Chapter28
いつも通り、宿は大通りに面した一番でかいところを選ぶ。
貴族用は貴族街にあるので、実質街で二番目に高い宿になるわけだな。
「なんで毎回大きな宿を選んでますの?」
「金を気にしてねぇから一番快適なところを選んでるんだよ。」
宿なんて、外見から貴族用かどうかぐらいは判るからな。
貴族用は居心地が悪いから、その次にいいのは大通りの高い宿だ。
「貴族用は駄目ですの?」
「ああいうところ、油断すると風呂にも付き人を用意したりするからな。」
俺はちょっと、自分の身体は自分で洗いたいっていうかさ……
「それは、気持ちはちょっと判らなくもないですわね。」
「お前は貴族だろうに。」
「見られてもいい使用人とそうでない使用人もいますのよ。」
その違いはよく判らんが、まあそういうものなんだろう。
「それでは、お酒の時間です?それとも港見に行きます?」
「まずは、そうだな。市場があるなら市場だな。」
あら珍しいとアレクシアが言うものの、優先順位の話だよ。
「お前が居なくても酒も港も行けるが、市場はお前を連れて行かんとな。」
「ああ。わたくしへのご配慮でしたか。ありがとうございます。」
世慣れはしてきているが、一人で市場はまだちょっとなぁ。
この国の治安なら大丈夫だとは思うけど、一回目はついていきたい。
「市場で何を見ますか?」
「知らねぇ肉と魚と野菜と果物と酒。あとは刺繍を見たいな。」
「刺繍も見ますの?」
「お前の刺繍と見比べられるものは持っておかないと、評価が出来ん。」
アレクシアの刺繍自体は出来がいいとは思うんだけどね。
「貴方様って、本当に意外なほどにマメな時がありますわね。」
「真面目にやった方が楽しい時は、真面目にやるようにしてるんだよ。」
「ああ、なるほど。その在り方はなんだか貴方様らしくていいですわ。」
お褒めいただきありがとうよ。
「というか、お前の自衛方法も考えないとな。」
「必要ですか?」
「必要だろ。あんまり儲けすぎても、自己防衛出来ないと死ぬぞ。」
一番いいのは、暴漢に襲われても自分で対処できることなんだが。
「今のところ、そういった方面の技術は持ち合わせてないですわ。」
「お前の生命力があればなんとでもなりそうだけどな。」
「貴族の令嬢として、お淑やかにあれと育ってきたわたくしですのよ。」
それも考えないといけないのが、独立するってことなんだよな。
「信頼のおける傭兵か、自衛の出来る店員が欲しいよな。」
「今のところは貴方様がいるから何が起こっても大丈夫でしたけどね。」
「俺はこの街を見終わって満足したら、まだまだ東に行くんだよ。」
お前がその時ついてくるかどうかは、これからの話だけどな。
Chapter29
流石に、大河で交易の中心になるような都市は市場も広い。
「バルクとは大違いの賑わいですわね。」
「交易都市って感じがしていいよなぁ。迷子にはなるなよ。」
ここまで人が多くなると多少の治安の揺れも存在するからな。
居なくなったところですぐに見つける自信はあるが、それはそれとして。
「ここらへんは野菜とか果物で、日用品はその奥か。」
「肉や魚はここには置いてないですわね。」
「肉は多分、市場じゃなくてちゃんとした店になるだろうな。」
絞めて解体してからじゃないと売れないし、場所が必要だからな。
「魚はどうですの?」
「大河で取れた魚だしな。港に近い方で売ってると思うぜ。」
「売るもので場所が違うものなのですわねぇ。」
そこらへんは、商会の外商だよりだと判らんよな。
因みに俺もなんとなくで言ってるだけで、確証があるわけではないのだが。
「刺繍はどのあたりになりますの?」
「日用品の手前ぐらいかな。衣料品と並んでるはずだ。」
「勘で言っていてその精度なら十分すぎると思いますわよ。」
そういいながら、人込みの中を二人で歩いて色々見ていく。
「とりあえず判ったのは。」
「なんでしょう。」
「技量だけで言うと、お前さんの刺繍はかなりのものなんだな。」
