Chapter73
フェルドラン王国、南東の大森林。
精霊術師の集落から大きく南に下ったところを、エルナとユレンは選んだ。
古城からは決して近くはない。龍の翼をもっても数日はかかるだろう。
「もう少し、近くを選んでおけよな!」
俺は、風の結界を貼りながら、龍以上の速度で空を飛ぶ。
こんなスピード、結界無しだと逆に俺が先に死んでしまうほどで。
それでも、防御を貫いて刺さる風が、頬を裂いては治り、また削れる。
「この速度じゃ……!」
足りない。
足りない。足りない。足りない。それは何より自分が判っている。
この世界ではありえない速度をもって、それでもまだ遅いと断じる。
越えなければ。
そう思って、飛びながらも新たな術式の構築を急ぐ。
足りない思考力を補うために、使いたくない切り札を切り、そして。
「届かない……!」
「ならば手伝いましょうか。魔王候補のレヴィン殿?」
会いたくもない、最悪の女がそこに来ていた。
長い黒髪と漆黒のローブ。年齢が判らない美貌の女が揶揄うように笑う。
「今は忙しいんだ、あんたの相手をしている時間はない!」
「あら、気配がしたから来ましたのに。転移ぐらいしてあげますよ?」
とんでもないスピードで飛んでいるはずなのに。
そのいけ好かない上から目線の女は、平然と俺に並走してきていた。
……って転移?マジで?やってくれるならそれは本当にありがたい。
「今度も、魔王にならなかったご褒美ですわ。」
貴方には出来ないでしょうけど、と余分な一言を付け足しながら。
一瞬で景色が切り替わった先には、燃え広がる大森林がそこにある。
合わせて意識を切り替えて、見つけたのはユレンの姿だった。
「ユレン!無事か!?」
「嘘でしょ、師匠、なんで間に合ってるんですか!?」
なんでもかんでも!お前何やってくれてんだよ!
「師匠が苦しまないようにって、エルナさんから相談されて!」
「まあ、いい。そのエルナはどこだ?」
「上!」
ユレンが指さした先を見ると、そこには確かにエルナがいた。
ただし、龍を添えて。いつの間にか空を飛べるほどになったエルナがいた。
「エルナぁ!」
森を駆ける。空を駆ける。そしてエルナを捕らえようとする牙を駆ける。
駆けのぼったついでに踏み砕き、蹴落としてから。
そうして俺はついに、火傷と裂傷でぼろぼろになったエルナを抱きしめた。
「なにやってんだよ!ふざけるんじゃねえよ、本当に!」
「……レーヴさん?なんで……?」
なんでも何も。
「お前だって、居なくなったら俺は耐えられないんだよ。」
「レーヴ、さん。」
「命なんか、賭けてるんじゃねえよ。俺が悲しむだろうが。」
馬鹿野郎が。涙を流すぐらいなら、最初っからするなってんだ。
Chapter74
「さて、俺にはお前らに言いたいことが山ほどあるんだが。」
龍の後始末を終えて。
エルナとユレンが負った傷を癒し、そして静かになった森の中で。
俺は、正座する二人を、じっと冷たい目で見下ろしていた。
「まずは、生きててよかったよ、本当に。」
「レーヴさん……!」
「師匠……!」
とはいえだな。
「それはそれとして、かなりのやらかしだってのは判ってるな?」
「ええと、その。」
「結果的に完全に上手くいった、じゃ駄目ですか。駄目ですよね?」
はあ。
「古城に戻ったら、ちゃんと説教するからな。」
「はい……」
「俺だけじゃないぞ。王子もコルニス殿もフレデリクもカスパルもだからな?」
今のところ、何が起こったのかを正確に把握してるのは俺たちだけだが。
残りの面子だって、詳細を確認したら、説教の一つぐらいしたくなるだろう。
「とにかく、戻るぞ。みんな心配してるからな。」
ここに飛んでくる時に、誰にも状況共有出来てないからな。
王子たちにとっては、いきなり龍の群れに襲われて、俺が戦って。
その上、いつの間にか俺が居なくなってしまったという状況なわけだ。
「これ、下手すると俺も怒られる奴だな……?」
いやマジで。
一言ぐらい残してくればよかった。エルナとユレン助けに行くってぐらいは。
いやでもあの女が来るとは限らなかったし、時間に余裕はなかったんだよ。
「でも、エルナさんよかったですね。」
「ええと、その。そうですね、よかったです。」
ん?
