自慢話の多い舞を疎ましく思う映美といずみは、
噂の「呪われた少年」の名前を舞に言わせて呪いをかけようと画策する。
目論見通り舞は倒れるが、災悪の牙はいずみや映美にも向き、彼女達を次々と襲い始める。
恐怖に陥る映美の前に現れたのは、ウワサとアノロンウェンだった。
ウワサは間一髪で災悪の名を暴いて消滅させるが、
救われたはずの映美からも呪いの象徴として忌み嫌われてしまう。
一方、その様子を嘲笑う不気味な白いウサギが影で動き出すのだった。
「お兄ちゃんは将来何になりたいの?」
ある日の夕方。
小学6年生の小池秀一は、小学4年生の妹・芹奈と共に、母親が運転する車に乗っていた。
家族で買い物に出かけていたのだ。
「う~ん、将来かあ」
秀一はそんな事を今まで一度も考えた事がなかった。
そんな秀一を見て、芹奈は大きな溜息をつく。
「お兄ちゃんって、いつもな~んにも考えてないよねえ」
「なんだよ、その言い方」
「だってほんとの事だもん」
苛立つ秀一をよそに、芹奈は運転席の母親を見た。
「私は、ママみたいな動物のお医者さんになりたいんだ」
秀一達の母は獣医をしていて、
芹奈は動物達のために毎日必死に頑張っている母親を尊敬していた。
「ママが引退したら、私がすぐに病院を継ぐからね!」
「あら、嬉しい。これでママも安心ね」
母親が嬉しそうに笑う。
その様子を見て、秀一は芹奈にさらに苛立つ。
(僕だってママに喜んで欲しいのに)
しかし、将来なりたいものは特に思いつかない。
(芹奈は勉強ができるけど、僕はあんまりできないし、運動神経もいい方じゃないし)
得意な事もないし、これといった趣味もない。
そう思っているとふと、秀一はある事を思い出した。
(そうだ、『怖い話』なら得意かも)
秀一は小さな頃からそういう話が好きだった。
怖い話が書かれた本もたくさん持っている。
秀一はニヤリと笑うと、隣に座っている芹奈の方を見た。
「芹奈、お兄ちゃんが怖い話してあげよっか」
「ええ? そんなのしなくていいよ」
「どうして? もしかして怖いの?」
「それは」
芹奈の顔が強張る。
怖い話が苦手なのだ。
生意気な妹に仕返しができると思い、秀一は嬉しそうに話し始めた。
「友達から聞いたんだけど、『逆さ男』っていう怪人がいるらしくてね……」
だが、母親が口を開いた。
「秀一、お兄ちゃんなんだから、芹奈の嫌がる事しちゃだめでしょ!」
母親の目がルームミラー越しに鋭く睨んでいる。
「えっと、あの」
言い訳をしようとするが、母親の目が怖い。
「……ごめんなさい。もう言いません」
芹奈をギャフンと言わせるつもりだったのに、母親に怒られてしまった。
(ママを怒らせるつもりなんかなかったのに……)
秀一は自分を情けなく思いながら、小さな溜息を吐いた。
その時、秀一は車の窓の外を見て、思わずハッとした。
「ママ、車を止めて!」
「どうしたの?」
「いいから早く!」
焦る秀一に戸惑いながら、母親は車を道路の脇に停車した。
車が止まると同時に、秀一は外へと飛び出す。
そのまま、道路の脇にある空き地にやって来る。
「しっかりして!」
そこには、一人の少年と一人の女性が蹲っていた。
少年は、銀色の髪に、左目が赤い色をしている。
女性は、青いマントとレイピアが特徴的だ。
ウワサと、彼のパートナーのアノロンウェンだ。
「ねえ、大丈夫なの??」
秀一は先程車の中からウワサの姿を見た。
ただ事ではないと思い、車を止めるよう母親に言ったのだ。
「怪我してるよ!?」
腕を見て、秀一は慌てる。
だが、ウワサは小さく首を横に振った。
「僕の事は気にしないで」
そう言うと、ウワサはフラフラしながら立ち上がった。
「病院に行かなきゃ!」
「それは駄目だよ」
「どうして!?」
「どうしても。僕の事は放っておいて」
