Chapter19
「あーあーあー。やっぱそりゃその内こうなるよな。」
ま、予想通りの話である。
見えなくても確かに存在していた時間制限に、第三王子たちは追いつかれた。
始まってしまった大捕り物に、俺は腰を浮かせかけて、直ぐに降ろす。
「今から行ったら完全に殺し合い、か。」
要は、陣取りゲームで偽王軍が圧倒し続けたというわけだ。
この街まで、反乱軍に勘づかれないうちに影響力を強めてしまってこの有様。
今回の敗北は、第三王子たちにとってはある意味必然だったといえる。
「師匠、何の騒ぎなんですか、これ」
「どうやら反乱軍がこの街に居たらしいぜ。」
動揺しているユレンにも、白々しい言葉で返しておく。
ついでに幾許かの金を渡して、市場に買い物に行かせることにした。
手切れ金よ手切れ金。面倒見切れず悪かったが、まあ強く生きてほしい。
そうして俺は大捕り物の現場、商会地下に向かおうとして……。
自分がまだ何をしたいのかを決められてないことに直面することとなった。
「人は殺せない。今の俺にそれは出来ない。」
じゃあ、知り合いが死んでいくのを何もせずに見ていられるのかって話で。
何も決められないままに、俺は杖を握る。
眠りの霧じゃ、この喧騒の中だと効かねえし、痺れさせとくか。
痺れる雲を辺り一帯に充満させて、そしてレジストしながら進む。
中に入ると、そこはちょっとした地獄絵図だった。
名前は知らなくても見知った相手が死んでるのは、まあそれなりに来る。
戦争って嫌いなんだよ。蹂躙して終わりとかそんなことにはならねぇもん。
生きてる奴には最低限の治癒を投げて。
奥に進む内に、偽王軍の兵士が女と……纏めて痺れてるところを見つけた。
「エルナ、大丈夫か?」
「レーヴさん。ええ、ええ。私は大丈夫です。」
「状況は最悪だが、とりあえず無事でよかったよ。」
兵士を蹴り飛ばし、エルナの痺れを癒す。
特に怪我もしていない。十分間に合ったといえるタイミングのようだ。
「ろくでもねぇなぁ。」
「そうですね。簒奪の日を思い返します。」
乱取りもここまでくるとなぁ。偽王軍の規律は糞以下らしい。
エルナも、ある意味これが二回目だからか、心の傷は深くなさそうだった。
「第三王子は奥か?」
「そのはずです。」
「無事だといいんだがね。」
その言葉通りに、第三王子は確かに奥に居た。
痺れた身体を片手で押さえながらも、血塗れで立ち竦む18歳の青年が。
ただ選択の誤りで、これだけの被害を出したことに顔を背けずにいた。
Chapter20
「この雲は、レーヴ殿かい?」
「ああ。今痺れを解くな。」
助かるよ、と第三王子は言った。
血塗れだが、本人の血ではない、な。治療の必要はなさそうだ。
「悪かったな、手伝ってやれなくて。」
「そういう約束だったろう。判っているとも。」
それでもね。負い目があるとき、人は謝りたくなるもんだよ。
「被害はどうだ?」
「フレデリクとカスパルが大多数を逃がしてる、はずだよ。」
……少なくはない被害は出てるわけだな。
王子は、逆にここで戦うことで、他の奴が逃げる時間を稼いだってところか。
「……判っているんだ。これが僕の判断間違いで起きたってことは。」
「王子、そんなことは。」
「いいんだ。僕が馬鹿だったんだ。僕が間違ってしまったんだ。」
エルナの静止も今の第三王子には届かない。
「この期に及んで、元通りに戻れるかもしれないと期待していたんだ。」
「……そうだな。」
「戦争も、犠牲もなく。それで何かが変わるって、思い込んでたんだよ。」
それは、お前だけの罪じゃないよと。
そう声をかけてあげられたら、どれだけよかっただろう。
「それで招いたのがこの結果だよ。どれだけの人が死んだんだ。」
「王子。」
「僕は、一体、この王剣を手にして、なにがしたかったんだ?」
第三王子の静かな慟哭は、それでいて俺にも着実に刺さるものだった。
「何もできなかったのはあんただけじゃない。モーリス王子。」
「レーヴ殿。」
「戦わないことを選んだ罪は、俺にだってあるから。」
逃げて、逃げて、逃げて、そして今いる場所でも何もしなかった。
そしたら目の前は血まみれの結末だ。これが愚か者の選択でなければなんだろう。
俺は、何をしたかったんだ?払われた代償は何のためのものだった?
