小学生の虎太郎は、友人の隼士に「呪われた少年」の名前を黒板に書いて教えてしまう。
名前を口にした後、虎太郎にだけ不気味なピアノの音とベートーヴェンの笑い声が聞こえ始める。
豹変した隼士や、街中の人々がベートーヴェンの顔に変わる「災悪」に襲われる虎太郎。
絶体絶命の瞬間、槍に姿を変えたアクリャの女性アノロンウェンと、噂の少年が現れる。
少年は災悪の真名をペンで暴き、音楽室の呪いを打ち砕く。
少年は虎太郎に「君は悪くない」と言い残し、新たな災悪の気配を追って再び旅立った。
とある繁華街。
道路の端に、一人の少年と、レイピアを携えた女性、アノロンウェンがいた。
少年は、白い服を着ていて、左目が赤い色をしている。
「アンタが傷ついて欲しくないから、アタシが代わりに戦ったんだよ」
アノロンウェンは、呆れたような表情をしていた。
彼女の身体のあちこちには傷があったが、回復魔法を使ったため癒えていた。
レイピアとマントは煤けており、何かと戦った後のようだ。
「たとえ呪われていようが、アンタはアンタだよ。
守ってやるから、アンタは傷つかなくていいんだ」
「それは……心強いね」
少年を心配するかのように、アノロンウェンは言った。
すると、中学生ぐらいの女の子達がやって来た。
「その子の名前を言うだけで、呪われちゃうんだって」
「ほんとに? 滅茶苦茶怖いじゃん」
どうやら、『呪われた少年』の話をしているようだ。
少年とアノロンウェンは、彼女達を見つめる。
彼女達は、少年とアノロンウェンに気づく事なく話を続けた。
「そんな子、絶対会いたくないよね」
「もし会ったら、悲鳴を上げて逃げちゃうかも」
女の子は笑いながら、少年とアノロンウェンの前を通り過ぎて行く。
少年は、そんな彼女達を悲しそうな表情で見つめ、アノロンウェンは鋭い目で見ている。
「噂なんて所詮は噂。性別なんて戦いには関係ない。災悪が来たら倒せばいい。魔法でね」
「アノロンウェン……強いんだね」
「アンタを守りたいだけさ」
少年は少し微笑むと、イヤホンから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、少年と共に、アノロンウェンは繁華街の人ごみの中へと消えて行った。
「どうして言っちゃったんだよ?」
放課後。
小学5年生の内村晴喜は、クラスメイトで親友の野田健一郎と一緒に帰っていた。
「晴喜君、そんなに怒る事、ないだろ」
「怒るよ。だって健一郎君、『呪われた少年』の名前言っちゃったんだよ」
今日の昼休み。
晴喜は、他のクラスの友達から聞いた、呪われた少年の話を皆にしていた。
すると健一郎が、紙に書いていた少年の名前を言ってしまったのだ。
「僕、名前を言ったら呪われるなんて知らなかったんだよ」
健一郎は、晴喜が呪われた少年の話を始めた時、トイレに行っていた。
そのため、呪われる条件を聞いていなかったのだ。
「だけど、こんなのただの噂だよね?」
健一郎は、晴喜に言う。
晴喜も「それは」と言葉を続けた。
「僕だって、そう思いたいけど」
晴喜は、怖い話は苦手だった。
そのため、他のクラスの友達から話を聞いた時、
一人で怯えるのは怖いと思い、みんなに伝えたのだ。
「とりあえず、この話はもうやめようよ」
晴喜は健一郎に言う。
「そ、そうだね。今度の日曜、何して遊ぶか考えよう」
二人は気にするのをやめ、日曜日の話をする事にした。
「あれ?」
晴喜がふと立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや、これ、どういう事?」
晴喜は周りを見ていた。
健一郎も立ち止まり、周りを見ると、思わず目を大きく見開いた。
いつの間にか、周りが霧に包まれていた。
「どうして?」
霧など一切出ていなかった。
「っていうか、こんな天気の日に出るのおかしいよね?」
先程まで晴れていた。
雨が降る気配もなく、気温が下がったわけでもなく、霧が出るような状態ではなかったのだ。
「これじゃあ、道が見えにくいよね」
霧は濃く、周りの景色は薄らとしか見えない。
