怪我を負い行き倒れていたウワサとアノロンウェンは、
秀一とその家族に助けられ、温かな団欒のひと時を過ごす。
しかし、秀一が不用意にウワサの名前を妹に教えた事で、
家中にゴミを撒き散らす災悪が出現してしまう。
家族を連れ去りウワサの精神をも蝕む災悪に対し、
アノロンウェンの氷の魔法が炸裂し、ウワサは間一髪でその名を暴く。
秀一はウワサ達の強さに感謝するが、
ウワサは自らが災悪を呼ぶ宿命を呪い、孤独を深めながら再び夜の街へ旅立つ。
背後では監視者のミリアが冷たく微笑み、マコト達の追跡も止まる事はないのだった。
小学校の放課後。
―ガラッ!
5年生の教室の扉が開いて、明るい表情の鈴木奈々美が入ってきた。
「明日のテストにバッチリな植物図鑑があって良かったね」
図書室から借りてきた図鑑を手にしている。
「ほんと」
「これでバッチリだ」
続いて入ってきた桑田麻理と木下優人の二人も朗らかだ。
三人は理科の小テストのために教室で勉強する事にしたのだ。
そして、植物図鑑を置いた机を囲んで椅子に座った。
「さてと、一人が植物の名前を隠して、残りの二人が写真を見ていっせーのせで
名前を答えるクイズ形式で勉強する。そういうルールでいいよね?」
奈々美は三人で決めたルールを確認した。
「「いいよ!」」
麻理と優人がニコリと答えた。
「でも、それだけだとつまらないから、罰ゲームをしない?」
「「何?」」
二人が元気に尋ねる。
「もし間違えたらこの文字を声に出して読むの」
奈々美が今日のホームルームで配られた学校からの連絡用紙の裏に何かの文字を書き始めた。
「なんだろう?」と麻理と優人は顔を一瞬見合わせる。
すると奈々美が「じゃん!」と麻理と優人の前に差し出した。
そこに書かれていたのは……。
『壊井ウワサ』
「何、これ? なんて読むの、コワ……」
メモを読もうとした優人を麻理が遮った。
「これ、知ってる。声に出して読んじゃダメなんだよ」
「え? なんで?」
優人が麻理を見つめると奈々美が笑って言う。
「麻理ちゃんは知ってるの?」
優人は、麻理から奈々美にキョトンと視点を移した。
「これは『呪われた少年』の名前で、声に出して言ってしまうと呪われちゃうんだって」
「何それ?」
「昨日、塾の友達に教えてもらったんだ。
これを罰ゲームにしたら勉強が楽しくなるんじゃないかと思って」
奈々美の説明を聞いた優人は興味津々でメモを改めて見る。
「へぇ、面白そうじゃん。やってみよう」
すっかりやる気になった優人は麻理を見た。
麻理もうなずいて、にっこりして言う。
「呪われるなんて単なる噂よね。
それに、罰ゲームがあった方が、真剣に花の勉強ができそうだよね」
「そうだね」
「よし、やるぞ!」
奈々美と優人もにっこりした。
そして、ジャンケンで出題する一人と答える二人を決めて、花の名前当てクイズを始めた。
答える二人は「せーの」で一緒に花の名前を言う。
「はい、この写真の花は何?」
「「せーの、アサガオ!」」
「この写真は何?」
「「せーの、アジサイ!」」
「これは何?」」
「「せーの、チューリップ!」」
子供向けの図鑑なので一般的に良く知られた植物しか載っていない。
三人は笑い合って勉強をした。
そして、優人が出題する番が回ってきた。
「あ、今度はちょっと難しいぞ。食虫植物だってさ」
「えぇ~、食虫植物なんて興味ないよ」
ちょっぴり愚痴る奈々美に麻理はくすりと笑った。
「よし、じゃあ、出題です。この植物はなんでしょう?」
優人が名前を手で隠して写真を見せた。
茎の先に不気味な口が付いているような植物だ。
大きな貝のような口の周りに、尖った鋭いヒゲが何本も生えていた。
奈々美と麻理は目を合わせると掛け声をかけた。
