呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

ウワサの名前を口にし災悪を自宅へ持ち帰った教師の康介とその家族は、
ツボから漏れる冷気に操られ、マンション全体を巻き込む危機に陥る。
異変を察知して現場へ急行したウワサとアノロンウェンだったが、
そこへ執念深く追跡してきたマコトとエンネアが現れ乱闘と拘束によって討伐を阻まれてしまう。
猛毒の冷気が充満する極限状態の中、ウワサは間一髪で拘束を振り切り、
銀色のペンでツボの真実の名を暴いて粉砕し、住人達の命を救った。
去り際、ウワサは自分を憎むマコトに対し「君も、君の家族も僕が救う」と衝撃の告白をして、
マコトは自分自身の呪いの可能性に愕然と立ち尽くす。
誰を救い、誰を滅ぼすのか――ミリアが冷ややかに見守る中、
かつての友であった二人の運命は、より深く残酷に交錯し始めるのだった。


第21話 転がる毛糸

「アンタ、本当に能なしの口たたきだね。

 ウワサが困っているのに、それを見ているだけでベラベラ口出すだけだなんて。

 アタシはそういうのを見るのが大っ嫌いなんだよ。

 とっととくたばるか、さもなくばアタシがくたばらせてやるよ」

 アノロンウェンの声は、町に響き渡った。

 彼女の瞳は鋭くミリアを射抜いている。

 アノロンウェンはかなり口が悪く、機嫌が悪いと暴言をよく吐く。

 ウワサも驚き、振り向いた。

 しかし、ミリアはその剣幕に全く動じる様子を見せない。

 相変わらず飄々とした笑みを浮かべ、

 アノロンウェンの言葉を右から左へ受け流すように首を傾げた。

「おや、随分とご機嫌斜めだね。でも、だからといってそれがどうしたの?」

 ミリアはひょいと肩を竦めた。

 その態度が、さらにアノロンウェンの怒りを煽る。

「自分の好き勝手に振る舞い、他人がどうなろうと知った事じゃない。

 災悪と何が違うんだ。アンタは何一つ貢献しない癖に、口だけは出す。

 そういう腐った根性がアタシは気に食わないんだよ!」

 アノロンウェンは一歩、ミリアに詰め寄った。

 その手は無意識のうちに腰に差したレイピアの柄に触れている。

 ウワサは慌てて二人の間に割って入ろうとした。

「アノロンウェン、やめろ! ここでミリアを倒しても何の意味もないだろ!」

 しかし、アノロンウェンはウワサの声も耳に入らないようだった。

 彼女にとって、ミリアの態度と言動は許しがたいものだったのだ。

「困ってる奴を助けないクズは、とっととここでくたばらせる!」

 ミリアはアノロンウェンの激しい口調にも表情を変えず、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。

 アノロンウェンの怒りが最高潮に達したところで、不意に口を開いた。

「そんなに私の事が嫌いなら、力ずくで消しても構わないけど?」

 ミリアの言葉には、挑発的な響きがあった。

 アノロンウェンは一瞬、言葉を失う。

 その目はミリアの真意を探ろうとしていた。

 ミリアが何を目論んでいるのか、全く読めない。

「な……」

 ウワサは二人の間のピリピリとした空気に耐えかね、再び声を上げた。

「もういい! 今はそんな事してる場合じゃないだろ!」

 ウワサの切羽詰まった声に、アノロンウェンはハッと我に返った。

 ミリアを睨みつけたまま、小さく舌打ちをする。

「覚えておきな、ミリア。もしウワサに何かあったら、今度こそ殺すからね」

 アノロンウェンはそう吐き捨てると、ウワサの手を引いて町に向かった。

 ミリアは二人の後ろ姿を満足げに見送った。

 その顔には、相変わらず掴みどころのない笑みが浮かんでいた。

 

