呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~
母との外出中に「呪われた少年」の名前を口にしてしまった京香は、不安から体調を崩す。
そんな彼女に、入院中のはずの知人・吉村が
「夜の道路を裸眼で渡れば呪いが解ける」と危険な偽の儀式を唆した。
それは棒人間の罠であり、京香と母は顔を奪われ災悪に変えられそうになる。
駆けつけたウワサとアノロンウェンが災悪を討伐するも、そこへマコト一行が襲来。
執拗な追跡を逃れたウワサは、自らが振り撒く不幸の連鎖を背負い、
再び夜の闇へと消えていくのだった。


第11話 こっちに来たら教えるよ

「パパ、肉が焦げちゃうよ」

 女の子が父親に声をかけた。

「おっとごめん、野菜に気が行ってた」

 慌てて肉をひっくり返す父親を見て母親が笑った。

「肉は俺に任せろ、って言ったのはあなたよ」

「そうだな」

 父親が笑うと母親と娘も笑った。

 山の中のキャンプ場で、バーベキューを楽しむ家族。

 それを遠くから見る少年と女性が微笑んだ。

 白い服を着た銀髪の少年――ウワサだ。

 そのパートナーは、アノロンウェン。

(家族か……)

 そう思うウワサは寂しい表情を見せた。

 と、その表情がさらに曇った。

 ポケットから取り出した銀色のペンは微かに震えていた。

「また災悪が……」

「やるしかないようだねえ」

 ウワサとアノロンウェンの顔つきは険しくなり、手の平に武器を載せた。

 

 金曜日の夜。

「え~と、絶対に幽霊が出るという心霊スポットに来ています!

 もう1時間くらい経ったのかな? う~ん、でも、何も映る感じがしないなぁ……はははっ」

 スマホの画面に映った20代の男性の笑いは引きつっている。

 動画配信者『トツゲキ太郎』がライブ配信をしていた。

 登山用の上着とズボンに身を包んだトツゲキ太郎は、真っ暗な崖の上にいる。

「ここは以前、自殺者が出た崖で、それ以来、心霊現象がいっぱい起きてるそうなんだけど……。

 みんな、何か見えたり聞こえたりする?」

 昼間ならば崖の先に海が広がっているらしい。

 しかし今は、波音が闇に響いているだけだ。

 

 その動画の画面に様々なコメントが表示される。

『何も見えないし、聞こえないですよ』

『幽霊が見たいのに』

『やっぱり心霊現象なんて嘘なんだよ』

 自分の部屋にいる中学2年生の戸倉蒼空も、小首を傾げて呟く。

「僕も見えないし、聞こえないよ」

 父親から借りたスマホで蒼空は真っ暗な画面を見ていた。

 トツゲキ太郎の番組を、蒼空がたまたま見つけたのは数ヶ月前だった。

 アニメの聖地や話題の人気スポットを突撃取材してくれるのですっかりファンになった。

 それに、一人っ子の蒼空はこんな風に思った。

(こんなお兄ちゃんがいたら楽しいだろうなぁ)

 そんな親しみの持てる動画配信者だったが、今回は心霊スポットを訪ねていた。

 怖いのが苦手な蒼空は「?」と思った。

(太郎さんもホラー映画とかは苦手だと言ってたのに……)

 以前、「一人で撮影してるお金のない動画配信者です」と笑いながら愚痴っていた事があった。

 心霊関係の動画が人気なのは蒼空も知っていた。

 閲覧者数を増やしたくて挑戦する事になったようだ。

 しかし、蒼空は不安だった。

(太郎さん、無理しなくていいよ。もう帰った方がいいよ)

 蒼空はその思いを、コメント欄に書き込んだ。

「あ、帰った方がいいというコメントが来ましたね。うーん、どうしようかなぁ……」

 トツゲキ太郎も終わりにしたい気持ちだったらしく、真剣に悩み出した。

 ところが――

 

『え~? ここで止めちゃダメだよ!』

『トツゲキ太郎さんらしくない!』

 蒼空の気持ちとは真逆のトツゲキ太郎を煽る書き込みが次々表示された。

 

「わぁ、そうだよね」

 と、皆のコメントを読んだトツゲキ太郎は、すっかりやる気になってしまった。

「ここまで来て帰るわけにいかないよね。はははっ」

 蒼空の不安は心配になってきたが、「帰りなよ」ともう一度書く気になれない。

「ありがとう! みんなのコメントで元気が出てきたよ。よし、奥の手を使ってみるか!」

 そう言うとポケットに手を突っ込んだ。

 そして――

「ジャジャーン!」

 元気な掛け声と共にメモ用紙を出した。

「みんな、『呪われた少年』って知ってる?

