呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

20 / 20
~前回までのあらすじ~

不注意から「呪われた少年」の名を口にした玲央は、
親しい人々の姿を借りて迫る災悪の標的となり、執拗に命を狙われる。
一方、ウワサを追うマコトとエンネアは、玲央が呪われた事を知り、
彼を囮にしてウワサを捕らえようと画策する。
しかし、玲央に危機が迫る中、マコトは私欲を捨てて救助を優先するが、
現場に到着した時には既にウワサ達が災悪を討伐した後だった。
ウワサは間一髪で玲央を救いその呪いを解くと、マコト達をかわすように夕闇の中へと姿を消す。
宿敵とのニアミスを乗り越え、ウワサは首筋の模様が刻む限られた時間の中で、
さらなる災悪との戦いに身を投じていくのだった。


第19話 邪悪な願い

「こんな大都会に来たのは久しぶりだねえ」

 高層ビルが建ち並ぶ街に、ウサギのミリアがいる。

 ミリアの横には、ウワサとアノロンウェンが立っていた。

「あっちに大きな美術館があるらしいよ。ちょっと行ってみようよ」

 ミリアはピョンピョンと跳ねながら、大通りの方へ向かおうとする。

 だが、そんなミリアをウワサが呼び止めた。

「僕は、美術館に行くためにここに来たんじゃない」

「無駄足するならここで刺す」

 ウワサの掌には、銀色のペンが浮いている。

 そのペンは、大通りとは反対の位置にあるマンションが建ち並んでいる方を指し示していた。

 レイピアはミリアを指していた。

「もう~、たまには休憩したっていいじゃない」

 ミリアは生真面目なウワサと好戦的なアノロンウェンに呆れ、鼻から息を漏らす。

 だが、ウワサは真剣な表情でミリアを睨むように見た。

「休憩なんてできるわけないだろ。少しでも早く災悪を見つけ出さないと」

「引き延ばすバカがいるからねぇ」

 人々が災悪に襲われてしまうし、アノロンウェンもイライラが募る。

 それを止めるために、ウワサとアノロンウェンはここまで来たのだ。

「美術館に行きたいなら勝手に行けばいいよ」

 ウワサはそう言うと、ミリアを放ってマンションのある方向へ歩き出そうとした。

 その時、誰かが道路を塞ぐようにウワサの前に立った。

「もしかして、あいつに見つかったのかい?」

 アノロンウェンに言われたウワサはハッとし、身構える。

 しかし、そこに立っていたのは、中学生ぐらいのショートヘアの女の子だった。

 女の子はウワサとアノロンウェンをジロジロと観察するように見ている。

「え、えっと、何かな?」

 ウワサが戸惑っていると、女の子は少し怯えながら口を開いた。

「あなた達、もしかして、呪われた少年とそのパートナー?」

「「えっ?」」

 予想だにしていなかった言葉に、ウワサとアノロンウェンは驚く。

 ミリアはそれを聞き、急に跳ねるように飛ぶと、女の子の足元に立った。

「ねえ、どういう事? この子、キミ達の事、知ってるみたいだよ」

 その顔は笑っており、興味を持ったようだ。

「ねえねえ、どうして知ってるの? どこかで二人を見た事あるのかな?」

 ミリアは女の子の方を見ながらそう尋ねる。

「下がれ」

「いいじゃない。私は人間には見えないし、声も聞こえないんだから」

 ミリアの言う通り、女の子は目の前にいる喋る白いウサギに全く気づいていないようだ。

「ねえねえ、彼が呪われた少年ってどうして分かっちゃったの?」

 ミリアは女の子に聞こえていないのを知りながら話しかけていた。

 一方、ウワサはどう答えればいいのか分からず、困惑した表情になる。

 だが、すぐに首を大きく横に振った。

「人違いだよ」

 はっきりと言う。

 しかしその目は、女の子の目を見る事ができなかった。

「だけど」

 女の子はなおも食い下がる。

「じゃあ、アタシが代わりに言ってやるよ。こいつは、戦うために生かされているのさ」

「戦うため……? そっか、戦ってるんだね」

「……そういう事になるね」

「流石だねぇ、アノロンウェン」

「じゃ、アタシらはこれで」

 そう言って、アノロンウェンとウワサはその場を後にした。

 

