ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
有栖の先導に従い、葛城と真澄、そして伊織と亜真里は教員寮内を歩いていた。――もっとも、『教員寮』とは言っても生徒たちがそう呼んでいるだけで、実際には敷地内各施設の従業員も住んでいる。単に、生徒たちにとっては最も身近な住人が教師であるから、『教員寮』と呼ばれているだけだ。
「何て言うか、私、場違い感がこの上ないんだけど……」
「そう言わないでください、真澄さん。私としてはせっかく出来た友人ですもの。父に紹介の一つもしたくなります」
寮内を歩きながら、真澄が愚痴を零した。
それを受け、即座に有栖が口を開いた。
「友人、ね。その割には、結構いいように使われてる気しかしないんだど? きっかけもきっかけだったし……」
「『気の置けない仲』と言いますからね。私はそれだけ真澄さんには
その一方で、『親しき中にも礼儀あり』を貫いているつもりですよ?」
真澄が何とか抗弁すると、それにも有栖は笑みを浮かべて言葉を返す。
「はぁ……。ダメね。アンタに口で勝てる気がしないわ……」
真澄は根負けしたように呟き、深々と溜息を吐いた。
実際、真澄としても有栖の言葉を否定しきれなかった。いいように使われているのは確かだが、それによって万引きを行うことが無くなったのも事実だ。時間的都合の問題だけではなく、根本的にする気が起きない。裏を返せば、それだけ充実した日々を送れている証左だった。
「そう言えば、神室はなぜ坂柳に付き従っているのだ? 橋本や鬼頭と違い、お前は嫌々付き従っている感が凄いのだが……」
「あらあら。いけませんよ、葛城くん。女の子同士の秘密を探ろうとするのは野暮というものです」
葛城が怪訝そうに問えば、有栖は自らの口元に人差し指を立てて窘めた。
イラつきを覚えた葛城だったが、確かに言う通りではあるのだ。それもあり、何とか怒りを抑え込んだ。
率直に言って、葛城は有栖に対して『馬が合わない』と感じている。能力は認めている。その言葉に一定の理があるのも認めている。しかし、些細な表情や仕草が、何かと癪に障るのだ。
葛城自身、そう感じる理由に何となくの見当は付いていた。
有栖は先天性の心疾患を抱えている。端的に言えば『病弱』だ。それを証明するかの如く、普段の歩行時にも杖の使用は必須だ。『病弱』なのを否定する余地はない。――だがその一方で、普段の仕草や態度、言葉には『病弱』らしさがまるで感じられないのだ。
保守的な性質の葛城にしてみれば、『病弱ならば病弱らしくしろ』と思わずにはいられず、その点で有栖に嫌悪感を抱かずにはいられないのだろう。
有栖は葛城のことを『堅物』と評する。葛城もそれを否定することはない。自分自身がそう思っているからだ。
(しかしそれは、『自分の弱さ』の証明に他ならない。……おそらく、俺はそう感じているのだろう)
葛城は早くに両親と祖父母を亡くし、親戚の元で育てられた。
育ててくれた親戚には感謝しているし、親愛の情を感じなかったとは言わない。だが、そこに『世間体』が絡んでいなかったとも言えない。
言ってしまえば、『世間体』ありきの『親愛』だ。親戚の元で育てられていた日々、葛城はヒシヒシとそのことを感じていた。それを重圧に感じつつ、世話になっている負い目もあり、反抗することを選べなかった。
或いは選ばなかったのかもしれない。妹のこともあり、条件付きでも『親愛』を与えられることを選択したのだ。だから、『優等生』たることを、『模範生』たることを自分に課し、日々努力を重ねてきた。そこには微塵の後悔もないし、そうして形作られた今現在の自分を恥じることはない。
しかし、
(早い話、俺は坂柳に嫉妬しているのだろうな……)
それが葛城の見出した結論だった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「やあ、よくきたね。この学校の理事長としては『プライベートによる生徒の来訪』を歓迎すべきではないのかもしれないが、その一方で私は有栖の親でもある。そして親としては、娘が友人を連れてくるのを喜ばずにはいられないというものだ。
有栖、各方面から現在の君の状態について話は届いているが、この機会に君自身の口から説明をお願いしたい。
葛城康平くん、君は有栖とは真逆の性格だと聞いている。反りが合わない部分もあるだろうが、だからこそ、互いが互いに与える影響は大きく、切磋琢磨できると思う。――もちろん、同じことは有栖にも言えるからね?
