呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

友人同士の流歌と澪は、遊び半分で「呪われた少年」の名前を口にした直後、
電車内で災悪による深い眠りに落ちてしまう。
悪夢の中で無数の猿に襲われ絶体絶命の危機に陥るが、
ウワサとアノロンウェンが走行中の車内へ潜入し、精神世界での戦いに挑む。
アノロンウェンの強力な氷の魔法で群れを一掃し、
ウワサが災悪の名を暴く事で、乗客全員を死の悪夢から解放する。
目を覚ました少女達は不可解な夢を不気味に思いつつも日常へ戻り、
戦いを終えた二人は誰に知られる事もなく姿を消す。
宿命を背負うウワサは、ミリアの冷ややかな視線を感じながら、再び逃避行を続けるのだった。


第18話 キルキルキルキル

 昼下がり。

 ウワサが耳にイヤホンをしながら、アノロンウェンと共に道路を歩いていた。

 二人は大きな交差点までやってくると、何かに気づき、信号機を見上げる。

 歩行者用の信号機の上に、ミリアがちょこんと座っていた。

「アンタ、そんなところで何やってるんだい?」

 アノロンウェンは思わず尋ねる。

 ミリアは二人の方に顔を向け、口を開いた。

「人間達の事を見てるんだよ」

 交差点には何人もの人々の姿があった。

 ミリアはそれをぼんやり眺めていた。

 しかし、誰もミリアの事を気にも留めない。

「は~、まったく、人間はほんと鈍感なんだから」

 ミリアは鼻から息を漏らすと、

 信号機の上からピョンと跳ねるようにジャンプして、二人の前に着地した。

 ウワサは「危ないよ」と言おうとしたが、

 相手がミリアである事を思い出し、言っても意味がない事に気づいた。

 人々がミリアの傍を通り過ぎて行く。

 誰もミリアの方を見ない。

 ミリアはその様子を見て、また鼻から息を漏らした。

「私はここにいるっていうのに、誰も気にもしないんだから」

 その言葉に、ウワサは呆れながら答えた。

「君の事が見えているのは、僕だけだろ」

 それを聞き、ミリアは一瞬寂しそうな顔をする。

 だがすぐに、いつものふてぶてしい表情に戻った。

「ところで、よかったねえ、この辺りにはいないようだね」

「いない?」

 ウワサは辺りを見つめる。

「たとえこの辺りに災悪がいなくても、他の場所にはいるかもしれない」

 ウワサは真剣な表情でミリアに言う。

 すると、ミリアはまた鼻から息を漏らした。

「何を言ってるの? 『災悪』の事じゃないよ。『彼』の事だよ」

 ウワサは『彼』と言われて眉間に皺が寄る。

 どうやらこの辺りに、マコトはいないようだ。

「彼、ほんとしつこいよね。キミを捕まえたい気持ちも分かるけど」

「それは」

 ウワサは何と言えばいいのか分からなくなってしまう。

「ま、気にする事はないよ。キミはキミのやるべき事をするだけだよ。

 早くしないと大変な事になっちゃうもんね」

 ミリアは後ろ脚で、首についている輪っかをかいた。

 輪っかには、銀色のペンと同じ奇妙な模様がある。

 それを見て、ウワサも自分の首元を見た。

 チョーカーの下の首筋に同じ模様が刻まれている。

 ウワサはその模様を指で触れながら、苦々しい表情になる。

「……僕は、捕まるわけにはいかないんだ」

 そう言うと、ウワサはまっすぐ前を見て、交差点を歩き出す。

 そんなウワサを見て、ミリアは呟くように言う。

「そうだよね。捕まったら、みんなを救えなくなっちゃうもんね」

 

(一体どこにいるんだ?)

 夕方。

 一人の少年が駅前の道路を歩いていた。

 黒い服を着ていて、険しい顔をしている。

 加志谷マコトである。

 マコトは立ち止まると、足をさすった。

 今日は朝からずっと歩き続けていた。

 だが、その努力は無駄に終わった。

 どこを探しても、ウワサを見つける事はできなかったのだ。

(早く見つけないと、あいつのせいで災悪に襲われる人達が出てきてしまう)

