Chapter37
「致命的なことがわかりましたわ。」
「どうした?」
「紫の糸で刺繍をしていたんですが、長持ちする気配がしませんの。」
というと。
「多分、日光にも水洗いにも弱い奴ですわ。」
「ゴミっていう奴か?」
「わたくし、貴方様が作ったものにそこまでの暴言吐けませんの。」
お、そうか。お前が俺を尊重してるのは大分伝わったよ。
「仕方ねぇ。一回貸してみろ。」
「はいどうぞ。」
「自然と木の枠ごと渡してくるお前に時々感心するわ。」
うーん。見ても判らん。
仕方ねぇな。久しぶりに星さん風さん万物の理さんよ教えてくれよ。
「駄目だな。」
「駄目ですか。」
紫外線にも酸素にもpH変動にも弱い三重苦じゃねぇか、この糸。
「ペーハーヘンドウは判りませんが、どうにかなりませんの?」
「どうにかしよう。」
「話が早くてまっことありがたいことこの上ありませんわね。」
もうあれじゃね?適当に魔術でえいやーしちゃ駄目かな。
「わたくしに再現できる方法ならば構いませんわよ。」
「その縛りがあるんだよな。」
「とはいえ、持たないなら持たないなりに売れますけどね。」
その選択肢もありっちゃありなんだが。
「こう、魔術には類感とか感染とかそういう要素があってだな。」
「はい。」
「もう面倒臭いから、お前専用の魔術具を作ろうかと思います。」
えーと。
「ここにそこそこの大きさの鍋を一つ用意します。」
「鍋ですの?」
「判りやすいに越したことはないんだよ。使う分にはな。」
作る分にはややこしくなるケースはあるけど、それはそれ。
「すっごい単純に、魔術の感染を利用します。」
「単純という言葉が合ってるのか、生憎見当が付きませんの。」
「あってるよ。感染自体は初歩より二、三歩程度だ。」
やること自体は感染の拡大応用だけど。
この鍋そのものに、感染を助長する力を付与してしまって。
「この鍋に入れたものは、量が多い方の色を、少ない方に感染させる。」
「魔術って何でもありですのね?」
「要素を取り出して合成するのは、錬金術の考え方でも普通にあるから。」
これなら、成分じゃなくて、要素として色が付くわけだ。
「落ちませんの?」
「元々の色がこっちになるから、色褪せることはあるかもだが。」
とりあえず、この鍋も、お前の魔力で動くようにすればいいか。
「盗まれたらどうしますの?」
「盗まれてもお前以外には使えないけど、無くなると困るな。」
同じ機能を持った装飾品でも作って、染色時に入れるようにするか。
「それなら、指輪は避けてくださいましね。」
「なんでだよ。」
「指輪は、エルナ様のために取っておくものでございましょうよ。」
そこまで気にするもんでもないと思うが、お前がそういうならいいか。
Chapter38
「お前らから金の匂いがしてきてるんだよ。」
「お帰りは窓から飛び降りる形で頼む。」
「窓を開けるたびに汚いものを見ることになるのでお止めになって?」
別に招待したわけではないのにやってきたミーロシュ。
「なんでお前みたいな人種って、金の気配に敏感なの?」
「お前からもするぞ?」
「止めろよ。おっさんがおっさんの匂いを嗅ごうとするなよ。」
俺は加齢臭なんてせず、新緑の爽やかな香りがするけども。
「あ、その香りはちゃんとわざとのものでしたのね。」
「流石に素の体臭でこの匂いがする男は相当珍しいと思う。」
「香水か?売れるか?販路ならいくらでもあるぞ、これがな。」
変なのが二人揃うと、賑やかすぎてたまらんな。
「ところでお前は何しにわざわざ宿まで来たんだ?」
「金の匂いがした。」
「お帰りは窓からで頼む。」
「というか、なぜ、ここで泊まっていると知ってますのよ。」
何故だって聞かれたら、なぁ。ミーロシュと目を見合わせ。
「金だろう。」
「金だ。」
「もう嫌ですわ、この二人の相手するの。」
冗談はともかく、金を出せば目立つ奴を追うのなんて簡単だからな。
「いや、俺は金の気配を追いかけたらお前らを見つけただけだが。」
