呪ワレタ少年 Krieg   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

小学生の虎太郎は、友人の隼士に「呪われた少年」の名前を黒板に書いて教えてしまう。
名前を口にした後、虎太郎にだけ不気味なピアノの音とベートーヴェンの笑い声が聞こえ始める。
豹変した隼士や、街中の人々がベートーヴェンの顔に変わる「災悪」に襲われる虎太郎。
絶体絶命の瞬間、槍に姿を変えたアクリャの女性アノロンウェンと、噂の少年が現れる。
少年は災悪の真名をペンで暴き、音楽室の呪いを打ち砕く。
少年は虎太郎に「君は悪くない」と言い残し、新たな災悪の気配を追って再び旅立った。


第3話 霧の中に潜む者

 とある繁華街。

 道路の端に、一人の少年と、レイピアを携えた女性、アノロンウェンがいた。

 少年は、白い服を着ていて、左目が赤い色をしている。

 

「アンタが傷ついて欲しくないから、アタシが代わりに戦ったんだよ」

 アノロンウェンは、呆れたような表情をしていた。

 彼女の身体のあちこちには傷があったが、回復魔法を使ったため癒えていた。

 レイピアとマントは煤けており、何かと戦った後のようだ。

「たとえ呪われていようが、アンタはアンタだよ。

 守ってやるから、アンタは傷つかなくていいんだ」

「それは……心強いね」

 少年を心配するかのように、アノロンウェンは言った。

 すると、中学生ぐらいの女の子達がやって来た。

「その子の名前を言うだけで、呪われちゃうんだって」

「ほんとに? 滅茶苦茶怖いじゃん」

 どうやら、『呪われた少年』の話をしているようだ。

 少年とアノロンウェンは、彼女達を見つめる。

 彼女達は、少年とアノロンウェンに気づく事なく話を続けた。

「そんな子、絶対会いたくないよね」

「もし会ったら、悲鳴を上げて逃げちゃうかも」

 女の子は笑いながら、少年とアノロンウェンの前を通り過ぎて行く。

 少年は、そんな彼女達を悲しそうな表情で見つめ、アノロンウェンは鋭い目で見ている。

 

「噂なんて所詮は噂。性別なんて戦いには関係ない。災悪が来たら倒せばいい。魔法でね」

「アノロンウェン……強いんだね」

「アンタを守りたいだけさ」

 少年は少し微笑むと、イヤホンから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、少年と共に、アノロンウェンは繁華街の人ごみの中へと消えて行った。

 

「どうして言っちゃったんだよ?」

 放課後。

 小学5年生の内村晴喜は、クラスメイトで親友の野田健一郎と一緒に帰っていた。

「晴喜君、そんなに怒る事、ないだろ」

「怒るよ。だって健一郎君、『呪われた少年』の名前言っちゃったんだよ」

 今日の昼休み。

 晴喜は、他のクラスの友達から聞いた、呪われた少年の話を皆にしていた。

 すると健一郎が、紙に書いていた少年の名前を言ってしまったのだ。

「僕、名前を言ったら呪われるなんて知らなかったんだよ」

 健一郎は、晴喜が呪われた少年の話を始めた時、トイレに行っていた。

 そのため、呪われる条件を聞いていなかったのだ。

「だけど、こんなのただの噂だよね?」

 健一郎は、晴喜に言う。

 晴喜も「それは」と言葉を続けた。

「僕だって、そう思いたいけど」

 晴喜は、怖い話は苦手だった。

 そのため、他のクラスの友達から話を聞いた時、

 一人で怯えるのは怖いと思い、みんなに伝えたのだ。

「とりあえず、この話はもうやめようよ」

 晴喜は健一郎に言う。

「そ、そうだね。今度の日曜、何して遊ぶか考えよう」

 二人は気にするのをやめ、日曜日の話をする事にした。

 

「あれ?」

 晴喜がふと立ち止まった。

「どうしたの?」

「いや、これ、どういう事?」

 晴喜は周りを見ていた。

 健一郎も立ち止まり、周りを見ると、思わず目を大きく見開いた。

 

 いつの間にか、周りが霧に包まれていた。

「どうして?」

 霧など一切出ていなかった。

「っていうか、こんな天気の日に出るのおかしいよね?」

 先程まで晴れていた。

 雨が降る気配もなく、気温が下がったわけでもなく、霧が出るような状態ではなかったのだ。

「これじゃあ、道が見えにくいよね」

 霧は濃く、周りの景色は薄らとしか見えない。

「とにかく、家に帰ろう」

 日曜の話をしている場合ではない。

 晴喜達は、慎重に歩きながら、家へと向かった。

 