 マコトは苦々しい表情を浮かべる。

 身体中が疲れ、すぐにでも休みたい。

 しかし、休む事などできない。

「……全部、あいつのせいだ」

 その顔に怒りがにじみ出る。

 マコトは苛立ちながらも、再び歩き出そうとした。

 そんなマコトの前に、学校帰りの小学生の男の子達が歩いてきた。

「あ~あ、どうして僕、言っちゃったんだろう」

「ほんとびっくりしたよ。名前は口に出して言っちゃ駄目だって言われてただろ」

「それは分かってたんだけど、つい言っちゃったんだ。『呪われた少年』の名前」

 男の子達はそう言いながら、マコトの前を通り過ぎて行く。

 マコトは、そんな彼らの姿を食い入るように見つめるのだった。

 

 小学5年生の笠島玲央は、道路を歩きながら、今日の昼休みの出来事を思い出していた。

 クラスの中で一番怖い話が好きな内藤真由が、みんなにある噂を話したのだ。

 それは『呪われた少年』の話である。

「みんな、いい? この名前は絶対に口に出して言っちゃ駄目だからね」

 真由は、名前を言うと呪われる事をみんなに話し、

 ノートの端に『壊井ウワサ』という名前を書いた。

 みんなはその話を本気で信じたわけではなかったが、口に出して言う者はいなかった。

 玲央も当然言うつもりなどなかった。

 怖い話が苦手で、真由がそんな話をした事に腹が立っていたぐらいだ。

 しかし昼休みが終わりに近づき、みんなが自分の席に戻っている時、騒動が起きた。

 グラウンドでサッカーをして遊んでいたクラスメイトの川下伸二が、

 みんなが怯えている姿を見て、何があったのか玲央に尋ねたのだ。

 玲央は、「ああ、それはね」と先ほどの説明をした。

 その時、ついうっかり……。

 

「真由ちゃんがね、壊井ウワサっていう呪われた少年の話をしたんだよ」

 と言ってしまったのだ──

 

「はあ~、言うつもりなんかなかったのに」

 玲央はその事を思い出し、溜め息を漏らす。

 一緒に帰っている伸二はそんな玲央を見て同情する。

「言っちゃったもんはしょうがないよ。だけど多分、大丈夫だと思うよ。

 真由ちゃんも、気にしない方がいいって言ってただろう」

「それはそうだけど……」

 玲央が名前を言った瞬間、教室中がパニックになった。

 真由は変な話をしてしまった事に責任を感じ、慌てて「ただの噂話だから」と言ったのだ。

「みんなも、名前を言っても呪われる事なんかないって言ってくれたけど」

 玲央もそう思いたいが、やはり言ってしまったのはショックだ。

「だから大丈夫だって。気にしない気にしない」

 伸二に励まされ、玲央は「う、うん」と力なく頷くしかなかった。

 やがて、彼と別れ、玲央は一人道路を歩いて行く。

(確かに気にしない方がいいよね……)

 気にすると、夜眠れなくなってしまう。

 この前も真由の怖い話を聞いて、一晩中その事を考えて怖くて眠れなかった。

(呪われた少年の話は、もう忘れよう)

 玲央はそう決心すると、明るい表情で前を向いた。

 

「待ってください」

 突然、声がした。

 振り返ると、マコトとエンネアが立っている。

「君は呪われている。このままでは危ない!」

「……何があっても倒すのが私の役目」

「えっ?」

 知らない人に言われ、玲央は戸惑う。

 そんな玲央にマコトは険しい表情で話を続けた。

「君は、呪われた少年の名前を言ったんだろう?」

「ええっと、それは」

「だから呪われてしまったんだ。あれはただの噂話なんかじゃない!」

「私にとって、そいつはゴミみたいな存在ですが」

 マコトは強い口調でそう言いながら玲央に迫って来る。

 エンネアはブーメランを構えようとしていた。

「えっと、あの、その」

 その迫力に玲央は怯える。

 マコトはゆっくりと玲央に手を伸ばして来る。

「来ないで!」

 玲央はそんなマコトを怖がり、その場から走って逃げ出した。

 

「バカみたい」

「彼は呪われている……」

 このままでは災悪が現れるだろう。

 エンネアはそれと戦う事以外に、あまり興味はない。

「だけど、現れるのは災悪だけじゃない……」

 マコトとエンネアはふと、周りを見た。

 呪われた人間のところには、ウワサも現れる。

(それなら、このまま今の子を見張っていれば)

 今度こそ、ウワサを捕まえる事ができる。

 マコトとエンネアは、慌てて玲央の後を追った。

 

(さっきのお兄ちゃんとお姉ちゃん、何だったの??)