「昨日のあの人、絶対呪われた少年だったと思うんだ」

 翌日。

 中学2年生の教室で、天野美知佳は昨日の出来事を話していた。

 ショートヘアが、興奮気味に話す美知佳に合わせて揺れている。

「だけど、呪われた少年なんて本当にいるの?」

 話を聞いていた牧村しのぶが尋ねる。

「あれってただの噂話だよね。ただ似てる人だったんじゃないの?」

「そうかもしれないけど。だけど、聞いてた特徴とそっくりだったんだよ」

 呪われた少年は、白い服を着ていて、左目だけが赤色なのだという。

 まさにその特徴と同じだったのだ。

「それに、呪われた少年なのか聞いたら、凄くオドオドしてたんだよ」

 美知佳は、彼が呪われた少年で間違いないと思っていた。

 しかし、しのぶはその考えを笑う。

「いきなりそんな事聞かれたら、私だってびっくりしちゃうよ。

 きっと、その人も呪われた少年の話を知ってて、

 それで美知佳ちゃんが変な事言ってきて怯えちゃったのかも」

「それは」

 確かにその通りかもしれない。

 やがてチャイムが鳴り、休み時間が終わった。

「まあ、もしその人が本物の呪われた少年だったとしても、

 私達は呪われないからよかったじゃん」

 しのぶが美知佳に言う。

「え、あ、うん。それはそうなんだけど」

 呪われた少年は、彼の名前を言ったら呪われる。

 しかし、美知佳もしのぶも肝心のその名前を知らなかった。

「美知佳ちゃん、私、ネットで調べてみよっか? なんか興味出てきた」

 しのぶが笑いながら言う。

 だが、美知佳はそんな彼女に苦い顔をした。

「そんなのやめた方がいいよ」

 単なる噂話だが、どこか怖い。

 わざわざ名前など調べるべきではないと思ったのだ。

「も~、美知佳ちゃんから言ってきた癖に~」

 しのぶは美知佳に呆れる。

「だけど大丈夫だよ。調べたりしないから」

 ただの噂話だとは分かりながらも、しのぶも怖がっているようだ。

 美知佳はそれを聞き、少しだけホッとした。

(確かに私が変な事言っちゃったせいだよね)

 呪われた少年に似た人を見るべきじゃなかった。

 そう思いながら、美知佳は自分の席に座った。

 

 その時、一人の男子生徒が横を通り過ぎた。

「僕、呪われた少年の名前、知ってるよ」

「えっ」

 男子生徒は呟くように言うと、一番後ろにある自分の席に座った。

(元宮くん、今、私に言ったんだよね……?)

 元宮弘之とは、今までほとんど喋った事はない。

 性格はひねくれていて、よく人の悪口を言っている。

 男子生徒からもあまり人気がないようで、クラスで浮いた存在だった。

 美知佳達が先ほど呪われた少年の話をしていたのを、近くで聞いていたのだろう。

 だがそれよりも、美知佳は彼が言った言葉が気になる。

(名前を知ってる……?)

 美知佳は元宮の方に顔を向けようとする。

 と、教室のドアが開き、先生が入ってきた。

「さあ、授業を始めるぞ~」

 皆、姿勢を正す。

 結局、美知佳は元宮から何も聞けないまま、前を向くのだった。

「へえ、元宮くんがそんな事言ってたんだ」

 昼の食事の時間。

 美知佳はしのぶと一緒に弁当を食べていた。

「名前、教えてもらおうよ。確か紙に書けば大丈夫なんだよね?」

「ちょっと、しのぶ、そういうのよしなよ」

「冗談だよ冗談」

 美知佳は楽しげに笑うしのぶにうんざりする。

「この話はもうやめよう」

 美知佳はそう言いながら、チラリと元宮の席の方を見た。

 しかし、元宮の姿はなかった。

 他の席にもいない。

 どうやら既に昼ご飯を食べ終わり、どこかに行ってしまったようだ。

(まだご飯の時間なのに、どこに行ったんだろう?)

