Chapter16
「ここの名産は、乳製品か。」
「近くに大牧場があるみたいですわよ。行きたいですか?」
それはそうでもない。
「牧場はくせぇじゃん。」
「ちゃんと手入れされている牧場は、比較的マシですわよ?」
「比較的でしかないんだよなぁ。」
強い臭いは好きじゃないんだよ。
こう、鼻がむずむずするし、嫌なことを思い出すこともあるからな。
「でも、流石にチーズは美味しいですわよ。」
「そうだな。しょっぱくて酒が進むわ。」
「お酒基準で考えるのは不健康ですわよ……?」
でも大切なことだろうよ。
「東には馬乳酒とかもあると聞きますけども。」
「どうなんだろうな。美味いのか?」
「わたくしは経験がないですわね。向かうなら試されては?」
馬乳酒とかがあるのってあれじゃねえの。
遊牧民がいる地域に近いんじゃねぇかな。そこまで行く気はないんだが。
「そうですの?わたくし、そこまでは詳しくなくて。」
「俺も詳しいわけじゃねぇけど。」
「そこまで知っているなら流石の賢者様ではありますが。」
過去生の知識的に、遊牧民族で飲まれてた印象が強いんだよな。
「それより、酪農やってるなら菓子作りはどうなんだ?」
「実力的に難しいという前提は置いても、難しいと思いますわね。」
「バターやクリームは、ここなら手に入りやすいんじゃないか。」
卵もあるだろうしな。あとで自分用に仕入れておくか。
「手に入りやすくても、安価であるとは限りませんもの。」
「まあ、そもそも菓子なんて上流階級のものではあるもんな。」
「その上、高価な甘みを使って、出来上がるものがお遊びレベルではね。」
それでも、売り方によっては悪くない結果になると思うんだが……
「あまり、自分がそこで成功できる想像が出来ないのですわ。」
「ああ、それは重要だよな……」
自信のない分野だと、挑戦しようとするのにも体力いるしな。
失敗すると、俺の助けを期待するしかない状況ではな、中々難しいか。
「とはいえ、成功できる自信があっても、結果は判らないんだぞ?」
「そうなのですわよね。いえ、そもそも自信があるのは刺繍ぐらいですが。」
なんだかんだで、こいつの目的は自活することだからな。
そこまで大成功でなくてもいいんだが、継続性は必要なんだよな。
「難しい魔術を使わず、その上で小成功を収めたいんだよな。」
「できるなら小と言わず大でもいいのですが。」
「そんなものが俺の持ってる知識の中にあるのかって話か。」
あってもおかしくはないが、なくてもおかしくないのが難しいところだ。
Chapter17
「川だな。特に変哲もない普通の川だな。」
「川ですわね。あ、でも割と釣り人が多くいますわ。」
次の日、エリスカの川辺に来てみたわけだが。
「広くはないな?」
「船は止まってますし、深さはありそうですけども。」
対岸まで一日かかるかと言われたら、そこまでかからんだろうな。
その代わりと言っちゃなんだが、川の規模に比べてでかい船がある。
「上流か下流に街でもあるんだろうか。」
「対岸ではなく、それで1日というわけかもしれませんね。」
それは、まあ、なんというか。
「ちょっとがっかりだな。」
「今日移動します?それとももう一日ぐらいこの街に?」
どうしような。とりあえず今日は出直してきてもいいが。
「とりあえず川の流れでも見つめてくか。」
「心が病んでるのですか?いえ、そんな気配はしてましたけど。」
「それについては否定もせず肯定するしかないんだよなぁ。」
病んでなかったらここまで酒浸りになんかならねぇんだよ。
「それはともかく、この大きさでも川は良いなぁ。」
「もしかしなくても貴方様、割と水場好きですわよね。海とか。」
「好きだぜ。子どもの頃を思い返して落ち着くし。」
海沿いというわけではなかったけど、近かったからなぁ。
「北の国、でしたものね。お魚が好きなのもその頃から?」
「純粋に美味いもんが好きなだけでもあるけど、まあそうかもな。」