 しかし、しばらく歩くと、晴喜達は再び立ち止まった。

「どうなってるの?」

 二人の家は、先程の道を右に曲がり、そのまま真っ直ぐ歩いた大通りの向こうにある。

 だが、いくら歩いても、その大通りに出なかったのだ。

「さっきの角を右に曲がれば出るはずだよね?」

「うん、それで合ってるはずだよ」

 いくら霧で周りの景色が見えにくくなっていると言っても、

 毎日通っている道なので間違えるはずがない。

 晴喜達は戸惑いながらも、道路を歩く。

 道路はだんだん狭くなってきて、袋小路に辿り着いてしまった。

「どこで間違えたんだろう?」

「分からないけど、晴喜君、戻ろう」

 霧のせいで、道を間違えたのかもしれない。

 晴喜達は、来た道を戻る事にした。

「ん?」

 ふと、晴喜は道路の先に、ぼんやりとした光が見えている事に気づいた。

「あれは……」

 赤く光っている。

 車道にある信号機だ。

「大通りだ!」

 この辺りで、車道用の信号機があるのは大通りだけだ。

 晴喜達はホッとしながら、信号機の方へと走った。

 

「えっ?」

 大通りに出た二人は、目をパチクリさせる。

 大通りの向こうは、晴喜達の家がある住宅地のはずだ。

 それなのに、森が広がっていた。

「この森は確か……」

 大通り沿いに、森があるのは町外れだけだ。

「道に迷って、遠くまで来ちゃったって事?」

「まさか。いくらなんでもそんなに歩いてないよね?」

 町外れまで歩くと、30分はかかる。

 晴喜達は、5分ほどしか歩いていなかった。

「いつの間に森まで……」

 晴喜は戸惑う。

 すると、健一郎が首を傾げながら、口を開いた。

「ねえ、さっきから思ってたんだけど、どうして僕達しかいないのかな?」

「僕達しか?」

 晴喜は健一郎の言葉にハッとした。

 霧の中を歩いている最中、誰とも出会わなかったのだ。

 

「人だけじゃないよね……」

 大通りだけではなく、家までの帰り道も、かなり交通量が多い。

 しかし、霧が出てから、走っている車を一台も見ていなかった。

 晴喜は、霧に包まれた大通りを改めて眺める。

 いつもなら、この時間は渋滞になっているが、まったく車の姿がない。

「何だか、変だよね」

「う、うん……」

 晴喜は意味が分からず、ゾッとした。

 その時、青い光が目の端に見えた。

 大通りの交差点の信号が、赤から青に変わったのだ。

 晴喜は釣られるように、信号を見る。

 そして、何気なく交差点の向こうを見た。

「あっ」

 交差点の向こうに、一人の影が見える。

 その影は森の前に立っていて、こちらを見ていた。

「健一郎君、人がいたよ!」

 それを聞き、健一郎も交差点の向こうを見た。

「ほんとだ! よかった~」

 目を凝らして見ると、どうやらおばあさんのようだ。

 晴喜達はホッとし、笑みがこぼれる。

 おばあさんは、霧のせいで顔はよく見えないが、晴喜達に向かって手招きしていた。

「ねえ、晴喜君。おばあさんもこの霧のせいで困ってるんじゃないのかな?」

「うん、そうだよね。行こう」

 晴喜は、健一郎と共に、おばあさんの元へ駆け寄ろうとした。

 

「「行っちゃ駄目だ(よ)!」」

 突然、背後から声がした。

 驚き振り返ると、白い服を着ていて、両目の色がそれぞれ違う少年と、

 マントを纏った女性、アノロンウェンが立っていた。

 少年とアノロンウェンは二人に話しかけた。

「何やってんだい。一般人が不用意に近づくんじゃないよ!」

「そうだ、災悪は人を襲うから」

「さいあく?」

 戸惑う晴喜達をよそに、少年とアノロンウェンはおばあさんを睨む。

「君達のどちらかが呪われた少年の名前を言っちゃったんだ。そのせいで……」

「えっ?」

「アタシが戦わなきゃいけなくなったんだ」

 それを聞き、晴喜は健一郎の方を見る。

「呪われた少年の名前って……」

 少年の言う通り、噂では名前を言うと呪われてしまうのだ。

「まさか、健一郎君が名前を言っちゃったから?」

 晴喜は、自分達が呪われてしまった事に気づいた。

「そんなのただの噂じゃなかったの?」

 名前を言った健一郎がオロオロしながら言う。

「この霧も、災悪の影響かもしれないねぇ」

 アノロンウェンはそう言いながら、おばあさんを見る。

 すると、おばあさんが僅かに宙に浮いた。

 