 美知佳はそう思いながら、しのぶと違う話をするのだった。

 

 その頃。

 4階にある空き教室の隅に、元宮がいた。

「壊井ウワサの名前を言って正解だったよ」

 彼の前には、黒い渦が浮かんでいる。

 ──災悪である。

 元宮はウワサの名前を言ったせいで呪われてしまったのだ。

 だが、元宮は平然としていた。

「呪われた少年の名前を言ったら、呪われて苦しむって言ってたけど、

 僕には何の被害もなさそうだね」

 昨日の夜。

 元宮は家でオンラインゲームをしていた。

 そのゲーム内のチャットで、参加者達が呪われた少年の話をしていた。

 彼らはチャットの中で、少年の名前が『壊井ウワサ』であると書いていた。

 皆、呪いなど信じていなかったが、誰もその名前を口に出して言おうとはしなかった。

 そのやり取りには参加せず、チャットを見ていただけの元宮も、

 他の人と同じようにそんな話はあるわけがないと思いつつも、名前を言うのを躊躇っていた。

 その時、参加者の一人が、「名前を言った人だけじゃなく、

 周りの人達も呪われる場合があるらしいよ」とチャットに書いた。

 その文章を見て、元宮は強く興味を惹かれた。

 自分が何もしなくても、ムカつく相手を苦しめる事ができるかもしれないのだ。

 元宮は勇気を出して、「壊井ウワサ」と、声を出して言った。

 瞬間、目の前に黒い渦が現れた──

 

 現在。

 元宮は昨日の出来事を思い出しながら、黒い渦をじっと見つめる。

「お前が何なのか分からない。だけど、昨日言った事は本当なんだろうね?」

 渦にそう尋ねる。

 すると、渦がゆっくりと回転した。

 何かがうっすらと浮かぶ。

 それは、のっぺりとしたお面のような不気味な顔だ。

「憎キ者ノ……名前ヲ……言エ……」

 唸るような低い声が響く。

 昨日、渦の中から浮かび上がった顔が同じ事を言った。

 憎んでいる人物の名前を言えば、その人物を呪うというのだ。

「誰を呪うかは、もう決めてあるんだ」

 元宮はニヤリと笑う。

 渦を見つめながら、元宮は呪いたい相手の名前を言った。

「お願いするよ。──天野美知佳を呪って」

「じゃあまずはランニングから始めるよ」

 

 放課後。

 美知佳は所属しているバドミントン部の練習に参加していた。

 部長がみんなに指示を出す。

 今から学校周りを一周するのだ。

「ねえ、今日も勝負しようよ」

 スタートラインに向かいながら、同じ部に所属しているしのぶが美知佳に言う。

「私はゆっくり走りたいんだけど」

「それじゃあ練習にならないじゃん」

 しのぶは何故かいつも勝負を挑んでくる。

「ライバルがいた方が燃えるでしょ」

「どうして私がその役目にならなきゃいけないの」

 美知佳は溜息を吐くが、いざスタートラインに立つと、

 負けたくないという気持ちがふつふつと湧き上がってきた。

(今日は、呪われた少年の話ばかりしてたし、なんか怖くてストレス溜まっちゃったもんね)

 言い出したのは美知佳自身だが、やはり怖い話はあまり好きではなかった。

「よーい、スタート!」

 部長の合図と共に、部員たちが一斉に走り出す。

「よおし」

 美知佳はストレスを発散するかのように、一気に前に出た。

「そうこなくっちゃ!」

 しのぶも後に続く。

 二人は全力で走り、他の部員達とどんどん距離が離れていった。

(もっと速く! もっともっと!)

 美知佳はどんどんスピードを上げていく。

 今日は調子がいい。

「負けないんだから!」

 後ろでしのぶがそう言うが、その距離は徐々に開いていった。

 道路の角を曲がり、さらに速く走る。

(このまま1位でゴールできそう)

 美知佳は微笑みながら、最後の角を曲がった。

「えっ?」

 前方を見て、美知佳は急にスピードを緩めた。

 道路の先に、何かが浮いている。

 黒い円のような物体──

「何なの……?」

 美知佳は目を凝らしながら、その物体に近づく。

 次の瞬間、目を大きく見開くと、思わず立ち止まった。

 浮かんでいたのは、黒い渦だ。

 渦の中に、うっすらとお面のような不気味な顔がある。

─オ前ヲ 呪ウゥウウゥ

 唸るような低い声が響く。

 同時に、渦が回転しながら、ゆっくりと美知佳の方に近づいてくる。

「い、嫌っ」

 何なのかは分からないが、普通ではない。

 美知佳は慌てて逃げようと思うが、何故か身体が動かない。

「どうして??」

─カカカカカカカ

 不気味な顔が笑う。

─苦シメェ 苦シメェ

 渦が美知佳の目の前まで迫る。

「嫌……嫌あああああ!」

 美知佳は恐怖のあまり目を瞑った。

 

「どうしたの、美知佳ちゃん?」

 不意に声がする。

 目を開けて、後ろを見るとしのぶが立っていた。

 どうやら美知佳に追いついたようだ。

「転んで怪我でもしたの?」

「違うの! これが!」

 美知佳は泣きそうな声で、前方に顔を向ける。

 だが、そこには何もなかった。

「さっきまで渦があったのに」

「ええ? 何それ??」

 美知佳はしのぶにしがみつきながら辺りを見る。

 しかし、渦はまるで煙のように消えてしまっていた。

「そんな……」

 部長や他の部員達も追いつき、美知佳の周りで立ち止まる。

 皆、しのぶと同じように心配してくれるが美知佳はどう説明すればいいか全く分からなかった。

 

(あれは何だったの?)