「それじゃあ、そろそろ始めよっか」

 ある日の放課後。

 小学6年生の葛木彩奈は、クラスメイトの谷川司と二階堂佳史、

 それに神田真理恵と共に、自宅のリビングに集まっていた。

 彩奈達は怖い話が大好きで、いつもそういう話をしている。

 そして、今まで聞いた話の中で一番怖い話を、それぞれ発表しようという事になったのだ。

 彩奈は、ソファーに座っている真理恵達を見た。

「まずは私から話すね」

 彩奈は最近ネットで知った、ある話をする事にした。

「それは、深い山の中にある廃村なんだけどね」

「廃村って、誰も住んでない村って事だよね?」

 司の言葉に、彩奈は「うん」と頷く。

「そこに、たまにハイキングをしてる人とかが道に迷って来ちゃうらしいんだけど、

 入ったら最後、二度とその村から出られないんだって」

「どうして?」

「もしかして怪物とかに襲われちゃうの?」

 佳史も真理恵も怯えながら話を聞いている。

 そんな彼らを見て、彩奈はニヤリと笑った。

「その村に怪物なんていないよ。

 だって、その村自体が生きてて、入ってきた人達を食べちゃうんだもん」

 それを聞き、司達はゾッとする。

 その表情を見て、彩奈は「よしっ」と呟いた。

 怖い話をして、みんなを怖がらせる。

 それが怖い話をしているときの最も楽しい瞬間だ。

「ただいま~」

 リビングのドアが開き、彩奈の中学生の兄・洋介が入ってきた。

「おかえり、お兄ちゃん」

「なんだ、みんなで遊んでるのか?」

 真理恵達が「おじゃましてます」と言う中、

 洋介は冷蔵庫から飲み物を取ると、そのまま部屋を出て行こうとした。

 そんな洋介を見て、彩奈は「あっ」と声を漏らした。

「そうだ、お兄ちゃん。何か怖い話知らない?」

「怖い話?」

「ほらっ、学校でそういう話をよく聞くって言ってたでしょ」

 洋介は以前、クラスメイトが怖い話が好きだと、彩奈に言った事があった。

「あ~、今日もそういうの聞いたけど」

「えっ、どんな話?」

 彩奈達が目を輝かせる。

「どんな話って」

 洋介は戸惑うが、「う~ん」と頭を掻きながらも、仕方なさそうにその話をした。

「これは、ただの噂話らしいんだけどね」

 洋介は彩奈達の傍までやって来ると、一同を見る。

「呪われた少年という人物がいて、その少年の名前を言うと呪われるんだって」

「何それ? 初めて聞いた」

 驚く彩奈の横で、真理恵達も同じような反応をしている。

 皆、全く知らない話のようだ。

「お兄ちゃん、その少年ってなんて名前なの?」

「知ってどうするんだよ。言ったら呪われるんだぞ」

「大丈夫だって、いいから教えてよ。この前、コップ割ったの内緒にしてあげたでしょ」

「それは……」

 先週、洋介はキッチンでコップを割ってしまった。

 彩奈はそれを目撃したが、親に怒られたくないと言う洋介に頼まれ、知らないフリをしたのだ。

「分かったよ。一応教えるけど」

 洋介はうんざりしながら、指でテーブルに文字を素早く書いた。

「え、何て書いたんですか?」

 真理恵が目をパチクリさせる。

 全く分からなかったのだ。

「それは言えないよ。けどちゃんと教えたからね」

 洋介はそう言うと、さっさとリビングから出て行った。

「お兄さんが書いた文字分かった?」

 真理恵が尋ねるが、司も佳史も首を横に振る。

「だよねえ」

 真理恵は残念そうにテーブルの上を眺めた。

「あ、トイレに行っていい?」

 ふと、佳史が彩奈に尋ねた。

「廊下の突き当たりだよ」

 佳史は「ありがとう」と言うと、リビングを出て行った。

 

「はあ~、名前知りたかったなあ」

 真理恵は残念そうな表情でソファーにもたれかかる。

 すると、彩奈がニッコリと笑った。

「私、名前分かったよ」

「えっ、そうなの?」

 真理恵と司は身を乗り出し、彩奈の方を見た。

「なんて書いてたの?」

「教えて!」

 尋ねる真理恵達に、彩奈はゆっくりと答えた。

「『こわいうわさ』って書いてたよ」

「怖い噂? それって名前なの?」

「う~ん、分からないけど、間違いないよ」

「ってか、彩奈ちゃん、だめだよ」

 司が急に真剣な表情になった。

「それが本当に名前だったら、呪われちゃうよ」

「え? あ、そっか」

 呪われた少年の名前を言ったら、呪われてしまう。

「お兄ちゃんがテーブルの上に書いたりするから」

 書かれた名前に夢中になり、言ってはいけない事を忘れてしまっていた。

「私、呪われちゃうのかな?」

 彩奈は困惑しながらも、口元は僅かに笑みを浮かべる。

「彩奈ちゃん、何だか嬉しそう」

 それを見て、真理恵が指摘した。

「やっぱり分かる?」

 彩奈は自分が呪われたと思って、ワクワクしていたのだ。

「今までいろんな怖い話を聞いてきたけど、名前を言ったら呪われる話は初めてだもんね」

 それを聞き、真理恵は「確かにそうだね」と笑顔で答えた。

「私も呪われちゃうかな?」

「うんうん、この家にいるみんな呪われちゃうかも」

「それってヤバいよね」

「ヤバいヤバい」

「あのねえ」

 盛り上がる彩奈と真理恵を見て、司は呆れながら溜め息を吐いた。

 その時──

 