 彼の名前を口に出して言ってしまうと呪われるそうですよ。

 このメモには彼の名前が書いてあります。

 これを読めば僕は呪われる。つまり、確実に心霊現象を撮影できるでしょう!

 パチ、パチ、パチッ!」

 カメラとメモ用紙を手にしているトツゲキ太郎は口で拍手をした。

 

『え? 何それ?』

『あ! 呪われた少年って聞いた事ある』

『噂は知ってるけど、名前は知らない』

『白い服を着てて、銀色の髪で、左目だけが赤いらしいよ』

 様々なコメントが溢れたが、その名前を誰も知らないようだ。

 

「よし、では、読みます!」

 

 トツゲキ太郎は声に出して読みそうになったが――

「おっと、皆さんは知らない方がいいですよね。一旦カメラとマイクを切ります。

 名前を読み上げたらすぐに再開しますから、そのまま待っててくださいね。じゃ、後で……」

 画面は真っ暗になり音も聞こえなくなった。

 

『え? 終わったの?』

『違う、違う』

『今、呪われた少年の名前を声に出してるんだよ』

『お、ワクワク!』

 

 蒼空は真っ黒になったスマホの画面をじっと見つめた。

「僕も呪われた少年なんて知らない。太郎さん、大丈夫?」

 しばらく黒い画面が続いていたが……。

―ザッ、ザザザッ!

 真っ黒い画面に突然ノイズが走った。

「え? 何?」

 蒼空は少し驚いてスマホを握り直した。

―ザザザッ! ザザザザッ!

『え? なんだ?』

『どうしたの?』

『太郎さん! 大丈夫なの?』

 コメントが次々書き込まれる。

 突然、ノイズが収まり再び真っ黒い画面になる。

「ゆ~ゆ~~い~~ん~~~」

 気味の悪い音が聞こえてきた。

 次の瞬間、パッとトツゲキ太郎の姿が現れた。

 だが、周りには何も見えず、波の音も聞こえない。

 先程までの崖とは違う場所にいるようだ。

「ゆ~い~い~ご~~」

 俯いたトツゲキ太郎が唸っている。

「え? 太郎さん、どうしたの?」

 蒼空はトツゲキ太郎が目の前にいるように心配した。

 そして、画面にも『どうしたの?』『大丈夫?』『え? もしかしてドッキリ?』

 などのコメントがどんどん記されていく。

 蒼空がずっと感じていたボンヤリとした不安が強い心配に変わった。

「太郎さん! 大丈夫? しっかりして!」

 思わずスマホに向かって、声を上げてしまった。

「ゆ~い~~ご~~ん~~~」

 地獄の底から湧き出てくるような不気味なトツゲキ太郎の声。

「え? 何? 『ゆいごん』って言ってるの?」

 スマホに声をかけても意味はない。

 蒼空は慌ててコメントを書き込もうとした。

 そのとき

「こっちに来たら教えるよ」

 トツゲキ太郎はハッキリと言った。

「こっちに来たら教える? ってどういう事?」

 その直後――

―カキンッ! ザザザッ!

 画面に何かが凍る音とノイズが走って配信は終わってしまった。

 

「え? うそ?」

 蒼空は呆然とスマホを見つめた。

―ドンドンドンッ!