 夕方。

 部活が終わった美知佳は、一人家へと帰っていた。

 ランニング中に見た顔のある渦は、結局何なのか分からなかった。

(あれは幻なんかじゃない)

 美知佳はそう思う。

 渦の中にある顔は、美知佳に向かって喋ってきた。

(あのまま襲われていたらどうなってたんだろう)

 想像するだけで、ゾッとする。

 その時、美知佳は不意に立ち止まった。

(もしかして、呪われた少年の話をしちゃったから?)

 それで呪われてしまったのだろうか?

 しかし、すぐに首を大きく横に振った。

(そんなはずない。私、名前言ってないもん)

 名前を言わなければ呪われる事はないはずだ。

 だったらどうして?

「早く帰ろう」

 美知佳はますます怖く思い、家へと急ごうとした。

「天野さん!」

 突然、大きな声がした。

 見ると、少し離れた場所に元宮が立っている。

「まだ帰っちゃ駄目だよ」

「えっ?」

「だって、それじゃあ君が苦しんでいるところを見れないじゃないか」

「どういう事??」

 美知佳が戸惑っていると、元宮はニヤリと笑った。

「ほんとは、さっきランニングしているときに苦しませようと思ったんだ。

 だけど、牧村さんが来ただろう。だから一旦襲わせるのをやめる事にしたんだ」

「何を言ってるの?」

 美知佳は元宮の言っている事が理解できなかった。

 すると元宮はフフッと鼻で笑った。

「何って、こいつの事だよ」

 指をパチンと鳴らす。

 瞬間、元宮の背後に黒い霧が現れた。

 霧は回転し、だんだん黒い渦になっていく。

「あああ!」

 先程の渦だ。

 渦の中にうっすらとお面のような不気味な顔が現れた。

「こいつは呪われた少年の名前を言った人間の前に現れるんだって」

「名前を? 私そんなの言ってない」

「あ~、言ったのは僕だからね。呪われる事が分かってて言ったんだ」

「そんな、どうして?」

 驚く美知佳に、元宮は鋭い視線を向けた。

「決まってるだろう。君たちみたいなムカつく奴らを苦しめるためだ!」

 元宮は怒鳴るようにそう言う。

 それに反応して、渦がゆっくりと動くと、美知佳に近づいてきた。

「嫌っ!」

 美知佳は慌ててその場から逃げようとする。

 だがそれよりも早く、災悪が唸るような低い声を出した。

─オ前ヲ 呪ウゥウウゥ

「あ、ああ」

 瞬間、美知佳は動けなくなってしまう。

 ランニングの時と同じだ。

─カカカカカカカ

 不気味な顔が笑う。

「いいぞ、さあやれ」

 元宮は不気味な笑みを浮かべた。

「天野さん、君を苦しめた後は、隣のクラスの岡添を苦しめる。

 その後は、塾の下村に高瀬、そうだ、数学の野木先生も苦しませなきゃ」

 元宮は美知佳を見ながらそう言う。

 美知佳以外にもムカついている人間が大勢いるようだ。

「わ、私、何もしてない……」

 美知佳は動けないまま、目だけを元宮の方へ向ける。

 元宮とはほとんど喋った事がない。

 ムカつかれる理由など何もないのだ。

 すると、元宮はフンと鼻を鳴らした。

「お前はこの前、僕がクラスメイトの悪口を言っていたら、冷たい目で見ながら通りすぎただろ。

 あの目、凄くムカついた。絶対僕の事をバカにしてると思った。

 だから、お前を呪ってやるんだ!」

「そんなの……」

 全く覚えていない。

 あまりの理不尽さに美知佳は涙目になる。

 そんな美知佳の目の前に、黒い渦がやってきた。

─苦シメェ 苦シメェ

 お面のような不気味な顔が口を大きく開ける。

 口の中も渦になっている。

 その口の中の渦が、美知佳の腕をゆっくりと飲み込んでいく。

「あ、あぁ、ああ!!」

 飲み込まれた腕に激痛が走る。

「いいぞ! いいぞ!」

 元宮が笑う。

「い、嫌、あああ!」

 美知佳の身体がさらに渦に飲み込まれていく。

「た、助けて……誰か……助けて……」

 美知佳は必死に助けを呼ぶが、全身が痛み、まともに声を出せない。

「残念だったね。僕をバカにした罰だ!」

 元宮がさらに笑う。

「あ、あああ……」

 美知佳は身体のもう半分も、渦に飲み込まれていく。

 