「うわああ!」

 リビングの外から、佳史の悲鳴が聞こえた。

「佳史君??」

 彩奈達は慌ててリビングを出ると、佳史がいるトイレの方を見た。

 トイレのドアが開いている。

 そのドアの傍の床に何かが落ちている。

「何、あれ……?」

 彩奈は近づいて、見てみる。

 それは、毛糸の玉だ。

 青色の毛糸の玉が、ポツンと床に転がっていた。

 

「どうして毛糸なんか?」

 彩奈は首を傾げる。

 家族の中に編み物をする者などいない。

 毛糸の玉が家にあったのも初めて知った。

「ねえ、佳史君は?」

 司は辺りをキョロキョロと見回す。

 だが、どこにも佳史の姿はなかった。

「どこ行ったんだろう?」

 トイレや、1階の他の部屋も見てみるが、どこにもいない。

「帰っちゃったのかな?」

 彩奈は玄関を見るが、佳史の靴はみんなの靴と同じように置かれていた。

「家にいるって事だよね」

 彩奈はふと、階段の方を見た。

 2階には、彩奈の部屋や洋介の部屋、それに両親の部屋がある。

「もしかして、2階に行ったの?」

 そんな事はあり得ないと思うが、彩奈は戸惑いながら2階へと上がった。

「ねえ、佳史君いるの?」

 彩奈は自分の部屋を確認する。

 部屋には誰もいない。

「まさかこっちの部屋?」

 彩奈は廊下に出ると、隣の両親の部屋を確認した。

 しかし、そこにも佳史の姿はなかった。

「それじゃあ……」

 彩奈は廊下の突き当たりにある部屋を見る。

 洋介の部屋だ。

「お兄ちゃん、そこに佳史君いる?」

 彩奈は声をかけながら近づくと、部屋のドアをノックしようとした。

 瞬間──

 

