ふわふわしたけものの、不和不和した世界。或いは第Ⅶ種禁忌獣『タヌキツネ』と辺境伯当主少女   作:平安やせうま

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ふわふわなポコンは「ポコン」と鳴きました。
ふわふわではない物語が始まります。


かわいいひだねは、はやめにつぶせ

 ポコン

 

 水中で生まれた泡が空に弾けて消えるようにも聞こえ、それでいて生命あるものが明確なる意志のもとに発した音だと分かる鳴き声(・・・)は、私が口から発せられた音である。

 

 意味は『去れ、さもなくば死を授けよう』

 

 鼻先から尾までピシッと伸ばせば全長3m、四脚をピンと張れば体高1m。

 ふわふわでもこもこで、きもちシュッとした艷やかな毛並み。

 嘗ては第Ⅶ種禁忌獣『タヌキツネ』として、そして今ではカチカチマウンテンの主として恐れられる私は、危険極まりないカチカチマウンテンに捨てられた人の子に覆い被さって、周囲の兎達に睨みを利かせていた。

 

「ポコンちゃん、擽ったいよ」

 

 鳴き声からか、私の名前を勝手にポコンだと名付け、しかもちゃん付けしている人の子の口を塞ぎたいが、間違って頭部を踏み潰しても困る。

 

 周囲ではウサギ共が様子を窺っている。

 ウサギ──人の子の呼び名で言えば、第Ⅰ種禁忌幻獣『ヒウチラビ』。

 古銅輝石安山岩(サヌーカイト)と呼ばれる鉱石とほぼ同質の素材で出来た耳と牙があり、耳が閉じれば牙が開き、牙が閉じれば耳が開く、人の持つ『ハサミ』に似た仕組みを持つ。

 そして、火花を起こしたり、燃えたり燃やしたり斬り刻んだりして獲物を襲う、この辺りには大繁殖している肉食獣(・・・)だ。

 無論、目的は私ではなく私の毛の下で蠢く人の子である事は言うまでもない。

 

 私の下でもぞもぞとしている人の子は、この山に年老いた雌雄の人間に連れてこられ、そして置いていかれた。

 人の子が「おじいさん、おばあさん」と言っていた辺り、同じ群れの人間なのだろう。

 …可哀想に。

 この人の子は、群れに死を望まれてカチカチマウンテン(此処)に置いていかれた。

 

 この子の匂いが、あの人間に似ていなければ、あの人間と同じように私をポコンと呼ばなければ、私は見捨てていたかも知れない。

 

 しかし、匂いが、声が、魔力が、そして何かがあの人間に似ている。

 

「ポコン」

 

 

 再び鳴く。

 先程よりも明確な危険を込めた鳴き声だった。

 先程の鳴き声が警告なら、これは通告だ。

 死にたくなければ逃げろという段階は、この瞬間に終わった。

 これ以降はこの場のウサギ共を嬲り殺しにするのは確定事項であり、逃げるのであれば追いはしないという通告だ。

 

 

 前脚を三度地面に叩き付け、振動範囲内の地中から水分を泡として地上から溢れ出させる。

 第Ⅶ種禁忌獣と人が指定したものは僅か。

 その中には既に幻想や伝説でしかない存在も多数いる。

 第Ⅶ種禁忌獣の指定条件は『勝つことができないもの』。

 第Ⅰ種禁忌獣のように『危険な野生生物』とはものが違う。

 

 賢いウサギだろう数割が逃げ出した。

 残りは、この期に及んで餌を諦められぬ愚か者か、飢えで余裕がないもの、若しくは判断が遅いか判断力そのものが低いものだ。

 

 

 

 そして、はじけた。

 

 

 

 泡が、弾ける。

 泡に触れていたウサギは高速で弾き飛ばされて、他のウサギに激突する。

 

 

 

 そして、はじけた。

 何が、とは言うまでもないだろう。

 ウサギの硬質な部分が砕ける甲高い音がカンカンと鳴り続ける。

 

 

 このカチカチマウンテンの主である私にかかればこの程度は造作もない。

 湧き出る泡はウサギ共と周囲を洗っては、地面へと沈んで行く。

 

 

「ポコン」

 

 もういないだろうという意味を持って出された私の声は、ウサギ共には静かに潜んだまま去っていくのなら見逃してやるという意味で伝わったようだ。

 殺し損ねを気が付かなかったフリをしてやるのも、野生の獣溢れる山の統治には必要なことだ。

 私が一切の例外なく全てを見つけ、全てを殺すのなら、死を覚悟で全勢力が全力で私に挑む事が最適解になってしまう。

 私を殺す事が唯一の生存手段となってしまっては、私も少々面倒(・・)である。

 

