ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第85話:『陰キャの集い――清隆除く――』は一歩を踏み出す。

「うげっ!?」

 

 空手、柔道、合気道などの『体験塾』見学を経て、その部屋に入った瞬間だった。

 克己が思いっ切り顔を顰めた。――かといって、『神祇無窮流』とかいう流派に思うところがあるわけではない。

 克己が生まれつき持つ異能――『予知能力』が警鐘を鳴らしたのだ。

 

「どうした?」

 

 怪訝そうなユキの声に応えることもなく、克己は顔を顰めたままで格技場内を見回す。こういう場合の面倒事は大きく二通りに分けられることが、経験則から判断できたためだ。

 一つは、『場所』が基点となる場合。この場合はこの格技場から離れれば、当座の面倒事は回避できる。

 一つは、『人や物』が基点となる場合。この場合、その()()()()がここにいる・在ることが面倒事の鍵となる。

 その経験則に基づき、まずは自分と同行者から確認する。目を向ける。警鐘が強まらない。()()と判断できた。

 室内の人数は少ない。講師と思しき人物が二人、それ以外は学校の生徒だ。

 坂柳有栖――違う。

 神室真澄――違う。

 月ノ輪フォルテ――違う。

 山村美紀――違う。

 池寛治――違う。

 講師その一――違う。

 講師その二――警鐘が強まった。ビンゴだ。

 

「彼か……」

 

 ポツリ。克己は呟いた。

 しかし、問題はここからだ。面倒事の原因となり得る存在が分かったはいいが、ここから如何にして穏便に彼を退散させればいいのか。その方法が克己には分からない。ヘタに本当のことを言ったところで、受け入れられる可能性など低い。

 だが、そんな克己の心配は『無用の長物』だった。

 

「『時任の神子』……? それが、この部屋に入るなり顔を顰めた……。俺を見て更に強まった……。それが示すのは……?」

 

 どうやら相手は克己の事情を知っているようで、そんなことを呟きながら自身も顔を顰めたからだ。

 時任家の中で、『予知能力』を生まれ持った当代が克己である。『時任の神子』というのは、そんな克己に対する尊称だ。――正確には、()()()()()『予知能力』を備えた存在に対して用いられる。

 

「訊くが、『俺がここにいることが面倒事の鍵になる』と、そう判断してもいいのかな?」

「断言は出来ないが、その可能性が高いな」

 

 男の言葉に、克己は生徒ではなく『時任の神子』として答えた。それ故の、年上相手に対する横柄とも言える口調だ。

 ただし、少し前に山内を見た時にも予知能力が警鐘を鳴らしたことには言及しなかった。この密閉空間である船の中で、異なる面倒事が何個もあるとは考えにくいのも一因だ。

 件の山内について学校からは『そっくりさん』との発表がされたが、だからといって()()がいないとも限らない。何がどう繋がっているかなど分かったものではないのだ。今ここでそのことに言及して、せっかく避けた面倒事に巻き込まれるなど御免である。

 

「他ならぬ『時任の神子』の言葉だ。信じよう。それに、こっちとしても心当たりがないでもない。――そんなわけで、俺は退散させてもらう。

 ああ、寛治くん。以後は君のスキルの理由付けに『ボーイスカウト』を用いるように。ボーイスカウトも千差万別だ。少なくとも、『家族とのキャンプ』よりは余程に信憑性が得られるだろう」

 

 言うなり、その男は格技場を後にし、あっという間に姿が見えなくなった。少し前に見たトウマの動きにも驚かされたが、それに劣るものではない。

 

「スゲえな、あっという間に見えなくなっちまった……。てか、さっきのトウマって人もそうだけど、人間がしていい動きじゃねえだろ。

 この船は『ビックリ人間』のバーゲンセールでもやってんのか……? 私はいつから『ドラゴンボール』の世界に足を踏み入れたんだ……?」

 

 同じく男が去るのを見送ったユキが、釈然としない様子で呟いた。克己もその感想には同意だった。

 

「それはともかく、入門希望者かな?」

「まあ、はい。護身術を学ぶことを考えてまして、取り敢えずは話だけでも聞ければと……。

 ぶっちゃけた話、私らって根が陰キャなんで、上意下達って言うか、体育会系って言うか、そういうノリが苦手なんですよ。ここの前に他のところも覗いてきたんですけど、そこら辺が合わなそうかなって……」

「……なるほど。まあ、スポーツ武道には『礼に始まり礼に終わる』考えが強いからな……。

 我が流派にもそういう部分がないではないが、どちらかと言えば、人ではなくそれ以外――天神地祇を重視する。そして、彼らは()()()()など重視しない。重視するのは『波長が合うかどうか』だ。我が流派では、『気の修養と操作』を学び、磨くことで、彼らに近付くことを第一とする。

 まあ、何だ。閉じた回路を開くことで、こちらから向こうへの声を、向こうからこちらへの声を届けやすくする。受け入れやすくする。そして、最後には天神地祇との同一化を目指す。そんな風に考えてもらえばいい。