このクソッタレーーー!!! 凍りやがれ!!!

 その時、誰かが駆け寄って、そのうちの一人が氷の魔法で渦を凍らせた。

 ウワサと、アノロンウェンだ──

「しっかりするんだ!」

 ウワサは、まだ渦に飲み込まれていない美知佳の腕を引っ張った。

「なんだお前は??」

 戸惑う元宮をよそに、ウワサは美知佳の腕を必死に引っ張り続ける。

「僕のせいで、これ以上災悪に襲われる人は見たくないんだ!」

 次の瞬間、美知佳の身体が渦の中から勢いよく飛び出した。

「きゃあ!」

 そのまま、美知佳は地面に倒れる。

 ウワサもバランスを崩し、膝をついた。

「本物の壊井ウワサなのか? おい、あいつも呪ってしまえ!」

 元宮は災悪に向かって叫ぶが、そんな彼をウワサは睨みつけた。

「君は勘違いをしている。災悪を利用しようとしているけど、そんな事は絶対にできないんだ」

「何だって?」

 元宮は怪訝な顔をしながらも、すぐに「ふん」と嘲笑った。

「僕は実際にこうやってこいつを思い通りに動かしてるんだ。それが分からないの?」

 その言葉に、ウワサは険しい表情で首を何度も横に振った。

「分かってないのは君の方だ。

 こいつは君を利用するだけ利用して、最後には君も襲うつもりなんだ!」

「テメェみたいなクソ野郎は許さねぇ。だが災悪はテメェ以上に許せねぇんだよ」

 ウワサは立ち上がると、元宮の傍へと走った。

 アノロンウェンは、呪文を詠唱する。

「く、来るな!」

 元宮はウワサに掴まれ、困惑する。

「早くしないと君も襲われる!」

「うるさい!」

 ウワサと揉み合いになりながら、元宮はその場に倒れる。

 そこへ、凍結が解けた渦がやってきた。

「早くこいつを呪って!」

 元宮はウワサを指差しながら渦に言う。

 だが、渦は元宮の横に浮いたまま、まったく動かない。

「どうした!? 早く渦の中に飲み込むんだ!」

 元宮は渦の中にうっすらと浮かぶお面のような不気味な顔を見た。

─鬱陶シイ……

 刹那、元宮の前に新しい黒い渦が現れる。

 その渦にも、うっすらとお面のような不気味な顔がある。

 その顔の口が開き、元宮に襲いかかってきた。

「うわあっ!!」

 元宮は開いた口の中にある渦に、左手を飲み込まれてしまう。

「どうして??」

―オ前ハ モウ邪魔ダァ!

「そんな!」

 気づくと、周りに無数の黒い渦が浮かんでいる。

 その全てに、うっすらとお面のような不気味な顔があった。

─苦シメェ

 次の瞬間、無数の渦が、元宮、美知佳、ウワサ、アノロンウェンに襲いかかった。

「ひい! ひいい!」

 元宮は渦を払い除けようとするが、右手も渦に飲み込まれ、足も飲み込まれてしまう。

「うわ! 嫌だあ!」

 飲み込まれた手足に激痛が走る。

「助けて!!」

 美知佳は必死に逃げようとする。

 だが、足を渦に飲み込まれてしまった。

「くっ!」

「チッ、数が多すぎる……。まとめて凍らせるしかねぇか?」

 一方、ウワサは必死に渦から逃げながら、銀色のペンを強く握り締めた。

 アノロンウェンはレイピアで、渦を容赦なく突き刺している。

 だが、全く手応えはないようだ。

「せめてアンタが武器でも使えたら、よかったんだけどねぇ」

 ペンの表面に見た事のない奇妙な模様が浮かび上がる。

 襲いかかってくる渦を避けながら、ウワサはペンを走らせた。

 宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。

 だが、それを見て、無数の渦に浮かぶお面のような不気味な顔が同時に叫んだ。

─名前ナド 見セルモノカァァア!