「優秀ですので。」
市場に並んでいるような刺繍は、良くて悪くない程度の出来だった。
それに比べると、アレクシアのものは芸術品とまではいかないものの。
品評会に出てもおかしくない、そんな領域の品物になるようだ。
「そうなるとあれだな。」
「あの刺繍針たちを使いこなせれば、という話になりますわよね。」
その通り。市場に出すのであれば、それで十分生活は出来るだろう。
「なんとかしたいと言いたいところですけれど。」
「難しいか?」
「少し時間が欲しいですわね。手に技量が追い付かないですの。」
ま、まだ刺繍針を渡してから一週間も経ってないもんな。
「あとは、本当に市場に出すかって話でもあるな。」
「どういうことです?」
「市場に出すには、ちょっと質が良すぎる感があるからなぁ。」
それで生計を立ててる他の店に、やっかみを買うことになるだろう。
「ああ、そういう話なら納得できますわ。」
「貴族の方が、そういうのは本場だもんな。」
「ええ。かといって質を落とすのも変ですが、どうしましょうね。」
やっぱり、一番いいのは、もう少し売りを増やして貴族相手かな。
「何か貴族相手で思い浮かぶ話はないのかよ。」
「あったら言ってるんですわよねぇ。申し訳ないことにぃ。」
上手くいく未来が見えそうで、若干まだ遠い。そんな感じだな。
Chapter30
「クォーツだけでも作れれば違うんだけどな。」
「どうしますの?」
「刺繍が出来るなら、ビーズ編みも出来るだろ。キラキラするぞ。」
ビーズ編みなら、ちょっと俺も齧ったことがあるからな……
過去生での話だから、もう既に40年以上は経ってるけど手は覚えてる。
「ああ、完全に貴族のドレス向けですのね。」
「クォーツならそこまで輝き方も悪くないからな。カット次第だが。」
ちょっと重いのが難点ではあるが、ドレスってそういうものだろう?
「それで、そのクォーツはわたくしに作れるものなのです?」
「……」
「はい終了、ですわ。残念ですけど、他の手段を探しますわよ。」
そうなんだよなー。
結局、魔力の問題があるから、大げさなものは全く出来ないんだよ。
「他に何かっていうと、なんになる?」
「生産性は今、何とかしてますし。意匠はどうしましょう?」
「そういう感性が必要なものは俺に頼っても駄目だぞ。」
過去生の感性が邪魔するからな。いいものか悪いものかの見分けはつかん。
今着ているのも、それがあるから出来る限りシンプルなデザインだしな。
「そういうのは大抵、真似されて終わるだけでもあるしな。」
「そうですわよねぇ。」
この世界には、まだ意匠権とかそういうものはないんだよ。
つまり、何かあっても自己防衛できなければ、何も出来ないわけだ。
「手詰まりというわけではないのですが。」
「そうだなぁ。」
「ここまでとんとん拍子だった分、なんだかちょっと凹みますわね。」
そうなんだよなぁ。生産性のカバーが割と上手くいった分な。
「そっちもまだまだですわ。」
「多少は使いこなせるようになってきたんだろ?」
「4本の針を使いこなせても、お針子4人に過ぎませんもの。」
それだけでも人件費も時間的コストもかなり強いんだけどな。
「ここまで来たなら、やはり貴族向けで一花咲かせたいですわ。」
「だよなぁ。」
「もう少し習熟して見せますのでお待ちくださいましね。」
「そこは信頼してるよ。」
そういって刺繍の研鑽に移るアレクシアに俺は特に出来ることはない。
仕方ないから、そうだな。予定していた酒か、港かって話なんだが。
「今日も市場行ってみようかね。」
刺繍そのものは売り物になると判ったわけだしな。
もしかしたら、その素材とかで勝負になるものもあるかもしれん。
そうでなくても気分転換出来りゃ、いいアイデアが出るかもな。
そう思って、酒を片手に日用品の店を眺めている時に俺は気付いたのだ。
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