Chapter40
「お前のところ、ちゃんと商会持ってたんだな。」
「当たり前だろう。船だけを拠点に出来るとでも思うのか?」
いや……そこは常識を問われると痛いところなんだが……
「うちで値付けは出来んが、色々出来ることはあるからな。」
「正直、何もかも足りてませんので、助かりますわね。」
「住処も工房も調達も販路も護衛も、今のところ当てがないからな。」
そこをカバーしてもらえるというのならありがたいことである。
「とりあえず、工房代わりとして、商会の一室を渡すぞ。」
「お前が勝手に決めていいのか?」
「構わん。どうせ商会長にはあとから会いに行くから同じことだ。」
そうだよな。船長とは別に、商会長がいるのは自然だよな。
「因みに、商会長と貴方との関係は?」
「家族だな。」
「ですわよね。なんとなくそんな気がしていましたわ。」
ということは、こいつは推定、商会の跡継ぎというわけだが。
「似合うのか似合わないのか、微妙な線だな。」
「俺自身は船に乗ってる方が気が楽だし、向いているんだが。」
「貴方がここでじっとしているのは、想像がつきにくいですわね。」
俺もそう思う。
そんな話をしていたら、ミーロシュが言う商会の一室に着いた。
「狭いですが、綺麗にされてますのね。」
「書斎と言えば言葉はいいが、要するに書類置き場だな。」
「鍵が掛かって、安全が保障されるならどこでもいいですわ。」
商会の二階の奥まった部屋というのは、場所的には悪くないな。
「住処はどうするんだ?」
「うちの商会で持っているテネメントでよければ貸し出すが。」
「それで問題ありませんわ。後ろ盾が明確な方が安全ですもの。」
治安がいいとはいえ、それでも若い女の一人暮らしになるからな。
「そうなると、ここの従業員が護衛みたいな形になるな。」
「同じテネメントに住む従業員と行き帰りを一緒にすればな。」
「勿論、そうさせてもらいますわよ。」
んで、調達はどうする?
「下地になる衣料品と生糸だろう。うちの商会なら片手間だ。」
「だってよ。」
「とんとん拍子ってこういうことですのね。」
あとは、売れるルートさえ確保できれば終わりなんだが。
「それは、まずはうちの知り合いの商会に売っては駄目なのか?」
「真っ当すぎてぐうの音も出ませんわ。」
「ぐう。」
「それはお腹の音ですので、あとでお酒でも飲んでてくださいまし。」
なんかな。俺が用意出来ないものをここまであっさり用意されるとな。
「世の中って世知辛いねぇ。そう思わないかいアレクシア。」
「貴方様でそう思うのなら、わたくしはどう感じればいいのです?」
それは、まあ、俺と船長に感謝でもしとけばいいんじゃないかな。
Chapter41
商会の主は、船長ミーロシュの父君……ではなく、母君だった。
「細かいところで予想を裏切ってくるな、あんたの家。」
「父は別の船を乗り回してるからな。」
「あ、きっと同系統の人なのでしょう?判りますわよわたくし。」
俺が想像しているのと、多分ほぼ同じ人物像だろうな。
「若干、商会長も、金にがめつそうなところは不安なんだが。」
「お前の強さは俺が認識している。余計なことはさせないよ。」
「ぜひそうしていただきたいわ。ちょっと怖い方でしたもの。」
そうだなぁ。俺も苦手な系統の、女傑とかいう奴だった。
「それはともかくだな。工房や住処の手配は任せたぞ。」
「ああ。お前がこの街を出るまでには準備しておこう。」
「……色々、話が急に進んでしまいましたわねぇ。」
ん?
