美女の多い世界に転生した 作:インフェルノ
ロキに聞いた場所を頼りに、俺はストラウス姉弟の家の前に立っていた。
ひっそりとした佇まいのその家からは、昨日起きた嵐の名残のような、重く沈んだ気配が漂っている。
俺は一呼吸置き、玄関のチャイムを鳴らした。
「……はい、どなた?」
扉越しに聞こえたのは、いつもの快活さを失った、今にも消え入りそうなミラの声だった。
「ギルドメンバー……グリザイアです」
一瞬、奥で息を呑む気配がした。数秒の逡巡の後、ゆっくりと重い扉が開く。
そこに立っていたミラは、いつもの完璧な看板娘の姿ではなかった。少し乱れた髪に、赤く腫れた瞳。俺の姿を認めた彼女は、驚きに目を見開いた後、バツが悪そうに視線を落とした。
「グリア……。どうしたの、何か用?」
「お見舞いに来ました。これ、口に合うか分かりませんが」
俺は道中で買ってきたケーキの箱を差し出した。
彼女は呆然とした様子でそれを受け取り、箱の重さを確かめるように指を動かす。
「あ……ありがと。わざわざ、悪いわね……」
消え入るような声。昨日ラクサスから投げつけられた罵詈雑言が、今も彼女の心に深く突き刺さっているのが分かった。俺は感情を押し殺し、努めて冷静に問いかける。
「エルフマンは大丈夫ですか?」
「……ええ。ポーリュシカさんの薬ももらったし、怪我は……身体の方は、なんとか大丈夫よ。今は奥で眠ってるわ」
「身体は」大丈夫。だが、心はそうではないと言外に告げていた。
うつむく彼女の細い肩が、微かに震える。昨日の今日で、俺のような「強者」の側にいる後輩に会うのは、今の彼女には酷なのかもしれない。
沈黙が流れる。だが、彼女は不意に顔を上げると、無理に作ったような、痛々しい微笑を俺に向けた。
「……ここで立ちっぱなしも駄目ね。散らかってるけど……あがって」
彼女に促されるまま、俺はストラウス家の敷居を跨いだ。
俺がここに来たのは、ただ見舞いをするためじゃない。
俺を慕い、頼ってくれているこの先輩たちが失いかけている「誇り」と「居場所」を、俺のやり方で繋ぎ止めるためだ。
「エルフマン、グリアが来たわよ」
ミラの呼びかけに応じるように、奥の部屋の扉がゆっくりと開いた。
現れたエルフマンの姿は、昨日の暴挙の凄惨さを物語っていた。顔や腕、全身に巻かれた包帯が痛々しく、歩くたびに苦しげな吐息が漏れている。
「グリア……来たのか……」
「悪いな、ギルドの奴に場所を聞いた。……とりあえず、その身体、回復させてもいいか?」
俺は歩み寄り、エルフマンの身体に手をかざした。
マルド・ギール並みの闇魔法を操る俺にとって、他者の肉体を再構築し、活性化させることなど造作もない。黒い魔力がエルフマンを包み込むと、みるみるうちに傷口が塞がり、鬱血が引いていく。
「……っ、傷が……痛みが消えた……。サンキュ、グリア」
エルフマンは驚いたように自分の腕を確かめ、立ち上がった。身体は元に戻った。
だが、その瞳に宿る陰りまでは拭い去れない。俺は椅子に腰を下ろし、真っ直ぐに二人を見据えた。
「話は聞いた。ギルドのメンバー……ラクサスに暴言を吐かれたそうだな。だが、そんなものを気にする必要はないと思うぞ」
努めて淡々と、事実だけを告げる。
「ギルドの皆は、お前やミラジェーンさんの味方だったと聞いた。当然、俺もその一人だ。あんな男の妄言に、お前たちが傷つく必要なんてどこにもない」
寄り添うような言葉。だが、それを聞いたエルフマンは、拳を血が滲むほど強く握りしめ、床を睨みつけた。
「……そういう問題じゃねえんだ、グリア」
絞り出すような声。エルフマンの肩が、激しい悔しさで小刻みに震え始める。
