呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

家族旅行中の新と萌は、赤いものを身に着けていない者を襲う災悪に狙われ、
周囲の人々が恐怖で避ける異様な事態に直面する。
子供にしか見えない不気味な姿で迫る災悪に対し、
救援に現れたアノロンウェンは圧倒的な火力で翻弄し、ウワサがその名を暴いて消滅させる。
町の人々はウワサを「呪いの元凶」として忌み嫌い追い出そうとするが、
救われた幼い少年だけは彼らに感謝の笑顔を向けた。
孤独な宿命に耐えるウワサは、束の間の交流を胸にしまい、
不敵に笑う監視者ミリアを他所に再び旅路を急ぐ。
背後では、執拗にウワサを追うマコト達の影が刻一刻と近づいてくのだった。


第17話 謎の列車

 土曜日の午前中。

 中学1年生の望月流歌は、駅の改札前で友達の橋田澪と待ち合わせていた。

 やがて澪が元気にやってきた。

「おはよう。はい、これ」

 澪が突然、メモ用紙を見せてきた。

「何、これ?」

「少年の名前なんだけど……」

「え? どういう事?」

 漢字とカタカナが組み合わさった文字は、少年の名前にしては奇妙だ。

「なんて読むの? コ、ワ…イ……ウワサ?」

 流歌は自信なさげに読んだ。

 澪はちょっと笑う。

 そして……。

 

「はい、あなたは呪われました!」

 澪は明るくハッキリと言った。

「え? 何言ってるの? 呪われたって、何?」

 流歌はキョトンとした。

「なんかね、この名前を声に出して言うと呪われちゃうんだって」

「名前を声に出して言うと呪われちゃう? ってどういう事?」

 流歌は意味が理解できない。

「この名前を口に出して言っちゃうと、呪われて怖い目に遭うんだってさ」

「怖い目に……?」

「例えばだけど、お化けを見たり、怪我したりするんじゃないかな?」

 やっと理解した流歌は、急に気持ちがざわついた。

「え! 嘘! 今、口に出して言っちゃったよ! 騙すなんて酷い!」

 目の前の澪は、意外な表情で流歌を見つめる。

「騙す? そんなつもりはないよ」

「じゃあ、何よ!?」

「私も昨日の部活で先輩に同じ事をされて、『はい、呪われました!』って言われたの」

「じゃ、澪も騙されたの!? だけど、なんで、それを私にやるのよ!?」

 今日は二人で電車に乗って隣の町で映画を観る予定だった。

 しかし、それどころではない気分になってきた。

「澪と映画を観るのを楽しみにしてたのに、なんでそんな事をするの!?」

「だって、小学校の時から流歌は、呪いとか祟りとか信じてないって言ってたじゃない」

 そう言われて流歌はハッとなった。

「え? あ、あ……まあ、そうだけど……」

 

「私も信じてないって話したら『だから気が合うんだね』って言ってたでしょ。

 だから、そんなに怒るとは思わなかった」

「あ、いや、そうか……ごめん……」

 そう謝った流歌は、ばつが悪そうに言い訳をする。

「でも、面と向かって『はい、呪われました!』とか言われたのは、初めてだし……」

「うん、私も初めてだったよ。でも、ちょっと面白いな、と思っちゃった」

 そう言って屈託なく笑う澪。

 流歌もそれに合わせて笑ったものの……。

 

(なんかちょっと嫌な感じがするんだよね)

 