ウワサは苦しそうにしながら、耳にイヤホンをつけた。
「僕に関わっちゃいけないんだ」
悲しそうな表情をしながら、ウワサはアノロンウェンと共にその場から去って行こうとした。
瞬間、大きくフラつく。
「あ、ああ」
「ちょっと!」
秀一が身体を支えようとするが、それよりも早く、ウワサは意識を失い、
その場に倒れてしまった。
「……起きなさい。学校に遅刻するわよ」
どこか遠くから、声がする。
とても心が落ち着く声だ。
少年が目を開けると、目の前に女の人が立っている。
「おはよう、お母さん」
少年に呼びかけていたのは、母親のようだ。
フカフカのベッドは、干した布団のいい匂いが残っている。
部屋の天窓から差し込む朝日が、少年を照らしている。
「今日もいい天気だね」
「ええ、雨が降るって予報だったけど、大丈夫みたいね」
母親はそう言うと、少年のおでこに手を当てた。
「よかった。熱は下がったみたいね」
少年は昨晩まで風邪を引いて熱が出ていたが、すっかり元気になったようだ。
「お母さんが作ってくれたお粥のおかげだよ」
「まあ」
母親が嬉しそうに微笑む。
その表情を見て、少年も笑みを浮かべた。
少年は、母親の微笑みを見るのが好きだった。
それを見るだけで、幸せな気分になれた。
「ありがとう、お母さん」
少年はそう言うと、ベッドから立ち上がろうとした。
瞬間、暗闇に包まれた。
「うわあっ!」
ウワサは声を上げながら、起き上がった。
どうやら夢を見ていたようだ。
「よかった。目を覚ましたのね」
「何やってんだい!」
ふと、横から声がした。
ハッとして見ると、隣に二人の女の人が座っていた。
「お母……」
ウワサはぼんやりとした意識で言うが、すぐに口を閉じた。
そこにいたのは、秀一の母親とアノロンウェンだったのだ。
ウワサは、ベッドの上にいた。
部屋を見回すと、勉強机が二つあり、本棚には何冊も本が並んでいる。
寝ているのは、二段ベッドの下の段である。
どうやら子供部屋のようだ。
「ママ、今の声は何?」
部屋に、秀一が入って来た。
ウワサとアノロンウェンの声が聞こえたらしい。
その顔を見て、ウワサは先程声をかけてきた男の子だと気づいた。
「えっと、僕は」
「大丈夫? 気絶しちゃったんだよ」
「気絶……」
どうやら、怪我の痛みで気絶してしまったようだ。
「心配だから家に連れて帰って僕の部屋で寝かせたんだ。ママが治療もしてくれたよ」
「えっ?」
ウワサは自分の腕を見る。
彼の腕には包帯が巻かれていた。
「安心して、病院には行ってないよ。ママが獣医でよかったね」
「そ、あ、うん……」
戸惑うウワサに、秀一の母親が話しかける。
「傷は思ったより浅かったわ。痛くない?」
「えっと、大丈夫です……」
「気分はどう?」
「ええっと、それも大丈夫です……」
「そう、それはよかった。秀一のお友達なんですってね。最近転校してきたんでしょ?」
「えっ?」
ウワサは秀一の方を見る。
秀一は優しく微笑みながら、ウワサの方を見ていた。
どうやら友達という事にして、家に連れて来たようだ。
「あ、ええっと……はい、そうです」
まさか、アノロンウェン以外に助けてもらえるとは。
ウワサは戸惑いながらも、二人に「ありがとう」と礼を言った。
アノロンウェンは、いつものように(?)レイピアを研いでいた。
「お兄ちゃんのお洋服とお姉ちゃんの武器、すごくカッコいいね」
夜。
ウワサとアノロンウェンは、秀一達と一緒に彼らの家で夕食を食べていた。
秀一の母親が誘ってくれたのだ。
秀一の妹の芹奈も、ウワサに懐いてくれていた。
「二人とも、おかわりがいるなら遠慮なく言ってね」
秀一の母親がウワサとアノロンウェンに言う。
すると、秀一がお茶碗を差し出す。
「ママ、おかわり~!」