水場にいると魚釣りか水遊びしたくなるから、多分そうだろう。
「流石にこの年だと一人で水遊びはきついけどな。」
「わたくしも一緒にやりましょうか?」
「いや、それはそれで悲しくなりそうだから遠慮しておくわ。」
水遊びもいいけど温泉もいいよなぁ。
「温泉、ですか。フェルドランにはありませんでしたわね。」
「山奥に行けばたまに湧いてる場所もあるけど、まあ少なかったな。」
いっそ地盤をちょっと弄って温泉が湧くようにしてやろうか。
「あら。でしたら私は温泉宿でもしましょうか。」
「いいなぁ。温泉卵も作れそうだしな、この街なら。」
温泉卵?とアレクシアが首を傾げるが、流石に説明するほどではない。
「ところで、あの船から誰かがこっちに向かってきてるが。」
「一応言っておきますが、私の知り合いではございませんわよ。」
勿論、俺の知り合いでもない。
「もしかしたら私たちに用事じゃないかもしれません。」
「この付近に他に人はいないが、その可能性も十分にあるな。」
そうして見つめていたら、結局、その誰かはこっちに向かってきたのだった。
Chapter18
「貴族か?貴族だな?行きたい場所があるなら俺の船を貸切るぞ?」
「押し売りですわね。」
「押し売りするタイプの変な奴だったか。」
俺の、と言っているあたり船長だろうか。
確かに着ている服は、他の船員に比べると立派なものを着ている。
「押し売りではない。そこの船の船長をしている。」
「船長さんがなぜ通りすがりの貴族に話しかけに来ていますの?」
アレクシアがまだ貴族なのかどうかはさておくとして。
「話すと長いというほどでもなく短いが。」
「じゃあ聞いてみましょうか。」
「どうせ暇だしな。聞いてやるから喋ってみろ。」
そうして、謎の船長は朗々と響く、中々良い声で語り始めた。
「つい先日、コルヴィアの領主との専属契約を打ち切られたのだ。」
「なにしたんだよ。」
「犯罪系、ではないですわよね。だったら打ち首でしょうし。」
とりあえず、その代わりとしてアレクシアに目を付けたのは判る。
「いや、領主が経費削減で、自分で船を運用するようになっただけだ。」
「思っていた以上に世知辛い話だった。」
「フェルドランの戦乱で船主が死んだ船を購入したらしい。」
「思っていた以上に俺がかかわりある話だった。」
なるほどなぁ。
船ともなると大きな買い物だが、そういう経緯で購入する場合もあるのか。
「というわけで、若く美しい貴族の令嬢が居たから声をかけてみた。」
「若く美しいってところは重要なのか?」
「もしかしたら俺が見初められて契約を結べるかもしれないだろう?」
実利込みだった。
「お前さん、俺とそう年齢変わらんだろうにこの小娘狙いか。」
「そちらはご令嬢の護衛か?」
「そうでもあるようなそうでもないような。」
没落貴族の小娘を偶然拾って、適当に面倒見てるだけだよ。
「没落って言いましたわね?その通りですわ。」
「悪い、他人に聞かれたから思わず判りやすい事実を口走った。」
「なるほど、ご令嬢よりもそちらの傭兵の方が主体であるのか。」
別に明確な上下関係があるわけではないが。
「まあ貴殿でも構わん。俺の船と専属契約をする気はないか?」
「残念ながら俺は旅をしてるから専属契約はいらんよ。」
そうでもなかったらちょっと面白いから考えてみてもいいところだが。
「そうか、それは残念だ。必要になったら声をかけてくれよ。」
「因みに雑談として聞くが、コルヴィアの領主と契約して何してたんだ?」
「大河沿いの都市を行き来して交易稼業をしていたな。」
大河ぁ?
「お、知らんのか。この川は大河の支流だぞ。」
「ああ、そういうわけですのね。」
「もっと大きい川が別にあったんだなぁ。そりゃいいことを聞いた。」
がっかりするのは早計であったようで、何よりである。
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