「おや」

 アノロンウェンはレイピアを抜き、戦闘態勢に入る。

「あいつが災悪みたいだね」

「えっ」

 晴喜達は、交差点の向こうに立つおばあさんが宙に浮いている事に気づいた。

「何なのあれ!?」

 少年が声を上げる。

 次の瞬間……。

 

―スゥウウ

 おばあさんは宙に浮きながら、晴喜達の方へと近づいてきた。

「うわあああ!」

 人間ではない。

 捕まったらどうなるか分からない。

 晴喜と健一郎は慌てて逃げ出そうとしたが、

 アノロンウェンはレイピアから氷を放ち、おばあさんを氷漬けにした。

「氷が出てきて、凍った!?」

「落ち着きなよ……落ち着かないと、勝てないよ」

 アノロンウェンはレイピアでおばあさんを突きまくり、氷を穴だらけにする。

 おばあさんを圧倒する戦闘能力を見た少年は、手の中のペンを強く握り直す。

 刹那、ペンの表面に見た事もない奇妙な模様が浮かび上がる。

 少年がペンを走らせると、宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。

「キィィ!!!」

 おばあさんは声を上げ、少年を威嚇した。

 少年はフラつきながらも起き上がると、円の中に見えるおばあさんを睨んだ。

 少年の赤い目が光り、その目に何かが視える。

 それは、おばあさんの『名前』だ。

「全ての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は――」

 少年は、ペンを走らせ、空中に文字を書いた。

 

 キ リ オ ン ナ

 

 瞬間、霧女の動きがピタリと止まった。

 霧女は身体を小刻みに震わす。

「キ キキ キィィィィ!!!!」

 次の瞬間、霧女の身体に罅が入り、光が漏れ出す。

 そのまま、粉々になって消滅した。

 

 公園に太陽が差し込み、霧が晴れていく。

「もう大丈夫だよ」

「災悪は、アタシ達が倒したからね」

 少年とアノロンウェンは、晴喜にそう声をかけた。

「け、健一郎君は?」

「彼も大丈夫」

 少年はそう言いながら、アノロンウェンと共に立ち去ろうとした。

 そんな少年に、晴喜は声をかけた。

「もしかして、お兄ちゃんとお姉ちゃんは……」

 晴喜と健一郎だけがいた霧の町の中に、何故か少年とアノロンウェンもいた。

 彼らは、ただの人ではないのかもしれない。

「僕は……」

 少年は何かを呟こうとする。

 だがすぐに、小さく首を横に振った。

 

「僕に関わっちゃいけないんだ」

 

「アホくさ」

 少年は、銀色のペンをしまい、耳にイヤホンをつける。

 アノロンウェンの呟きも聞かず、振り返る事なく、その場から去って行った。




~災悪紹介コーナー~
アノロンウェン「なーにかな?」
ウワサ「なーにかな?」
二人「今週は、これ!」

霧女
出現場所:道路、交差点
攻撃手段:空間の歪曲、手招きによる誘引

アノロンウェン「ふん、あいつは愛想が悪かったね。
        手招きして呼んでおいて、近づいたらあの金切り声だ。
        アタシの耳がキーンとしたじゃないか」
ウワサ「あれは人を異空間に引きずり込むための罠だよ。
    晴喜君達が信号を信じて進んでいたら、
    そのまま別の世界に連れて行かれていたかもしれない」
アノロンウェン「それにしても、あの霧! アタシの自慢のマントが湿っぽくなって台無しだよ」
ウワサ「今回は健一郎君が不用意に名前を呼んだせいで、
    町一つが霧に飲み込まれそうになったんだ。
    呪いの力は、噂が広まるほど強くなっている気がする」
アノロンウェン「なら話は早い。噂を広める元凶の人間どもを全員アタシのレイピアで……」
ウワサ「やめて。それは僕が一番望んでいない事だ」
アノロンウェン「分かってるよ、冗談さ。
        アンタの代わりにアタシが戦って、氷漬けにしてやる。それでいいだろ?」
ウワサ「ありがとう。さて、またペンが震えた。次はもっと視界のいい場所だといいんだけど」
アノロンウェン「どこだって同じさ。アタシがアンタの盾になり、剣になってやるよ。
        さあ、行くよ!」
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