「さあ、電車に乗ろうよ。映画に遅れちゃうよ」

 澪はさっさと改札の中に入っていった。

 今、流歌がついカッとしてしまったことを、全く気にしていないようだ。

「何やってるの? ほら、急がないと電車が来ちゃうよ」

 澪が振り返って言う。

「あ、うん!」

 流歌は元気に返事をして改札に入った。

 すると、改札近くの階段下から電車到着のアナウンスが流れてきた。

「あ、ちょうどきた! 急ごう!」

 促す澪と共に、流歌は階段を下りて、電車に乗り込んだ。

 澪はニッコリして言う。

「この電車に乗れれば、余裕でジュースやポップコーンを買えるよ」

 休日の映画館は混んでいるので、買い物に時間がかかるのを澪は心配していた。

「そうだね」

 そう言って笑い返した流歌は、車内を見回した。

 これからどこかに遊びに行く家族連れや様々な人々が乗っている。

 座席はどこも埋まっていた。

 だが、二人の目の前に座っていたカップルが慌てて降りた。

 ぼんやりしていて降り損ねるところだったのだろう。

 おかげで、車両の一番端に二人分の席が空いた。

 「ラッキー!」と、呟いた澪と共に流歌は座席に座った。

 

 ♪~♪~♪~~~♪

 

 発車メロディが鳴り、アナウンスが流れる。

『1番線ドアが閉まります。ご注意下さい』

 

 シャ――

 

 車両の全てのドアが閉まり始めると、

 その隣の車両のドアの隙間からスルリと抜けるようにウワサとアノロンウェンが入ってきた。

 ウワサは車内を見回すと、ポケットから銀色のペンを取り出した。

 他の乗客に見えないように、それを掌に載せる。

 アノロンウェンはウェポンケースを取り出す。

 

「本当にここで戦うの?」

 

 声が聞こえた。

 ウワサとアノロンウェンがハッと見上げた。

 網棚の上にミリアがちょこんと座っている。

「今回の災悪は結構危険だと思うけどなあ」

「危険? アンタと比べれば100億倍マシだよ」

 ウワサはミリアの言葉を気に留める様子もなく呟く。

「やるしかないんだ」

 ミリアの耳にはその声はほとんど聞こえなかっただろう。

 しかし、ウワサの決意はその表情から分かったようだ。

「そっか。戦うんだね」

「当たり前さ。アタシはそのために来たんだ」

「アタシ『達』の間違いだろ」

 その直後、ウワサの表情が険しくなった。

 掌のペンが震えて微かに光り輝いたのだ。

 そして、ある方向を示す。

「隣の車両か……?」

「おいおい、何だよそれは」

 ウワサとアノロンウェンは家族連れや様々な人々の間を抜けて隣の車両へ向かっていく。

 やがて、車両の連結部分の扉の前に辿り着いた。

 扉には大きなガラス窓が嵌められている。

 扉を開けなくても隣の車内の様子が伺い知れた。

 一番端の席で、流歌と澪がスマホを見て楽しげに笑っている。

「この中の誰かがキミの名前を言っちゃったのね。しかも一人じゃないみたい」

 いつの間にかすぐ傍の網棚に移動していたミリアが言う。

 アノロンウェンとウワサはミリアを見る事はない。

「やるしかないんだ」

 ガラス越しに流歌と澪を見つめたままウワサは呟いた。

 

「じゃあ、私はここで見てるね」

 ミリアの言葉はウワサとアノロンウェンにはどうでも良かった。

 ペンをポケットにしまうと、連結部分の扉の取っ手に手を掛けた。

 その時……。

 

 ゴォォォ~~

 

 突然、車内が暗くなった。

 険しい顔つきになり、ウワサとアノロンウェンは周囲を見回した。

「これは……!」

 不安になって再びガラス越しに流歌と澪を見る。

 二人の手元からスマホが落ちて、突然、項垂れてしまった。

 寝てしまったようだ。

「しまった!」

 ウワサは慌てて扉を開けようとした。

 だが、頭がクラクラとしてきた。

「う、うっ、眠い。でも、ダメだ寝ちゃ!」

 ウワサは必死に抵抗する。

 しかし、膝から崩れ落ちてしまう。

 

 ドサッ!