 

「ポコンちゃん。もう出ても良いかな?」

 

 もぞもぞと私の腹の下から這い出てくる人の子。

 私が身体を少し動かすと、摩擦が減ったからか先程よりも出やすくなったようだ。

 

「ポコンちゃんの下は暖かかったけど、ずっと押さえつけられてるというのもね」

 

 

 人の子は周りをキョロキョロ見渡すと、ウサギ共の死骸に気がついたようだ。

 人の子は手(と呼ばれる前脚)を合わせて上半身を前に倒すと、その後は嬉しそうにウサギ共を回収していた。

 一瞬だけ感じた神妙な空気が何だったのかというような変わりようだ。

 いや、これが素なのだとしたら、戻りようと言うべきだろうか。

 

 

 人の子は、一匹のウサギの耳と牙を抜き取っては、ハサミのように使い、ウサギ共の肉を解体していた。

 牙を抜き取る際に手を怪我していたので、私は地面から湧き水を引き出した。

 

 

「っ!! ⋯やっぱり染みるよね」

 

 正直、解体もやり慣れているようには見えなかった。

 経験が無いにしては、思い切りが良かった。

 若しくは経験はあって慣れているが、それでも下手なのか。

 私には分からないし、分からなくても良いだろう。

 

 

 人の子はその後も、下手なりにウサギを解体し終えて、肉と皮と耳と牙と骨とそれ以外に分けた。

 何故かウサギの首から上には手を付けず(と言っても耳と牙は抜いているが)、穴を掘って埋めた。

 そして再び手を合わせて腰を曲げた。

 また、何処か懐かしい空気が流れた。

 

 食べ残しを土に隠すというのは大体の場合、直ぐに掘り起こして食うまでの隠し場所にしているか、自分の生活環境を汚染しないようにするか、若しくはより危険な捕食者が縄張りに入ってくる事を防止する為にある。

 私の場合は、餌を横取りしに来る身の程知らずもおらず、環境は地面から呼び出す水でどうにでも洗え、怯えなければならない天敵もいない。

 故に、不要な行動であったが、懐かしくそして澄んだ空気に絆されたような気になり、私はそれを眺めていた。

 

 その後、再びウサギ共の肉を手に取った人の子だが、先程まで解体していたくせにそのまま食べるのは気が引けるようだ。

 私がウサギ肉を薄く切断して、その水分を全て飛ばしてやると、人の子には食べやすくなったようだ。

 

「ポコンちゃんも食べる?」

 

 それを聞くのなら、水分を飛ばす前に言うべきだったとは思うが、血の滴る肉の方が美味しいという常識も知らないようにも見える人の子に、それを説く手段も意図も無い。

 

 私は仕方なく乾燥した肉を食む事にした。

 ⋯悪くない。今後はこの食べ方も良いのかも知れない。

 人の子は食べながら多くの事を話した。

 その多くが何の意味も持たない事だった。

 必要な内容は、人の子が『ノーカ・スイデン』という事だけだった。

 ⋯ヤガミではなく、スイデンか。

 どうやら違ったようだ。

 人は血筋に共通の呼び名を付ける。

 名字と言うらしい。

 ノーカによく似た匂いと声の人間とは、血筋ではなかったようだ。

 私の思い違い、若しくは都合の良い期待であったようだ。

 

 

 

 その日、ノーカは私に抱き着いて眠った。

 眠りながら目から液体を流していた。

 毛が目に入ったのなら済まない事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇っている。

 私はノーカを起こさぬように、空を見上げた。

 美しい空だ。

 私は、この夜が朝に変わる空が大好きだ。

 冬には朝になる前に生まれたばかりの霜が再び地に戻り、夏には小雨が振り始める前に申し訳無さげに一度だけ顔を見せる陽が趣深い。

 空の殆どが薄く雲に覆われて、この後雨が降る事が見えていても、先ずは一度朝の訪れを告げる責務を形だけでもやっておこうとする赤い丸には、私もその後の隠れを見て見ぬふりをしてやろうと思わせる風情がある。

 

 しかし、日差しが当たればノーカは目を覚ますだろう。

 もう少し寝させてやっても良いと思い、日を遮るために身体を動かしていたところ、ノーカは目を覚ましてしまった。

 私は日を遮ろうとしていた事は微塵も動きに出さず、夏の朝日に倣って趣ある伸びをした。

 

