ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「ちっとやべえな……」
干支試験二日目。
手元のノートを手に龍園は呟いた。
初動こそ散々だったが、決して統制が取れていないわけではない。龍園が一言命じれば、初日のディスカッションを通じて、それぞれのグループのメンバーを知ることは出来た。
その後、各グループのメンバーを順に呼び出し、『説明時のプリントではどう並んでいたか』を確認した。
おかげで時間はかかったが、精度は高まったと判断できる。
その後は、金田、アルベルト、志保の側近衆と法則について頭を悩ませた。……なお石崎と澪に関しては、『頭を働かせるのには向かねえ』と最初から頭数には含まれなかった。
その甲斐あって、他クラスから出遅れはしたが、どうにかこうにか法則を見付けることは出来た。
「結果的に見れば、防衛寄りの選択じゃん」
「CPを狙えるのは辰グループだけですか……」
志保と金田の言葉が龍園に刺さる。
解答権を得るグループを決めた段階では、龍園の知る情報は少なかった。それ故に、選択する基準は『攻撃』でも『防衛』でもなく『統制』に寄らざるを得なかった。
時任裕也。龍園が『王』として名乗りを挙げた時から、常に反抗的な態度を崩さない男子。
龍園個人としてはその態度が嫌いではないが、『王』としてはいつまでもその態度を見過ごすわけにはいかない。
そんなわけで、龍園は時任の所属グループの解答権を得ないことに集中した。これであれば、仮に時任が裏切っても、彼を
だが、法則も何も分かったものではなかったから、結果として自クラスの『優待者』が所属するグループを二つ選んでしまったわけである。
得がないわけではないが、Aクラスを視野に入れるなら、決して歓迎できる選択ではなかった。
「つーか、うちのクラスそのものが防衛よりは攻撃向きなんだよな。生徒も頭働かせるよりは身体動かす方が得意な奴が揃ってるしよ。
今更言っても仕方ねえが、つくづく椎名を掻っ攫われたのは痛えな……」
「その意見には同感ですね。正直、僕の負担が大きすぎます。だからこそ、真鍋さんが側近に加わったことは個人的に大歓迎です」
「まあ、アンタに比べるとどこまで役に立つかは分からないけどね……」
金田からの賛辞に、志保は肩をすくめて返した。
身体能力も学力も平均以上に修めている自信と自負はあるが、学力では金田に及ばないし、実際に戦えば澪には負けるだろう。それが志保の偽りない判断である。
普段の態度に隠れがちだが、澪の佇まいには『武』を学んだ者に特有のそれが表れている。志保自身は体育の授業くらいでしか『武』に関わったことがない。しかし、曲がりなりにも関わったが故に、注意深く観察すれば
志保は『社会的ステータス』を尊重する。だから、出来得る限り自己研鑽には務めてきた。立場や肩書に相応しい能力の無い者など、志保が嫌悪する存在に他ならないからだ。
故に、高校に入ってからも女子のグループを構築した。この組織社会では必須の能力であると判断しているからだ。
まあ、だからこそ志保は澪が気に入らないわけだが。一匹狼を否定はしないが、組織社会では害でしかない。
その一方で、志保は澪の身体能力を認めてはいる。だからこそ、リーダーの側近として取り立てられながら立場に見合った働きを示さない澪には尚更嫌悪感が募るのだ。
正直に言えば、志保は龍園の恐怖政治を受け入れているわけではない。それでも、状況を鑑みれば必要だと認識はしている。
この学校に入学した以上、志保だって卒業特典は得たい。そのためにはAクラスに昇り詰めるしかない。そして、所属クラスにおいてそれが可能な――その可能性を見せる人物は龍園しかいないのが実情だ。
ならば、内心では反感を抱こうと従うのが利口というものだ。残念なことに、志保は個人でAクラスに昇り詰めることが可能な実力を持ち合わせてはいないのだから。二千万ポイントなど、一体どうやって稼げばいいというのか? 全く以て見当は付かない。
「ホント、時任の奴、暴走してくれないかしら……」
澪のことが気に食わない志保だが、それ以上に時任の方が気に入らない。龍園に反感を抱くのは構わないが、その行動は余りにも幼稚だ。そして、その
「おいおい、曲がりなりにもクラスメイトだぜ?」
「クラスメイトだからよ。……この学校に入学した以上、私にも目的があるの。そのためには卒業特典があるに越したことはないの。Aクラスに昇り詰めて、それを維持して、そのまま卒業する必要があるの。このクラスでそれを成し遂げるためには、龍園翔という支配者は必須なの。である以上、実際にアンタが排除されたらオジャンなわけ。
アンタを排除しようとするのは時任の勝手だけど、だったらその後のビジョンを私たちに提示する必要がアイツにはあるでしょうよ。