「「せーの!」」
「分からない!」
「ハエトリグサ」
優人が名前を隠していた手をどけた。
「ハエトリグサです! 奈々美ちゃん、失格!」
「ワァ~!! やっちゃった!!」
奈々美が頭を抱えて笑い、麻理も優人も笑った。
「では、罰ゲームをどうぞ!」
優人が連絡用紙を手に取り、その裏に書かれた文字を奈々美の前に突き出した。
「ワァ~! 仕方ない! では、声に出して読みます!」
翌週の金曜日。
「バイバイ! また明日ね!」
別れを告げる声が住宅街の道に木霊する。
校門から出てきた小学生達が様々に散っていく。
その一角の細い路地の奥にウワサとアノロンウェンはいた。
「しっかり戦えるように治しておかないと、災悪に負けちゃうもんね」
そう言ったミリアは、細い路地の入り口の向こうを横切っていく小学生達を見た。
「明日の体育はメートル走だよ、嫌だなぁ」
「今度の日曜日はお墓参りに行かないといけないんだ。面倒だなぁ」
「今日も塾だよ。ああ、もう逃げたい」
などなど、様々に話しながら通り過ぎていく。
その様子を見ていたミリアは、ぼそりと言う。
「人間は幸せな生き物ね」
ウワサはミリアをちらりと見たが、目を伏せた。
「『嫌だ』『逃げたい』と言っても命に関わる事じゃないでしょ」
ウワサを気にせずにミリアは話を続ける。
「それに比べて、キミは『嫌だ』、『逃げたい』と思っても自分のせいで災悪が現れて、
それと向き合わないといけないわけで……」
「うざいんだよ、アンタ」
「私の話が鬱陶しい? じゃあ、話題を変えるね」
ミリアは僅かに微笑むと耳打ちするように言う。
「彼も追ってきてるよ」
「何だって?」
アノロンウェンは少しだけ顔を上げて呟いた。
その途端、眉間に皺を寄せる。
ポケットに違和感があったからだ。
ペンを取り出して、手の平に載せる。
震えて宙に浮いた銀色のペンが光り輝いた。
それを見たミリアが言う。
「また災悪が近くにいるね」
「くっ」
辛そうな表情になるウワサは、路地の奥へと消えていった。
アノロンウェンも慌てて彼を追うのだった。
それから、しばらくして……。
細い路地の入り口の前を麻理と優人が通り過ぎる。
「ふぅ……」
麻理が溜め息をついた。
「ねぇ、そんなに気にする事ないよ」
「だけど、今日も奈々美ちゃんは学校に来なかったんだよ」
「僕だって風邪で熱が出て何日も休んだ事あるよ。心配ないよ」
「そうかなぁ。植物の名前当てをやった日はあんなに元気だったのに、
次の日から一週間以上も休んでるんだよ。やっぱりあの罰ゲームのせいだよ」
顔を伏せる麻理を見て、優人もだんだん心配になった。
「僕も面白がって罰ゲームをやろうと言っちゃったからね」
優人も顔を伏せてしまった。
二人の脇を下校する子供達が通り過ぎていく。
沈黙を破ったのは麻理だった。
「ねぇ、明日、奈々美ちゃんの家にお見舞いに行ってみようよ」
「そうだね。そうしよう。心配してるよりお見舞いに行くのがいいよね」
優人は少し気持ちが前向きになった。
「そうよ。今日は塾もあるから、明日、一緒に行こうね」
麻理と優人は頷き合うと一緒に歩き出した。
翌日の土曜日。
それは麻理と優人が奈々美の家に向かって歩いているときだった。
「白い服を着た銀髪の少年を見かけなかったかい?」
黒い服の少年に突然、こんな事を尋ねられたのだ。
彼の近くには、ハーフエルフの女性がいる。
「はあ? あなたは誰ですか? 知らない人と話しちゃいけないって先生も親も言ってます」
「僕の名は加志谷マコト」
「エンネアと申します。彼と共に、白い服を着た銀髪の少年を捜しています」
優人はマコトとエンネアを気持ち悪く思い、「行こう」と麻理の腕を引いた。