「もう、お兄ちゃん、ママは白い服のお兄ちゃんと青いマントのお姉ちゃんに聞いたんだよ」
「僕だっておかわりしていいだろ」
「それはそうだけど。じゃ、私もおかわり~」
秀一と芹奈はお茶碗を差し出しながら、ケラケラと笑う。
そんな秀一達を見て、母親も嬉しそうに笑った。
ウワサはその姿をただ見つめていた。
幸せな風景。
そこには、温かな家族の団欒があった。
アノロンウェンは、そんな彼をパートナーとして、支えていこうと思った。
しばらくして。
食事を終えた秀一と芹奈は、リビングを出て行った。
秀一はトイレへ、芹奈はウワサとゲームをするため、
タブレット型のパソコンを自分の部屋に取りに行ったのだ。
アノロンウェンはというと、武器を手入れするらしい。
「お腹いっぱいになった?」
ふと、夕食の片づけをしていた秀一の母親が、ウワサにそう尋ねた。
「あ、えっと、ありがとうございます」
「こっちこそ」
ウワサとアノロンウェンは小さく頭を下げる。
母親はキッチンのシンクに皿を置きながら、食卓のイスに座るウワサの方を見た。
「私はね、ちゃんと病院に連れて行った方がいいと思ったの」
「えっ?」
「だけど、秀一が駄目だって言って。それはあなたが望んでる事じゃないって」
「それは……」
どうやら、秀一はウワサが病院には行きたくないと言ったのを聞いて、
何か事情があるのだろうと思ったようだ。
そのため、転校してきた友達だと言ったらしい。
「とにかく、少し落ち着いたら家に電話しましょうね」
母親はそう言うと、皿を洗い始めた。
「……ほんとに、ありがとうございます」
「じゃあね~♪」
ウワサは消えるような声で呟き、アノロンウェンは笑顔になる。
窓の外は真っ暗になっている。
夜、明るい部屋の中にいるのは久しぶりだ。
ウワサとアノロンウェンは部屋を見ながら、自然と目に涙が溢れた。
その頃。
トイレから出た秀一は、リビングに戻ろうとしていた。
すると、隣の子供部屋から芹奈が出て来た。
手にタブレットがある。
「白い服のお兄ちゃんとゲームをしようと思って。ボードゲームなら三人で楽しめるよね」
「ボードゲーム? 僕はあんまり好きじゃないなあ」
「お兄ちゃんはしなくていいよ。私と白い服のお兄ちゃんとママの三人でやるから」
「えっ?」
「だって、お兄ちゃん、負けてるとすぐ機嫌が悪くなるでしょ。
だから、お兄ちゃんは一人で怖い話の本でも読んでて」
芹奈は笑いながら、リビングの方へ向かおうとする。
「何だよそれ」
秀一はそんな芹奈に苛立つ。
同時に、怖い話の本と聞き、「あっ」と声を上げた。
「そうだ。芹奈、面白いゲームがあるよ」
「えっ、どんなゲーム?」
芹奈は興味を持ち、立ち止まると秀一の方を見た。
「ちょっとタブレットを貸して」
秀一はメモ機能にすると、文字を書いた。
それは、『壊井ウワサ』というものである。
「芹奈、これを読んでみて」
「ええっと、コワ……イ……ウワサ?」
「はい、ゲーム終了~、芹奈は呪われちゃいました!」
「えええ?」
「この前、友達から『呪われた少年』っていう怖い話を聞いたんだ。
その少年がどんな子かは知らないけど、名前を言うと呪われるんだって」
その名前を友達に紙に書いてもらった時、秀一は怖くなって名前を言わなかった。
「あ~あ、まさか言っちゃうなんてねえ」
秀一は自分を除け者にした芹奈に仕返しができたと思い、嬉しそうに笑う。
「もお~、ほんとに呪われたらどうするのよ」
「ないない。ただの噂話だって」
秀一はそう言うと、また笑った。
一方、リビングでは、ウワサがイスから立った。
傷の痛みも大分治まったので、秀一の母親の皿洗いを手伝おうと思ったのだ。
アノロンウェンも彼と共に行く。
「あの」
ウワサはキッチンの方へ向かおうとした。
「あらあら、おばさんの手伝いをする気なの?」