 駅前から少し行ったところにある書店の店内。

 玲央はマコトから逃げて身を隠していた。

(僕が呪われているって言ってたけど)

 マコトとエンネアは先程玲央達が呪われた少年の話をしていたのを盗み聞きしていたようだ。

 彼も恐らく呪われた少年の話を知っているのだろう。

(怖がらせようと思ったのかな?)

 玲央はそう思いながらも、マコトが険しい表情をしていたのを思い出した。

(あれは、本気で言ってる顔だよね……)

 一瞬、身震いをする。

 呪われた少年の名前を言ってしまった事を今さらながらに後悔した。

(早く家に帰ろう)

 玲央は店の自動ドアから外を見て、

 マコトとエンネアが追いかけてきていない事を確認すると、店から出ようとした。

 その時、玲央の耳元で音がした。

―シャキン シャキン

 金属が擦れるような音だ。

 玲央は周りを見るが、何もない。

 周りの人も特に気になってはいないようだ。

「気のせいだったのかな」

 玲央は店から出ようと、自動ドアの方に顔を向けた。

 すると目の前に、背の高い男の人がいつの間にか立っていた。

 男の人は季節外れの灰色のロングコートを着ている。

「あ、ごめんなさい」

 通行の邪魔をしているのだと思い、玲央は端に寄ろうとする。

 だが、男の人は何故かその場から動かない。

「ええっと」

 玲央は戸惑いながらも、男の人の脇を通って、店から出ようとした。

 そんな玲央の方に、男の人は僅かに顔を向けて喋った。

「君は、どんな風になりたい……?」

 男の人は、玲央にそう尋ねる。

「どんな風に?」

 意味が分からず、玲央は首を傾げながら、男の人の顔を見上げた。

「えっ!?」

 瞬間、玲央は目をパチクリさせる。

 男の人はコートから顔だけが出ている。

 その顔は、金属でできていた。

 そして首がなく、金属の顔がコートの上に浮いていた。

「ひいい」

 玲央は思わずのけぞる。

 男は浮いた顔を動かし、玲央を真顔でじっと見つめた。

―キルキルキルキルキル

 男は不気味な声を出して、玲央に迫ってくる。

「うわああっ!」

 玲央は慌てて店から飛び出した。

「何なのあれ??」

 首が宙に浮いていた。

 しかも顔は金属でできている。

「誰か助けて!」

 玲央は泣きそうな声を出しながら、住宅地の路地を曲がった。

―ドンッ

 曲がった瞬間、誰かとぶつかる。

 驚き、距離を取ると、ぶつかった人物が声をかけてきた。

「笠島、何をしてるんだ?」

 目の前に立っていたのは、担任の横山先生である。

「先生!」

 玲央は思わず先生の服にしがみつく。

「変な人がいて!」

 先程書店で出会った男の事を話した。

 しかし、横山先生は首を傾げた。

「顔が浮いた男の人だって? そんなのいるわけないじゃないか」

「ほんとにいたんだって!」

 玲央は必死に訴えるが、全く信じてもらえなそうだ。

「とにかく逃げなきゃ!」

 ここに立ち止まったままでは、先ほどの男に追いつかれるかもしれない。

 玲央は走り出そうとした。

 すると、横山先生が前に立ち塞がった。

「そんなに急ぐ事ないじゃないか」

「先生、どいて! 早く逃げなきゃ」

「どうして逃げるんだ? ……どんな風になりたいか、聞いただけだろう?」

「えっ?」

 玲央が困惑していると、先生の身体から音がした。

―シャキン シャキン

 金属が擦れるような音だ。

 横山先生は真顔で玲央をじっと見つめている。

「先生?」

 刹那、玲央はハッとした。

 先生は何故か、季節外れのマフラーを首に巻いていたのだ。

「先生、どうしてマフラーなんかしてるの??」

「マフラー? ああ、気にしなくていいよ……」

 横山先生は真顔のままで言う。

「そんな事より……、聞いているだろう。君は、どんな風になりたい……?」

 そう言いながら、横山先生は一歩、玲央に近づく。

 首に巻いていたマフラーが取れ、地面に落ちた。

「ああっ!」

 見ると、先生の首がない。

 その顔は、いつの間にか金属になっていて身体の上に浮いていた。

―キルキルキルキルキル

 先生は不気味な声を出して、玲央に迫ってくる。

「ひいいい!」

 玲央は悲鳴をあげて、反対側の路地へと逃げた。

 

(あれは先生じゃない)