「とにかく、家に帰ろう」
日曜の話をしている場合ではない。
晴喜達は、慎重に歩きながら、家へと向かった。
しかし、しばらく歩くと、晴喜達は再び立ち止まった。
「どうなってるの?」
二人の家は、先程の道を右に曲がり、そのまま真っ直ぐ歩いた大通りの向こうにある。
だが、いくら歩いても、その大通りに出なかったのだ。
「さっきの角を右に曲がれば出るはずだよね?」
「うん、それで合ってるはずだよ」
いくら霧で周りの景色が見えにくくなっていると言っても、
毎日通っている道なので間違えるはずがない。
晴喜達は戸惑いながらも、道路を歩く。
道路はだんだん狭くなってきて、袋小路に辿り着いてしまった。
「どこで間違えたんだろう?」
「分からないけど、晴喜君、戻ろう」
霧のせいで、道を間違えたのかもしれない。
晴喜達は、来た道を戻る事にした。
「ん?」
ふと、晴喜は道路の先に、ぼんやりとした光が見えている事に気づいた。
「あれは……」
赤く光っている。
車道にある信号機だ。
「大通りだ!」
この辺りで、車道用の信号機があるのは大通りだけだ。
晴喜達はホッとしながら、信号機の方へと走った。
「えっ?」
大通りに出た二人は、目をパチクリさせる。
大通りの向こうは、晴喜達の家がある住宅地のはずだ。
それなのに、森が広がっていた。
「この森は確か……」
大通り沿いに、森があるのは町外れだけだ。
「道に迷って、遠くまで来ちゃったって事?」
「まさか。いくらなんでもそんなに歩いてないよね?」
町外れまで歩くと、30分はかかる。
晴喜達は、5分ほどしか歩いていなかった。
「いつの間に森まで……」
晴喜は戸惑う。
すると、健一郎が首を傾げながら、口を開いた。
「ねえ、さっきから思ってたんだけど、どうして僕達しかいないのかな?」
「僕達しか?」
晴喜は健一郎の言葉にハッとした。
霧の中を歩いている最中、誰とも出会わなかったのだ。
「人だけじゃないよね……」
大通りだけではなく、家までの帰り道も、かなり交通量が多い。
しかし、霧が出てから、走っている車を一台も見ていなかった。
晴喜は、霧に包まれた大通りを改めて眺める。
いつもなら、この時間は渋滞になっているが、まったく車の姿がない。
「何だか、変だよね」
「う、うん……」
晴喜は意味が分からず、ゾッとした。
その時、青い光が目の端に見えた。
大通りの交差点の信号が、赤から青に変わったのだ。
晴喜は釣られるように、信号を見る。
そして、何気なく交差点の向こうを見た。
「あっ」
交差点の向こうに、一人の影が見える。
その影は森の前に立っていて、こちらを見ていた。
「健一郎君、人がいたよ!」
それを聞き、健一郎も交差点の向こうを見た。
「ほんとだ! よかった~」
目を凝らして見ると、どうやらおばあさんのようだ。
晴喜達はホッとし、笑みがこぼれる。
おばあさんは、霧のせいで顔はよく見えないが、晴喜達に向かって手招きしていた。
「ねえ、晴喜君。おばあさんもこの霧のせいで困ってるんじゃないのかな?」
「うん、そうだよね。行こう」
晴喜は、健一郎と共に、おばあさんの元へ駆け寄ろうとした。
「「行っちゃ駄目だ(よ)!」」
突然、背後から声がした。
驚き振り返ると、白い服を着ていて、両目の色がそれぞれ違う少年と、
マントを纏った女性、アノロンウェンが立っていた。
少年とアノロンウェンは二人に話しかけた。
「何やってんだい。一般人が不用意に近づくんじゃないよ!」
「そうだ、災悪は人を襲うから」
「さいあく?」
戸惑う晴喜達をよそに、少年とアノロンウェンはおばあさんを睨む。
「君達のどちらかが呪われた少年の名前を言っちゃったんだ。そのせいで……」
「えっ?」
「アタシが戦わなきゃいけなくなったんだ」
それを聞き、晴喜は健一郎の方を見る。
「呪われた少年の名前って……」
少年の言う通り、噂では名前を言うと呪われてしまうのだ。
「まさか、健一郎君が名前を言っちゃったから?」
晴喜は、自分達が呪われてしまった事に気づいた。
「そんなのただの噂じゃなかったの?」
名前を言った健一郎がオロオロしながら言う。