「思っていた以上にやべぇ奴だなお前。」
とにかく。
「用事があるなら言えよ。聞くだけならただで聞いてやるから。」
「なんか商売のタネがここにあるだろう?」
「ありますが、貴方に教えていいか悩んでおりますの。」
おっと。意外と素直なアレクシアが若干の情報を漏らす。
「販路ならあるぞ?俺の船でどこまでも売りに行くぞ?」
「その押し売り精神がちょっと羨ましいですわね。」
「お前がその謎の精神身に着けたら、流石に追い出すからな?」
そこまで来たら多分俺が居なくとも生きていけると思うぜ。
「販路は確かにありがたいですが。」
「そうだろう?きっと俺の船はお前たちに必要なものを提供するぞ?」
「この方に頼っていいのか私には判りかねますの……」
「気持ちは判るが、こう見えて船長だから真っ当なはずなんだよ。」
どっちかというと、あれだな。
「お前が悪意をもってアレクシアを食い物にしないかが問題なんだよ。」
「そんな割りに合わないことをするわけがないだろう。」
「なんで言い切れるんだよ。合理的に考えたらその線もあるだろ。」
いやいや、とミーロシュは首を振る。
「お前さんを敵に回す可能性を考慮したら、その線はない。」
「……あー。お前の眼、俺が思っていた以上にいいやつか、これは。」
なんだよ。心配する時間が思っていた以上に無駄だったじゃねぇか。
Chapter39
「なあ、船長。お前の眼で売れるものか見て欲しいんだが。」
「ええ……この方を本当に信用しますの?」
「早く!早く金の気配を俺に嗅がせろ!早くだ!」
お前そんなにやばい奴だったっけ?そこまでじゃなかったと思うんだが。
「お前らからとんでもない領域の商売の匂いがするんだよ。」
「多分、お前、金見か何かの才能あるわ。」
「なんて嫌な才能ですの。わたくしも欲しいですけども。」
俺はいらないかな……金の匂いに敏感になるのは嫌だし……
「まあいい、見せてやってくれよ。」
「貴方様がそこまで言うのなら……はい、どうぞご覧になって。」
そういって渡されたのは、紫の糸で刺繍されたケープ。
元の薄いクリーム色に、細かい花が品よく配置されている。
俺の眼にも美しい、少なくとも綺麗なものではあると映る逸品である。
「……紫か。」
「そうですわ。糸の染色と、刺繍はわたくしの手で行っております。」
「一応言っておくと、準備以外は俺は手伝ってないからな。」
怪しんで俺を見る船長に、俺は突き放したように言う。
「正真正銘、これはこいつの技量だけで作り上げた品物だ。」
「どう、でしょうか。貴方の眼で、これは売れるものでしょうか。」
さて、どうかね。アレクシアの渾身の一作は、どう響くか。
「……わからん。」
「ふむ?」
「俺の眼では、どれぐらいの価値をつけていいのか、判らない。」
それは、いい意味に受け取っていいもんかね。
「ちゃんとした、専門の商会で取り扱う必要があるだろうな。」
「お眼鏡には適いましたのかしら。」
「ああ。このまま領主に押し売りしても、俺は悪くないと思う。」
お。それは、出来るか出来ないかはともかく、最高の評価だな。
「その評価を下してくれた方なので、信頼して言いますわ。」
「どうした。」
「レーヴ様はこの地を離れます。わたくしには後ろ盾が何もありませんの。」
工房もない。護衛もいない。伝手も何もかも持っていない。
そんな女が、ついにここにきて武器を得た。
「貴方は、この商品を作れるわたくしに、何を提供できて?」
「ふむ。なるほど。逆に、俺から対価を引き出させようとするか。」
悪くない。
いや、寧ろ、ここまできて、アレクシアの才能が漸く動き始めた。
「なるほど、なるほどな。」
「どうだ、うちのアレクシアは。」
「初めて会った時よりもいい女に育ったもんだな、これは。」
「少女はあっという間に大人になって輝くものですから。」
蝶になった蛹は、蛹のままではいられない。そういうことでもある。
お気に召しましたらお気に入りと評価もよろしくお願いします。