神室真澄さん。有栖の我儘に振り回されて大変だと思うが、彼女が個人相手にここまで『私』を露わにするのは非常に珍しい。面倒で手間かもしれないが、どうかこれ以降も長い目で付き合ってやってほしい。
そして転入生の二人――葵伊織くんと天野亜真里さん。つい先日に顔を会わせたばかりだが、それでここに来たということは『報告書』の件かな?」
理事長――坂柳成守は一行を歓迎した。有栖のみならず、一人一人に対して声をかけ、その口調は柔らかい。
「勿論そのつもりですわ、お父様。――ですが、長くなるかもしれませんので、まずは葛城くんのお話を聞いていただけませんか?」
「そうかい? なら――」
「いえ。娘さんに対しこの場を取り持つようにお願いしたのは確かに自分ですが、それは同時に『家族の団欒』に邪魔する形になったのも事実です。
である以上、まずは『家族間でのお話』を先に済ませていただけたらと思います。
それを差し置いて自分の用件を先に口にするほど、自分は『厚顔無恥』にはなれません」
有栖の提案に対し成守が頷こうとした瞬間、葛城が割って入った。
「……ふむ。有栖の言葉は尤もだが、葛城くんの言葉も尤もか。そして、ホストとしてはゲストを持て成す必要がある。
である以上、ここは葛城くんの意を汲もうか。――他の三人もそれで構わないかな?」
葛城の言葉に理解を示した成守は、伊織、亜真里、真澄にも確認を取る。
三人はそれに対して了承の言葉を返した。
「……とのことだ。では有栖、聞かせてもらえるかな?」
「分かりました。では――」
そうして、有栖は事情を語り始めた。
元々のきっかけは、綾小路清隆がこの学校に入学しているのを知ったことに端を発する。予想外にして想定外ではあったが、知った以上は『印象的な再会』を演出しようと有栖は思った。そのために、真澄に清隆の情報を収集してもらっていた。
だが、そんな有栖の計画は、ある日唐突にガラガラと音を立てて崩れ去った。それが中間テストにおける戸塚の赤点と、そこからの一連の流れである。『初期Aクラス』らしからぬ戸塚の無様さに有栖が腹を立てている横で、葛城が戸塚を救うべく星之宮クラスに突撃をかけてしまったのだ。
「いやまあ、葛城くんの性格を考えれば当然と言える行動ではあったんですけどね。それでも、自クラスに相談を持ち掛ける前に他クラスに突撃をかけるとは流石に想定外でした……」
こめかみを押さえつつ有栖が言う。
「……そうか。それは済まなかった。俺にとって、『テストの点数を買う』なんて選択肢は思いつきもしなかったんだ。
である以上、『2000万PPを以て戸塚の退学を取り消す』選択肢しかあり得なかった。
そしてそのためには、星之宮クラスに協力を持ちかけるのが一番だったんだ」
「でしょうね。……人はとかく自分を基準にしてモノを考えたがります。それは私も同じだったということでしょう。
私は自分が『天才』であることを自負して憚りませんが、だからこそ他人に対して無頓着になりがちです。その一方で、自分が認めた相手に対しては『過剰な期待』をかけてしまうようです。結果、葛城くんの『想定外の行動』を予想できず、止めることも出来ませんでした。
決定的な行動を止めることこそ叶いましたが、葛城くんの突撃を許した時点で、『印象的な再会』プランは崩壊してしまったんですよ。
私は当然ながら怒りを抱き、その怒りは葛城くんではなく、むしろ原因となった戸塚くんに向かいました。
それと同時に、派閥争いで葛城くんに有利に立たれるのを防ぐべく、一連の流れを噂として流しました」
それにより、一年全体に『テストの点数を買う』という選択肢が広まり、『戸塚が中間で赤点を取った』という事実も広まった。
実力評価のこの学校で、『初期Aクラス配属の生徒が中間で早々に赤点を取った』という事実は、下位クラスが武器とするには十分だった。
中間に『過去問』という攻略法があったのは事実だが、誰が用い、誰が用いなかったかの詳細など掴みきれるわけがない。である以上、『赤点を取ったか、取らないか』という結果が残るのみ。
学校が『下位クラス』と定めた自分たちは赤点を回避した。なのに『最上位クラス』と定められたお前は赤点を取ったのか? ――この学校のシステム上、そのように揶揄われる下地は十分だった。
「『派閥争いの膠着』と『戸塚くんへの意趣返し』。双方の両立を果たした私は再び真澄さんへ清隆くんの調査をお願いし――バレました。
いえ、正確に言うと、とっくにバレていたらしいんですけどね。ただ、清隆くんとしては他を優先していたが故に対応を後回しにしていたそうで……。
で、私と真澄さんは揃って清隆くんに
あっけらかんと有栖は言う。その時のことを思い出してでもいるのだろう、真澄は頬を赤く染めた。葛城は難しい顔で眉間を揉む。伊織と亜真里は呆れ顔だ。
「ハッハッハッ……! まあ、僕の方で清隆くんを促しましたからね」
そんな中、成守が笑いながらネタ晴らしをした。
「そうだったんですか!?」