「モーリス王子の味方になるよ。反乱軍ではなく、あんた個人の味方に。」
「それは。」
「決断できなかった者同士の誼だ。傷を舐めあいながら生きていこうぜ。」
だから、そんな顔をするなよ。
「まずは、この街から逃げ出すことと、知恵者を探すことだな。」
「そう、だね。僕たちが間違っていた時に正してくれる人が必要だ。」
モーリス王子が頷く。
「知恵者の心当たりは、ある。」
「そうか。じゃあ次の一手は決まったな。」
今度こそ、ちゃんと陣取りに参加しねぇといけねえからな。
出遅れた分、巻き返しを図らないと戦うこともできない。
「レーヴさんでは駄目なのですか?」
「駄目だな。俺に軍の差配は出来ねぇし、向いてねぇ。」
部隊を率いることも出来ねえしな。
必要な知識と経験が俺の持ってるものとは全然違うんだよ。
「ま、モーリス王子が首刈り戦術で負けるのだけは防止してやるよ。」
「……頼もしいよ。本当に。」
さ、行こうぜ。これ以上は、負けていられねぇからさ。
Chapter21
「すごい……眠りの霧を、ここまでの範囲で……!」
「卑怯な手も込みでなら、これぐらいはな。」
ローデン砦を取り囲むように眠りの霧をかける。
夜明け前。大抵の兵は元から寝ているし、見張りも眠気が勝る時間帯だ。
多少の前準備があれば、これぐらいのことは出来なくはない。
「卑怯な手?なんかズルしてんのか、おっさん」
「多少はな。こんな大規模魔術、俺の魔力量じゃ使えねぇよ。」
「じゃあ、今やってるのはなんなんだよ。インチキなのは判るけど。」
フレデリクとカスパルとも、無事再度合流できた。
混乱に乗じて、王都とは逆方向に逃げているところに追いついた。
ボロボロにはなっていたものの、俺が治せる範囲だったから問題ない。
今は逃げる最後の一手として、砦の検問を突破しようとしているわけだ。
「魔力が足りないというなら、どうやっているんだい?」
「王子に聞かせるほど、大した話じゃねえんだけどなぁ。」
王子まで身を乗り出して聞きに来た。
こんなところで講義するとか、本当は冗談じゃねえんだけどもねぇ。
「俺の魔力じゃ足りねぇから、そこらの魔力も使ってるだけだ。」
「そんなこと、出来るもんなのか?」
「やりゃ出来る。魔力を集める術式を展開して一個一個起動すりゃいい。」
世界にかかる負担が大きかったり、やりすぎると変なのに絡まれたりするけどな。
ま、それについては今のところ、こいつらとは関係ない話である。
「というか、それってもしかして凄いのではないのか?」
「凄いですよ。個人の出力を簡単に超えられるってことですから。」
後ろでこそこそとフレデリクとエルナが会話しているのが聞こえるが無視。
「早速、本気を出させてしまって、申し訳ないね。」
「気にするなよ。これぐらいなら屁でもないっつーの。」
人を殺すのはまだ選択できないところはあるが、眠らせるくらいならね。
「さあ行こうぜ。いつまでも眠ってるわけじゃねえからな。」
「本当になんでもできる魔術師であるな、貴様は。」
「褒めても何にも出ねぇけど、褒め言葉はありがたく受け取っておくわ。」
そうして、砦を無血で通り過ぎようとするときだ。
足早にエルナが近寄ってきて、俺にそっと呟いてきた。
「私は、まだ。王子もレーヴさんも、間違ってたなんて思ってないですからね。」
「そうかよ。」
「そうならないように、私もちゃんと努力するので、見ててくださいね。」
気恥ずかしくなった俺は、足を速めて顔を見られないようにした。
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