「ひっ!」

「おい! 蒼空! 何してるッ!? 開けるぞ!」

 蒼空は慌ててスマホを操作して画面を切った。

 その直後に部屋に入ってきた父親は、蒼空を厳しい目で見た。

「今の大声はなんだ? 何してた? そのスマホはお前が勉強で使うというから貸したんだぞ」

「あ、ごめん。友達に勉強を教えてもらっていて、つい大声になっちゃった」

「つい大声に? 喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩? え? あ、まあ、そんな感じ。でも、大した喧嘩じゃないよ」

 適当にごまかした蒼空は作り笑いを浮かべた。

「ねぇ、父さん、『ゆいごん』ってなに?」

「え? なんだ、いきなり」

「あ、あの、宿題で出てきた言葉なんだ」

「ああ、そうだな、簡単に言うと、自分が死ぬときに、メッセージを言い残す事だよ」

「自分が死ぬときに……」

 そう呟いた蒼空はスマホを返した。

「早く寝ろよ」

 父親が部屋から出て行くと、蒼空はボンヤリ考える。

(太郎さん、大丈夫かな?)

 蒼空はとても心配だった。

 しかし、スマホが手元にない今は確かめようがない。

 蒼空は勉強で必要な平日の夜の数時間だけ、スマホを借りられる事になっていた。

 だから、土曜日、日曜日の二日間は、ネットにアクセスする事もできなかった。

(月曜日に学校に行ったら田中くんにたずねてみよう)

 クラスメイトの田中に「トツゲキ太郎が面白いから見てみなよ」と薦めていたのだ。

(今夜はきっと見てくれてたよね)

 

「とりあえず凍らせておいた。回収は後でしておこうかね」

 青いマントの女性は、凍りついた男性とカメラや照明機材を回収する。

 氷が解けるまでは安全な場所に隠しておくのだった。

 

 月曜日の朝、蒼空は登校してすぐに隣の席の田中に尋ねた。

「金曜日のトツゲキ太郎のライブ配信は見てくれた? 最後が変だったよね?」

「ごめん、見なかった。いきなりお父さんが外食しようと言い出したから……。ごめんね」

「ああ? 見なかったんだ……」

 蒼空はがっかりして肩を落とした。

「私、最後まで見たよ」

 蒼空は「え?」と田中の隣の席の女の子を見た。

 和田絵茉がこちらを見ている。

 絵茉とは普段あまり交流がなかった。

「金曜日のトツゲキ太郎を見てたの?」

「うん。私、トツゲキ太郎のファンなんだ」

「うそっ!? ほんとに!?」

 蒼空はこんな近くに自分と同じファンがいたと知って嬉しくなった。

「僕、あの時、帰りなよってコメントしたんだ」

「な~んだ、あれ、戸倉さんだったの? 私はただ見てるだけだったんだけどね」

「和田さんもファンだったんだ。え~、信じられないなぁ」

「私もこんな身近にファンがいるなんて信じられないよ!」

 蒼空と絵茉は笑い合った。

 あの配信を見た金曜の夜から感じていた、淀んだ気持ちが晴れた気がした。

 だが、トツゲキ太郎が心配なのは変わらない。

「ねぇ、あの後、太郎さんがどうなったか、何か知らない?」

「あ、それね、私、ちょっと気になって調べたの……」

 声のトーンが低くなった絵茉はそこで言葉を止めてしまった。

「え? 調べて、どうなったの?」

 蒼空は、暗い表情を見せる絵茉に顔を近づけた。

 

「氷が突然現れて、凍り付いちゃったんだって」

 

 蒼空は青ざめたが、その反動で声が大きくなってしまう。

嘘ッ!?

 蒼空の大声にビックリしつつも、絵茉もその気持ちは理解できた。

「戸倉さん、落ち着いてよ」

「あ、ごめん……。でも、信じられなくて」

「私も嘘だと思ったよ。でもね……」

 その時――

―キンコーン

 1時限目開始のチャイムが鳴った。

「学校が終わったら詳しく説明するね」

 そう言う絵茉に「分かった」と答えて蒼空は自分の席に着いた。

 