「これも親心というものです。初恋を拗らせた愛娘を思えばこそですよ。――まあ、神室さんまでそれに巻き込まれてしまったのは言い訳のしようもありませんが……」
驚く有栖に成守は柔和に告げ、真澄に対して沈痛な表情を向けた。
「……いえ。坂柳の命令だったとはいえ、ストーカーと大差ない行動だったのは自分でも認めてますし……。である以上、反撃されても自業自得というものです。
そうなるのが嫌なら、そこまでの行動を取らなければよかっただけで、想定できなかったのなら、自分の実力不足です。……少なくとも、この学校に照らし合わせるならそうなります。
いざ事が起こった後で責めるのは、それこそ『負け犬の遠吠え』に他なりませんし、私は『負け犬』にはなりたくありません。なら、素直に結果を受け止めるしかありません」
プライベートとはいえ理事長が相手だからだろう。真澄は敬語で気にしないように告げた。
「ともあれ、その際に『身体を鍛えるよう』に清隆くんに命令されましてね。羨望やら負けん気やら、色々と触発されたこともあり、私は素直にその言葉に従ったわけです。『感情で乗り越えろ』なんて、私の知る清隆くんらしくはない言葉でしたが、だからこそ新鮮でしたね」
「んで、私もあっちこっちと連れ回されて、最終的に行き着いたのが『神祇無窮流』の道場だった。まあ、私は入門したわけじゃあなかったけど、付き合わされる分には大して変わらなかったのかもしれないわね」
「以前にも言っていたな。たしか、『酷くオカルトに偏った流派』だったか?」
「はい。私の病は現代医学ではどうしようもありません。自然、選択肢は『オカルト』しかなかったんですよ」
そうして『神祇無窮流』に入門した有栖は、瞑想に費やす日々を過ごした。身体を動かすには不都合があるのだから仕方ない。むしろ、道場では瞑想ぐらいしかすることがなかったのだ。
「ま、そんな『一朝一夕』で成果が出たら苦労はありませんね。
そうこうしている内に期末を終え、夏休みを迎え、私たちは『バカンス』へと向かいました。まあ、その実態は『特別試験』であり、無人島での試験の際は私は船での留守番を余儀なくされましたが……。
船内にも『神祇無窮流』の出張道場があり、私は日々通っていましたが、やはり成果は出ません。そんな折、無人島での試験を終えた皆さんが戻ってきました。
そしてフラリと道場に顔を出した龍園くんが、如何なる方法でか私と天神地祇を強制的に結び付けたんですよ。それも、私と最適な存在を。
師によると龍園くんは『現人神』で、身体は人間でも、その中身はかなり高位の天神地祇だそうです。人間社会にとってはバグに他なりませんが、だからこそ可能な芸当でもあったようです。唯一の救いは、龍園くんが『人間としての生活』を優先していることであり、その上で齎される被害は、良かれ悪しかれ『必要経費』として受け止めるしかない……と。
実際、現状でも限定的に杖無しで私は歩けるようになりましたし、その点では私にとって『望外の幸運』ではありましたが、それ以外の方面では頭を抱える事態であることに間違いは無いでしょうからね……」
有栖の事情説明はここで終わった。
「まあ、違いないね。実際、各方面がてんやわんやだったよ……」
成守は遠い目をして有栖の言葉に頷く。
「……で、お父様には実際に今から杖無しで動いてみせようと思います。――
そんな父親に一言告げた有栖は、高らかに鍵語を唱えた。
直後、有栖の髪色が、瞳の色が、身に纏う雰囲気が変わっていく。
そして、完全に変化を終えた有栖は、宣言通り実際に父親の前で十全に動いてみせた。歩くだけではなく、走りもすれば跳び回りもした。
「……有栖ッ!」
そんな有栖を、成守は力一杯に抱きしめた。よく見れば、笑みを浮かべるその顔からはしとどに涙が流れている。『嬉し泣き』の極みなのが一目で分かる光景だろう。
半ば『人外』の領域に足を踏み入れようと、成守にとって有栖は有栖。愛しい娘であることに変わりはない。……見た者にそう認識させるには十分過ぎる光景だった。
寮は一年生、二年生、三年生と学年ごとに分かれており、『教員と各施設の従業員は一緒の寮で生活している』のが『よう実』の原作設定ですが、普通に考えて後者は無理がありすぎると思います。
学生が各学年で分かれていることを鑑みると、普通に収容しきれないでしょう。
なので、本作ではそこら辺に改変を加えていきます。単純なのは『寮を増やす』とかですけど、具体的な部分は未定です。
いくら『公私混同を防ぐ』って言っても限度はあります。一般学生は理事長の電話番号を知らずとも、娘である有栖は知っていておかしくありません。
むしろ、有栖の病状を鑑みると知らない方が問題ありです。
そんなわけで、本作の有栖は普通に理事長の電話番号にメアド、寮の部屋番号を知っています。
そんな有栖を介し、理事長へのアポイントを取った一行の『理事長宅訪問』。まずは父子間でのやり取りです。
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