「うわあっ、助けて!」

 部屋の中から、洋介の叫び声が聞こえた。

「お兄ちゃん、どうしたの??」

 彩奈は慌ててドアを開けた。

「えっ?」

 部屋を見て、彩奈は戸惑う。

 洋介の姿がどこにもない。

「お兄ちゃん?」

 ベッドの上を見るが、やはりいない。

「隠れてるの?」

 クローゼットを開けてみるが、洋介の姿はない。

「どこに行ったの?」

 彩奈は困惑しながら部屋を見回す。

 と、足に何かが当たった。

「あっ」

 視線を向けた彩奈の目が、僅かに大きくなる。

 床に、赤色の毛糸の玉が、ポツンと転がっていたのだ。

 色は違うが、先程1階にあったものと同じだ。

「どうなってるの??」

 彩奈は意味が分からず首を傾げる。

「彩奈ちゃん!!」

 突然、1階から司の声が響いた。

「司君??」

 彩奈は部屋から出ると、階段を駆け下り、リビングへと駆け込んだ。

 リビングでは、司がしゃがみ込んでいた。

 その身体は震え、顔は強張っている。

「何があったの?」

 彩奈が尋ねると、司は震えながら、指で前方を差した。

「真理恵ちゃんが……急に……毛糸になったんだ」

「ええ??」

 彩奈は、司が指を差している方向を見る。

 床に、黄色い毛糸の玉が転がっていた。

「また毛糸??」

 そう思いながらも、彩奈はハッとする。

「黄色って」

 真理恵は、転がっている毛糸と同じ黄色い服を着ていた。

「まさか!」

 彩奈は、先程見た2つの毛糸の玉を思い出す。

 青色と赤色の毛糸の玉。

 佳史は青色の服を着ていた。

 そして、洋介は赤色の服を着ていたのだろう。

「あの毛糸の玉って」

 そう思った時、彩奈の背後で声がした。

「あ、彩奈、ちゃん……」「司くん??」

 その声に反応し、彩奈は振り返る。

 すると司の身体から、無数の毛糸が伸びていた。

「そんな!」

 毛糸は茶色で、それは司の服と同じ色だ。

「た、助けて……」

 司は泣きそうな声で、彩奈に手を伸ばす。

 だが、その手や身体がどんどん茶色い毛糸になっていく。

「司くん!!」

 次の瞬間、司は茶色い毛糸の玉になって、床に転がった。

「きゃああ!」

 彩奈は驚き、思わずその場に座り込んでしまう。

 そんな彩奈の耳に、何かが聞こえた。

「クダサイ……クダサイ……」

 声は、廊下の方からしている。

 ズルッ ズルッ 何かを引きずるような音が聞こえる。

「クダサイ……クダサイ……」

 声がだんだん大きくなってくる。

「誰……?」

 彩奈は怯えながら、リビングのドアを見た。

―ガシッ

 誰かがドアノブを掴むように握った。

 だが、その手はただの手ではない。

 様々な色の毛糸でできていたのだ。

「クダサイ~」

 唸り声のような声が響き、ドアが開くと、ヌッと足が入ってくる。

 その足も、手と同様、様々な色の毛糸でできていた。

「毛糸ヲ クダサイ~」

 全身が毛糸でできた不気味な怪物が、リビングに入ってきた。

「嫌ああああ!」

 彩奈は座り込んだまま、逃げるように下がる。

―ズルッ ズルッ

 毛糸の怪物は、そんな彩奈を気にする事なく、毛糸の足を動かしリビングの中を歩いた。

「毛糸ヲ クダサイ~」

 そう言いながら、怯える彩奈の横を通り過ぎる。

 怪物はやがて立ち止まると、腰を曲げ、床に手を伸ばした。

「毛糸ヲ クダサイ~」

 怪物は、床に落ちていた真理恵だった黄色い毛糸の玉を取る。

 そして、それをグググッと頭に押し付けた。

 その姿を見て、彩奈は「あっ」と声を漏らした。

 怪物の頭の上に、毛糸の玉が2つ付いている。

 青色と赤色の玉。

「あれって!」

 佳史と洋介だった毛糸の玉だ。

 怪物は司だった茶色い毛糸の玉も手に取ると、頭に付けた。

 そして、ゆっくりと彩奈の方を見た。

「毛糸ヲ クダサイ~」

「い、嫌……」

 彩奈は逃げようと思うが、怖くて動けない。

「毛糸ヲ クダサイ~」

 怪物はゆっくりと近づいてくる。

「来ないで!!」

 彩奈は泣きそうな声で叫ぶと、近くにあったゴミ箱を怪物の方へ投げようとした。

 だが、ゴミ箱を掴んだ手を見て、ギョッとした。

 手に、シマ模様の毛糸が絡みついていたのだ。

「まさか!」

 彩奈は自分の着ている服を見る。

 それは、毛糸と同じシマ模様だ。

「嫌ああ!」

 彩奈は慌てて手を振って絡まっていた糸を外そうとするが、外れない。

「嫌! 嫌っ!!」

 シマ模様の毛糸がさらに絡みつき、彩奈はのけぞる。

 見ると、身体中にシマ模様の毛糸が絡みついている。

 身体中が、毛糸になっていたのだ。

 彩奈はその場に倒れる。

 どんどん毛糸になっていく。

「助けて!」

 彩奈は毛糸が顔に絡みつきながらも、必死に叫んだ。

 

「あ~あ、大変な事になってるね」

 ふいに、明るい声が部屋の中に響いた。

 跳ねるように誰かが軽やかに飛び、彩奈の傍に立つ。

 フードにウサギのような耳をつけた女の子だ。

「た、助けて……」

 誰なのかは分からないが、彩奈は女の子の方に手を伸ばす。

 しかし、女の子は小首を傾げた。

「私がキミを助ける? どうしてそんな事しなくちゃいけないの?」

 女の子は微笑みながら、怪物の方を見た。

「まったく、こんな災悪を呼んじゃうなんて」

「さ、いあ、く……?」

「気にしないで。キミは毛糸になってあの災悪の一部になっちゃうだけだから」

「い、嫌……」

 彩奈は災悪の方を見る。

 災悪は、彩奈の前に立っていた。

「毛糸ヲ クダサイ~」

「……っ」

 彩奈は声をあげようとしたが、何故か出ない。

 困惑する彩奈に、女の子が言った。

「もう全部、毛糸になっちゃってるよ」

 彩奈の顔も身体もシマ模様の毛糸になっていた。

「あ、あああ」

 彩奈は、毛糸の玉になっていく。

 そのまま玉は、女の子の足元に転がった。

「可哀そうに」

「毛糸ヲ クダサイ~」

 災悪がゆっくりと腰を曲げ、彩奈だった毛糸の玉を掴もうとする。

 女の子は、それをただじっと見つめた。

 その時──

 

「死ねやクソがぁぁぁぁ!」

 リビングのドアが開き、少年と女性が飛び込んできた。

 少年と女性の髪が揺れ、災悪を鋭く睨む。

 壊井ウワサと、アノロンウェンだ──

 