 見た目は先生だったが、先程の男と同じように金属の顔が浮いていたのだ。

「誰か助けて!」

 玲央は必死に声をあげる。

 と、前方に一人の女の子が歩いているのが見えた。

 クラスメイトの内藤真由だ。

「真由ちゃん!」

 玲央は慌てて真由のそばに駆け寄った。

「玲央くん、どうしたの?」

 その慌てぶりを見て、真由は戸惑っているようだ。

 玲央はそんな真由の首を確認する。

 首はあり、顔とちゃんと繋がっている。

「よかった~」

 玲央は辺りを見回し、書店の男や先生の姿がない事を確認すると、

 真由の腕を引っ張り、細い路地へと入った。

「ちょっと、どうしたの?」

「何か変なんだ!」

 玲央は、男や先生の事を真由に話した。

「男の人も先生も金属の顔が浮かんでたんだ。それにシャキンシャキンって音も聞こえてきて」

 真由はそれを聞き驚くが、すぐに真剣な表情になる。

「それって、もしかして玲央くんが呪われたせいかも」

「呪われた??」

「うん。呪われた少年の名前を言ったら、呪われる。

 それは災悪という存在に襲われるって意味なの」

「そんな……」

 玲央は自分が本当に呪われている事を知り、ショックを受ける。

「さっきの男とか先生がその災悪って事?」

「ええ。ハサミで切る時の音が聞こえたんでしょ」

「ハサミ? あっ、あの金属が擦れるような音の事??」

 あれはハサミが動いている時の音だったらしい。

「このままだと、玲央くん、災悪に切り刻まれちゃうかも」

「えええ??」

 玲央はゾッとする。

 男や先生は同じ言葉を言っていた。

『君は、どんな風になりたい……?』

 それは、ハサミで切られ、どんな風になりたいかを聞いていたのだ。

「そんなの嫌だよ!」

 玲央は泣きそうな声で真由に言った。

「そうだよね。私が何とかしてあげる。後ろを向いて」

―シャキン シャキン

 金属が擦れるような音だ。

「今のは?」

「いいから、こっち見ないで」

「だけど」

「いいから。このままじゃ助からないよ!」

 真由は怒鳴るように言う。

 玲央はその声に驚き、背筋を伸ばした。

 真由が怒鳴るなんて初めてだ。

(まるで、真由ちゃんじゃないみたい)

 そう思いながら、玲央はハッとした。

(そう言えば、どうして真由ちゃんはあんな事を知ってたんだろう?)

 それは、先程呪われたら『災悪』に襲われると言っていた事だ。

(災悪に襲われるなんて、呪われた少年の話をしてた時、言ってなかったよね?)

 玲央はその事を考えながら、「あっ」と言葉を漏らした。

(真由ちゃんは、何故シャキンシャキンって音がハサミって分かったの?)

 玲央は不思議に思い、真由の方に顔を向けようとした。

「えっ!?」

 夕暮れの赤い太陽に照らされ、後ろに立つ真由の影が玲央の傍まで延びている。

 だが、その影がおかしい。

 それは、人の形ではなかった。

 その影は、大きなハサミのような形をしていた。

「真由ちゃん??」

 玲央は驚き後ろを見る。

「どうしたの?」

 真由は真顔で玲央をじっと見つめている。

「あああ!」

 玲央はその姿を見て血の気が引いた。

 真由の顔が宙に浮いている。

 その顔は金属になっていて、顔の下に人の背丈と同じぐらいの巨大なハサミがあった。

 ハサミは錆びつき、黒ずんでいる。

「こっちを……見ちゃ駄目だって……言ったのに……」

 真由が真顔でそう言う。

 白い靄がその顔を包み込む。

 靄の中に一瞬、横山先生の顔が見え、そして消える。

 靄が晴れると、先ほど本屋で見かけたあの男の金属の顔になった……。

「君は、どんな風になりたい……?」

 宙に浮いた金属の顔が真顔で玲央に尋ねる。

「あ、ああ」

 玲央は怯えていて何も答える事ができない。

 浮いた顔が消える。

 同時に、巨大なハサミが宙に浮き、玲央の方に刃が向いた。

 その刃が迫る。

「うわあっ!」

 玲央は反射的にその場にしゃがみ込んだ。

―チョキン!

 ハサミの2つの刃が重なり、玲央の傍にあった大きな木を切る。

 バタンという音と共に、その木が根元から切れ、地面に倒れた。

「ひいい!!」

 玲央は震えながらその光景を見る。

―チョキン!