「師匠が抱きしめて、愛の言葉を囁いたんでしょう?」
「あ、愛の言葉だなんて!」
「そんなもんを囁いた記憶は俺にはないが?」
勢いで何かを言ったような気はするが、何を言ったっけ?
「あーっ!師匠、そういう逃げ方をするのは卑怯じゃないですか!?」
「覚えておけ。緊急時に言った言葉はすべて無効なんだ。」
実際、多分ろくでもない言葉を吐いたような気はするが、記憶はない。
「悪いな、何言ったか覚えてないから忘れておけ。」
「うふふ。いいえ、私はちゃんと覚えてますから大丈夫ですよ。」
これで助けられたのは二度目ですね、とエルナは笑う。
「二度目ぇ?」
「ほら、前の拠点が襲われたとき。あの時だって、ギリギリだったんですから。」
あー。なんかそういえば偽王軍の兵士に襲われてたな。
あの後、平然としてたから、大丈夫だったと思ってたんだが違ったのかよ。
「やっぱり、恩返ししないといけないですよね?」
「恩返しもそうだし、師匠は責任を取るべきだと思うんすよ。」
ああ、うるせぇうるせぇ。遊ぶのは止めて、さっさと古城に帰るぞ。
状況が変わったんだ、これから忙しくなるんだからさ。
Chapter75
「これで、偽王軍との戦力差は確定したね。」
「そうだな。龍で、偽王軍の支配地域まで被害が出た以上はな。」
「これからの動きを間違えずに完遂すれば、こちらの支配下になりますね。」
その通り。結果には過ぎないが、偽王軍は悪手を打っただけだ。
「龍との戦いは、見事であったというほかないのである。」
「お褒めに預かりどうも。人外決戦で兵士は引いてなかったか?」
フレデリクにも褒められるが、これでも反乱軍の筆頭治癒術師なんでな。
あんまり怖がられると仕事に支障が出るというか、その前に傷つく。
「見事すぎて、正面決戦の時に使えないのかって話題になってるぜ。」
「魔力を使い果たしたから無理みたいな言い訳流しとくぞ?」
カスパルの言葉にも一理あるがな。
流石に人間同士の争いで、あそこまでの本気を出す理由はないからな。
「龍の群れに圧勝したことは、反乱軍の士気をかなり高めましたね。」
「このまま、情勢が整い次第、正面決戦の手配ってところだな。」
ここまできてようやく、時間が俺たちの味方になったな、コルニス殿。
「格好良かったですよ。龍に好き勝手されていた分、スカッとしました。」
「もう一つの戦いも、言ってくだされば精霊術師が手伝いましたのに。」
マーレ殿とアドリアーン殿までか。
それだけ、各地で龍が恨みを買っていたってことだ、勝ってよかったな。
「じゃあ、そろそろ始めるか。」
「そうだね。じゃあ判っているよね、この戦いの立役者である二人とも。」
モーリス王子が、そっと言葉を投げかけたとき、その二人は震えた。
勿論、エルナとユレンのことである。会議の中心で小さくなって座っている。
「今回の功績は、とても大きい。反乱軍にとっての最適だったよ。」
「は、はい。」
「ご、ごめんなさい。」
なんと言うかな。既にちょっとだけ助けたい気持ちになってるよ、俺。
「ああ、レーヴ殿に言われた言葉が、今になって僕の胸に刺さるなぁ。」
「あー。ああ、そうだな。」
「僕のことを思って、僕の意思に反することをする部下が現れるよ、だっけ。」
本当にその通りだよねぇ。こんなに近いところからなんてなぁ。
「一つだけ、君たちが間違ってしまったことがあるが、判るかい?」
「……事前の、相談、ですよね?」
その通り。とモーリス王子はふふふと笑った。ガチギレしてやがる。
「アドリアーン殿も言ったけど。そっちに戦力を集めることも出来たからね。」
「いや、本当にその通りです。龍をだますことだけに気を取られてました。」
「エルナさんが悲壮感に溢れてたから、俺もそうなんだとなんか乗ってました。」
うん、ちゃんと怒られろよ。事前に言ってもらえれば対策できたからな。
そんな感じで、エルナとユレンの二人は、二度とするなと釘を刺されたのだった。
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