 放課後。

 蒼空と絵茉はお互いの家の近くの公園で待ち合わせた。

「これを見て」

 絵茉が家から持ってきたスマホを差し出す。

 蒼空は画面を覗き込んだ。

 トツゲキ太郎の配信を見た人の書き込みが表示されている。

 蒼空がそれを読むまでもなく、絵茉は説明を始めた。

「トツゲキ太郎さんは、呪われた少年の名前を声に出したせいで誰かが来たって、

 ここに書いてある。それに、変な動画の事も書いてあるの」

「変な動画ってなに?」

「昔、あの崖で飛び降り自殺をした人がいたんだって。

 その人が『遺言動画』っていうのをネットにアップしたんだって」

「自分が死ぬ時に、メッセージを動画に言い残したんだね」

 絵茉は頷いた。

「でも、それがね、飛び降りた後に、その遺言動画がアップされたんだって」

「え? 死んだ後に……?」

「うん、だから、あの世から動画がネットに送られて来たんじゃないかってここには書いてある」

「?……」

「それでね。その人は呻き声の後に、

 “こっちに来たら教えるよ”って、動画の中で言ってたんだって」

「ええ?」

 蒼空は酷く怖くなって、目の前の絵茉をじっと見た。

「この前の太郎さんの動画と同じだよね……?」

 絵茉はゾッとして頷く。

「そうなの」

「だけど、呪われた少年の名前って何なの?

 声に出して言ったら呪われるなんて事本当にあるの?」

「そんなの分からないよ。その名前を調べたいとも思わないし……。怖いから、やだもん」

「でも、氷を放った人は一体誰だったんだろう」

 蒼空は今思った事を言う。

「え? ……何?」

 尋ねてくる絵茉を蒼空はじっと見た。

 彼女もトツゲキ太郎のファンなのだ。

 今思った事を吐き出した方が、蒼空は気持ちが楽になる気がした。

「太郎さんを凍らせたのは、誰だったんだろう、って」

「分からない、けど……」

 

 その日の夜。

 蒼空は、自分の部屋で父親から借りたスマホでネット検索をしていた。

(呪われた少年って何なんだ?)

 学校の勉強でさえ今までこんなに真剣にスマホを使って調べた事はなかった。

 その確証を得たかった。

『呪われた少年を守るために女戦士が氷を放った』

 こういった書き込みをいくつか見つけた。

 でも、呪われた少年の名前を記してある書き込みはない。

『呪われた少年の名前を記しましたが、

 色々な人からすぐに削除しろと連絡をもらったので消しました』

 などという書き込みもある。

(呪われた少年の名前を声に出すのは、よっぽど危険なのかもしれない)

 蒼空はそう思いつつさらに色々な検索をした。

 そして、スマホをいじり始めて1時間以上が経った。

 その時、『呪われた少年の名前です』と記されたページに辿り着いた。

「これだっ!!」

 思わず声を上げてしまい慌てて口を塞いだ。

 そこにはこう書いてある。

『壊井ウワサ』

 蒼空は眉を顰めた。

(え? この漢字はなんて読むの? コワイかな? コワイでいいんだよね?)

 そう思った蒼空は、スマホを父親に返さないといけない時間が迫っているのに気づいた。

「やばい! メモしておかないと」

 そう呟いてこの名前を書き付けておこうとメモ用紙とペンを捜した。

 だが、それらがすぐに見つからない。

―ドンドンドンッ!

 部屋の扉が叩かれた。

「おい、蒼空。そろそろスマホを返しなさい」

 父親だ。

 メモを書いてる暇はない。

 名前を覚えてスマホの履歴を消すしかない。

「えっと、コワイウワサだね」

 そう呟いた蒼空は、スマホの履歴を慌てて消去した。

「開けるぞ」

 父親が扉を開けて部屋に入ってきた。

「あ、父さん、スマホをありがとう」

 蒼空が差し出したスマホを受け取った父親は、「早く寝ろよ」とすぐに出て行った。

 蒼空はほっとして溜め息をつく。

 そして、メモ用紙に今覚えた呪われた少年の名前を書き記した。

(あれ? もしかして、さっき、僕、声に出した……?)

 慌てていたのではっきりとは思い出せない。

(まさか、声には出してないよね)

 

―ザッ、ザッ!