「あいつが何を言おうと……俺が弱かったのは事実だ。姉ちゃんを、あんなに侮辱されて……目の前でボロクソに言われてるのに、俺はあいつに指一本触れられなかった。姉ちゃんの『誇り』も守れねぇで……何が漢だ……ッ!」
エルフマンの瞳から、大粒の涙が床にこぼれ落ちる。
彼は、ラクサスの言葉に傷ついたのではない。姉を守れなかった自分自身の無力さに、魂を削られていたのだ。
ミラジェーンは、痛々しいほど自分を責め続ける弟の姿を、ただ悲しげに、痛みを分かち合うような目で見守ることしかできなかった。
「エルフマン……」
「俺は弱かったんだ……! こんなに、こんなに駄目だった……! 俺じゃ姉ちゃんを護りきれねえ。グリア、俺は……俺はどうしたらいいんだよ……ッ!」
床に突き立てた拳。その震えは、失った自信と、最愛の姉の誇りを土足で踏みにじられたことへの絶望から来るものだった。かつてあれほど熱心に特訓に励んだ彼が、今、根底から折れようとしている。
部屋の中に、重苦しい沈黙が降りてきた。窓から差し込む陽光さえも、今の二人を照らすにはあまりに明るすぎた。
俺は、俯くエルフマンと、不安げにこちらを見つめるミラジェーンを交互に見据え、静かに口を開いた。
「……エルフマン」
「なんだよ、グリア。俺を……笑うのか……?」
「お前と、ミラジェーンさんに……俺は『選択肢』を与える」
俺の放った言葉は、自分でも分かるくらい冷徹でありながら、この場に漂う停滞を切り裂くような響きを持っていた。
「私達に……?」
ミラジェーンが、そしてエルフマンが、弾かれたように顔を上げた。
その瞳には、困惑と、そして微かな……本当に微かな希望の光が混じっていた。
俺が差し出そうとしているのは、救いか、それともさらなる過酷な道か。
二人は息を呑み、次に俺が紡ぐ言葉を待つために、ただ無言で俺の「闇」を見つめていました。
「一つは、お前に代わって俺がミラジェーンさんを護ることだ」
俺の言葉に、二人は弾かれたように顔を上げた。絶望に沈んでいたエルフマンの瞳に驚愕が走り、ミラの唇が微かに震える。
「俺が彼女を支援する。ラクサスに何か言われたら、俺が奴を倒す。完膚なきまで叩き潰して、二度とあんなふざけた口を叩けないようにしてやる」
「グリア、お前……まさか……ッ!」
エルフマンの声が裏返る。あの日、俺が放った「ミラジェーンさんを奪う」という脅し。それを実行すると言っているのか、と彼は問い詰めるような視線を向けてきた。
「この前の話は忘れてくれ。……交際などしない。ミラジェーンさんが望むなら話は別だが、今回は無条件で護ってやる。お前に代わって、俺が彼女の盾になろうと言っているんだ」
「それじゃ、あなたが……!!」
ミラが声を上げた。彼女の瞳には、感謝よりも先に、俺の身を案じる深い憂慮が浮かんでいた。
「これが一つ目の選択肢だ」
俺は淡々と、有無を言わせぬ口調で告げた。だが、ミラは身を乗り出し、縋るように首を振った。
「駄目よ、グリア! 私たちのことなんていいから、自分の身を守って。あのラクサスを相手にするなんて……。貴方まであんな辛い目にあったら、私……私、もう耐えられないわ!」
彼女の瞳から、堪えていた涙が溢れ出す。自分の誇りを傷つけられた時よりも、俺が自分たちのために傷つく可能性に、彼女は怯えていた。
俺の「闇」がラクサスに劣るなどあり得ないのだが、彼女にとって俺はまだ、守るべき大切な後輩の一人でしかないのだろう。
「……もう一つの選択肢は、聞かないのか?」
涙を流すミラと、歯を食いしばるエルフマン。俺はあえて突き放すような冷徹な声を出し、二人の反応を待った。
「もう一つの選択肢。……俺としては、こっちが本命だ」
俺の声がリビングの静寂を切り裂く。涙を浮かべたミラと、悔しさに顔を歪めるエルフマン。二人の視線が俺の唇に釘付けになった。
「俺が、ミラジェーンさんを現役復帰させる」