だってのに、現実はどう? 口を開けば『アンタが気に入らない』の一点張り。そのくせ、勝手に暴走して私たちに被害を齎す。これじゃあ理解も協力もあったもんじゃないでしょ。
私としては、妬み僻み嫉みからの行動と受け取るしかない。『クラスの支配を横から掻っ攫いやがって』ってところかしらね。
当然、こっちとしてはそんな奴を担ぐ気はない。かといって、退学のしわ寄せを食らうのも御免被る。だったらもう、クラス内で『最底辺』として黙って蹲ってくれていた方がありがたいのよ」
口調は淡々と、それでいて時任への憤懣を隠すことはない。
「怖え怖え……」
そんな志保の様子に、龍園はわざとらしく肩をすくめた。――その直後。
「あん、ちょっと待てよ……?」
龍園はそれぞれのグループリスト、解答権、試験終了したグループを慌てた様子で確認する。
「チッ! やられたぜ! このままいけば、時任の奴は裏切らずして裏切りが可能になる!」
そして、思いっ切り舌打ちした。
「ちょっと、それってどういう……?」
「まさか……!?」
志保と金田が両極端な態度を見せる。アルベルトは泰然として動じない。
「なるほど。気付きませんでしたね。時任くんのグループは、真嶋クラスが『優待者』で、解答権も真嶋クラスが握ってます」
「うん? なら問題ないんじゃ? 時任が解答すれば、それはすなわち契約違反。それでうちのクラスにCPが入ろうが、
金田の言葉に、志保が小首を傾げる。
「普通に考えればそうなる。――だが、相手は坂柳だ。普通に考えるだけじゃあ足りねえ。
世の中には『損して得取れ』って言葉もあるからな。時任の奴が、解答権を持つ真嶋クラスの指示で、真嶋クラスの『優待者』を当てたらどうなるよ?」
「まさかの『自爆戦法』ってわけ!? ……でも、そっか。取り決め上、それなら時任の行動は
「その一方、坂柳女史の影響が強くこのクラスに及ぶことになります。そして取り決め上は何の問題もないので、時任くんを制裁することも出来ません。そんなことをしてしまえば、せっかく上がった龍園氏の株が落ちることになりますからね。
当人にその自覚があるかはさて置き、この試みが成功しますと時任くんは坂柳女史の飼い犬に成り下がります。坂柳女史に従うことで、龍園氏に合法的に一矢を報いることが出来た。CPを得ることも出来た。――その事実は、時任くんの態度を余計に頑なにすることでしょう。人は成功体験や失敗体験に引きずられるものですからね……。
結果、以後は龍園氏の――うちのクラスの足を引っ張り続けることになりかねません」
金田の言葉は、決して無視しきれる内容ではなかった。
普通に考えれば、すき好んで他のクラスに裏切りを許す筈がない。自分たちは-50CPのダメージを食らい、相手には+50CPと50万PPを与える。どれだけのお人好しだ、という話になる。
しかし、先々を見据えれば、視野を広く持てば、決して『あり得ない』とは言えなかった。
善意ではなく、利によってその行動を許す。坂柳有栖ならばそんな手段を取ってもおかしくはないし、場合によっては有栖の失脚に繋がるのだから葛城派が受け入れる余地もある。
「つっても、今からどうにか出来るの?」
正直、今の段階から打てる手はないように志保には思えた。
「なぁに。その時まで気付かなかったならどうにもならねえが、こうして事前に気が付いた以上はどうとでもなる。
そも、この策はCPにダメージを食らう分、たとえ効果的だと判断したとしても、坂柳の奴も可能な限り実行は避けてえだろうからな。今時点で時任の奴が動いてねえことが証左となる。
事前に俺が気付いて対抗策を打ち出してきたら、実行を取り止めればいい。敢えて実行を遅らせることで、坂柳の奴は
そう言って、龍園はニヤリと嗤った。
「志保! お前が率いるグループを使って、生徒の間に噂を流せ! 内容は…………だ」
「なるほど。了解」
龍園の命令に、志保もまた笑みを浮かべて答えた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「どうやら気付かれてしまったようですね……」
生徒の間を駆け回る話題を耳にし、有栖はポツリと呟いた。
今現在、生徒の間を
「『坂柳有栖は勝ち目がないと見て、龍園翔に対しポイントを献上して頭を垂れようとしている』……ですか。
フフ。ムカつくことは事実ですが、時任くんの
「いや、今『ムカつく』って自分で言ってたじゃん」
噂を耳にした有栖が笑みを浮かべて呟くと、同行していた真澄がツッコミを入れた。
「真澄さん! 貴方はどっちの味方なのですか!? そこはさりげなく流すところでしょう!」
「うっわ~。図星刺されて逆切れしたよ。腹立つわ~、このちびっ娘~」
ビシィッ! と有栖が指を突き付けて宣うと、真澄はニヤニヤ笑いを隠さずに吐き捨てた。
「誰がちびっ娘ですか!」