 夢の中に突然ノイズが走った。

 ベッドで寝ていた蒼空ははっと目が覚めた。

 鳥のさえずりが聞こえて窓には朝日が差している。

 時計を見るともう起きる時間だった。

 だが、体調が優れない。

 昨夜は変な夢を見てよく眠れなかったのだ。

(何かが身体の中に入ってくるような夢だった)

 身体を起こすと頭が痛かった。

「ゆ、ゆ~ご~」

 つい唸ってしまった。

(学校休もうかな……?)

 蒼空は頭を抱えてベッドに腰掛けた。

 いきなり目の前が真っ暗になり――

―ザッ! ザザッ!

 頭の中にノイズが走った。

「ゆ~~、い~~」

 また唸ってしまった。

(なんか、大事な事を忘れてる気がする。ゆ~~~)

 それが思い出せなくて蒼空は頭を叩いた。

(そうだ、撮影しなきゃ! 父さんはもう、ゆ~い~~、朝食を食べてる時間だよな)

 蒼空はリビングに向かった。

 

「おはよう。あら、パジャマのままでどうしたの?」

 いつもの蒼空は学生服に着替えてからリビングに来るのだ。

 朝食の用意をしていた母親は奇妙に思った。

 しかし、蒼空は母親には目もくれない。

 テーブルでスマホを見ていた父親に近寄った。

「父さん、ゆ~い~、スマホを貸して!」

 父親がちょっと驚いて蒼空を見た。

「なんだ、いきなり。スマホは夜だけの決まりだろ?」

「いま、必要なんだよ! ゆい~~ごん~~動画を撮影しないといけないんだよ! 貸してよ!」

「おい、蒼空、どうしたんだ?」

 そう言いながら父親はスマホを握り締めた。

「ゆ~い~~、ゆい~~」

 蒼空は苛立って唸った。

「蒼空、さっきから何を言ってるの? 止めなさい!」

 少し気味悪がりながら、母親は息子に注意をした。

「そうだぞ。蒼空、悪ふざけは止めろ」

 父親も注意する。

 だが、蒼空はカッとなった。

「ゆ~い~~!! 貸せよッ!!」

 蒼空は怒鳴って父親に飛びかかった。

「蒼空! 何する!?」

 父親は抵抗して、蒼空ともみ合う。

「蒼空! どうしたの!?」

 母親が止めに入ろうとしたが、二人の男のもみ合いを止める力はない。

「ゆい~~、スマホを貸せよ!!」

「蒼空、止めろ!」

「二人とも落ち着いて!」

 もみ合う二人に振り回される母親。

―ドンッ! ガンッ! ドタッ!

 蒼空に突き飛ばされた母親がテーブルの縁にしたたかに腰を打ち付けた。

 そして床に倒れた。

「いたたたっ!」

 激痛に母親は声もまともに出せない。

「母さん、大丈夫か?」

 父親が母親に身を寄せた。

 その様子を見た蒼空が言い放つ。

「父さんがスマホを貸さないから、悪いんだよ!」

「なんだと!」

 父親は蒼空に飛びかかろうとするが――

「いたた! 腰が痛い!」

 痛がる母親を父親は心配して動けなかった。

 ザザザッ!

 蒼空の頭の中にノイズが走った。

「そうだ、和田さんのスマホを借りよう」

 蒼空はそう呟くと玄関に走り、靴を履いて家を飛び出した。

―ザザザッ! ザザザザッ!

 パジャマを着て、素足に履いたスニーカーで走っていた蒼空が頭を抱えて立ち止まった。

「ゆい~~、ごん~~~~」

 何故か呻き声が出てしまう。

 だが、再び走り出す。

「早く、遺言をのこさなきゃ」

 住宅街を抜ける通学路。

 学生服に身を包んだ生徒達が歩いている。

 そこをパジャマ姿の蒼空が走り抜けていく。

 生徒たちは奇妙な目で蒼空を見送る。

 やがて、学校の校門に辿り着く蒼空。

 「おはよう」と生徒達に声をかけている先生の目の前を通り過ぎて校内に入る。

「おい! その服はなんだ!」

 先生が蒼空を捕まえた。

「邪魔するな!」

 蒼空は先生を突き飛ばして、自分の教室へ向かった。

 

「ゆ~い~、和田さん! スマホを貸して!」

 教室に飛び込んできた蒼空は、絵茉に駆け寄る。

「戸倉さん? なんでそんな格好なの!?」

 絵茉はパジャマ姿の蒼空に目を丸くした。

 しかし、蒼空は構わず、絵茉のカバンを奪って逆さまにした。

―バサッ! バサッ! バラバラバラ!