 逆に言えば、そんな流派だから、とかく『個々人の資質』に拠るところが大きい。最初の一歩を踏み出せなければいつまで経っても道は開かれず、最初の一歩を踏み出すのがひたすらに難しい。基本の型を教えてはいるが、それを習得しただけでは意味がないからな。

 その一方で、最初の一歩を踏み出すことに成功してしまえば、既存の型に囚われる必要もない。使いやすいようにアレンジするのも自由だ」

 

 講師――師範の言葉は余りにもザックリとしていたが、それでも一般的な流派でないのはよく分かった。

 

「簡単に言えば、『酷くオカルトに偏った流派』です。反面、私のように身体に欠陥を抱えている者でも、『波長の合う存在』を見付けてしまえば多少の無理は利くようになります」 

 

 横から口を挿んだのは有栖だった。正座こそしているが、その服装は私服である。

 

「具体例を見せましょうか」

 

 などと言いながら有栖は立ち上がり、真っ直ぐに清隆を見つめた。そして、その口が紡ぐ。

 

精霊憑依(ポゼッション)

 

 瞬間、有栖に変化が表れる。髪色が変わる。瞳の色が変わる。

 変化はそれだけではなく――

 

「き・よ・た・か・く~~~ん!!」

 

 何と、杖も使わずに清隆へと走り寄って抱き着いたのだ。

 余りにも意表を突かれた光景に、清隆も固まってしまい、抱き着きを許してしまった。

 

「あ、精霊憑依(ポゼッション)は解除で」

 

 清隆に抱き着いたままの有栖がそんなことを言うと、その髪色と瞳の色は元に戻った。

 グウウウゥゥ……。

 そして、直後に鳴り響く腹の音。

 

「ふぅ……。精霊憑依(ポゼッション)すると、すぐに解除してもお腹が空くのが難点ですね……。安いと言えば安い費用ですけど……。

 そんなわけで清隆くん、ご飯を食べに行きましょう。このまま連れて行ってくださいな。私、梃子でも離れませんよ?」

「悪いけどお願い。ソイツ、アンタと同じグループでなければ、まだ試験が続いていることもあってストレスが溜まってんのよ。そんなわけでストレスの解消に付き合ってあげて」

「おうおう、行ってこい行ってこい」

「……分かった」

 

 有栖のみならず、真澄とユキにまで言われてしまっては断るのも難しい。清隆は有栖を抱きかかえたまま道場を後にした。溜息を吐きつつ、杖を抱えた真澄がそれに続く。

 

「まあ、何だ。今しがた坂柳が行ったのが我が流派の秘奥。天神地祇との同一化である『精霊憑依(ポゼッション)』だ」

 

 何とも言えない表情で、師範はそう口にしたのだった。

 

「この世の中、似たような考えは他にもある。中国の『仙人思想』など最たるものだろう。

 仙人は生まれつきチャンネルが開いていた者。『時任の神子』と呼ばれる君だな、克己くん。

 道士はその素質があると見込まれた者。或いは、努力で仙人の域に至ろうとする者だ。些か以上に変則的ではあるが、坂柳はここから始まって仙人に至ったと言えるだろう」

 

 師範の言葉に、克己たちは揃って唾を呑んだ。天神地祇云々よりは、確かに仙人の方が例としては分かりやすい。

 俄かには信じ難い話であるのは否めないが、それが事実だとすれば、有栖にはどれだけの才能があるというのか。彼女の天才性は頭脳だけではないというのか。

 三人のそんな驚愕は、続く言葉で吹き飛ばされた。

 

「そして龍園翔。彼は仙人の中でも最上層に位置している。天神地祇が『人の器』を纏って生まれた存在。言ってしまえば現人神だ。彼がその気になれば、出来ないことの方が少ないだろう。――反面、それは『人間』としての存在否定に繋がりかねないため、普段は『力』をセーブし、扱うとしても限定的に留めているようだが……。

 正味な話、坂柳が既に精霊憑依(ポゼッション)に至ったのも彼の『力』に因る部分が大きい。そして、セーブした状態でもそんなことが可能なのだから畏れ入る。

 我らにとっては信じ難く受け入れ難いことでも、彼は片手間でこなすことが出来る。心底から怖ろしい存在ではあるが、救いがあるとすれば、彼は『人』として生きることに重きを置いている点だな。彼がその考えを根底から覆さない限り、彼が齎す人の世の混乱は最小限で済むだろう。

 逆に言えば、その状態の彼が齎す混乱に関しては、『必要経費』として受け入れねばならんということでもある。地震、雷、火事、津波……人は自然災害に対して対策・対応することは出来るようになったが、根底からどうにかできるようにはなっていないのが現実だ。

 言ってみれば、龍園くんは『自然災害の化身』だよ。災害の規模と種類が先の例と異なるだけでな……」

 

 それはそれで受け入れ難い話ではあったが、納得できる部分もあった。

 先の無人島試験、引き籠もっていたにも拘らず全てのクラスのリーダーを当て、全てのクラスからリーダーを当てられなかった。その絡繰りが龍園の持つ『力』にあるのだとすれば、一抹の筋は通る。