「アンタに決まってんじゃん。現実はちゃんと直視しなよ」
フシュー、フシュー。
いきり立つ有栖を真澄が宥め賺している。いや、揶揄っている。
やがて、冷静さを取り戻した有栖が口を開いた。
「まあ、上々と言えるでしょう。これで龍園くんも――他のクラスも同じ手は取れなくなりましたからね。
そも、本来ならこんな搦手は龍園くんの方こそ得意とするものでしょう。それを防げただけ御の字です」
今回の作戦の肝は時任の『合法的な裏切り』にある。そして『合法的な裏切り』と証明するには、衆人環視の中で、真嶋クラスの生徒が時任に『優待者』を告げ、約定を盾に時任に裏切りを強要させる必要がある。約定により真嶋クラスが『グループの解答権』を持っている以上、ただ時任が裏切りに走っただけでは周囲は暴走と見做すだろう。
強要とはいえ、それで時任は50万PPを手に入れられるし、クラスには+50CPが入る。それは時任の功績になるし、龍園に反抗する上での一助になる。
同時、時任は有栖の意向を無視しきれなくなる。50CPのダメージを負うことで坂上クラスに楔を打ち込めるのであれば、痛手には違いないが
だが、同じことは龍園にも言えるのだ。ダメージと引き換えに他クラスに確かな影響力を宿す。如何にも龍園のやりそうな搦手である。
だからこそ、気付かれた場合の保険を打っておく必要が有栖にはあった。
時任が龍園に対して強い反感を抱いているのは有名である。故に、利用するには打ってつけであった。
ある程度目端の利く人物であれば、『思い付いたら即実行』とはいかない。同じことをやり返されないか、念には念を入れて事前に確認をする。
そして、理由はどうあれ龍園は気付いた。先手を取られる可能性もあるし、やり返される可能性もある。そう判断してしまえば、
それこそが、現在進行形で生徒の間を駆け回っている噂である。龍園は
取り決め上、時任に
「まあ、一方的にこちらが貶められるのは我慢がなりませんのでね。ちゃんとカウンターの用意もしてますよ」
「カウンター?」
「はい。噂には噂です。シッカリと橋本くんが働いてくれれば、間を置かずにまた別の噂が流れることでしょう。何せ、ここは密閉された船の中ですからね。噂が行き交う速度が速いのも道理です」
クスクスと有栖は笑った。
程なくして、生徒の間をまた別の噂が駆け巡った。
「『龍園翔は、飼い犬の手綱取りに四苦八苦している。飼い犬が坂柳派に良いように操られるのを防ぐためには、坂柳有栖を不当に貶めるしか手がなかった』……ねえ。――本当に不当?」
「不当でしょう? 私は龍園くんに対して、勝ち目がないとも思わなければ、首を垂れる気もないんですから」
「『ポイントの献上』から目を逸らしている辺り、自分自身でも否定しきれないんじゃん」
「だ・か・ら! 真澄さんは誰の味方ですか!?」
真澄が揶揄えば、有栖はガーッと吠え立てる。
何だかんだ、仲のいい二人だった。
独裁体制を敷く有栖と龍園に共通しているのが『穴』の存在です。
有栖の場合は、葛城派と中立派。
龍園の場合は、時任ですね。
双方の性格を思えば、狙える機会があるなら狙うでしょう。『硬派』だの『卑怯』だのといった考えとは無縁でしょうし、明確な弱点を狙わないなんて『舐めプ』に他なりませんから。
明確に時任の存在が明らかにされたのは二年生編からですけど、一年生編の時点で干支試験の結果などで示唆はされてるんですよね。
でも、それってつまり、クラスの外にもアンテナを開いてたら普通に分かることだと思うんですよね。
特に、『暴君』龍園に対する反抗者なんて目立たない方がおかしいでしょうし……。
星之宮クラスと茶柱クラスは、リーダーこそいるものの、どちらかと言えば合議制ですからね。
また、リーダーの個人人気が高いことも相俟って、統制の『穴』を見付けること自体が難しいです。
まあ、星之宮クラスはCPがトップなので効果が見込めず、茶柱クラスはそもそもが『穴』だらけなので、『合法的な裏切り』を仕掛けるには割に合わないんですよね。
帆波と平田の場合、『坂柳さんが(龍園くんが)、ポイントをプレゼントしてくれたよ』で済ませることが可能なのも大きいです。
自クラスのみならず他クラスからの人気も高い二人の言葉であれば、それすなわち有栖と龍園、それぞれの評価向上にも繋がります。
それを以て『分け』に持っていかれたら、有栖と龍園ではどうしようもありません。『人気』という部分では到底及びませんしね。
人気者の言葉は、時として『白』を他の色に変えることが可能ですし、その逆もまた然りです。
後出しで思惑を塗り潰される可能性が高いことを鑑みれば、余計に『合法的な裏切り』で星之宮クラスと茶柱クラスを攻める理由がありません。
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