 教科書やノート、ブラシなどが床に散らばった。

「いやぁっ!! 何するのッ!! 学校にスマホなんて持って来てないわよ!」

 絵茉が顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

「なんで持ってないんだ! ゆい~~、ごん~~!」

 蒼空は悔しがった。

―ザザザッ! ザザザザッ!

 蒼空の頭の中にノイズが走る。

「ゆい~ごん~、そうか。遺言動画を撮れなくても死んじゃえばいいんだ」

 蒼空は慌てて教室を飛び出した。

 廊下を走り、階段に辿り着くと、一気に駆け上がる。

 屋上に出る扉に向かう蒼空。

「屋上なんかに出ちゃダメだよ!」

「ここで自殺するバカがいるか!」

 階下から駆け上がってきた蒼空の前に少年と女性が立っていた。

 白い服を着た、銀色の髪の、赤い左目の少年――ウワサだ!

 彼の傍には、レイピアを携えたアノロンウェンがいる。

「なんだ? お前!?」

「君は災悪に取り憑かれてるんだ! 屋上に出ちゃダメだ!」

 ウワサはペンを取り出そうとした。

 だが――

「邪魔だ!」

 蒼空はウワサに飛びかかり、突き飛ばそうとした。

 アノロンウェンは咄嗟に氷の盾を作り出し、それを防ぐ。

 防御しながら接近し、レイピアで突き刺して動きを止める。

 ウワサがすかさず蒼空の上にペンを走らせた。

 円が浮かぶ。

 ウワサの目が赤く光る。

 その目に名前が視える。

「全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は――」

 ペンを走らせ、空中に文字を書いた。

 

 ユ イ ゴ ン チ ャ ン ネ ル

 

 瞬間、蒼空が身体を小刻みに震わせる。

「ゆい~~、ご~~~、うわぁ~~!」

 次の瞬間、蒼空の身体からおぞましい何かが抜け出てきた。

 それは沸騰した水の蒸気のように空中に消えていった。

 床の上の蒼空が気づく。

 意識はあるようだ。

 

「ぼ、僕は……」

「アンタは呪われて、災悪に取り憑かれていたんだ」

「災悪……?」

「呪われた少年の名前は二度と言っちゃいけない」

「あの……君は……?」

 ウワサは銀色のペンをしまうと、蒼空を見つめた。

 

「……僕に関わっちゃいけないんだ」

「いつもの事だよ」

 その顔に固い決意が浮かんだ。

 ウワサはイヤホンをつけ、アノロンウェンと共にその場を去って行った。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

遺言チャンネル
出現場所:心霊スポットでのライブ配信中
攻撃手段:精神汚染

アノロンウェン「いやー、今回は現代っ子らしい災悪だったねえ!
        配信者のトツゲキ太郎もそうだけど、
        最後は中学生の蒼空までパジャマ姿で暴走しちゃうんだもん。
        アタシ、氷の盾がなかったらパジャマに押し負けるところだったよ」
ウワサ「トツゲキ太郎さんが僕の名前を呼んだせいで、
    視聴していた蒼空君にまで災悪が伝播しちゃったんだ。
    僕の名前がトリガーになって、死者の執念がネットを通じて襲ってくるなんて……」
アノロンウェン「ま、最終的にはウワサが名前を暴いて、アタシがガツンと止めてやったからね!
        蒼空も死なずに済んだし、結果オーライだよ。
        でもウワサ、またマコト達が嗅ぎ回ってるみたいだよ?」
ウワサ「うん。マコト君やエンネアに捕まる前に、僕はこの場を去らないといけない」
アノロンウェン「しんみりしないの! ほら、イヤホン付けて。
        次のターゲット……じゃなかった、助けが必要な場所へ行くよ!」
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