「この霧も、災悪の影響かもしれないねぇ」
アノロンウェンはそう言いながら、おばあさんを見る。
すると、おばあさんが僅かに宙に浮いた。
「おや」
アノロンウェンはレイピアを抜き、戦闘態勢に入る。
「あいつが災悪みたいだね」
「えっ」
晴喜達は、交差点の向こうに立つおばあさんが宙に浮いている事に気づいた。
「何なのあれ!?」
少年が声を上げる。
次の瞬間……。
―スゥウウ
おばあさんは宙に浮きながら、晴喜達の方へと近づいてきた。
「うわあああ!」
人間ではない。
捕まったらどうなるか分からない。
晴喜と健一郎は慌てて逃げ出そうとしたが、
アノロンウェンはレイピアから氷を放ち、おばあさんを氷漬けにした。
「氷が出てきて、凍った!?」
「落ち着きなよ……落ち着かないと、勝てないよ」
アノロンウェンはレイピアでおばあさんを突きまくり、氷を穴だらけにする。
おばあさんを圧倒する戦闘能力を見た少年は、手の中のペンを強く握り直す。
刹那、ペンの表面に見た事もない奇妙な模様が浮かび上がる。
少年がペンを走らせると、宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。
「キィィ!!!」
おばあさんは声を上げ、少年を威嚇した。
少年はフラつきながらも起き上がると、円の中に見えるおばあさんを睨んだ。
少年の赤い目が光り、その目に何かが視える。
それは、おばあさんの『名前』だ。
「全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は――」
少年は、ペンを走らせ、空中に文字を書いた。
キ リ オ ン ナ
瞬間、霧女の動きがピタリと止まった。
霧女は身体を小刻みに震わす。
「キ キキ キィィィィ!!!!」
次の瞬間、霧女の身体に罅が入り、光が漏れ出す。
そのまま、粉々になって消滅した。
公園に太陽が差し込み、霧が晴れていく。
「もう大丈夫だよ」
「災悪は、アタシ達が倒したからね」
少年とアノロンウェンは、晴喜にそう声をかけた。
「け、健一郎君は?」
「彼も大丈夫」
少年はそう言いながら、アノロンウェンと共に立ち去ろうとした。
そんな少年に、晴喜は声をかけた。
「もしかして、お兄ちゃんとお姉ちゃんは……」
晴喜と健一郎だけがいた霧の町の中に、何故か少年とアノロンウェンもいた。
彼らは、ただの人ではないのかもしれない。
「僕は……」
少年は何かを呟こうとする。
だがすぐに、小さく首を横に振った。
「僕に関わっちゃいけないんだ」
「アホくさ」
少年は、銀色のペンをしまい、耳にイヤホンをつける。
アノロンウェンの呟きも聞かず、振り返る事なく、その場から去って行った。
~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」
霧女
出現場所:道路、交差点
攻撃手段:空間の歪曲、手招きによる誘引
アノロンウェン「ふん、あいつは愛想が悪かったね。
手招きして呼んでおいて、近づいたらあの金切り声だ。
アタシの耳がキーンとしたじゃないか」
ウワサ「あれは人を異空間に引きずり込むための罠だよ。
晴喜君達が信号を信じて進んでいたら、
そのまま別の世界に連れて行かれていたかもしれない」
アノロンウェン「それにしても、あの霧! アタシの自慢のマントが湿っぽくなって台無しだよ」
ウワサ「今回は健一郎君が不用意に名前を呼んだせいで、
町一つが霧に飲み込まれそうになったんだ。
呪いの力は、噂が広まるほど強くなっている気がする」
アノロンウェン「なら話は早い。噂を広める元凶の人間どもを全員アタシのレイピアで……」
ウワサ「やめて。それは僕が一番望んでいない事だ」
アノロンウェン「分かってるよ、冗談さ。
アンタの代わりにアタシが戦って、氷漬けにしてやる。それでいいだろ?」
ウワサ「ありがとう。さて、またペンが震えた。次はもっと視界のいい場所だといいんだけど」
アノロンウェン「どこだって同じさ。アタシがアンタの盾になり、剣になってやるよ。
さあ、行くよ!」