美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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嘲笑う雷

 

あれから数週間後。

 

ギルドの喧騒の中で、俺は静かにその光景を眺めていた。エルフマン・ストラウスは、掲示板から剥ぎ取ったA級依頼の書面を力強く握りしめ、出口へと向かっている。

その歩みに、かつての迷いや自責の念はない。全身から溢れる魔力は安定し、内なる「獣」を完全にその支配下に置いているのが、遠目からでもはっきりと伝わってきた。

 

 

(……ふん。ようやく一人前か)

 

 

あの日、俺が放った毒は、期待通り彼の中で良質なスパイスとなったようだ。

 

そんな俺の視線に気づいたのか、エルフマンが足を止める。

 

 

「……」

 

 

彼は何も言わなかった。ただ、深く、重い沈黙を伴う視線が俺を射抜く。

 

そこにあるのは、自分を救い、そして「姉を奪う」と宣言した男に対する、複雑な感情だ。感謝を言葉にするには、俺が演じた悪役はあまりに完璧すぎた。

だからこそ、彼は言葉の代わりに、ただ力強く俺を睨みつけることで、その「漢の決意」を無言で示していた。

 

 

「……」

 

 

一瞥を交わした後、エルフマンはギルドを出ていく。

 

その背中を見送った後、俺は自然と視線をカウンターへと向けた。

 

そこには、看板娘として微笑みを振りまくミラジェーン・ストラウスの姿があった。

 

だが、俺と目が合った瞬間、彼女の完璧な笑みにわずかな動揺が走る。彼女は何かを言いかけるように唇を微かに動かすが、結局言葉にはならない。

 

 

あの日以来、俺は彼女に一度も声をかけていない。

 

彼女もまた、弟を救ってくれたことへの感謝を伝えたいはずなのに、俺の纏う「闇」の拒絶感と、あの時の不穏な宣言が枷になっているのか、ただ困惑したような、縋るような視線を送ってくることしかできないでいた。

 

そんな彼女の視線を、俺はあえて無機質なものとして切り捨て、腰を上げた。

 

 

「……エルザさん、準備はいいですか。S級依頼です」

 

「ああ。いつでも行けるぞ。貴様の闇の魔力、今回も頼りにさせてもらう」

 

 

緋色の鎧を纏ったエルザ・スカーレットが隣に並ぶ。

 

俺はミラジェーンと目を合わせることなく、そのまま彼女のそばを通り過ぎた。

 

今はまだ、彼女の言葉を受け取る時ではない。俺には、マルド・ギールを超える高みへと至るための、終わりのない修行と研鑽が残されているのだから。

 

背中に突き刺さる、彼女の行き場のない視線を感じながら、俺はギルドの扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

ギルド『妖精の尻尾』の受付カウンター。私はいつものように笑顔を貼り付け、書類を整理していた。けれど、心の中はここ数週間、ずっと霧が晴れないまま。

 

視線の先、いつもグリアが座っている席は、今日は空っぽ。エルザも今日はクエストに出ないようで、ギルドの空気はどこか落ち着かない。

 

 

(グリア……今日はお休みね……)

 

 

あの日、弟のエルフマンを救ってくれた彼に、私はまだ一言も感謝を伝えられていない。声をかけようとしても、彼の纏う深い闇のような冷徹さに、どうしても言葉が詰まってしまう。私を見る彼の瞳はいつも無機質で、まるで行き場のない想いだけが私の中に積もっていく……。

 

そんな思考を遮るように、重圧な足音が階段から響いた。

見上げると、ラクサスが不遜な笑みを浮かべて降りてくるところだった。

 

 

「……ラクサス。S級クエストの依頼ね。受注印を押すわ」

 

 

私は事務的に手続きを済ませようとしました。けれど、彼は立ち去ろうとはしない。カウンターに肘をつき、私を……まるで路傍のゴミでも見るような、冷酷な目で見下ろしてきた。

 

 

「ふん。あの新人に必死に絡んでいたようだが……結局、見捨てられたか。てめえはもう終わりだな、ミラジェーン」

 

「え……?」

 

 

心臓がドクリ、と跳ねた。

 

 

「てめえみたいな戦えねぇ雑魚が、あの男をたぶらかすのは勿体ねぇと思ってたところだ。丁度いい、あいつは俺の下に引き入れてやる。あいつの力は、俺のような強者にこそ相応しい」

 

「……っ、そんな……」

 

 

グリアを、自分の駒として扱う……。そう言い放ったラクサスの言葉に、何かを言い返そうとして、けれど今の私には戦う力も、彼を止める資格もないのだという現実が喉を塞ぐ。

 

しかし、その時。

 

 

「――何のつもりだ、ラクサス」

 

 

冷徹な、剣筋のような声が響いた。エルザだ。彼女は鋭い眼光でラクサスを睨みつけていたが、ラクサスはその視線を真っ向から受け流し、鼻で嗤った。

 

 

「この際だ、はっきり言ってやる。弱い奴はこのギルドに必要ねえ。特に、戦う力も失くして『看板娘』なんておままごとに興じてるような出涸らしはな。エルザ、てめえやミラみてえな雑魚が新人の面倒を見てるってのが、そもそも論外なんだよ」

 

 

ラクサスの言葉は止まらない。それは、私の心を切り刻むナイフのようだった。

 

 

「ラクサス、グリアがどうするかは彼自身が決めることだ。貴様の私利私欲で、彼の『闇』を汚させるわけにはいかない」

 

 

ギルド内の空気が一瞬で凍りつく。ラクサスの傲慢な笑みと、エルザの義憤。二人のS級魔導士の魔力がぶつかり合う中心で、私はただ、名前を呼ばれた彼のいない席を見つめることしかできなかった。