 ハサミはさらに、路地に停めてあった自転車を真っ二つに切った。

―キルキルキルキルキル

 巨大なハサミの刃が不気味な声を出しながら、玲央の方を向く。

「い、嫌だ!!」

 玲央は慌てて立ち上がるとその場から逃げ出した。

 

「ええい、バカバカバカバカ!!」

 一方、住宅地の傍の道路。

 マコトとエンネアは走りながら玲央の事を探していた。

 先ほど書店の近くで見かけたが、彼は何かから逃げていた。

 慌てて追いかけたが、行方が分からなくなってしまったのだ。

(彼を見張っていれば、きっとあいつが)

 呪われた人間のもとには、ウワサが現れるはずだ。

 マコトはそれを期待しながら、住宅地の路地へと入った。

 すると、大きな木が道を塞ぐように倒れていた。

 そばには真っ二つに切られた自転車もある。

「これは……」

 人間がやったようには思えない。

 マコトとエンネアは、災悪がやったのだと気づいた。

「さっきの子が襲われたんだ」

 玲央はまだこの近くにいるかもしれない。

(見つけて、隠れて待っていれば)

 ウワサがやって来るはずだ。

 マコトは思わず微笑む。

「よし」

「……では倒します」

 彼を探すために、マコトとエンネアは走り出そうとした。

 だがふと、その足が止まった。

 顔を、倒れている木や自転車に向ける。

(このままだと、さっきの子は……)

 彼らのもとに現れた災悪はかなり凶悪な存在のようだ。

 ウワサが来るのを待つ間、

 もしかすると玲央は災悪に襲われ、大怪我を負ってしまうかもしれない。

「そんな事は……」

 マコトは奥歯を噛みしめ、苦々しい表情になる。

 手を強く握り締め、全身に力を入れる。

 ウワサを捕まえたい。

 だが、それ以上に、ウワサのせいで傷つく人達を見たくない。

「彼を今すぐ助けないと!」

「……町の奴らはあんな奴とまともに、やりあえないから」

 マコトは全力で駆け出した。

 エンネアも、呟きながら後を追った。

 

「助けて! 助けて!!」

 玲央は必死に走る。

 後ろには、巨大なハサミが追ってきていた。

「助けて! 助けて!!」

 玲央は必死に走る。

 後ろには、宙を飛ぶ巨大なハサミが迫る。

―シャキン シャキン

 玲央の方に刃が向き、巨大なハサミが動く。

―シャキン シャキン

 巨大なハサミはさらに迫る。

「嫌だ!!」

 玲央は道路の角を曲がった。

「ああ!」

 だがそこは、袋小路になっていて行き止まりだった。

「そんな!?」

 近くの家の塀をよじ登ろうとする。

 しかし、手が滑りバランスを崩してしまった。

「わっ」

 ドスンという音と共に、玲央はその場に尻もちをついてしまった。

―キルキルキルキルキル

 巨大なハサミが不気味な声を発しながら、玲央の方に刃を向ける。

「や、やめて……」

 玲央は震えながら訴える。

「僕、何もしてない! ただ呪われただけなんだよ!」

 呪われた少年の名前を言っただけだ。

 それなのに切り刻まれようとしている。

 だが、それが災悪に通じるわけがない。

「だから許して!」

 玲央は泣きながら、必死に頭を下げた。

 すると、ハサミの動きが止まった。

 助かった、と玲央は思う。

 しかし次の瞬間、ハサミが大きく刃を動かした。

―シャキンシャキンシャキンシャキンシャキン

 刃が激しく動く。

 まるで玲央を襲うのを楽しみにしているかのようだ。

 巨大なハサミがさらに迫り、刃が玲央の顔を挟むように大きく開いた。

 玲央はあまりの恐怖で動く事ができない。

 2つの刃は、そのままゆっくりと閉じようとした。

 その時──

 

くたばれぇーっ!!

