美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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魔人の復帰

 

 

森の静寂は、ラクサスが放つ黄金の雷気によって無残に引き裂かれていた。大気が重くのしかかり、呼吸をするだけで肺が焼けるようなプレッシャーが広場を支配する。

 

 

「……『そんな女』とは、聞き捨てならないな、ラクサス」

 

 

俺の声は低く、地を這うような冷徹さを帯びていた。だが、ラクサスは挑発を恐れるどころか、さらに口角を吊り上げ、愉悦に満ちた瞳でこちらを見下ろす。

 

 

「言葉通りの意味だよ。何度だって言ってやる。弱い奴はギルドに必要ねえ。俺が作る最強のギルドに、足手まといの弱者は無用だ」

 

 

ラクサスが傲慢に嗤うその刹那。俺は隣に立つミラジェーンの背に、さりげなく手を添えた。

そして、俺の裡に眠るマルド・ギール級の深淵——そこから、ラクサスが今放っている魔力の、少なくとも『三倍』は下らないであろう膨大な闇の奔流を、パスを通じて一気に彼女の魔力回路へと流し込んだ。

 

 

「っ……!? グ、リア……これ……っ、あぁ……っ」

 

 

ミラジェーンの身体が、内側から爆発的に膨れ上がる圧倒的な力の質量に、激しく震える。通常の魔導士なら器が耐えきれず瞬時に霧散するほどの魔力量だ。かつて経験したことのない、天を衝くような魔力の「重さ」に、彼女は困惑し、溺れそうになりながら俺を支えにした。

 

幸いなことに、ラクサスはその傲慢さゆえに、目の前の「看板娘」に俺がどれほどの『猛毒』を注ぎ込んだかに気づいていない。

 

 

「……そこまで言うなら、今の彼女と戦ってみますか?」

 

 

俺の問いかけに、ラクサスは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 

「はっ、笑わせるな。てめえは直接俺とやり合う気力もねえのか? 少しは期待していたんだが、とんだ腰抜けだな。女の背中に隠れて吠えるのが、新人の仕事かよ」

 

 

吐き捨てられた言葉に、ミラジェーンが不安げに俺の袖を引く。彼女は小さな声で、俺にだけ聞こえるように囁いた。

 

 

「……ねえ、グリア。無理よ……いくら魔力を貰っても、私じゃラクサスには勝てないわ……」

 

「いいだろう。面白い」

 

 

ラクサスが右手を掲げると、周囲の空間が激しく放電し、地面が黄金の火花に焼かれる。

 

 

「その女が俺に負けたら、次はてめえの番だ。それでてめえも負けたら、エルフマンも入れて三人まとめてギルドを出ていけ。弱者同士、仲良くどこか別の場所でおままごとでもしてやがれ」

 

 

一方的な処刑宣告。敗北すれば、この世界で唯一の居場所を失う。

だが、俺はフッと静かに口角を上げ、地獄の底から響くような声で呟いた。

 

 

「……良いだろう。その条件、呑みました」

 

「グリア……!? 待って、私は……」

 

 

恐怖と魔力の波に震えるミラジェーン。彼女の華奢な肩が、絶望に小さく縮こまる。俺は彼女の意識に直接、闇の魔力を介して語りかけた。それはもはや言葉ではなく、強制的に彼女の魂を塗り替えるような強い意志の共有だった。

 

 

(大丈夫です、ミラジェーンさん。落ち着いて俺の指示を聞いてください)

 

(……でも、ラクサスは……!)

 

(案ずることはありません。俺の言う通りに動けば……まずはラクサスから、確実に『1ダウン』奪わせますから)

 

(え……?)

 

(……『魔人』の誇りを取り戻すのは、今です。俺を信じて、悪魔を解き放ってください)

 

 

俺の意志が、魔力を通じて彼女の魂の最深部に突き刺さる。その絶対的な勝利の予感に、彼女の瞳から迷いが霧散し、底知れない、冷酷なまでの光が灯り始めた。

 

 

(さあ、行きましょう。ミラジェーンさん、『魔人ヘルモス』の…いや、生まれ変わった貴方の力を見せてください)

 

 

広場を包む魔力の圧が、一変した。

ミラジェーンの足元から、紫黒の衝撃波が円形に広がり、周囲の大地が飴細工のようにひび割れる。

 

 

「……ッ、なんだ、このプレッシャーは……!?」

 

 

初めて、ラクサスの眉根がぴくりと動いた。だが、もう遅い。黄金の雷を飲み込むほどの、紫黒の絶望が、今その翼を広げようとしていた。

 

 

 

 

「ほう、面白そうじゃねえか。その自信、どこまで持つか見ものだな!」

 

