転校生の健一郎は、新居で家族や親友の声を模した怪現象に襲われ、
家そのものが変貌した災悪に飲み込まれそうになる。
銀色のペンに導かれ駆けつけたウワサとアノロンウェンだったが、
増殖する黒い靄の男達に拘束され絶体絶命の危機に。
しかしアノロンウェンの奮闘で隙を作り、
ウワサは間一髪でその正体を看破し、健一郎を恐怖の連鎖から救い出す。
事件後、踏切越しにマコトとエンネアと対峙したウワサは、
激しい憎悪を向けられながらも沈黙のまま姿を消す。
自らの名が呪いの引き金となる宿命に苦しみつつ、
ウワサは首筋に刻まれた模様の進行を案じ、再び逃亡へと歩み出すのだった。
「いい天気でよかったね」
日曜日。
小学5年生の宮原新は、両親と小学3年生の妹・萌と共に、車で山へと向かっていた。
「今日は絶好の山登り日和ね」
助手席に座る母親が微笑みながら言う。
「山登りの後は、美味しいもの食べような。焼肉とかいいなあ」
運転している父親がそう言って笑った。
山は、新の家から車で2時間ぐらいの場所にある。
既に1時間以上走っていて、周りの景色はすっかり変わっていた。
新の住んでいる場所は、都市部にある。
だが今、車の窓から見える景色は、田んぼが広がり遠くに山々が見えていた。
「お兄ちゃん、途中で疲れたらおんぶしてね」
後部座席に座る新の隣で萌が言う。
「そんなの嫌だよぉ」
「どうして? 妹が困ってたら助けるのが兄の役目でしょ」
「萌はいつもそれを言うよねえ」
萌はすぐ新を頼りにしてくる。
そんな萌に、新はウンザリしていた。
その時、父親が「あっ」と声を漏らした。
「お父さん、どうしたの?」
「いやあ、ガソリンを入れるのをすっかり忘れてたよ」
「あなた、向こうに着くまで大丈夫?」
「大丈夫だとは思うけど、あの辺りはガソリンスタンドがないかも。
先に入れておいた方が安心だねえ」
父親はそう言うと、近くのガソリンスタンドに寄る事にした。
「ほんと、いい景色だよね」
ガソリンスタンドの休憩スペース。
両親が車のガソリンを入れている間、新と萌はトイレに行く事にした。
トイレを終えて、新達は窓の外を眺める。
窓の外には田んぼが広がっている。
普段あまり見ない光景に、新達は思わず見入っていた。
「お兄ちゃん、そろそろ戻ろ」
ガソリンももう入れ終わった頃だろう。
新と萌は休憩スペースを出る事にした。
そんな二人を、入り口にいた従業員の女の人がチラリと見た。
「あ、あなた達……」
女の人は新達を見て、目を大きく見開く。
「どうしたんですか?」
新が尋ねると、彼女は急に怖い顔をした。
「こっちに来ないで!」
「えっ?」
戸惑う新達をよそに、女の人は走ってレジの奥へと逃げてしまった。
「お兄ちゃん、今の何だったの?」
「さあ、何だろう??」
こっちに来ないで、と言われたのは初めてだ。
「なんか、機嫌が悪くなる事しちゃったかな?」
新はそう思うが、彼女は怒っているというより、どこか怯えていた。
「まあ、とりあえず車に戻ろう」
ここにいても仕方がない。
新は萌を連れて、休憩スペースから出た。
瞬間、ちょうど休憩スペースへ入ろうとしていた男の人とすれ違った。
すれ違いざま、男の人は新達の方を見る。
突然、大きな声を上げた。
「うわあ! こっちに来るな!」
男の人は悲鳴をあげると、慌てて停めていた自分の車へと戻る。
そしてそのままスタンドから走り去って行った。
「何なの?」
先程の女の人と同じように、男の人も新達を見て怯えていた。
「僕達、何かしたかな?」
新は二人が怯えていた理由が分からず、呆然となってしまった。
その頃。
田んぼと田んぼの間にある畦道を、少年と女性が歩いていた。
少年は、白い服を着ていて、左目が赤い色をしている。
女性はマントの下にレイピアを携えている。
壊井ウワサと、アノロンウェンだ。
「おや、見つけたみたいだよ」
「見つけたって何をだい?」
すると、道路の脇の草むらから、白いウサギのミリアが現れた。
「敵」
「ああはいはい、そうだよね。ま、私はキミ達がどうなろうと最後までただ見張るだけだけどね」
「とっととくたばれ」
アノロンウェンがミリアに暴言を吐く。
ミリアはピョンピョンと跳ねながら、ウワサとアノロンウェンについて行くのだった。
「まあ、さっきの事は気にしなくていいよ」
新達は、ガソリンスタンドから少し離れたコンビニにいた。
飲み物を買おうと、店に寄ったのだ。
父親は新から先ほどの出来事を聞き、笑いながらそう言った。
「だけど、あの人達、僕と萌を見て怯えてたんだよ」
「だからそれは気のせいだって」
父親は飲み物を手に取りながら言う。
隣にいた母親も「ええ、そうね」と言った。
「新と萌を見て怯える事なんて何もないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
