ませんよ」
「理解はできます」
苦笑しつつ船長が口を開けば、真嶋もそれに頷きで返した。
世の中は綺麗事ばかりでは回らない。高度育成高等学校にいればこそ、そのことがよく分かる。分からずにはいられない。分からない者は居場所を無くして消え去るだけだ。
しかし、『現実』がそうだとしても、大衆が求めるのは『綺麗事』であり『理想』なのだ。『豪華客船がヤクザと繋がりがある』。そんな事実、易々と口に出すことなど出来はしない。
「話を遮るようで悪いっすけど、いいっすか? 姿かたちはともかく、今のが俺たちの知る春樹じゃねえってのは分かります。――じゃあ、俺たちの知る春樹は誰なんすか? 何なんすか?」
須藤が手を挙げて口を開く。
誰もそれを咎めない。その疑問は、全員に共通のものだったからだ。
「さて……。山内春樹を騙った何者か。ヤクザと繋がりのある何者か。現状でハッキリとしているのはこれだけだ。これでは絞り込むのも容易ではない」
「そして、本人にそれなりの演技力があるのは確かだろうな。
そりゃあ、私たちの大半は入学後の山内しか知らないわけだが、それでも、面接官を始め、
「こうなると、
「高度育成高等学校は、日本政府がバックに付いていることとその校則もあり、
「山内の場合、ただでさえあのキャラっすからね~。俺と健は馬が合いましたけど、普通に考えて嫌われる要素は十分っす。
情報収集が目的であれ、一時避難が目的であれ、近いうちに退学して学校を去ることを前提にしていたのなら、成り代わるには打ってつけと言えるんじゃないっすか? 突拍子もない行動を取ったっておかしくはねえわけですし……」
まさしく、『謎が謎を呼んでいる』状態だ。しかし、どれだけ考え込んだところで情報の不足は否めず、可能性だけが増えていく。答えが出る筈もない。
「或いは、偽山内にとって、お前たちと親しくなったこと自体が想定外だった可能性もあるな」
「今しがた池くんが言ったように、あのキャラだと嫌われる要素の方が高いもんね~。
元々、誰とも親しくなるつもりがなかったんだとしたら、君たちと親しくなったことで、そのように振る舞わざるを得なくなったことで、何かしらのボロを出している可能性はあるよ。
何か心当たりとかあったりしない?」
「んなこと言われてもなぁ~」
「なんかあったか……?」
佐枝と知恵の言葉に、須藤と池は顔を見合わせて考え込む。
やがて、須藤が口を開いた。
「そう言やあ、いつだったかはよく覚えてねえっすけど、アイツの部屋に行った時なんですけどね……。たった一度だけ、政治やら経済の新聞の切り抜きが大量に広がってたことがあるんすよ」
「あ~、あったあった! 『似合わねえ~!』って、二人して思いっ切り笑い飛ばしたんだよな? ありゃあ、合いカギ使って勝手に部屋に入った時だったっけ?」
「確かそうだ。あん時は、春樹の奴も『俺は将来的に政界の重鎮になるんだよ!』とか言ってて、こっちもこっちで『またお得意のホラかよ……』で済ませたんすけどね。
今改めて考えてみると、切り抜きやらを集めている辺り、
「言われてみりゃあ確かに……。基本的に、春樹のホラって口ばっかだから余計に信憑性が無いんすよね。それが切り抜きやらを集めてたってのは、改めて考えてみるとおかしいっすわ」
「たった一度だけだったから、こっちもこっちで今の今まで忘れてたんすけどね……」
須藤と池のやり取りに、教師陣は納得した様子を見せた。
「なるほど。発端は政界・経済界方面でのゴタゴタか……。おそらく、件の偽物は元々そちらの方面への関心があったか、元からそちらの関係者でそれに巻き込まれた口だろう。
どちらか片方の可能性もあれば、両方の可能性もあるが、それによって安全確保のために、山内と成り代わって高度育成高等学校への入学を果たした」
「山内くんに成り代わってひと時の安堵を経た偽物は、改めて情報の収集に着手した……。
ま、如何に外部連絡を禁止していたところで、それは『外の情報を仕入れられない』ことには繋がりませんからね。ネット、テレビ、新聞、雑誌……鮮度や密度に目を瞑れば、情報を仕入れる媒体はいくらでもあります」
「合格通知は本物。元からの知人は皆無に等しい。なら、あとはガワを取り繕えばそれでいい。ヤクザがそれだけ気を利かせる相手なら、変装用の高性能マスクを入手するのも不可能じゃないだろうしね。少年探偵のコミックと違って声まで誤魔化す必要はないから、比較的楽な部類でしょ。
流石に血液型や遺伝子までは誤魔化せないだろうけど、なら、それを調べられる前に退散してしまえばいいだけのこと。その点でも、『早期の退学』を目論んでいた可能性は高まる。
そうして、偽物は無事に山内春樹として入学を果たした。以後も偽物なりに気を付けてはいたでしょうけど、四六時中気を張り詰めることなんて不可能に近いしね。人目に付かない寮の自室では、気を抜いていてもおかしくはない。
加え、その成り代わり自体、どうも
「早い話、偽物にとって、『合いカギを渡したわけでもない相手が、合いカギを使って部屋に無断侵入する』という事態そのものが想定外だったんだろう。結果、お前たちに件の場面を目撃されることになった。
それでも、咄嗟に口八丁で言いくるめる辺り、偽物の機転は大したものだな。まあ、お前たち二人の単純さに救われた部分もないではないだろうが……。
そして、以後そんなシーンが目撃されていない辺り、偽物がそれを教訓にしたのは間違いないだろう。切り抜き自体は続けた可能性があるが、普段はファイリングでもしていたんだろうな」
四人の教師の口から、偽物についての考察が語られる。
「アイツが俺たちに何度言われても勉強する様子を見せなかったのは、元から退学する気満々だったからってことかよ!」
「自主退学だったらこっちの疑問も増すけど、普段の態度が態度だったからな。こっちも『危機感が足りねえ』で済ませちまった。――見事にしてやられたぜ!」
必然、須藤と池は怒りを覚えた。この推測が正しいとしたら、『今までの自分たちの苦悩は何だったのか?』という話になる。
「もし、今度偽物に会うことがあったら――」
「――ああ。思いっ切りぶん殴んぞ」
偽物の正体は分からないが、それはそれ。
須藤と池は、顔を見合わせて頷くのだった。
高度育成高等学校に通っていた山内は、『実は偽物だった』というのが本作におけるオチでした。
正体は何となく察せるでしょうけど、その点は『言わぬが花』でお願いします。『スパロボマジック』と受け取ってもらえれば……。
『程度はともかく、権力者は裏社会と繋がりがある』を前提にした解釈です。
まあ、原作の山内の為人を見れば、こういう展開があってもおかしくはないかな……と。
船長はヤーさんから頼まれただけで、本物山内の詳しい事情は知りませんでした。
それ故に起こった出来事でもあります。
『高度育成高等学校』に船が貸し出されるかどうかは、四月時点で既に決まっていてもおかしくはないですからね。
「チョイと、こっち方面の面倒事に巻き込まれちまったんだ。放置すんのもアレだから、避難がてらお前さんの船に雑用係としてでも乗せてくれや。海の上にいれば、危険はねえと思うからよ」
的な感じで頼まれ、船長は純粋に人道的観点から頼みを引き受けた次第です。
まあ、ヤクザ・極道もピンキリですからね。
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