 ノーカは私を見て笑っていたが、私は地面の振動から人間達の集団が近付いたのを感じた。

 

「ポコン」

 

 私は人間が近付いているという事を知らせようとしたが、ノーカには伝わらなかった。

 

 

 

 しかし、結局は人間達が近付いてきた。

 丘の上からこちらを眺める集団があり、その先頭にいる二人には見覚えがあった。

 

「おじいさん!! おばあさん!!」

 

 

 

 ノーカは駆け出していこうとするが、私には人間達がノーカの群れとは思えなかった。

 前脚でノーカを地面に抑えつける。

 すると、人間達は反応を示した。

 

 

「そうだ、そのまま、その⋯なんかふわふわした化け物に食われてしまえ」

「息子の遺言で暫く生かしてやってたが、所詮はあの忌々しい八上(やがみ)の娘の子よ。水雷(すいでん)の当主として生かしてはおけんのよ」

 

 ノーカの着脱可能な毛皮()は確かに血で汚れている。

 これはウサギ共の解体の際に着いたもので、湧き水を起こして洗ったものの、微妙に残っている。

 血が付いた後に洗った服が、本人の出血により汚れたとは私なら思わぬが、あの人間達には、ノーカの服は私に襲われて付いたノーカ自身の怪我による出血で汚れたように見えているらしい。

 愚かな。

 

 ただ、今のノーカを前脚で抑えつける状況を見るに、私がノーカを甚振って殺しているようにも見えなくは無い。

 

 

 だが、そんな事はどうでも良い。

 ⋯ヤガミ、あの人間達はそう言った。

 ヤガミ、あの人間。

 なれば、このノーカはやはり。

 

 私は口角が上がるのを自覚した。

 より正確に言うなれば、口角が上がっていた事を自覚した。

 

 

「ポコン」

 

 鳴き声が漏れるのも仕方が無い。

 幼き私を撫でてくれた逃亡中の人間。

 あの人間、ミイノの名字もヤガミと言っていた。

 ずっと、会いたかった。

 いつか会えると願っていた。

 二度と会えないと分かっていた。

 ミイノ。

 あなたの半分に、私は再び会えたのだ。

 

 

「それにしても何時何時(いつなんどに)ヒウチラビ達が出てくるかも知れん。(はよ)うあの獣があの女の子供を喰ろうてくれんかの」

 

「婆さんや、そもそもじゃ。あれ程の巨体でカチカチマウンテンで生きておるのを見たことも聞いたことも無い。早う逃げるべきなんではないかの?

そもそもじゃ、あのもこもこしたやつから仮に逃げられたところで、ノーカがヒウチラビらに襲われてしまうじゃろうに」

 

 ノーカは、人間達の方を見たまま、口を半開きにして目から涙を流している。

 

 

 

 私はノーカにあの二人を殺して良いかなどとは聞かない。

 私はノーカに従う訳ではなく、私は私の意思であの二人を殺そうと思うからだ。

 

 私はノーカから前脚を離して、地面に静かに置く。

 地面から引き出すのは、小さな草の種よりも細かい泡。

 泡が二人の、そして二人と共に来て、丘の反対側の(ふもの)にいる他の人間も含めて包む。

 

 泡に毒はない。

 この山の地下水や地の中の水が元故に、毒は入っていない。入れてもいない。

 しかし、地下から引き出した水を元にした泡は全て私の支配下にある。

 

「ポコン」

 

 私の声が意味する事は一つ。

 『二度と、囀るな』

 

 泡は人間達の口元まで登り詰めてその気道を完全に封鎖した。

 

 

 

 

 

 

 

 人間達が動かなくなってから、ノーカは目から涙を止める事なく、口元はだらしの無い形のまま、人間達を土に埋めた。

 私は穴を掘るのだけ手伝ってやった。

 この山の保水量を考えれば、直ぐに腐敗して臭いに気が付いたウサギ共が掘り起こせるギリギリのラインを追求したが、それをノーカに伝える必要も伝える手段もない。

 

 

 

 

 そうしていると、再び人間達がやって来た。

 私が再び地面に置いた前脚に力を込めようとすると、ノーカは私に触れて、それを制止した。

 

 現れたのは、着脱可能な金属毛皮を着た人間達。

 骨が折れる連中であれば兎も角、多くのものならば対処は可能だ。

 

 

「あのぼんやりした生き物は何だ?あの大きさでなければ大層癒やしだろうが⋯カチカチマウンテンの獣であるし、そうもいかぬか」

「バカか、ベッシマー。先ずは姫様の御身であろうが」

「ズマイチよ、見た所、姫様に攻撃する様子もないではないか」

 