「なんだ。話の進みが早いことに、恐れでもなしたか?」
「ええ。こんなに順調に決まって、大丈夫かしらと思っていますの。」
「条件が整うときってのは、大体こんなもんだぞ。安心しろ。」
と、言っても安心できるわけはないと思うが。
「いいえ。貴方様が言うのなら、きっとそうなのでしょうね。」
「俺の言葉を信用するのは、自分で言うのもあれだが危険だぞ。」
「おっさんが本気でしゃべることはあんまりないからな。」
まあ、それはそれとして。
「どうした?体調が悪いのなら、一回休憩するか?」
「応接室が空いてたはずだからそこで落ち着くまで座っていろ。」
「そう、ですね。そうさせてもらってよろしいでしょうか。」
む。出会ってからこの方、体調を崩したことがなかったのにな。
「よかったら診察するけど、大丈夫か?」
「いいえ。今までの疲れが出てきただけですので。」
「……ああ。そうか。そうだな。今まで大変だったものな。」
家から逃げ出して、それからここまで来たんだもんな。
「ねえ。」
「どうした?なにかしてほしいことがあるならすぐ言えよ?」
「貴方様は、やっぱりまた旅立ってしまうのですか?」
……ああ。うん。そういうことか。
「そうだな。悪いけど、俺はお前を置いて次の街に行く。」
「そうですわよね。判っております。知っておりました。」
「だけど、今は、お前の傍にいるから。だから、少し落ち着けよ。」
これについて、お前に何かを残してやれるわけじゃない。
「ええ。今は、少しだけ。少し休んだら、元気になりますから。」
「大丈夫だ。何かあったら、俺がお前を助けに来てやるよ。」
「信じていますわ。信じていますの。でも今だけは、どうか傍にいて。」
判ってはいても、応えられない想いというのは、辛いものだよな。
Chapter42
「売れたな。生産量も、丁度いいぐらいだったわけだ。」
「売れましたわね。そのうち、普通に工房が持てる程度には。」
ミーロシュの手配で、衣料品に強い商会の手に渡り。
そこで、価格と需要の綱引きが行われた結果、アレクシアは勝った。
「当分は、船長に頼るべきだとは思うがな。」
「いつかは自分の商会を持てるぐらいに成り上がって見せますわよ。」
「その意気だ。目指すんだったら高い所じゃないとな。」
幸いながら、他所の工房に比べて有利な点は多いしな。
紫の糸もあるが、それ以上に人件費というコストがほぼかからない。
「人数が少なくても生産量があるのは良いことですわね。」
「針の予備は多めに作ったから、使いこなしてみせろよ。」
「流石に百本あったところで、それは無理ですわよ?」
いや、ほら。意外と作るの簡単だから、うっかり量産しただけだ。
「貴方様は、もう。」
「まあまあ。俺がお前に残せるものなんて、知れてるからさ。」
おっと。喋る内容を間違えたか。
そう思って一瞬警戒したものの、アレクシアは気高く微笑んだ。
「ものに限らず、大量に残しておいて何をいまさら。」
「そんなことないと思うんだけどな。」
「貴方様はそうでも、わたくしは大量に受け取ってしまったのです。」
それこそ、何を返せばいいのか判らない程度には。とアレクシア。
「別に何も返すことはないんだぞ。俺の気紛れだからな。」
「それでは貴族の令嬢としての矜持が許しませんのよ。」
元貴族の癖に。
「心持ちは今でも大貴族のご令嬢様でおりますわ。」
「知ってるよ。よく頑張ってここまで来たよな。」
「そ、そういう話ではございませんの。頭を撫でたりしないで。」
俺にとっちゃ、なんだろうな。姪がいたらこんな感じだろうか。
「あら、姪ですの?家族にはなってしまいましたわね。」
「お前、隠すのか隠さないのかはっきりしろよ。」
「隠してませんわ。言わないだけですのよ。奥ゆかしいでしょう?」
そうかな、そうかも。
「いい返礼物を考えてありますから、少しお待ちなさいな。」
「お前の感性なら間違いないんだろうな。」
「ふふふ。そこについては信用なさって大丈夫ですわよ。」
そうやって期待させて大きく転ぶとかはしないよな?
「流石にその領域でポンコツでは……多分、ないと思います、わ?」
「頼むからそこは自信満々に言い放ってくれよ。マジでさ。」
そんな感じで、アレクシアは自立の道をただ歩き始め。
俺はまた、元の旅路へと戻るカウントダウンを始めたのだった。
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