だが、麻理は以前聞いた話を思い出していた。
(呪われた少年は、白い服を着てて銀髪……)
麻理はその記憶があるので、すぐには動けない。
「ねえ、行こうよ!」
優人がさらに腕を引くが……。
「その少年は『呪われた少年』と言われているそうですが、何か知りませんか?」
「え?」
驚いて優人も動きを止めた。
その二人の様子にエンネアはすかさず問いかける。
「あの……」
大きな不安から麻理は言葉が詰まってしまったが、振り絞るようにエンネアに尋ねる。
「その少年の名前を言ってしまったら呪われるって本当なんですか?」
すると、エンネアが麻理を真剣に見て言う。
「でしょうね」
その言葉を聞いた麻理は唇を震わせて何かを言おうとした。
しかし、突然、優人が二人の間に入ってエンネアに怒鳴った。
「呪われた少年なんているわけない! 単なる噂だろ! 人を脅かすのはやめろよ!」
優人は麻理の腕を強く引いた。
「さあ、麻理ちゃん、行こう!」
優人はエンネアの話を信じたくなかったのだ。
「まったく、人間は都市伝説とやらに弱いのですね」
「エンネアの言う通りだ。脅かしてるわけじゃない。単なる噂でもない。本当にあいつはいる。
もし、その名前を口に出して言ってしまったら、本当に呪われてしまうんだ」
マコトとエンネアの話に二人はビクリと立ち止まった。
肩を竦めた麻理と優人は目と目を合わせた。
「ねえ、奈々美ちゃんが本当に心配だよ!」
麻理は涙目で優人に言う。
「もしかして、その奈々美さんという人が、呪われた少年の名前を口にしたのか?」
マコトの質問に麻理も優人も頷いた。
「なんだって……急いで奈々美さんの家まで連れて行ってくれ!」
住宅街の道をマコト、エンネア、麻理、優人が走っている。
「どうしてそんな罰ゲームをしたんですか!?」
エンネアは走りながら二人に尋ねた。
「ハァハァ、だってそんなの本当の訳ないと思って、ハァハァ」
優人は走りながら荒い息で答えた。
隣を走る麻理は不安で今にも泣きそうになっていた。
「奈々美ちゃん、ハァハァ、奈々美ちゃんに何かあったら……ハァハァ」
そんな麻理に優人は「しっかり!」と声をかけるが、つい走る速度が遅くなる。
気が急いているマコトとエンネアは二人を追い抜いてしまった。
四つ角で立ち止まる。
「どっちなんだ? 急がないと奈々美さんの命が危ない!」
「こっち!」
優人が促した方向にマコトとエンネアは走り出した。
やがて、一軒の大きな家が見えてきた。
「あの家だよ!」
優人が走りながらエンネアに伝えた。
「奈々美ちゃん……」
麻理は息を切らせながら心配げに呟いた。
優人も心配が募った。
去年、麻理も優人も、奈々美の誕生日パーティーに呼ばれた事があった。
「「ステキなおうち~!!」」
玄関で二人はびっくりして声を上げた。
玄関だけで大きなベッドが二つくらい置けそうな広さがあったからだ。
「ありがとう」
出迎えてくれた奈々美がにっこりと笑った。
「麻理さんと優人さんね。いつも奈々美からお二人の事を聞いてるわ」
奈々美の母親も楽しげに二人を招き入れてくれた。
「いつも奈々美と仲良くしてくれてありがとう」
父親や一緒に住むお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにもお礼を言われた。
家族全員が歓迎してくれた。
あの時はウキウキとした気持ちで奈々美の家を訪れたが、今は真逆の気持ちだ。
やがて、三人は奈々美の家の前に辿り着いた。
「はあぁぁ……はあぁぁ……はぁぁっ……」
立ち止まった麻理と優人は荒い息を整えようとした。
マコトは息を整える間も惜しんで玄関の呼び鈴を押す。
―ピンポーン
しばらくすると、玄関扉の鍵が開いた。
―ガチャ!