新は頷くが、一人だけではなく、二人も同じように怯えていたのが妙に気になった。
その刹那……。
「ひいぃぃ!」
レジの方から悲鳴が聞こえた。
新達が驚いて顔を向けると、店員がお菓子の棚の前にいた萌を見ていた。
「どうしたの??」
萌がお菓子を落としてしまったのかもしれない。
新達は萌に駆け寄る。
すると、店員はそんな新をじっと見つめた。
「ひいぃ、もう一人いた!」
「もう一人?」
「君達は、どうして『赤』をつけてないんだ!」
「ええ??」
「頼むから出て行ってくれ!」
店員は泣きそうな声で叫ぶ。
「何を言ってるんだ??」
父親は店員に注意をしようとしたが、母親が声をかけた。
「ね、ねえ」
母親は、店内を見ている。
見ると、店にいた客達が、皆、新と萌の方に顔を向けていた。
全員怯えていて、恐怖に震えている。
赤い帽子を被っている小さな男の子も、姉らしい女の子にしがみついて怖がっていた。
「何なんだ……?」
その姿を見て父親は戸惑う。
「お父さん、行こう」
新は父親に言う。
理由は分からないが、明らかに店にいる人達は新と萌を見て怯えている。
「あ、ああ、そうだな」
父親は手にしていた飲み物を「元の場所に戻しておいて下さい」と店員に言い、
新達を守るようにコンビニから出て行った。
「まったく、どうなってるんだ」
「新が言っていたのは、気のせいじゃなかったのかも」
父親と母親は困惑しながら、停めてあった車へと戻る。
「ほらっ、二人とも早く乗るんだ」
「う、うん」
父親に言われ、新も萌とともに後部座席のドアへと向かう。
「お兄ちゃん、さっきの人が言ってたの何だったのかな?」
萌は店員が言った言葉が気になるようだ。
「『どうして赤をつけてないんだ』、って言ってたよね」
「うん、僕と萌に向かってそう言ってた。赤かあ」
新は首を傾げながら、自分の姿を確認しようとした。
「お兄ちゃん」
ふいに、萌が新の服の袖を掴んだ。
「あの人、どうしてレインコートを着てるの?」
「えっ?」
萌は駐車場の前に広がる田んぼの方を指差す。
田んぼの端に、一人の少女が立っていた。
新と同じぐらいの背丈だ。
彼らの場所からは後ろ向きで顔は見えないが、少女は何故か赤いレインコートを着ていた。
「今日は一日晴れだよね?」
朝、天気予報を見た時、この辺りでは雨は降らないと言っていた。
新達は不思議に思う。
すると、車に乗り込もうとしていた父親が二人に声をかけた。
「何してるんだい? 早く車に乗って」
「う、うん。だけどあの子が気になって」
「あの子?」
新は田んぼに立っている少女の事を父親に話した。
だが、父親はそれを聞き、目をパチクリさせた。
「そんな女の子、一体どこにいるんだい?」
「えっ?」
「あそこにいるよ」
萌が指を指しながら言うと、助手席に乗り込もうとしていた母親が田んぼの方に目をやった。
そして、首を傾げた。
「萌、何言ってるの? 誰もいないじゃない」
「ええ??」
新と萌は首を傾げる両親をよそに、少女を見つめる。
少女は確かに赤いレインコートを着て田んぼの端に立っている。
「ほらっ、あの赤いレインコートの……」
新はさらに両親に少女の事を説明しようとした。
次の瞬間、少女は頭だけを180度回転させ、新達の方に顔を向けた。
「うわああ!」
新と萌は同時に悲鳴をあげる。
少女は、身体を田んぼの方に向けたまま、ゆっくりと彼らの方に歩いてきた。
顔だけが、新達の方を見ている。
その表情は、不気味な笑みを浮かべていた。
「お父さん! お母さん!!」
新と萌は慌てて二人に助けを求める。
だが、二人とも何が起こっているのかまったく分からないようだ。
少女はさらに後ろ向きのまま、新達に近づく。
道路を越え、駐車場に入って来る。
「お兄ちゃん、こっちに来るよ!」
「お父さん、何とかして!!」
「何とかって、二人とも何を怯えているんだい?」
「分かった。うそを言って私達をだまそうと思ってるのね」
「そんなんじゃないってば!」
少女はさらに新達のもとへ近づいて来る。
その時、誰かが駆け寄って来た。
「ほうら、アタシらがやっつけてやんよ!」
アノロンウェンと、彼女の後ろからついてきたウワサだ。
彼女は、魔法によってレイピアを強化し、赤いレインコートを着た少女を突き刺した。
少女は叫び声を上げ、新と萌も同じように叫ぶが、
アノロンウェンは怯まずにレイピアで突き続ける。
「敵対的な奴は誰であっても容赦しないよ! かかってきな!」
アノロンウェンは壁を蹴り、華麗に舞いながらレイピアで突き刺す。
彼女は相当な攻撃力を持っており、
赤いものを身に着けていなくともダメージを与える事ができるのだ。
「弱ったよ! とどめはアンタが刺しな!」
「ああ! 全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は……」
