美女の多い世界に転生した 作:インフェルノ
洞窟内は、もはや地獄の様相を呈していた。
「あ、あ、ああああああ……ッ!!!」
ミラジェーンさんの口から漏れるのは、人間のそれではない、獣じみた咆哮。テイクオーバーした『紅蓮の冥魔(クリムゾン・ヘルモス)』の凶悪な意志が、数年のブランクで弱まっていた彼女の精神の隙間に、冷酷な毒のように染み渡っていく。
バヂィッ!!!
彼女の背に生えた紫黒の硬質な翼から、逃げ場のない超高電圧の雷撃が放たれた。衝撃波が洞窟の天井を砕き、巨大な岩塊が次々と降り注ぐ。
「ミラジェーンさん、理性を保って!!」
俺は地面を蹴り、荒れ狂う魔力の嵐の中へと飛び込んだ。直撃すれば並の魔導士なら塵も残らない雷撃の奔流。それを俺は、マルド・ギール譲りの闇の防壁で強引にねじ伏せ、暴れる彼女の身体を正面から必死に抱きとめた。
「離して……壊す、全部、壊してやる……っ!」
「っ……!」
至近距離で放たれた紫黒の爆炎。そして翼から生じる電撃。
マルド・ギール級の耐久力を誇る俺の身体をもってしても、ゼレフ書の悪魔が放つ本能の輝きは、皮膚を焼き、骨を軋ませるほどのダメージを与えてくる。俺の肩から血が滲み、服が焼け焦げる臭いが漂った。
だが、俺は腕の力を緩めない。今ここで手を離せば、彼女は二度と人間の心へ戻ってこれなくなる。
「ミラジェーンさん……見てください、俺を!!」
俺は彼女の背中に手を回し、自身の深淵なる闇の魔力を、彼女の体内に直接流し込み始めた。それは破壊のための魔力ではない。彼女の精神の奥底で、悪魔の意志に押し潰されそうになっている「ミラジェーン」という核を呼び起こすための、灯火だ。
「大丈夫です……俺がついていますから」
ヘルモスの邪悪な念が、俺の魔力を排斥しようと激しく暴れる。俺の体内にも逆流した魔力が駆け巡り、内臓を灼くような激痛が走る。だが、俺は彼女の耳元で、静かに、しかし断固とした意志を込めて告げ続けた。
「ゼレフ書の悪魔なんかに、貴方は負けない。……あなたは、誰よりも強くて優しい、『妖精の尻尾』の魔導士だ……っ!」
「あ……ぐ……グ、リア……?」
混濁していた彼女の瞳に、一瞬だけ、かつての理性の光が灯る。
紫黒の炎が、俺たちの周囲で渦を巻く。俺の闇と彼女の魔力が混ざり合い、洞窟内は黒と紫の光に包まれた。
どれほどの時間が経っただろうか。
俺はどれだけ攻撃を浴びても、彼女の身体を離さなかった。彼女が自分を取り戻すと信じ、俺の闇ですべての衝撃を受け止め続けた。
やがて、狂ったように放たれていた雷撃が収まり、荒い呼吸だけが洞窟に響き渡る。
彼女の背の翼が、角が、ゆっくりと光の粒子となって消えていく。
「……あ……ああ……」
変身が解け、力なく崩れ落ちる彼女の身体を、俺は優しく支えた。
ミラジェーンさんは、傷だらけになった俺の顔を、震える指先でなぞる。
「……ごめんなさい、私……貴方を、傷つけて……」
「いいんです。……言ったはずです。俺が護る、と」
俺は血を拭い、不敵に笑ってみせた。
その代償は小さくなかったが、確信はある。
今、彼女の魂はヘルモスという強大な悪魔を確かに『飼い慣らし始めた』。
次にこの力が解放される時——それは、あの傲慢な雷の男が、敗北を知る時だ。
暗い、深い底へ沈んでいくような感覚だった。
「あ、あ、ああああああ……ッ!!!」
自分の口から出たはずのその声は、もう私の知っているものではなかった。
テイクオーバーした『クリムゾン・ヘルモス』の、数千年に及ぶ破壊の衝動と人を喰らう飢餓感が、濁流のように私の意識を塗りつぶしていく。
(……やめて。お願い、消えて……!)
心の中で叫んでも、私の身体は私の意志を裏切り、目の前にいる大切な「後輩」を殺そうと牙を剥いた。
背中の翼から迸る紫黒の雷撃が、洞窟を、大気を、そして私を助けようとしてくれるグリアの身体を容赦なく焼き、切り裂いていく。
「ミラジェーンさん、理性を保って!!」
彼の叫びが聞こえる。けれど、私の視界は赤黒い霧に覆われ、彼の姿さえも「排除すべき敵」にしか見えなくなっていた。
(逃げて、グリア! 殺しちゃう……私、貴方を殺しちゃうわ……っ!)