突然、陽気な声がした。
瞬間、ウワサとアノロンウェンは険しい表情になり、部屋の隅を見る。
そこには、いつの間にか一羽の白いウサギがいる。
左目だけが赤く、身体にはペンと同じ奇妙な模様がある。
「おい」
「ミリア」
ウワサとアノロンウェンは睨むように、その白いウサギ・ミリアを見た。
「アンタ、どうしてここにいるんだい?」
「そりゃあいるでしょう。私はあなたを見張るのがお仕事だもの」
「いつもは姿を現さないじゃないか」
「今回はちょっと面白いなあって思ってね」
「何だと?」
刹那、ウワサはポケットの中に違和感を抱いた。
慌ててポケットの中の銀色のペンを取り出す。
ペンは震えながら手の平の上に浮いた。
だが、いつものように回転しない。
「どういう事?」
ウワサは戸惑いながらも、目を大きく見開いた。
「まさか!」
ウワサとアノロンウェンはキッチンの母親の方を見る。
しかし、キッチンには既に姿がない。
「おばさん!」
ウワサとアノロンウェンがキッチンへと向かおうとした瞬間、天井から何かが落ちてきた。
―バサッ
大量のゴミだ。
「わっ!」
ウワサはゴミを必死に払い除ける。
ゴミは、キッチンだけではない。
リビングの方にも、大量のゴミが降り落ちていた。
「これは!?」
「あらあら、これは厄介な相手ね。まあせいぜい頑張って」
「アンタ、助けろよ!」
ミリアは跳ねるように壁の方へと飛ぶ。
そしてそのまま、壁の中に吸い込まれるかのように消えてしまった。
「みんな!」
ウワサとアノロンウェンはゴミだらけのキッチンを飛び出し、廊下へと出た。
「みんな、どこにいるんだ!?」
「おいおい、こんなにゴミがあるなんて聞いてないよ」
廊下に出たウワサとアノロンウェンは、秀一達を捜す。
廊下もゴミだらけになっていた。
「返事をして!」
ウワサとアノロンウェンは洗面所を見る。
だが、ゴミが散乱しているだけで、秀一はいない。
隣の子供部屋も見るが、やはりゴミがあるだけだった。
その時、玄関付近にあった山積みのゴミの中から、声がした。
「たす……けて」
ウワサはその声を聞き、慌てて玄関の方へと走る。
すると、ゴミの中に秀一が倒れていた。
「しっかりしな!」
ウワサとアノロンウェンはゴミをかき分け、秀一を助け出した。
「ママと……芹奈が……」
秀一は玄関のドアの方を見る。
ドアは半分ほど開いていて、ゴミがいくつか落ちていた。
ゴミは、家の外の道路に続いているようだ。
「まさか、災悪に連れ去られたの??」
どんな災悪なのかは分からない。
しかし、放っておく事などできない。
「助けなきゃ!」
「ああ、当然さ!」
ウワサとアノロンウェンは外に飛び出す。
「ぼ、僕も」
秀一がその後に続いた。
夜の薄暗い道路に、ゴミが点々と落ちていた。
その先に、芹奈達と災悪がいるようだ。
ウワサとアノロンウェンは必死に走る。
その後ろで、秀一も同じように懸命に走っていた。
「僕のせいかも……」
秀一は泣きそうな声で言う。
「僕が、呪われた少年の名前を芹奈に言わせちゃったから」
「何だって??」
「まさか本当に呪われるなんて。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
秀一は謝りながら泣き出す。
そんな秀一に、ウワサとアノロンウェンは走りながら声をかけた。
「君は悪くない。悪いのは、全部僕なんだ」
「だったらやるしかないのさ!」
ゴミは、道路の角まで続いている。
ウワサとアノロンウェンは角までやって来ると左右を見た。
「あっ!」
右側の道路にゴミが落ちている。
その先の暗闇の中を、誰かが歩いていた。
影は二つの何かを引きずっている。
引きずられているのは、芹奈と母親だ。
「彼女達を離せ!」