「「奈々美ちゃん!」」
麻理と優人は同時に奈々美の名を呼んだ。
扉を開けたのは奈々美だった。
「奈々美ちゃん、良かった」
「心配したんだよ」
麻理と優人は奈々美に近づこうとした。
だが、二人はふと立ち止まった。
奈々美が緑色の奇妙な服を着ていたからだ。
「奈々美ちゃん、この服……?」
何百枚もの葉っぱを重ね合わせて作ったような服を見て、麻理は呟いた。
すると、奈々美がニコリと笑った。
「パジャマよ。素敵でしょ?」
「パジャマ……?」
パジャマにしては変だと思った麻理は、再び呟いてしまう。
しかし、優人は申し訳ない気持ちになった。
「あ、ごめん。まだ休んでたんだね……。でも、僕達、心配になっちゃったんだ」
優人の言葉を聞いて、麻理はやっと緑色のパジャマから視線を外して奈々美の顔を見た。
「本当にごめんね。でも、寝込んでるわけじゃないのね? 良かった」
麻理と優人が微笑んだ。
そこへマコトとエンネアが割って入ってきて、奈々美を睨んだ。
「あなたは本当に奈々美さんですか?」
「何、変な事言ってるんだよ」
優人がエンネアの肩を掴んで睨みつける。
すると、奈々美が答える。
「私は奈々美よ」
「奈々美ちゃん、ごめんね。
この人、さっき知り合ったんだけど、呪われた少年は本当にいるって、
脅かすような事ばかり言うのよ」
麻理は必死に説明をした。
奈々美はマコトとエンネアを見て言う。
「私は呪われてなんてないわよ」
だが、マコトはさらに睨みつけた。
「本当に呪われていないのか? 信じられない」
奈々美はマコトをじっと見てゆっくりと説明を始めた。
「さっき壊井ウワサっていう男の子が家にやってきた」
「あたしは彼を追っています」
「え? ウワサがここに来たって!?」
「そう。壊井ウワサが来たよ。そして、壊井ウワサは持っていたペンで何かをしたの。
そしたら、私の具合が急に良くなった」
「なんだって!? それって、災悪を倒したって事か?」
「一足遅かったようですね」
そう呟いたマコトとエンネアは周囲を見回す。
「まだ、近くにいるかもしれないな」
マコトは慌てて奈々美の家の前の道に飛び出して、どこかに走り去っていった。
麻理と優人は呆然と見送った。
「なんだ? あいつら?」
優人は呆れて言う。
「今、サイアクとか言ってたけど、何?」
麻理も呆れつつ疑問を口にした。
「そんな事より、ちょっとお話ししようよ」
奈々美が言った。
麻理と優人は奈々美を見てにっこりとした。
二人は久しぶりに奈々美に会えて嬉しかったし、それは奈々美も同じようだった。
「さあ、家に上がって」
「本当にいいの?」
麻理が尋ねると、奈々美はこくりと頷く。
「もちろんよ。さあ、どうぞ」
二人は招かれるままに家に入った。
―バタンッ! ガチャ!
二人が玄関の中に入ると、奈々美が勢いよく扉を閉めて、しっかり鍵を掛けた。
玄関を見て麻理は違和感をもった。
(なんで、こんなに靴が散らかってるの?)
あわてた誰かが靴を履き損ねたみたいに思えた。
「ねぇ、奈々美ちゃん、なにかあった?」
麻理が尋ねると奈々美は無表情に冷たい言い回しで答える。
「さっき、壊井ウワサが来たからこうなっちゃったのよ」
「そうなんだ……」
その説明に麻理は一応納得すると優人が明るく言う。
「でも、その子が助けてくれたんでしょ? 良かった。よし、僕達で片付けよう」
優人が靴の整理を始めたので、麻理もそれを手伝った。
でも、麻理は心の中で思う。
(やっぱりなんか変な感じがする)
「二人ともありがとう。さあ、家に上がって」
奈々美は二人を招いてさっさと奥のリビングに入っていく。
「じゃ、お邪魔します」
靴を脱いで上がろうとした優人の腕を麻理が掴んで囁く。
「ねぇ、なんか変だよ」
「え? 何が?」
「だって、あれ、見て」
大きなベッドが二つくらい置けそうな広い玄関に、植物がたくさんあったからだ。
綺麗な花ではなく、雑草のような植物が床から生えているように見えた。
「前に来たときはあんな植物はなかったでしょ?」
「でも、前に来たのは去年の事だよ」
優人は気になっていないようだ。
―カサッ……カサカサッ……
何かがこすれるような音が聞こえた。
「え? ……葉っぱの音?」
麻理が呟いた。
「なんだよ?」
優人が尋ねてきた。
「風で葉っぱがこすれるような音がしたの。でも、風なんて吹いてないのに」
家の中に隙間でもあるのかと見回す麻理の身体を不安が覆い始めた。
「ねえ、優人くん、帰ろう、なんか変……」
そこまで言いかけた時に、奈々美がリビングから顔を出した。
「何してるの? 早くこっちに来なよ」
奈々美の催促に、「すぐ行く」と優人がさっさと家に上がった。
麻理が呼び止める余裕もなかったので、仕方なく付いていく事になった。
リビングに入った二人は、呆然とした。
「これはひどいね」
流石に優人が呟いた。
リビングの中がメチャメチャに散らかっていたからだ。
テーブルや椅子がひっくり返り、棚が倒れていた。
しかも、雑草のような植物が床から生えている。
「これも、その子が助けてくれたからなの? コワイ……」
「優人君、ダメよ!」
優人が呪われた少年の名前を言いかけたのを麻理が制した。
すると奈々美が奇妙な顔をして小首を傾げて言う。
「壊井ウワサが助けてくれた?」
「え? さっきそう言ったでしょ? 助けてくれたんでしょ?」
優人は奇妙に思って奈々美に尋ねる。
「ああ、そうね、助けてくれたと言ったのよね」
麻理はなんだかゾッとした。
優人も同じように感じたようで、麻理を見た。
―カサッ……カサカサッ……
また、葉っぱのこすれる音がかすかに響いた。
麻理が不安になり見回すと、壁に何かが書かれているのに気づいた。
奈々美がこちらを睨んでいるので、麻理は声を出さずに、優人を肘で突いた。
二人は壁を見た。
そこには『タスケテ』と書かれていた。
爪で引っ掻いて書いたようだ。
「どういう事??」
優人が思わず呟いた。
その文字の下にはエプロンが落ちている。
「あ!」
麻理が歩み寄って拾った。
「奈々美ちゃんのお母さんが着けてたエプロン……」
手に取ってみると、それは破れていた。
まるで食いちぎられたように!