思考が千切れ、獣の本能が私を支配する。次の瞬間、私の身体は至近距離で彼に激突した。でも、彼は避けなかった。それどころか、狂ったように雷と炎を放つ私の身体を、その両腕で強く、折れそうなほど強く抱きしめてきた。
バチィッ!! と、私の放つ電撃が彼の皮膚を焦がす音が聞こえた。
ドォォン! と、私の爆炎が彼の服を焼き、肉を抉る衝撃が伝わってくる。
それでも、彼は離してくれない。
「ミラジェーンさん……!!」
彼の胸板から、温かくて重い、鉄の匂いのする液体が私の頬に飛び散った。
彼の血。私が流させてしまった、彼の大切な血。
その時、彼の中から「闇」が流れ込んできた。
それはラクサスが言ったような汚らわしいものではなく、冷たくて、けれどどこか優しい、深淵のような魔力。その闇は、私の中で暴れるヘルモスの意志を一つひとつ丁寧に縛り上げ、隅に追いやるようにして、私の「心」を暗闇の中から引っ張り上げてくれた。
「大丈夫です……俺がついてますから」
耳元で囁かれる、低くて確かな声。
あの日、リサーナを失ってからずっと私の心に空いていた穴を、その声が埋めていくのを感じた。
「ゼレフ書の悪魔なんかに、貴方は負けない。……あなたは、誰よりも強くて優しい、『妖精の尻尾』の魔導士だ……っ!」
「あ……ぐ……グ、リア……?」
霧が、晴れていく。
赤黒かった世界に、血を流しながらも私を真っ直ぐに見つめる、彼の強い瞳が戻ってきた。
(ああ……私、また……護られたんだわ……)
荒れ狂っていたヘルモスの力が、彼の闇に導かれるようにして、私の血肉へと溶けて馴染んでいくのが分かりました。支配されるのではなく、私が「支配する」側になったのだと、魂が理解した。
変身が解け、力の抜けた私の身体を、彼は優しく支えてくれた。
私は震える指で、自分が傷つけてしまった彼の頬に触れました。
「……ごめんなさい、私……貴方を、傷つけて……」
涙が止まりませんでした。先輩として、彼を導かなければならない立場なのに。
でも、彼は血を拭い、いつものように不敵に、そしてこの上なく頼もしく笑ってみせた。
「いいんです。……言ったはずです。俺が護る、と」
その笑顔を見た瞬間、私の中の迷いは完全に消え去った。
私をここまで連れ戻してくれた、この不器用で、誰よりも強い「後輩」のために。
私はもう一度、あのギルドで『魔人』として立つ。
私たちの居場所を汚し、彼を「雑魚の仲間」と嘲笑った男に、彼から貰った本当の強さを教えるために。
ギルド裏の森。木漏れ日がわずかに差し込むだけの薄暗い空間は、今や濃密な魔力の奔流によって歪んでいた。
「くっ……あああああッ!!」
ミラジェーンさんの叫びと共に、彼女の背中から紫黒の硬質な翼が爆発的に展開される。
ゼレフ書の悪魔『ヘルモス』の魂は、一度屈服させた後もなお、彼女の隙を突いて精神を侵食しようと牙を剥き続けていた。身体の各所に浮かび上がる禍々しい魔紋が、ドクドクと脈打つたびに、周囲の空間がひび割れるような圧が放たれる。
「意識を逸らさないでください。その悪魔の飢餓感すら、貴方の魔力の一部です」
俺は彼女の背後に回り、その震える肩に手を置く。
俺の指先から、深淵なる闇の魔力を一点に集中させて流し込む。それは彼女の魔力回路を強引に拡張し、悪魔の力を「飼い慣らす」ための触媒となる。
「あ……つ……。グリア、の魔力が……入って、くる……っ」
「ここからです。ヘルモスの炎と雷……その両方を同時に練り上げてください」
俺は手を離し、数歩後ろへ下がる。
直後、彼女の手のひらに、凝縮された紫黒の雷球が生成された。その中心部には、岩をも一瞬で蒸発させるほどの超高熱の炎が渦巻いている。
「ハァッ!!」
解き放たれた一撃は、前方にある巨岩のみならず、その背後の大樹をも十数本まとめて消滅させた。
破壊の跡には、紫色の電撃がパチパチと音を立て、熱気で空気が陽炎のように揺れている。かつての『サタンソウル』が純粋な魔力による格闘戦を主としていたのに対し、今の彼女は「概念」に近い悪魔の災禍をそのまま操っていた。
「……ふぅ、はぁ……っ。……どう、かしら?」
変身を解いたミラジェーンさんは、汗を滴らせながらも、その瞳にははっきりとした闘志を宿していた。
彼女の肌は、俺の魔力が馴染んだせいか、どこか透き通るような冷たさを帯び、纏うオーラには慈しみと冷酷さが同居する独特の凄みが備わりつつある。
「流石です、ミラジェーンさん。短期間でここまで馴染ませるとは、正直予想外でしたよ。これならリハビリどころか、完全に『新生』と言っていい」
俺が歩み寄り、労いの言葉をかけると、彼女は少し乱れた髪をかき上げ、挑戦的な、けれどどこか妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふふ♪ そう? やった甲斐があったわね、グリア。貴方が根気強く、文字通り『手取り足取り』教えてくれたおかげだわ」
彼女は自身の掌を見つめ、握りしめる。そこには、二度と誰にも居場所を奪わせないという、静かだが苛烈な決意が宿っていた。
その直後だった。
「よう、こんな所でこそこそとしてやがったか」
不吉な雷鳴と共に、黄金の雷を纏ったラクサスが、森の影からゆっくりと姿を現したのは。
「まだそんな女に構ってやがるのか? いい加減に見限らねえと、余計な事をしてるお前をギルドから追い出してやる」
ラクサスの冷徹な宣告。だが、今のミラジェーンさんは、もうその言葉に震える「弱者」から抜け出しつつあると俺は知っている。
メインヒロイン誰が良い?
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ミラジェーン
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エルザ
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ルーシィ