 誰かがそんな玲央の傍に駆け込んできた。

 その人物の手には、銀色のペンとレイピアがあった──

 

 しばらくして。

 マコトとエンネアは必死に住宅地を走っていた。

 路地を曲がり、さらに曲がる。

 すると、袋小路の行き止まりに辿り着いた。

「ああっ!」

 そこには、玲央がしゃがみ込んでいる。

「大丈夫ですか!?」

 マコトとエンネアは慌てて傍に駆け寄った。

「災悪はどこに?」

 険しい表情をしながらマコトは周りを警戒する。

「災悪って、あのハサミの化け物の事だよね?」

「ハサミ? そうか、木が切られていたのは、そのハサミのせいだったんだな」

「まったく、アノロンウェンも好戦的ですね」

 マコトとエンネアは周りにハサミ人間がいない事を確認すると、玲央の方を見た。

「今のうちに逃げよう! このままだと襲われてしまう!」

 マコトは玲央を立たせると腕を掴み、走り出そうとした。

 だが、玲央が「待って」と声をあげた。

「災悪はもういないよ」

「えっ?」

「『ハサミ人間』は、さっき知らないお兄ちゃんとお姉ちゃんが倒してくれたから」

「それって」

 マコトの目が大きくなる。

 玲央を助けた人物──それはウワサとアノロンウェンだった。

 ウワサとアノロンウェンは、巨大なハサミの災悪、ハサミ人間を既に倒していたのだ。

「あいつらはどこに行ったんだ?」

「せっかく倒そうとしたのに!」

 マコトは玲央に詰め寄る。

「そ、そんなの分からないよ」

 玲央はマコトの迫力にたじろぎながら答えた。

「あのお兄ちゃん、『僕の名前をもう絶対に言ってはいけない』って言ってた。

 お姉ちゃんは、戦う事が好きみたいだった」

 ウワサとアノロンウェンは、玲央の呪いが消えた事を話すとそのまま去って行ったのだという。

「あいつはいついたんだ??」

「ええっと、5分ぐらい前だよ」

 玲央はウワサとアノロンウェンによって助かったものの、

 災悪に襲われたショックから、その場に座り込んでしまっていたという。

「近くにいたみたいですね」

 マコトとエンネアは慌てて走り出すと、辺りを必死に探す。

 だがいくら探しても、ウワサを見つける事ができない。

「くうう、次に見つけたら必ずあいつを──」

「倒す、のですね」

 マコトは唸るようにそう言うのだった。

 

 その頃、町外れの道路を一人の少年と一人の女性が歩いていた。

 ウワサとアノロンウェンである。

「ハサミ人間を倒せてよかったね」

 ふと、ミリアが跳ねながら現れる。

 ウワサとアノロンウェンはそんなミリアを無視して歩き続ける。

「この辺りに、『彼』いたみたいだよ」

 ミリアはふとそう言った。

 それを聞き、ウワサは思わず立ち止まる。

 ゆっくりと振り返り、先程までいた町並みを眺める。

 その目はどこか悲しそうだ。

 

「……捕まるわけにはいかないんだ」

 ウワサは呟くように言う。

 そんなウワサにミリアは「そうだよね」と頷いた。

「今、捕まっちゃったら救えなくなるものね。みんなも、そして──」

「アンタも、だね」

 ミリアとアノロンウェンはウワサを見ながら、僅かに微笑んだ。

 ウワサの顔が一瞬険しくなる。

 しかしすぐに元に戻った。

 

「僕と、アノロンウェンが何とかする──」

「おや、ちゃんと認めたようだね」

 ウワサはイヤホンを耳につけると、再び歩き出すのだった。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

ハサミ人間
出現場所:書店、住宅地の路地、学校の帰り道
攻撃手段:巨大刃による切断

アノロンウェン「見た目は知り合いの顔をして近づいてくるなんて、
        相変わらず災悪ってのは悪趣味だね!
        でも、自慢のハサミで木やら自転車やらを切り刻んで悦に浸ってる隙に、
        アタシのレイピアで細切れにしてやったよ。気分爽快だね!」
ウワサ「アノロンウェン、君が楽しそうなのはいいけど、玲央君は本当に怖がっていたんだよ。
    自分がどんな姿に切り刻まれたいか聞かれるなんて想像しただけでゾッとする。
    ハサミの音が響くたびに、彼の絶望が深まっていくのが分かって辛かった」
アノロンウェン「だからこそ、アタシらが駆けつけた甲斐があったってもんさ。
        マコトとエンネアがノロノロ追いかけてる間に、名前を暴いてサクッと解決。
        これぞプロの仕事だろ?」
ウワサ「マコト君達の足音が聞こえた時は焦ったけどね……。
        彼らは僕を捕まえる事だけじゃなく、ちゃんと玲央君を助けようとしていた。
        それは少しだけ、安心したかな」
アノロンウェン「ふん、甘いねぇ。あいつらはアタシらの最大の邪魔者なんだからさ。
        ミリアにニヤニヤ見物される前に、とっととズラかるよ!」
ウワサ「……そうだね。僕には止まっている時間なんてないんだ」
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