麻理は震える声で奈々美に疑問を投げかける。
「ねぇ、お母さん、お父さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんはどこ? どうしていないの?」
奈々美はニヤリと笑って答える。
「心配は要らないよ。ここにいるよ」
「ここにいるって、どういう事?」
「私のお腹の中にいるよ」
「「えっ!?」」
麻理だけでなく優人も思わず声を上げた。
その途端、奈々美は庭に出入りできるリビングの大きなガラス窓に素早く歩み寄った。
―シャッ! シャッ!
奈々美は厚手のカーテンを閉めた。
リビングのガラス窓は広い庭に面していた。
庭をさえぎる柵の向こうは道だ。
柵の隙間から道行く人が見えていたが、それは隠された。
「奈々美ちゃん! いやっ!! 何する気!?」
麻理は優人にしがみついた。
「何する気ですって?」
奈々美が二人を睨みつけてきた。
「もちろん、お前達を食べるんだよ!」
奈々美はそう言った瞬間、笑い出した。
「アハハハハッ、ハハハッ~~!」
「きゃああ!」
「いやだぁ!」
麻理と優人は悲鳴を上げる。
すると、奈々美は笑いながら奇妙な動きを始めた。
ブルブルと身体全体を震えさせた。
―ズワズワズワッ!
奈々美の手足や顔が緑色に変わり始めた。
手足が大きな葉っぱになっていく。
「やだぁぁぁ!」
その光景を見る麻理と優人が絶叫する。
「ウグググググッ!」
奈々美の首が太い茎に変わり、そして……。
「グワッワワワッ!」
顔全体が大きな口になった。
―ニュルニュルニュル!
大きな貝のような口の周りに、尖った鋭いヒゲが何本も生えた。
そして、先程までは奈々美の姿だった植物の化け物がこちらを見た。
この世を戦慄させるおぞましい声で麻理と優人に怒鳴る。
「お前らを喰うっ!!」
「「ぎゃあああああああ!」」
麻理と優人は絶叫した。
―ドスンッ!
二人は恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。
「甘くて、旨そうだ!」
植物の化け物が床に倒れる二人に近づいてくる。
その時……。
―ガッッシャーン!
庭側のガラス窓が、氷の魔法によって割れた。
白い服を着た銀髪の少年と青いマントの女性が飛び込んできた……ウワサとアノロンウェンだ!