 

 ウワサは扉の前の床に倒れ込んでしまった。

 何とか起きようとするが眠気に勝てない。

「……そんなものでアタシは眠らせられないよ!」

 アノロンウェンは気合で眠気に耐え切った。

 

 ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン

 

「とは言ったものの、どうすればいいんだろうねぇ。壊すわけにはいかないし……」

 アノロンウェンはレイピアを抜きながら、辺りを見渡していた。

 周りの人は、皆、倒れているし、無闇に壊すわけにはいかないからだ。

 よく見てみると、どうやら彼らの魂はどこかに飛んでいるようで、

 要するに夢を見ているのだ、と推測する。

 しかし、災悪だから十中八九ろくな夢ではない事は、アノロンウェンには分かっていた。

 

「とっとと起きなー!」

 アノロンウェンは大声を出したが、全く起きる気配はない。

 そもそも、こんな列車の中で大声を出したら、気づかれるに決まっている。

 だが、不思議とアノロンウェンの声には誰も気づかなかった。

 

「えぇい……! こうなったら、死なば諸共で!!」

 結局はこうするしかない、と思ったアノロンウェンは、強烈な吹雪を起こした。

 すると、列車の中に大量の猿が現れた。

 とあるゲームのようにヘルメットは被っていないので知能は少なくとも人間よりは低いだろう。

 しかし、数が多いので、なるべく攻撃を受けずに倒さなければならない。

 アノロンウェンは魔力を込め、レイピアの切っ先を突きつける。

「まずは手始めに!」

 一呼吸で魔力を集中し、氷の精霊魔法を放った。

 しかし、猿の群れは俊敏だった。

 冷気と共に放たれた鋭利な氷の刃は、群れの密集した真ん中を虚しく通り過ぎ、

 一匹の猿にすら当たらない。

 標的を見定めた猿達が、キーキーと耳障りな甲高い声を発しながら、

 アノロンウェン目掛けて殺到する。

 アノロンウェンに密着し、十本の手足が同時に襲いかかる猛攻が来た。

「うわっ!」

 アノロンウェンはレイピアを回し、流れるような動作で応戦するが、

 そのうちの二撃が防御をすり抜けた。

「くっ!」

 短い悲鳴と共に、猿の鋭い爪が彼女の衣服と肌を浅く裂く。

 

「ちっ、数が多すぎる!」

 アノロンウェンは歯噛みする。

 ウワサは未だ倒れたままだ。

 彼女一人でこの群れを捌かなければならない。

 レイピアの構えを低し、突き刺す。

 しかし、猿達は身軽さを活かして縦横無尽に跳ね回り、

 正確な刃の軌道から見事に外れ、狙いは逸れてしまう。

 猿達のさらなる攻撃で、レイピアを翻し、身を屈め、紙一重でかわし続ける。

 六回目の攻撃の瞬間、アノロンウェンは予期せぬほど素早い動きで身を捻り、刃を躱した。

「そこだ!」

 回避した勢いそのままに、アノロンウェンは反撃を試みる。

 だが、猿はアノロンウェンの動きを予測していたかのように、

 一歩退いてレイピアの穂先をかわした。

 

「くそっ、このままではジリ貧だ! 一気に決める!」

 アノロンウェンの呼吸が荒くなる。

 この空間は、既に彼女と猿達だけの戦場と化していた。

「凍てつけ!」

 体内に蓄積していた魔力の源を消費しレイピアに極限まで圧縮された氷の精霊の力を纏わせる。

 刃は青白く発光し、凍てつくオーラを放つ。

 全身の力を込めて、猿の群れの中心に向けて、渾身の一閃を放った。

 キンッ!