 

「引き籠もることで『当てられる確率』そのものを下げ、当てる方に関しては『偶然を必然化』した。状況を整えることで、『力』の行使を最小限に留めた。そういうことか……?」

 

 顎に手を当てて克己が呟く。自身もまた『予知能力』という異能を持つが故に、割と受け入れやすかった。

 先の無人島試験。攻め手側はどうしても運に左右される部分が大きかった。どれだけ入念に調査しても、リーダーを探り当てても、相手が『リーダーのリタイア』を行えばそれまでだ。そして『リーダー当て』自体は点呼のタイミングで行われるが故に、それを知る術はない。

 考えようによっては、最初から運否天賦に任せると決めて余計な情報を仕入れない方が、精神的には遥かに楽だろう。何せ、その時点で坂上クラスの試験ポイントはゼロだ。外しても試験ポイントへのダメージはない。

 或いは、引き籠もり後のスポット占有すら行わなかった可能性がある。最初から『リーダー当て』に全賭けし、余計なものを背負わなかった……。

 ゾクリ。

 克己の背筋を冷たい汗が流れた。

 理屈としては一抹の筋が通るが、この推測が正しい場合、それを躊躇いなく行える龍園の精神性は軽く常人の域を凌駕している。

 

「『現人神』龍園翔か……。満更、過称ではなさそうだな。そんな相手が、時に敵として立ちはだかるのか。まったく、難儀な学校生活だな……。

 質問だが、そちらの流派を学ぶことで、俺が今以上に『力』を制御できるようになる可能性はあるだろうか?」

「断言は出来かねるが、可能性はあるだろう。察するに、今の君は『チャンネルが開いているだけ』のようだ。

 言い換えれば、『与えられる情報を一方的に受け取っているだけ』だ。そこに君自身の意思は関与せず、情報の取捨選択も為されてはいない。何から何まで向こう任せ。――違うかな?」

 

 師範の言葉に、克己は考え込む。

 

「……否定はできないな。いや、『完全に』とは言い切れないのも確かだが……。幼い頃、『友人の不幸』を知らせてくれたのは、間違いなく俺の意思があってのことだ。

 だが、それによって俺が深く傷付いたのも事実だ。『善意の忠告』は受け止められず、当たれば『死神』や『疫病神』と、外れれば『嘘つき』、『ホラ吹き』と罵られた。

 そして、俺はそのことに堪えられず、当時の人間関係を放り捨てて、読書やゲーム、アニメに没頭した。以来、俺が関与する事柄にしか『力』は働いていない……」

 

 それが克己の出した結論だった。

 克己が『友人の不幸』を忌避したから、その『予知能力』は克己へとそれを知らせた。間違いなく、克己の意思を汲んでいたのだ。

 しかし、それは克己を傷付ける結果に終わった。

 以来、克己の『予知能力』は克己が関わる事柄にしか機能していない。

 克己の心情が変化したことにより、『力』もそのように変化した。……そう受け取ることも出来る。

 しかし、『時任の神子』という言葉が示す通り、克己の『力』が克己本人に根差したモノでないとするならば、話はまた変わってくる。

 そう仮定すれば、『予知能力』とはすなわち『神託』だ。良かれと思って行った行為が裏目ったことにより、『神託』を下す存在が克己を慮って『限定的な行使に留めている』可能性だって捨てきれない。

 

「神祇無窮流だったか……? 俺を入門させてほしい。

 俺だっていつまでもガキじゃない。俺はこの『力』と向き合わねばならない。少なくとも、今以上に制御できるようにならなきゃいけない。――俺自身が、()()()()()()と望んでいる。制御できないまま、友人を巻き込むのは御免だ」

「本人が入門を望むなら、こちらに拒む気はない。ようこそ、時任克己くん。神祇無窮流は、君の入門を歓迎しよう。――そちらの二人はどうするかね?」

「元より、護身術を学ぶ気だったからな。ダチに付き合うのも悪くはないさ。流派の本質がどうあれ、型を教えてもらえるんなら、尚更拒む必要もない」

「あの、よろしくお願いします」

「承知した。名前を訊いてもよろしいかな?」

「姫野ユキだ」

「佐倉愛里です」

「姫野くんと佐倉くんだな。時任くん同様、我が流派は君たち二人の入門も歓迎しよう」

 

 こうして、有栖に付き添ってこの場を去った清隆を余所に、『陰キャの集い』は神祇無窮流への入門を果たすのだった。




高度育成高等学校で生活する場合、『君子、危うきに近寄らず』だけでは足りないと思います。
人――『暴力』という危険の方から近寄ってこられるとどうしようもありません。
一番単純な解決法は、自分で危険に対処できるようになることです。

そんなわけで、克己、愛里、ユキも神祇無窮流に入門します。清隆はハブられました。その場にいなかったので仕方ありません。

克己の過去はもちろん捏造です。まあ、『予知能力』なんてものを持って生まれれば、普通に起こり得ることだと思います。

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