「な……お前、何を……っ」
「……」
ミラの瞳が驚愕に見開かれ、エルフマンは言葉を失った。看板娘として、魔法を封印して生きる道を選んだ彼女に「戦え」と言い放つ。それが今の彼女にとってどれほど残酷な響きを持つか、理解していないわけではなかった。
「俺が、ミラジェーンさんを強くする」
「グリア……」
「もちろんミラジェーンさん次第だ。あくまでこれは俺の願望であって、強制はしない。……だが、考えてみてくれ」
俺は一歩、ミラに歩み寄った。
「ラクサスにあれだけのことを言われて、このまま平気な顔をしてギルドにいられますか?」
「…………」
ミラは答えなかった。いや、答えられなかった。否定したくても、昨日受けた傷はあまりに深く、彼女の心に消えない痣を残している。今のままでは、彼女がカウンターに立つたびに、ラクサスの冷酷な嘲笑が幻聴となって響き続けるだろう。
「俺は、ミラジェーンさんにギルドにいてほしいと思ってます。もし貴方が辞めると言うなら、俺は強引にでも引き戻そうとするかもしれない。……ですが、それでは意味がないんだ。貴方は、居心地の悪い場所に縛り付けられていると感じるだけだ」
俺の言葉は熱を帯び、自然と声が低くなる。マルド・ギールとしての傲慢さではなく、一人の人間としての、切実な願い。
「どうせこのまま馬鹿にされ続けてギルドにいるくらいなら……最後に俺のために、強くなってくれませんか」
「グリアのために……?」
「そうだ。俺は、俺が認めた『魔道士』が、あんな雷の青年1人に侮辱されたまま終わるのが我慢ならない。ラクサスに何も言わせないとは言い切れないが、ある程度なら自信がある。
ミラジェーンさんの魔法はギルドメンバーから聞いてます。俺の闇と、貴方の魔人……属性は近い。俺なら、貴方の封じられた力を再び、より鋭い形で呼び覚ませる」
沈黙が再びリビングを支配した。時計の秒針の音だけが、やけに大きく響く。
ミラの瞳の中で、葛藤が渦巻いている。リサーナを失った恐怖、魔法を使うことへの忌避感。そして、目の前で頭を下げるようにして自分を必要だと言ってくれる後輩への、複雑な感情。
「……私、は……」
震えるミラの唇。その視線は、膝の上で握りしめられた自分の白く細い手に向いていた。かつて多くの敵を震え上がらせた、あの「魔人」の手だ。
エルフマンは、そんな姉の姿をじっと見つめていた。自分が守れなかったから、グリアがこうして道を示している。その事実を噛み締めながら、彼は姉の決断を待った。
俺はそれ以上、言葉を重ねなかった。
これ以上は押し付けになる。彼女が自らの意志で「居場所」を護るために立ち上がるのか、それとも静かに去ることを選ぶのか。
「……一晩、考えさせて」
ようやく絞り出されたミラの声。それは、拒絶ではなく、自分自身の心と向き合うための猶予だった。
「ああ。……明日の朝、ギルドの前で待ってる」
俺はそれだけ言い残し、ケーキの箱を置いたまま、ストラウス家を後にした。
夕闇が迫る街を歩きながら、俺は自分の右手に集束する闇の魔力を見つめた。
もし彼女が「戦う」道を選ぶなら、俺は俺の全てを賭けて、彼女を『妖精の尻尾』の最強の一角へと押し上げる。
ラクサス。……お前が踏みにじったものが、どれほどの怪物を生み出すことになるか、その身で思い知らせてやる。
メインヒロイン誰が良い?
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ミラジェーン
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エルザ
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ルーシィ