ウワサとアノロンウェンは影の近くへと走った。
芹奈の身体を掴み、引きずっていた人物から離す。
続けて、母親もアノロンウェンが奪い返した。
「よくも二人を!」
「やっちまいな!」
ウワサが持っていたペンの表面に、見た事もない奇妙な模様が浮かび上がる。
ペンを走らせると、宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。
ウワサはその円の中に見える、引きずっていた人物を睨んだ。
だが、名前が視えない。
「そんな!?」
ウワサは目を凝らす。
その人物は、ゴミの塊だった。
―ガシャーン
次の瞬間、塊が崩れ、道路にゴミが散乱する。
ふと、秀一が口を開いた。
「ごめんなさいごめんなさい」
「えっ!?」
ウワサとアノロンウェンは秀一の方を見る。
秀一は俯き、芹奈と母親を掴んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そう言いながら、秀一は二人を散らばったゴミの中へと引きずろうとする。
「一体何を??」
「ごめんなさいごめんなさい」
「なんか様子がおかしいじゃないか」
アノロンウェンがが止めようとすると、秀一の顔がさらにガクンと下がった。
「ごめんナさいごめんナサイゴメンナサイ」
秀一は完全に意識を失っている。
声は、彼の背後から聞こえていた。
「邪魔ヲ……スルナ」
「えっ」
秀一の後ろに散らばっているゴミの中から、何かが転がる。
ゴミの塊でできた人間のような顔だ。
顔は、ジロリとウワサとアノロンウェンを睨んだ。
「アンタが災悪だね!」
ウワサは円越しに、ゴミの顔を見ようとする。
「ガアアアア!」
瞬間、ゴミの顔が口から大量のゴミを吐き出し、ウワサに襲いかかった。
アノロンウェンは氷の盾を生成して攻撃を防ぎ、防御しながら接近する。
一方、秀一は力が抜けたようにその場に倒れた。
「秀一君!」
ウワサは秀一に駆け寄ろうとした。
「オ前ハ 邪魔ダ」
刹那、耳元で声がした。
途端に身体が重くなる。
「ああっ!」
ウワサの顔の横に、ヌッと影が現れる。
それは、ウワサの肩に乗ったゴミの顔だ。
「は、離れろ!」
ウワサはゴミの顔を振り払おうとする。
だが、だんだん力が抜けていく。
「アリガトウアリガトウ コノ世ニ ダシテクレテ アリガトウアリガトウ
呪ワレタ少年……キャキャキャキャキャ」
ゴミの顔が笑う。
ウワサは地面に膝をつく。
「このままじゃ……」
手の力がなくなり、ペンを落としそうになる。
意識が遠くなり、気を失いそうになる。
「僕は……」
必死に抵抗するが、力は出ない。
「僕は……くうう、僕は……」
目に涙を浮かべながら、ウワサは全てを諦め、その場に倒れそうになった。
その時……。
「アンタはアタシが守るって言っただろ!!」
「……アノ、ロン、ウェン!」
アノロンウェンの鋭い声が、ゴミの前に立つ。
「生意気ダ 人間ノクセニィ」
「アタシはただの人間じゃないんだよ!」
ゴミの顔は、ガアアアと叫ぶと、ゴミを吐いた。
アノロンウェンはゴミを氷の盾で防ぎ、氷の魔法で氷漬けにする。
ボロボロになった冷蔵庫やテーブル、大型テレビ、車を、アノロンウェンは全て氷漬けにする。
「そら!」
アノロンウェンはゴミの顔目掛けて氷の魔法を放つ。
すると、ウワサの肩から凍ったゴミの顔が落ち、地面に転がる。
ウワサは振り返り、円の中に見えるゴミの顔を睨むと、目が光る。
その目に何かが視える。
それは、災悪の名前だ。
「全ての災悪を……この光によって打ち消さん。お、お前の名は……」
ウワサは必死にペンを走らせ、空中に文字を書いた。
ゴ ミ コ サ ン
瞬間、ゴミ子さんの動きが止まった。
身体を小刻みに震わす。
ソ ソンナ 嫌ダ イヤダァァアア
