Chapter82
湿っぽい挨拶は苦手だ。
元より割とウェットな性格をしている自覚があるからこそ、なお。
出来れば、爽やかにこの地を去りたいと思っている俺が居る。
「数えきれないほどの恩を受けました。では、またいずれ。」
そうだな、コルニス殿。また会えた時には、酒でも飲もうぜ。
俺も、中途半端な立ち位置のまま、色々することになって悪かったな。
今この時の思い出話でも、いつかできる日が来ると、そう思いたい。
「貴様の行く末に、多少なりともの納得があることを祈っている。」
フレデリクもな。その言葉は、優しくて、少しだけ辛いけど。
納得がいくのって、すごく難しいのは判っていて、それでもさ。
そうやって言葉を投げかけてくれるあんたが嫌いじゃなかったよ。
「おっさんならどこでも生きていけるだろうけど、ま、無理すんなよ。」
カスパルこそ、これからが大変だろうけど、挫けず前に進めよ。
いつかは、お前が、今まで俺とコルニスがしてきた非常な決断をするけど。
それでもお前が本質を忘れることはないだろうって、俺は思うぜ。
「貴方が少しでも、自分に優しい生き方が出来ればと、願います。」
マーレ殿のその優しさは、きっとこの国の未来を救うと思うぜ。
この国は、これから正しさだけではなく、優しさも必要になると思うから。
それは、正しいコルニス殿ではなく、マーレ殿の出番になるだろう。
そうして、俺は、俺たちは最後の挨拶を順番に。
関わりあった人間に、小さな言葉を交わしてそれを最後にしていく。
残りは、2人。この国で、一番関わりが深くなったお前らに。
王城の屋上。見晴らしの良い場所に、俺はその人を呼び出した。
エルナ。この国の、正式な星見の魔術師となった彼女。
以前よりも少しだけ、立派になったローブを身にまとい、姿勢を伸ばして。
「挨拶は、終わりましたか?」
「いや、最後にユレンが残っている。」
そうですか、とエルナは呟く。
「フレデリクさんから、話は聞いてくれましたか?」
「ああ。」
「私、貴方を縛り付けたいとは、少しも思っていないんですよ。」
きっと、自由な貴方が好きだからと、エルナは微笑んだ。
ああ、知ってるよと俺は答えた。
ここまでくれば、その思いも感情も、すべてはお互いに届いている。
何を言うべきか、考えて。
考えて、考えて、考えて。それでもうまく言葉にならなかったから。
ただ、今思った言葉を、決意をその声に乗せることにした。
「俺は、いつか、戻ってくるよ。」
「その言葉だけで、私、ずっと生きていけるってそう思えます。」
そういって、エルナは大輪の花が咲くように、ふわりと笑った。
Chapter83
「俺は、さ。魔王なんだ。魔王候補だったんだ。」
「知ってます。」
幹部連中は、みんな知ってるし、エルナは星見も夢見もあるからな。
きっと今から言う言葉を、想像もしているだろうけども。
それでも、形にすることに意味があるというのは、俺は知っている。
「それで、色んな人を殺して、色んな人に迷惑を掛けたんだ。」
「ええ。」
「まだ、その清算が終わってない。俺の中で完結していないんだ。」
だけど。いつか。俺の中でこの話が完結するときが来るのなら。
いつになるか判らないけど、その清算が終わるときが来たらさ。
その時は、この国に、ここに、エルナの元に戻ってきても、いいかな。
「勿論。私は待ってますから。」
「エルナ。」
「貴方のことをここで待ってますから。戻ってきていいんですからね。」
でも、と。エルナは少しだけ悪戯っぽく、上目遣いで。
まるで俺を試すかのように、ゆっくりと言葉を選びながら口を開く。
「なんで、私を選んでくれたかだけ、知りたいですね。」
「おま……そんなのは空気で判るだろ……?」
「言葉にするって大切ですから。私、そういうの大事にしたいです。」
マジかよ。そういうことを言い出す女なのかよ、エルナって。
そういうの、俺のキャラじゃねえんだけどな。それぐらい判ってるだろ。
くすくすと笑うエルナは、それでも俺の言葉を待ちわびている。
「ああ、もう、仕方ねえな。」
「心構えはできましたか?」
「出来ねえけどさ。二度と言わないからよく聞けよ。」
俺には、もう家族はいないんだけどさ。
お前とだったら一緒に、家族になっても、幸せになれるかなって思ったんだよ。
だから。俺はエルナのことを愛しているって、そう気付いたんだ。
「それ、は。それはズルくないですか!?」
「何がズルいんだよ。」
これはこれで、ちゃんと俺の本心をお前に伝えたはずなんだが?
