美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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悪魔の制御

 

 

翌朝、まだ街が眠りの中にあり、ギルドメンバーも顔を出さない時間。俺とミラジェーンさんは、ギルド裏にある人の気配のない広場に立っていた。

 

 

「はぁ、はぁ……っ、く……」

 

 

ミラジェーンさんの体が、淡い紫色の光に包まれる。彼女の代名詞でもある『魔人シュトリ』の姿。だが、その変身はかつての鋭さを欠き、どこか不安定に揺れていた。

 

テイクオーバー——特に悪魔をその身に宿す魔法は、想像を絶する精神力と魔力の供給を必要とする。数年のブランク、そして心の傷。今の彼女にとって、自身の魔力を循環させること自体が、濁流を素手で押し留めるような重労働なのだ。

 

 

「……そこまで。一度、解いてください」

 

 

俺の声に、彼女の変身が霧散するように解ける。膝を突き、肩で息をする彼女の元へ駆け寄り、俺はその白く細い手を握った。

 

 

「っ……あ……」

 

 

微かな驚きを含んだミラの瞳が俺を捉える。俺は構わず、彼女の手から自身の魔力を流し込んだ。マルド・ギール並みの密度を誇る闇の魔力が、彼女の枯渇しかけた魔力回路を優しく潤していく。

 

 

「回復させます。……今度は、もっと強い悪魔をテイクオーバーしに行きましょう。俺の方に当てはありますから。今のあなたの回路を広げるには、外側から強い衝撃を与えるのが一番だ」

 

「グリア……。ふふ、貴方って本当に、歳下とは思えないくらい強引ね」

 

 

彼女は少し困ったように、けれどどこか嬉しそうに微笑んだ。その手から伝わる温もりが、朝の冷気の中で唯一の確かな感触だった。

 

魔法の指導においては一切の妥協を許さないが、相手は一つ上の先輩だ。敬語を崩さず、節度を保ちながらも、俺は彼女の「魔人」としての本能を叩き起こすために魔力を流し続ける。

 

ふと、俺は今朝のことを思い出した。

 

 

 

 

今朝、夜が明ける前に俺が家を出ようとした時のことだ。

玄関先には、すでに準備を整えたエルフマンが立っていた。全身の包帯はまだ痛々しいが、その瞳には昨日までの絶望は微塵もなかった。

 

 

「グリア。……姉ちゃんを、頼む。俺は、俺で自分のやり方で強くなる」

 

 

彼は俺を睨むのではなく、対等の「漢」として認めるような、静かな目をして言った。

 

 

「ああ、分かっている。……お前も、死ぬなよ」

 

「当たり前だ。……あいつに、ラクサスに、俺たちの場所を奪わせやしねえ」

 

 

エルフマンはそう言い残し、修行のために山へと向かった。

 

そしてその数分後、約束の時間より早くギルドの前に現れたミラジェーンさん。彼女は昨日までの泣き腫らした顔を隠すように、けれど隠しきれない強い決意を秘めて、俺の前に立ったのだ。

 

 

『グリア……私、やっぱり、あの場所を守りたいの。貴方に、力を貸してほしいわ』

 

 

あの時の彼女の声は震えていた。けれど、差し出された手は、二度と離さないと言わんばかりに強く握りしめられていた。

 

 

 

「グリア? どうしたの、急に黙って」

 

ミラの声に引き戻される。気がつけば、彼女の魔力は俺の供給によって、訓練前よりも遥かに研ぎ澄まされていた。

 

 

「いえ……。エルフマンも頑張っています。我々も、負けていられませんね」

 

 

俺は彼女の手を離し、再び距離を取る。

 

 

「リハビリの第二段階です。次は、今のテイクオーバーを維持したまま、俺の闇を相殺してみてください。……行きますよ、ミラジェーンさん」

 

「ええ……来なさい、グリア!」

 

 

彼女の瞳に、かつての『魔人』の鋭い光が宿る。

 

俺が放つどす黒い闇の奔流。それを正面から迎え撃つ彼女の姿は、もはや「悲劇のヒロイン」などではなかった。

 

ラクサスが、そしてギルドの皆が目覚める頃には、彼女は一歩、確実に最強へと近づいている。俺の指導は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラジェーンさんとの午前中のリハビリを終え、俺が一人で昼休憩を取っていた時のことだ。

 

静寂を切り裂くように、バチバチと不穏な放電音が響いた。

 

 

「てめえ、いつまであんな雑魚に構ってやがるんだ?」

 

 

見上げると、そこにはラクサスが立っていた。改めて対峙すると、その体躯は威圧的なまでにデカい。俺もマルド・ギール並みの身長はあるはずだが、ラクサスの鍛え上げられた巨体と比べると、どうしても一回り小さく感じてしまう。だが、その威圧感に気圧されるほど、俺の魂は軟弱ではなかった。

 

 

「……俺が彼女を必要とする限りです」

 

 

俺は手にした飲み物を置き、淡々と答えた。その言葉が気に入らなかったのか、ラクサスは鼻で不敵に笑う。

 

 

「はっ、てめえはいつか見限るさ。エルザやあんな女の所にいねえで、俺の所に来いや。雷神衆に入るなら歓迎してやるぜ」

 