ゴミ子の顔にヒビが入り、光が漏れ出す。
そのまま、粉々になって消滅した。
「消えた……」
秀一は戸惑いながらその光景を見ていた。
「……ありがとう。アノロンウェンのおかげで助かったよ」
「当然さ。アタシはアンタを守るためにここに来たんだからね」
アノロンウェンは生成した氷の盾を元に戻し、レイピアをしまう。
ウワサは銀色のペンを強く握り締める。
「そのペンは……? 災悪って何なの??」
「あれは……僕のせいでこの世界に現れたんだ。僕が、呪われた少年だから」
「えっ!?」
驚く秀一を見て、ウワサは悲しそうな顔をする。
「おばさんと芹奈ちゃんも、すぐに目を覚ますよ……」
ウワサはそう言って、秀一の背後を見た。
秀一はハッとして、後ろを見る。
そこには、母親と芹奈が倒れている。
「ママ! 芹奈!」
秀一はフラフラしながらも、二人に駆け寄った。
「う、う~ん……」
二人も苦しそうだが、命に別状はないようだ。
秀一はホッとしながら、ウワサとアノロンウェンの方を見た。
だが、ウワサの姿は既になくなっていた。
「彼が、噂の少年……」
名前を言うと、呪われてしまう。
それは、災悪が現れるという事だ。
秀一はゾッとするが、パートナーの強さに惹かれていた。
「あのパートナー、本当に強かったね。ありがとう! 本当にありがとう!」
秀一の大きな声が、夜の町に響き渡った。
「ほ~んと、あの子は優しいね」
秀一達のいる場所から少し離れた路地。
ミリアがかすかに聞こえた秀一の声に反応し、前方に顔を向けた。
前方には、ウワサとアノロンウェンがいる。
「彼らだったら、ちゃんと説明すれば怪我が治るまで住まわせてくれるんじゃない?」
ミリアは光る赤い目でウワサにそう言う。
しかし、ウワサは小さく首を横に振り、「そんなの無理だ」と答えた。
「家の中で彼らは僕の名を言ってしまった。それなのに僕は全く気づかなかったんだ」
「それは仕方がないよ。キミの持っているあのペンはあくまで災悪が現れた事を示すだけで、
キミの名前を言ってしまうかどうかなんて分からないからね」
「だったらアンタは何をしたい? アンタは何のために、こいつを見張ってるんだい?」
「さあ? イレギュラーなキミには、教えたくないね」
ミリアはピョンと壁の方へ跳ね、その姿を消す。
ウワサはそんなミリアを見る事なく、耳にイヤホンをつける。
寂しそうな目で、秀一達の方を僅かに見つめる。
やがて、ウワサは見るのをやめると、アノロンウェンと共に夜の町を歩いて行くのだった。
~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」
ゴミ子さん
出現場所:不衛生な場所
攻撃手段:塵埃の雨、精神寄生、強制回収
アノロンウェン「今回は片付けが苦手な人には悪夢のような相手だったねえ!
部屋中ゴミだらけにして、最後は自分もゴミの顔になるなんて。
アタシの氷の魔法でキンキンに冷やして、不燃ゴミにしてやったよ!」
ウワサ「アノロンウェン、ありがとう。
僕がゴミ子さんに取り憑かれて意識を失いかけた時、
君が助けてくれなかったら本当に危なかった。
秀一君達の優しい気持ちを、ゴミで汚すところだったよ」
アノロンウェン「いいって事よ! アンタを守るのがアタシの役目なんだから。
でも、あいつの料理は美味しかったねえ。
獣医だけあって、手際も最高だったし!」
ウワサ「うん……。でも、やっぱり僕が居ちゃいけないんだ。
僕の名前がトリガーになって、あんな幸せな家庭にゴミ子さんを招いてしまった。
マコト君やエンネアに見つかる前に、もっと遠くへ行かないと」
アノロンウェン「そうだね。あいつもニヤニヤ見ててムカつくし!
さあウワサ、湿っぽい顔は終わり。
次の町でもアタシがアンタをバッチリ守ってあげるからさ!」