 

ラクサスは傲慢に嗤い、周囲の木々を黄金の放電で焼き焦がしながら地を蹴った。

 

まだミラジェーンは、俺から注ぎ込まれた膨大な魔力を内側に押し留めている。傍目には、ただ溢れ出すプレッシャーに耐えているだけに見えるだろう。

 

 

「だが、俺に勝てると思うか!? 来ねえなら、こっちから行くぜ!!」

 

 

ラクサスの身体がまばゆい光に包まれ、一筋の雷と化す。

音速に近い速度でミラジェーンの正面へと突き進む、一直線の突撃——だが、俺の瞳は騙せない。その魔力の揺らぎ、重心の僅かな偏り。あれは本命の攻撃ではない。彼女の動揺を誘い、懐を抉るためのブラフだ。

 

突進の頂点。ミラジェーンの真ん前で、黄金の雷が鋭角に軌道を変えた。

 

 

(左です!! 反応しなくていい、そこへ渾身の一撃を叩き込んでください!!)

 

 

俺の声が、闇の魔力を伝ってミラジェーンの脳内に雷鳴の如く響く。

彼女は俺を信じ、目に見えるラクサスの残像を捨てて、左側へとその細い腕を振り抜いた。

 

 

「——ッ!!?」

 

 

回り込もうとしたラクサスの驚愕の顔が、紫黒の魔力の渦の直前に晒される。

次の瞬間、ミラジェーンは溜め込んでいた俺の魔力を、堰を切ったように一気に解放した。

 

 

「ハァァァァァッ!!!」

 

 

ドォォォォォォォォン!!!

 

 

ただの魔力放出ではない。ゼレフ書の悪魔ヘルモスの怨念と、俺の底知れない闇が混ざり合った、概念的な『爆発』。

紫黒の奔流が広場を飲み込み、回避不能のタイミングで直撃を受けたラクサスは、黄金の雷を強引に剥ぎ取られ、紙屑のように後方へと吹き飛んだ。

 

幾重にも重なる大樹をへし折り、轟音と共に大地を転がっていくラクサス。

爆風が収まった後、そこには立ち込める煙の中から、信じられないものを見たという形相で膝を突く、かつての「最強」の姿があった。

 

 

「……が、はっ……!? な……何だ、今の、威力は……っ」

 

 

広場の中心に立つミラジェーンは、自身の掌から立ち昇る紫黒の煙を見つめ、驚きに目を見開いている。俺は一歩も動かず、冷徹な視線をラクサスへと向けた。

 

 

「……言ったでしょう。1ダウン、まずは頂きましたよ」

 

 

 

 

 

 

ギルドの裏の森でミラジェーンは俺を背にしてラクサスと対峙していた。

 

 

「くくくっ……。知らねえ間に化け物になってたとはな。……てめえ、女を捨てやがったか!」

 

 

瓦礫を跳ね除け、立ち上がったラクサスが狂気混じりの笑い声を上げた。口角から流れる血を無造作に拭い、黄金の雷光をさらに激しく爆発させる。その瞳には、侮蔑ではなく、初めて目の前の「敵」を排除すべき対象として認識した苛烈な殺意が宿っていた。

 

 

「くくくくくっ……。面白いぜ、ミラジェーン。だが……てめえ、俺を舐めんじゃねえぞ!!」

 

 

ラクサスが地を蹴った。一瞬で加速し、視認不可能なほどの速度でまばゆい雷光となって一直線に突撃してくる。だが、俺はその魔力の先読みをさらに一段階、深く潜らせる。

 

 

(……左へ三歩回避!! そのまま、あいつに爆炎を撃ち込んで!!)

 

 

俺の鋭い声がミラジェーンの脳内に響く。彼女は迷うことなく、指示通りに身体をスライドさせた。直後、ラクサスが雷光と共に彼女のいた場所を通り抜けるが、その着地地点に、彼女が置き去りにした紫黒の爆炎が待ち構えていた。

 

 

ドォォォォン!!!

 

 

「なっ……!?」

 

 

足元から突き上げたヘルモスの業火。ラクサスは強引に防壁を張るが、爆風に視界を奪われ、僅かに体勢が崩れる。

 

 

(畳み掛けます! 魔法の連鎖、闇の魔力で爆炎を『増幅』させて叩き込め!!)