 人間達が話している。

 私は何もしないことにした。

 すると、一人の人間が丘から駆け下りて来た。

 

「マブキア殿!? 我らも行かねば」

 

 他の人間達もそれに続く。

 マブキアと呼ばれた人間がノーカの前に来た。

 

 

「姫様、奴隷と変わらぬ扱いであったと聞く長らくの辛辣な生活、まこと申し訳御座いませぬ。ヤガミ家再興の目処が建つまで、大恩あるミイノ様の遺児を見捨てて来たことは申し開きもしようがありませぬ」

 

 マブキアは我ら獣の様に⋯というには不格好な、四脚で地面に向かい、頭を大地に擦り付けていた。

 他の人間達は私を気にして、時折私に視線を向け、完全に下だけを見てはいないというのに、マブキアという人間は私にいつ殺されても気にしないかのように、下だけを向いていた。

 

 

「良いのよマブキア。おじいさんもおばあさんも良くしてくれたわ」

 

 それが嘘であることは分かっていた。

 ノーカの瞳からは、もう何も流れていない。

 マブキアとやらも、余りにも遅かった事を理解していたのだろうが、それでもノーカの言葉を否定しなかった。

 

「ノーカ様には申し訳ありませんが、簒奪者水雷(すいでん)の一族郎党は廃さねばなりません。さもなくば姫様の正当な家督が認められませぬ」

 

 

 また、あの時の風が流れた。

 

「──我がヤガミ家の為に、簒奪者水雷の尽くを薙ぎ払いなさい」

 

 目の前の人間達も同じ風を感じたに違いない。

 全ての人間が、深く深く頭を下げた。

 

 

 

 

 その後、マブキアが口を開いた。

 

「姫様。皆を代表してお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

「うん、良いわよ」

 

 

 元の空気に戻ったノーカが許可している。

 

「この獣、カチカチマウンテンに住まうところから察するに、かなり名のある獣ではないでしょうか?」

 

 

 昔、別の山でビイエスという人間から、第Ⅶ種禁忌獣という指定を貰った事はある。

 曰く「これは勝てない」と。

 それを伝える気もないし、伝える手段もないが。

 

 

「この子の名前? ポコンちゃんだよ」

 

「ポコンチャ()()ダヨ、ですか。」

 

 

 私としてはポコンチャンダヨの方がポコンちゃんよりは格好良いと思っていたが、結局人間達の認識はノーカに訂正されてしまった。

 

 

 これは、ヤガミ辺境伯家当主ノーカと、私が出会った始まりの話である。




禁忌獣:関わるべきでない危険度の生物群の総称
国家指定職武定理者(BS)によって判定される。

Ⅰ種:危険性のある野生動物
Ⅱ種:明確に危険な野生動物
Ⅲ種:その野生動物を理由に地域を危険指定すべき
Ⅳ種:その野生動物を理由に地域を封鎖・制限すべき
Ⅴ種:その野生動物の生存が人類繁栄の障害となり得る
Ⅵ種:その野生動物の生存が人類存続の障害となり得る
Ⅶ種:これはかてない

カチカチマウンテン:ヒウチラビが跋扈し、メラメラキメラやヒノコトリ、ショウジャク、シャクネツソウ、キュウキュウヒノタマなどの火属性野生動物が蔓延する危険地帯。古くから『神隠し』や『姨捨』などの名目で多くの人が捨てられて来ては、消えていった。
逆に言えば、それ以外には使われたことがほぼない。
不思議と緑に溢れている。
湧き水が多い。

ヒウチラビ:耳の所がハサミの持ち手、牙の所がハサミの刃になったかのような見た目をしているし、実際にそのように機能する。ハサミと違うのは、ハサミの持ち手側も内側が鋭い刃になっている点と、斬り刻む時に分泌液に反応して火花が出るという点。



第Ⅶ種禁忌獣『タヌキツネ』:とある伝説的なBSが、「困った、これはちょっと勝てない」と感じた野生動物達を纏めた本の一冊の最後の方に載っている生物だが、その実態を見たという声はほぼ存在せず、既に絶滅したか、そもそも誤って登録されたものだと思われている。他に出された禁忌獣の本には載っていないため、知名度も高くない。
図鑑には、ふにゃっとしたポーズでお腹を空に向けたまま、こちらを威嚇するように見ている何ともふわふわもこもこしたファンシーな動物がいる。右下には小さく火属性には滅法強いと書かれている。
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