「かかってきな、相手してやるよ!」
アノロンウェンと植物が取っ組み合いをしている隙に
ウワサは奇妙な模様が浮かぶペンを化け物に向けて、宙に走らせる。
青白い炎が現れ、円が描かれる。
その中を見たウワサの目に災悪の名前が視える。
「全ての災悪を、この光によって打ち消さん。お前の名は――」
ウワサはペンを走らせ、空中に文字を書いた。
ハ ナ カ イ ジ ン
瞬間、『花怪人』は立ち止まった。
「ウグウワァァァ!」
呻き声を上げて苦しむ。
やがて緑の全身が枯れて崩れ始める。
「コワイウワサアァァ!!」
それは叫び声を残し、埃のようになって消えていった。
花怪人の最期を見届けたウワサとアノロンウェンは、床に座り込む麻理と優人に駆け寄った。
「怪我はない? 大丈夫?」
「……だからまともにやり合えって言っただろ」
抱き合う二人は恐怖から声が上手く出ないが、頷く事はできた。
「僕に会った事は忘れるんだ。二度と僕の名前を言っちゃいけない」
ウワサはそう伝えると、アノロンウェンと共に去って行った。
―ガチャ
奈々美の家の玄関扉が開いて、麻理と優人が出てくる。
二人はお互いを支え合っている。
「大丈夫ですか?」
その声はエンネアだった。
「何があったの?」
「奈々美ちゃんが……奈々美ちゃんが……」
麻理が説明しようとするが泣いてしまって言葉にならない。
優人が震える声で語り始める。
「奈々美ちゃんが化け物になって、僕達を食べようとしたんだ……」
「やはり、そうか……。奈々美さんのご家族は……?」
優人は首を横に振った。
マコトは自分の無力さに肩を落とした。
「さっき、奈々美さんは呪われた少年の名前を何度も言ってた。
もし、あいつと会ってたら、二度と名前を言わないはずだ。
なんで気づかなかったんだ……。ごめん」
優人は首を横に振って言う。
「でも、あの子が僕達を助けてくれたんだ……」
それを聞いたマコトはすぐに否定する。
「それは違うよ」
マコトは悲しい表情で優人を見た。
「僕が悪いんだ。僕がしっかりしてないから君達を勘違いさせてしまった。
呪われた少年がいるから災悪が生まれるんだ。僕があいつを先に捕まえていれば……」
マコトは悔しさに拳を握り締めた。
「君達は助かったけど、あいつがいなければ、奈々美さんと家族がこんな事には……」
マコトは奈々美の家を睨むように見つめる。
「……同じ結果にしかならないでしょうね」
エンネアはブーメランを構えながらそう言った。
その頃、ウワサとアノロンウェンは隣町を足早に歩いていた。
マコトとエンネアに見つからないように逃げてきたのだ。
「凄く気になる事があるんだけど」
しかし、ウワサとアノロンウェンはミリアを無視するように歩き続ける。
「さっきの災悪はキミの名前を最期に言っていたよね? それって気にならないの?」
ウワサは急に立ち止まり、小さく溜息をついた。
「気にはなってるよ。災悪達は僕の名前を知っているって事だからね」
「災悪達はキミの名前を利用するかもしれないよね? そうなったらどうする気なの?」
ミリアが質問を投げかけると、ウワサは首を横に振った。
「僕にも分からないよ。
でも、一つだけハッキリしてるのは、僕は災悪から逃げる事はできないって事だよ」
「そいつをやっつけるのがアタシの使命だってね」
「それに、彼からもね」
ウワサはミリアの言葉には何も答えない。
「でも、今回も災悪を倒せたんだから良かったね」
ニコリと微笑むミリアを、ウワサはギッと睨みつけた。
「一つも良くない!」
「なんでそんなに怒るの?」
「あの家の子は花怪人になったんだ。家族も犠牲になったんだ。みんな、僕のせいなんだ……」
「何をやっても犠牲は付きもの。それに、こんな世の中だから災悪は増えるばかりよ。
そんな事、気にする事ないのに……」
しかし、ミリアの言葉はウワサの耳には入っていなかった。
そして、アノロンウェンが鋭い声で言った。
「あんなのみたいにするんじゃないよ!!」
~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」
花怪人
出現場所:閉鎖された部屋
攻撃手段:擬態、捕食、同化
アノロンウェン「見た目も中身もおぞましかったねえ!
友達を家に招いておいて『お腹の中に家族がいるよ』なんて、
アタシのレイピアも震えが止まらなかったよ」
ウワサ「笑い事じゃないよ。
奈々美さんは僕の名前を罰ゲームで呼んでしまっただけで、
家族諸共あんな姿に変えられてしまった。
僕がもっと早く駆けつけていれば……」
アノロンウェン「アンタ、自分を責めすぎだって! 悪いのは災悪さ。
アタシが窓をぶち破って飛び込んだ時のあの勇姿、見たろ?
氷の魔法で一気に形勢逆転だよ!」
ウワサ「助かったのは事実だけど、
マコト君やエンネアにまた一歩近づかれてしまった。
彼らは僕が災悪の元凶だと思っている。
誤解を解く時間もないまま、僕達は逃げ続けるしかないのかな……」
アノロンウェン「マコト達が何と言おうと、アタシはアンタの味方さ。さあ、次の町へ行くよ!」