 

 

「ふん、潔癖な顔しやがって、どうせ自分に靡かせようとしていたんだろう? 分からねえなぁ。2人揃ってそんな顔して、本当は自分の懐に引き入れてえだけじゃねえのか? ……どうせ『脱いだ』んだろ? 自慢の体でも晒して、あの新人を骨抜きにしようとしたわけだ。安いもんだな、S級魔道士の矜持ってのはよ」

 

「……っ!!」

 

 

頭の中が真っ白になる。屈辱で指先が震え、涙が溢れそうになるのを必死でこらえる。グリアと私の間にあったあの静かな沈黙まで、そんな汚い言葉で汚されるなんて。

 

 

「貴様っ……! 私やミラが、そんなことをするわけがないだろう!」

 

 

エルザが激昂したその時だった。私の横を、猛烈な突風が通り抜けた。

 

 

「てめえ……ッ! 姉ちゃんを……俺の姉ちゃんを、侮辱するなぁぁぁ!!!」

 

 

エルフマンだった。

 

彼は文字通り「獣」となってラクサスへ突っ込んだ。あの日、グリアに命がけで引き出してもらった『全身テイクオーバー』。その拳に込められたのは、姉である私を守りたいという、弟としての純粋な叫びだった。

 

 

「漢の怒りを……思い知れぇぇ!!」

 

 

けれど、ラクサスの体は一瞬で黄金の火花へと霧散した。

 

 

「おっと。……遅えよ、エルフマン」

 

 

背後から響く声。エルフマンが振り向くよりも早く、ラクサスの全身から迸る雷が、彼の巨体を容赦なく打ち据えた。

 

 

「が、はっ……!?」

 

「ようやく全身が毛むくじゃらになった程度で、俺に届くと思ってんのか?」

 

 

ラクサスは動こうともしない。ただ、溢れ出す雷光が自動的にエルフマンを弾き飛ばしていく。

 

エルフマンは地面に叩きつけられながらも、歯を食いしばって立ち上がった。

 

 

「まだだ……! まだ、終わってねぇぞッ!」

 

「終わりだ。雑魚は雑魚らしく、地面を這ってろ」

 

 

ラクサスの右拳に、超高電圧の雷が集束していくのが見えた。

 

止めて。お願い、もうやめて!

 

 

バヂィッ!!!

 

 

轟音と共に、エルフマンの体は力なく吹き飛び、ギルドの壁を突き破って外へと転がった。

 

 

「エルフマン!!」

 

 

私はカウンターを飛び越え、ボロボロになった弟の元へ駆け寄った。

 

倒れたエルフマンを抱き寄せ、私はラクサスを見上げる。彼は汚れた手でも払うかのように肩を叩き、未だに剣を構えるエルザを冷ややかに見据えていた。

 

 

「次はあの新人だ。……俺のやり方で、教育してやるよ」

 

 

ラクサスの背中が遠ざかっていく。

 

悔しくて、情けなくて……。私はただ、気絶した弟を抱きしめることしかできなかった。心の中で、何度もその人の名前を呼んだ。けれど、助けてなんて言えるはずがなかった。私があの人を、この最悪な争いに巻き込んでしまったのかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺はいつものように『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の扉を潜った。

 

だが、足を踏み入れた瞬間に違和感を覚える。いつもならカウンターで誰よりも早く微笑みかけてくれるはずのミラジェーンがおらず、掲示板の前で漢気を撒き散らしているはずのエルフマンの姿もない。

 

 

(……いないのか?)

 

 

奇妙な空白を感じていると、ロキがどこか暗い表情を浮かべて俺に歩み寄ってきた。

 

 

「グリア、来たのか。……実は、昨日のことなんだが」

 

 

ロキの口から語られたのは、俺が休みをとっていた一日の間に起きた、あまりに卑劣な騒動の始末だった。

 

ラクサスがミラジェーンに向けた侮蔑の言葉。エルフマンが姉を護るために立ち上がり、そして一方的に打ちのめされたこと。

 

ロキの話を聞きながら、俺は冷え切った思考の隅で(そういえば、この頃のラクサスはこういう奴だったな……)と、今更ながらに思い出した。

 

「力」こそが全ての今のラクサスにとって、かつての輝きを失い、戦うことを辞めて看板娘に収まったミラジェーンは、ギルドの停滞を象徴する邪魔者でしかなかったのだろう。

 

だが、ふつふつと腹の底から黒い感情がせり上がってくる。

俺がエルフマンに全身テイクオーバーを強いたのは、彼らに居場所を取り戻させるためだった。原作の知識を使い、悲劇の連鎖を断ち切るために動いたはずだった。

 

それなのに、俺が変に物語に干渉したせいで、逆に二人がギルドでの居場所を失い、去ってしまうかもしれない。

 

 

(……それだけは、絶対に許せない)

 

 

彼らがこの温かなギルドから追い出されるなんてことがあってはならない。

 

俺がこの世界に、この場所に立っているのは、そんな理不尽を許すためじゃない。

 

 

「ロキ。ミラジェーンさんたちの家の場所を教えろ」

 

 

俺の放った低く、地這うような声に、ロキがわずかに肩を震わせる。

 

今の俺が纏っているのは、マルド・ギールが有していた「冥府の王」の威圧そのものだった。

 

 

「……ああ、分かった。案内はできないが、場所を教えるよ。今のあいつらには、きっと君が必要だ」

 

 

ロキから地図を受け取ると、俺は一度も振り返ることなくギルドを後にした。

 

俺の裡で、どす黒い闇の魔力が、ラクサスという傲慢な雷を叩き潰すために静かに脈打ち始めていた。

 

 

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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