 無数の渦がウワサとアノロンウェンに襲いかかってくる。

 ウワサは円を動かし、円越しに渦を見る。

 だが、渦はいくつもあり、どれを見ても名前は視えない。

「どれを見ればいいんだ??」

 その瞬間、不気味な顔の開いた口が、一斉にウワサに食らいつこうとした。

 その時、アノロンウェンが氷の壁を張って攻撃を防いだ。

「お前はアタシが倒す!」

 アノロンウェンは氷の壁から飛び出して、レイピアで渦を突き刺した。

 しかし、やはり渦に攻撃は通じない。

 ウワサの目は渦をしっかりと睨んでいた。

「ぜ、絶対に倒す……。そのために、──僕はここに来たんだ!!」

「諦めたくないんだ。アイツのためにも、アタシ自身のためにも!」

―鬱陶シイ! 苦シメェエエェェ~!!

 それでも、ウワサは円越しに渦を見続けた。

 刹那、ウワサの目が光った。

 円の中に、奥の方に浮かぶ渦が見えている。

 その渦だけ、名前が視えたのだ。

 ウワサは全身に力を入れ、声をあげた。

「全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は──」

 ウワサは右手を渦の中で動かし、ペンで文字を書いた。

 

 ク ロ ウ ズ サ マ

 

 黒渦様の動きが止まった。

 渦が小刻みに動き、崩れていく。

―ソンナ! モ、モット人間ヲ……襲イタカッタノニィィイ!!

 全ての渦にヒビが入り、光が漏れ出す。

 そのまま、無数の渦が粉々になって消滅した。

「あ、あああ」

 元宮は崩れるように倒れる。

 気絶してしまったようだ。

 美知佳は荒く呼吸をしながら、膝をつき、そんな元宮を見つめた。

 そこへ、ボロボロになったウワサがやってきた。

「彼は負の感情を持っていた。災悪がそれを利用したんだ」

 ウワサは苦々しい表情で言う。

「人の心に付け入るなんて許せない。だけど、全ては僕のせいなんだ……」

「僕のせい?」

 それを聞き、美知佳はハッとする。

「呪われた少年……」

 やはり、ウワサがその本人だったのだ。

「あ、あの」

「そーだよ」

 美知佳はウワサに声をかけようとする。

 だが、それよりもウワサが先に口を開いた。

「僕の事は忘れるんだ。二度と僕の名前を言っちゃいけない」

「って奴なんだ。アタシはそいつを守るボディーガードなのさ」

 その言葉に、美知佳は動揺しながらも頷く。

 ウワサはそれを見届けると、痛む身体を押さえながら、去って行くのだった。

 アノロンウェンは軽やかにスキップするのだった。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

黒渦様
出現場所:学校の空き教室、放課後の道路、人の負の感情が渦巻く場所
攻撃手段:拘束、部位飲み込み、精神汚染

アノロンウェン「あー、もう! 今回の連中は本当に胸糞悪かったねぇ!
        人を呪いたいなんて願うガキの心に付け入って、
        最後にはそのガキまで飲み込もうとするなんて、災悪の中でも最悪の部類だよ。
        アタシの氷の壁がなきゃ、ウワサも今頃胃袋の中だったね!」
ウワサ「アノロンウェン、助けてくれてありがとう。
    でも、元宮君が災悪に魅入られてしまったのは、
    元はと言えば僕の名前がネットに流れてしまったせいなんだ。
    美知佳さんまで巻き込んで……僕の存在が誰かを悪意に染めてしまうのが何より怖いよ」
アノロンウェン「アンタのせいじゃないって。
        悪口ばっかり言ってる奴が、勝手に災悪の呼び出しボタンを押しただけさ。
        それより、あの無数の渦の中から本体を見つけ出したウワサの集中力、
        ありゃ見事だったよ! 褒めてやるからシャキっとしな!」
ウワサ「うん。本体は常に他の渦の影に隠れて、高みの見物をしていたからね。
    円越しに執念で見つけるしかなかった。
    でも、これでひとまず町の平穏は守られた……かな」
アノロンウェン「平穏ねぇ。あっちでミリアが『人間って面白いね』なんて顔して見てるけどさ。
        ほら、アタシらは次の場所へズラかるよ!」
ウワサ「……そうだね。マコト君達にこの騒ぎを嗅ぎつけられる前に、行こう」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。