「悪いですが、貴方に媚びるつもりは今のところありません」

 

 

俺の拒絶は即座だった。だが、ラクサスはさらに顔を近づけ、その凶暴な眼光で俺を射抜く。

 

 

「へっ、エルザやミラに媚びるくせにか? てめえもたかが知れてるな」

 

 

……雷神衆に入れば、それこそラクサス個人に媚びるのと同義だろう。それを棚に上げて、自分の下に付かない者を「媚びている」と断じる彼の論理は、あまりに独善的で、滑稽ですらあった。

 

俺は反論する価値もないと感じ、彼の発言を無機質なものとして聞き流した。

 

 

「……俺のギルドに雑魚は必要ねえ」

 

 

ラクサスは俺を追い越す際、耳元で低く、毒を吐くように言葉を捨てた。

 

 

「ミラジェーンの下に居続けるなら、いつかてめえも追い出してやる。俺の言葉、忘れんじゃねえぞ」

 

 

去りゆくその背中から放たれる黄金の雷気。俺はそれを背中に受けながら、ふっ、と冷たく口角を上げた。

 

お前のギルド、か。

残念だがラクサス、その独りよがりな支配が続くほど、このギルドは甘くない。

そして、お前が「雑魚」と切り捨てた女性が、次に現れる時にどれほどの深淵を見せることになるか……。

 

俺は一人、静かに闇の魔力を指先に集束させた。その黒い輝きは、正午の太陽の下でも決して消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

火山特有の焦げた空気と、硫黄の臭いが鼻を突く。

俺はミラジェーンさんを連れ、その火山の麓に口を開ける巨大な洞窟へと足を踏み入れていた。

 

 

「来るぞ、ミラジェーンさん」

 

「ええ。……すごいプレッシャーね」

 

 

洞窟の最奥。そこには、ゼレフ書の悪魔の中でも凶悪な個体として知られる魔獣、『紅蓮の冥魔(クリムゾン・ヘルモス)』が待ち構えていた。

 

その巨体は、俺の持つ記憶——マルド・ギールの翼をさらに禍々しく、硬質な紫黒の骨格へと変異させたような両翼を備えている。頭部からは天を衝く二本の角が生え、その口端からは紫黒の炎が漏れ出していた。

 

 

「グルゥゥゥゥ……ッ!!」

 

 

ヘルモスが咆哮と共に、その翼を大きく広げる。刹那、両翼の骨格から紫黒の電撃が迸り、洞窟の壁を容赦なく削り取った。炎と雷。二つの属性を操るその力は、リハビリ中の魔導士が単独で挑むにはあまりに分が悪い。

 

 

「……流石に、今のあなたには荷が重い。俺が削る」

 

 

俺は一歩前に出ると、マルド・ギール直系の闇の魔力を爆発させた。

 

 

「無限針……ッ!」

 

 

地面から突き出した至る所に返しの刃がついてる漆黒の針がヘルモスの巨体を縛り上げ、その電撃を強引に中和する。ヘルモスは紫黒の炎ブレスで対抗しようとするが、俺は放たれたその炎を素手で握り潰し、至近距離からその脳天に闇の衝撃を叩き込んだ。

 

 

「ガ、アァァ……ッ!!」

 

 

強固な鱗が砕け、ヘルモスが力なく膝を突く。圧倒的な実力差。だが、俺は止めを刺さない。

 

 

「ミラジェーンさん、今だ! 俺の魔力を貸す、こいつを喰らえ!!」

 

 

俺は彼女の手を掴み、自身の膨大な闇の魔力をパスとして送り込む。

ミラジェーンさんは一瞬、その強大な力の奔流に目を見開いたが、すぐに覚悟を決めたような鋭い瞳へと変わった。

 

 

「テイクオーバー……ッ! 『サタンソウル』!!」

 

 

彼女の身体が、ヘルモスの持つ紫黒の魔力と共鳴するように光り輝く。

傷つき弱ったヘルモスの魂を、俺の闇が強引に彼女の回路へと押し込んでいく。ヘルモスは断末魔のような声を上げ、光の粒子となってミラジェーンさんの内側へと吸い込まれていった。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

沈黙。

やがて、光が収まった場所に立っていたのは、これまでの『サタンソウル』とは一線を画す姿だった。

 

その背中には、ヘルモスの如き硬質な紫黒の翼。頭部からは禍々しい角が生え、その指先には紫黒の雷気がパチパチと爆ぜている。何より、彼女から放たれるプレッシャーは、先ほどまでの彼女とは比べものにならないほど冷酷で、力強いものに変貌していた。

 

 

「……すごい。力が、溢れてくるわ……」

 

 

彼女は自身の変じた手を見つめ、陶酔したように呟く。

だが、その瞬間。彼女の瞳から理性が一瞬だけ消え、紫黒の魔力が暴走気味に膨れ上がった。

 

 

「ミラジェーンさん! 理性を保て!」

 

 

俺が叫んだ時、彼女の纏う『魔人ヘルモス』の力が、洞窟全体を震わせるほどの衝撃波を放った——。

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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