 金属音と共に放たれたその一撃は、猿の群れの動きを一瞬で凍らせた。

 凍結した猿達が、次の瞬間、一斉に砕け散る。

 

「うわっ……!?」

 アノロンウェン自身も驚愕するほどの破壊力となった。

 猿達の想像を絶する凄まじい一撃が、その心身を打ちのめす。

 その一撃は、この夢の領域を揺るがすほどの衝撃波となって炸裂した。

 無数の猿の群れは、一瞬で跡形もなく一掃した。

 

 何とかサルの群れを一掃したアノロンウェンの前に、本体が現れる。

「ほら! 本体を出したよ!!」

 アノロンウェンが大声を上げると、ようやくウワサが身体を起こす。

 彼女の大声が届いて束縛を解除したようだ。

「ありがとう、アノロンウェン!」

 その隙に、ウワサはペンを宙に走らせる。

 青白い炎が現れ、円が描かれる。

 ウワサの目に災悪の名前が視える。

「全ての災悪を、この光によって打ち消さん。お前の名は……」

 ウワサはペンを走らせ、空中に文字を書いた。

 

 サ ル ユ メ

 

 次の瞬間、『猿夢』の動きが止まる。

 全ての小さな猿達が固まったようになった。

 

 ス、スーッ

 

 猿達の姿がドライアイスが溶けるように消えていく。

 そして、戦いは終わった。

 

 ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン

 

 暗闇の中に音が響いている。

 ハッと流歌と澪は目を覚ました。

 二人は電車の座席に座っていた。

 目の前に座る乗客達の間から、窓の外の風景が見える。

 見慣れた町並みが流れていく。

 車内には、これからどこかに遊びに行く家族連れの朗らかな表情が溢れている。

 流歌が信じられない表情で隣の澪を見ると、澪も唖然と見返してくる。 

 

 流歌は尋ねる。

「ねえ、私達、小さな猿に襲われてなかった?」

「うん、襲われてた……と思う……」

「って言うか、身体が動くよ」

 流歌は手も足も自由に動く事に驚いた。

「ねぇ、流歌。私達同じ夢を見てたのかな?」

「さあ……」

 流歌は首を傾げた。

 

 シャ……

 

 車両の全てのドアが開いた。

 映画館のある駅に到着したのだ。

 流歌と澪は手を取り合って、周囲を見回しながら慎重にホームへ降りた。

 

 猿達がいるような気がしたからだ。

 しかし、それは単なる思い過ごしだった。

 電車から降りた人々が改札に向かって歩いて行く。

「やっぱり、二人して夢を見たんだよね」

 流歌は気持ちを切り替えるように言った。

「うん、きっとそうだよ。気にしないのが一番だよ。さ、映画館に急ごう」

「澪、待ってよ」

 流歌は笑って追いかけた。

 すると、フラフラと歩く白い服を着た少年と、マントを着た女性とすれ違った。

「え? 今のは?」

 どこかで見たような気がして、流歌は振り返った。

 しかし、その少年と女性の姿はホームを行き交う人混みの中に消えてしまった。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

猿夢
出現場所:電車内
攻撃手段:強制睡眠、集団魂抜き、無数の猿による四肢解体

アノロンウェン「いやー、今回はマジで危なかったね!
        列車ごと眠らせてくるなんて卑怯極まりないよ。
        アタシが気合で起きてなきゃ、今頃ウワサもあの女の子達も、
        猿の餌食になってバラバラにされてたところだよ!」
ウワサ「アノロンウェン、本当にごめん。僕まで術中にハマって倒れるなんて情けないな。
    夢の中で流歌さん達が必死に逃げているのが見えて、胸が締め付けられるようだったよ」
アノロンウェン「いいって事よ!
        その分、アタシが大活躍して猿どもを氷漬けにしてやったんだからさ。
        最後は悪夢もドライアイスみたいに綺麗さっぱり消え去ったしね!」
ウワサ「うん。
    でも、あの女の子達は自分達が助かった事に気づかないまま、普通の日常に戻っていく。
    それでいいんだろうけど……僕達の存在は、いつもすれ違うだけなんだね」
アノロンウェン「それがアタシらの宿命さ。ほら、とっとと次の町へ移動しよう!」
ウワサ「そうだね。マコト君たちに見つかる前に、先を急ごう」
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