今となっちゃもう他にいない家族に、エルナだったらいいかもなって。
「一緒にって。家族にって。」
「繰り返すなよ、そんな言葉を大声で。」
「そんなこと言われたら、私嬉しくなっちゃうじゃないですか。」
その瞳を潤ませる、エルナ。糞がよ。可愛いなこいつ。
「馬鹿じゃないですか。本当に、そんな言葉。」
「馬鹿じゃねえよ。ちゃんと本気で言ってるよ。」
ああ、もう。こいつ、感情だけになってやがる。
俺は、仕方なく、その言葉を遮るように、その細い身体を抱きしめていた。
その後のことは、まあ、言葉にするまでもないだろ。
賢者は、逃げるけど、その内帰ってくる。そういう話で終わったんだ。
Chapter84
「やっぱり師匠、国を出てしまうんですね。」
最後の最後。荷物を纏めて持った俺は。
この国で、俺が一番責任を取るべきであろう相手に、声を掛けに行った。
そう、ユレン。俺が命を救い、そして未来を指し示した相手、だ。
「ああ。色々片付けたら、また戻ってくるけどな。」
「エルナさんとはちゃんと話はつけました?」
つけたよ。
じゃなきゃ、そもそもこの国に戻ってくるなんて話にもならねえよ。
「じゃあいいですね。ところで、どこに行くんです?」
「まずは、東だな。話に行かないといけない奴がいるんだよ。」
「因縁の相手、みたいなそんな感じです?」
そうだな、そうとも言えなくはない。
「東、山脈を超えていくんですね。」
「おう。あっちの方に行ったことはないからちょっと楽しみなんだよな。」
本当は海の方に行きたいけど、そっちはまだ勇気が足りないからな。
あの糞女にも決着をつけに行かないといけないが、それはひとまず後回しだ。
「でも、なぁ。」
「どうした?」
「これからは、師匠が居なくなると思うと、自信がないですね。」
まあ、この国一番の治癒術師になるわけだからな。
その出自と年齢を考えれば、間違いなく今回の一番の出世頭になるだろう。
「まあそうだな。これからはお前が、みんなに教える立場だ。」
「うっわあ。自信ねぇ……」
そうも言ってられないと思うけどな。
「お前も、その内、弟子を取って、教えることになるだろうよ。」
「俺に教えられますかね。」
「さてな。俺よりは真面目に教えるだろうから、いいんじゃないか?」
保証はしてくれないんですね、とユレンは苦く笑った。
「馬鹿か。保証なんてするわけねえだろ。」
「厳しーい。」
「お前の努力が、積み重ねが、唯一、結果に繋がっていくんだよ。」
だから、迷い続けろ。積み重ね続けろ。それだけが道だ。
「……戻ってきたときには、師匠と並ぶ術師になってますから。」
「お前、そこは超えるって言っとけよ。」
そんなところで目標を低くしてどうするんだよ。もっと頑張れよ。
「もし、師匠がさ。」
「おう。」
「俺以外の弟子を取ったとしても、俺が一番弟子ですからね。」
そもそも、お前が勝手に弟子を名乗ってるだけな感もあるんだがね。
ま、それぐらいならいいかと了承して、俺は荷物の詰まった鞄を肩にかけた。
「じゃ、またな。その時まで、達者で暮らせよ。」
「師匠もね。俺に厳しかった分、ちゃんと自分にも厳しくしてくださいね。」
そうして、俺はフェルドラン王国から旅立ったのである。
またいずれ、この地を踏めることを、小さく星に願いながら。
一章完結です。
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