ウワサはペンを走らせ、空中に文字を書いた。
マ ッ カ チ ャ ン
弱っている真っ赤ちゃんが小刻みに動く。
真っ赤ちゃんの全身にヒビが入り、光が漏れ出す。
そのまま、粉々になって消滅した。
「よかったね。無事に災悪を倒す事ができて」
「迅速に大火力を叩き込んで、アンタがとどめを刺す。これがアタシらのやり方だからね」
アノロンウェンの戦い方は華麗ながらも、意外と大雑把であった。
しばらくして。
ウワサとアノロンウェンは道路の隅にある花壇のブロックに腰を下ろし、身体を休めていた。
横には、ミリアがいる。
ウワサとアノロンウェンが真っ赤ちゃんを倒した事によって、新と萌は襲われずに済んだのだ。
二人は両親のもとへ戻り、そのままこの町を出て行った。
「アノロンウェンは、意外と大雑把なんだね」
「災悪は倒すべき存在だからねぇ」
ミリアの言葉に、アノロンウェンはイラっと来た。
「災悪は皆、理不尽だよ」
ウワサの名前を言っただけで、呪われてしまう。
呪われた人間は、災悪に襲われる。
「確かにそれはそうかも。また『僕のせいだ』って言うのかな?」
ミリアが笑みを浮かべながら訪ねる。
ウワサはミリアを睨みながらただ悔しそうな顔をする。
アノロンウェンはミリアに対して殺意を向けていた。
その時、ミリアが何かに気づき、顔を道路の方に向けた。
「随分怒ってるみたいだねえ」
「えっ?」
ウワサとアノロンウェンも道路を見る。
そこには、路地にいたおばあさんと大勢の人々がいた。
ガソリンスタンドの従業員やコンビニの店員もいる。
大人もいれば、その大人に守られるように立つ子供達の姿もあった。
皆、赤いものをつけていて、怯えるようにウワサを見ていた。
「あんた、もしかして呪われた少年なのかい?」
おばあさんが睨みながらたずねる。
先ほど、ウワサが新達と路地でやり取りをしているのを見て、そう思ったようだ。
ウワサは戸惑いながらも、僅かに頷く。
途端に、おばあさん達は睨みながらも怯え、身構えた。
「みんな元に戻ったからよかったものの、全部あんたのせいだよ!」
「出て行け!」
「早く出て行け!」
おばあさん達はウワサを追い出そうとする。
ウワサは彼らを見て、また僅かに頷き、アノロンウェンは舌打ちした。
「……分かったよ」
ウワサは立ち上がると、そのまま立ち去ろうとする。
耳にイヤホンを付けようとした。
その瞬間、人々の中にいた小さな男の子が駆け出した。
赤い帽子を被っている、コンビニにいた男の子だ。
母親が止めようとするが、彼はそのままウワサとアノロンウェンの傍にやって来る。
そして、ニッコリと笑い、ウワサとアノロンウェンの手を握り締めた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ママをたすけてくれてありがとう」
どうやら男の子の親は真っ赤ちゃんに襲われ、意識を失っていたようだ。
「あ、う、うん」
ウワサは困惑しながらも、小さな手に握られた自分の手を見る。
その顔に、僅かに笑みを浮かべた。
やがて、ウワサは耳にイヤホンをして去って行く。
アノロンウェンはにっと歯を見せた。
おばあさん達が怯えながら見ている中、男の子だけは笑顔で手を振っていた。
その光景を、ミリアはじっと眺めている。
「へえ~、まさか呪われた少年が感謝される事があるなんてねえ」
ミリアはそう言うと、跳ねるように壁の方へと飛ぶ。
その姿は、壁の中に消えるように見えなくなってしまった。
~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」
真っ赤ちゃん
出現場所:田園地帯の境界、日光の降り注ぐ駐車場
攻撃手段:認識阻害
アノロンウェン「後ろ向きで近づいてくるなら、串刺しにしてやるのが一番の供養だよ。
赤いものを身に着けてないと襲うなんて、独占欲が強いにも程があるね!」
ウワサ「アノロンウェンは相変わらず攻撃的だね。
でも、新君や萌ちゃんがあんなに怯えていたのに、
両親には真っ赤ちゃんの姿が全く見えていなかった。
認識の差を利用する災悪は、やっぱりタチが悪いよ」
アノロンウェン「見えないからこそ、ガキどもは誰にも頼れず絶望する。
そこをアタシらが助けてやったんだ、もっと胸を張りなよ。
最後はウワサがバシッと名前を暴いて終わり! 文句なしの連携だっただろ?」
ウワサ「連携はよかったけど……町の人達には『全部お前のせいだ』って言われちゃったしね。
マコトやエンネアだけじゃなく、普通の人達にとっても僕は疫病神なんだ」
アノロンウェン「でもさ、最後にあの小さな男の子が手を握ってくれたじゃないか。
あれだけで、今回の戦いには価値があったって思わないかい?」
ウワサ「……うん。ありがとうって言われたのは、久しぶりだったな。
ミリアが茶化してくる前に、また次の目的地を探そうか」