「やっと来たんだね」

「アンタ、どうして教えてくれなかったんだい!?」

 ウワサの手には、銀色のペンがある。

 ペンがこの辺りに災悪がいる事を指し示し、ウワサは彩奈の家の近くを探していた。

 その間に、ミリアが先に災悪を見つけたのだ。

 ミリアは跳ねるように飛ぶと、ソファーに座り、ウワサの方に顔を向けた。

「私と会話している暇があったら、早くその子を助けないとね」

「……っ!」

 それを聞き、ウワサとアノロンウェンはハッとする。

 災悪が彩奈だったシマ模様の毛糸の玉を拾い、それを頭に付けようとしていた。

 

「その子を返せ!」

 ウワサがペンを走らせると、宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。

 円ごしに、災悪を見ようとする。

 すると、災悪がジロリとウワサを見た。

「毛糸ヲ クダサイ~」

「鬱陶しいっ! 凍り付きな!」

 アノロンウェンは手から氷を放って災悪を凍らせる。

 すぐさま近づいてレイピアで突きまくり、災悪をあっという間に弱らせる。

「一体だけなら楽勝だね!」

「ありがとう、アノロンウェン!」

 ウワサはアノロンウェンが弱らせた、円の中の災悪を見つめる。

 その目が赤く光り、何かが視えた。

 災悪の『名前』だ。

「全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は──」

 ウワサは糸が絡みつく手に力を入れ、ペンを動かした。

 

 ニ ン ゲ ン ケ イ ト

 

 瞬間、『人間毛糸』の動きが止まった。

「毛糸 ヲ クダ サ」

 人間毛糸は、そのまま崩れる。

 大量の毛糸が波のように押し寄せて、そして消えた。

 残ったのは、5つの毛糸の玉だけだ。

 5つの玉は、ゆっくりと彩奈達の姿に戻った。

 

「う、う、ん……」

 彩奈は、頭を振りながら、身体を起こす。

 目の前に、男の子、女の子、女性が立っている。

「あ、あなた達は……?」

 戸惑う彩奈に、ウワサは答えた。

「僕に関わっちゃいけないんだ」

「まーたそんな事を言うんだよね」

 意味が分からない様子の彩奈を見て、ミリアが口を開いた。

「彼、呪われた少年なんだよ」

「えっ?」

 彩奈は、ウワサの方を見る。

 呪われた少年の名前を言うと、呪われる。

「ひいっ」

 彩奈は思わず、ウワサから距離を取った。

 それを見て、ウワサは静かに目を閉じ、アノロンウェンは拳を握る。

「あ~あ、せっかく頑張ったのに」

 ミリアは残念そうに言った。

 すると、ウワサがゆっくりと目を開いた。

「それでも……それでも、助かってよかった」

 その言葉に、彩奈は戸惑いながらも、ウワサの方を見る。

 ミリアも、ウワサを見つめた。

 ウワサは、銀色のペンを強く握りしめる。

 そして、耳にイヤホンをすると、アノロンウェンと共に、部屋を出て行くのだった。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

人間毛糸
出現場所:一般住宅、トイレ、階段、廊下
攻撃手段:対象の毛糸化、糸による拘束

アノロンウェン「はぁー、全っ然笑えないね!
        人を服の色に合わせて毛糸玉に変えて、
        自分の体にペタペタくっつけて回るなんて、趣味が悪すぎるよ。
        しかもあのクソウサギ、アタシらが必死に探してる間に
        特等席で見物してたんだよ。信じられるかい!?」
ウワサ「アノロンウェン、落ち着いて。
    でも、名前を暴くのが一瞬でも遅れていたら、
    彩奈さん達も永遠にあの災悪の一部になっていたかもしれない。
    服のシマ模様が毛糸になって体に絡みつく光景は僕も見ていて震えが止まらなかったよ」
アノロンウェン「本当さ!
        最後にアタシがガツンと凍らせてやったから良かったものの、
        あんなグチャグチャな塊、名前を視るのも一苦労だったろ?
        ったく、マコトやエンネアに絡まれる前に片付いたのだけが救いだよ」
ウワサ「……うん。
    でも、助けた彩奈さんに『呪われた少年』として怖がられてしまったのは、
    やっぱり少し悲しいな。ミリアが余計な事を言ったせいもあるけど……」
アノロンウェン「あんなウサギの言う事なんて気にしなさんな!
        アタシらはアタシらのやるべき事をやるだけさ。
        ほら、イヤホンつけな。次の町へ行くよ!」
ウワサ「……そうだね。イヤホンをして、前を向かなきゃ」
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