 

「——『ダークネス・フレア』!!」

 

 

ミラジェーンが両手を突き出す。俺の流し込んだ闇の魔力が、彼女の放つ炎を黒く塗りつぶし、その破壊力を倍加させる。紫黒の閃光が爆ぜ、ラクサスの巨体が再び後方へと吹き飛ぶ。

 

だが、ラクサスは空中で強引に反転し、地を這うような低空飛行から肉弾戦を仕掛けてきた。雷を纏った右拳が、ミラジェーンの顔面を狙って唸りを上げる。

 

 

(肉弾戦です。躱さなくていい。左に首を傾げ、その隙間にカウンター——顔面を真っ向から殴り抜け!!)

 

 

俺の指示にミラジェーンは、まるで俺の意識と自分の身体が同化したかのような迷いのない動きを見せた。

空を切るラクサスの雷拳。その僅かな隙間に、彼女の拳が吸い込まれるように潜り込む。

 

 

ドガァァァァッ!!!

 

 

俺の「ラクサスの三倍」の魔力ブーストを受けた彼女の一撃。それは、もはや魔導士の拳というレベルを遥かに超えた、破城槌のような質量を持っていた。

 

 

「……が、はぁっ!?」

 

 

驚愕に目を見開くラクサスの顔面を、再び彼女の拳が捉える。

一撃。また一撃と、彼女の拳は正確にラクサスの急所を穿っていく。

一撃一撃の重みがおかしい。物理的な破壊力に、俺の闇が持つ「魂を削る」性質が加わり、ラクサスの非常に高い魔力防御を紙のように引き裂いていく。

 

 

「な、ぜだ……っ。なぜ……これほどまで……ッ!!」

 

 

誇りをズタズタにされ、絶望的な破壊の雨を浴びるラクサス。

俺は一歩も動かず、冷徹な瞳でその蹂躙を肯定していた。

 

 

 

ラクサスは地面を何度もバウンドしながら吹き飛ばされ、砂塵を上げて止まった。

ミラジェーンはそれ以上の追撃はせず、静かに俺の前へと降り立つ。ラクサスの猛攻を幾度か受けたその身体には、焦げ跡や擦り傷といったダメージが刻まれていた。だが、広場に漂う空気の主導権がどちらにあるかは、もはや誰の目にも明らかだった。

 

 

「……あり得ねえ。あり得ねえんだ……。俺は最強の魔導士だぞ……ッ!」

 

 

瓦礫の中から這い出したラクサスは、その場に立ち尽くし、わなわなと両手を震わせていた。その瞳には、信じられないものを見たという驚愕と、底なしの屈辱が渦巻いている。

だが、その様子が変だった。彼の内側から、先ほどまでとは異質の、より暴力的で、どろりとした魔力が噴き出し始めたのだ。

 

 

(ミラジェーンさん。残りの魔力を、すべて使い切るつもりで込めてください。……最後の一撃を撃ちますよ)

 

 

俺の声に、ミラジェーンは無言で頷いた。彼女の周囲に、俺の闇を吸い込んだ紫黒の魔力粒子が渦巻き、空間そのものを歪めていく。

 

対して、ラクサスの身体には黄金の鱗が浮かび上がり、その相貌がより獣に近いものへと変貌していく。雷竜の魔水晶(ラクリマ)が、彼の激情に呼応して限界を超えた出力を叩き出していた。

 

 

「ふざけんな……っ。俺が、看板娘ごときに、後輩のガキに……っ!! 許せねえ……二人揃って消えちまえ!!」

 

 

ラクサスの口に牙が生え、膨大な雷エネルギーがその喉元に集束する。

 

 

「『雷竜の——咆哮』!!!」

 

 

黄金の雷光が、すべてを消し飛ばす勢いで放たれた。

対して、ミラジェーンは両手を真っ直ぐに突き出し、俺から受け取った「三倍の魔力」の残滓をすべてその一点に凝縮させる。

 

 

「——『ダーク・エクスプロージョン』!!!」

 

 

紫黒の巨大な一撃が放たれ、黄金の奔流と正面から衝突した。

広場の中心で、光と闇が激しく拮抗する。衝撃波で周囲の木々が根こそぎ吹き飛び、大地が悲鳴を上げて割れていく。ラクサスの竜の魔力が、執念で闇を押し返そうとする。

 

 

(……振り絞ってください! 『居場所』を護るために!!)

 

(ええ……負けないッ!!)

 

 

ミラジェーンが最後の力を振り絞り、瞳をカッと見開いた。

瞬間、紫黒の闇が黄金の雷を飲み込み、力任せに押し潰した。

 

 

「な……が、あああああああああ!!?」

 

 

逃げ場のない闇の爆発がラクサスを直撃した。大爆発と共に巻き起こった紫の火柱が天を突き、やがて爆煙が収まった時。そこには、二度と立ち上がれないほどの深手を負い、大の字になって倒れ伏すラクサスの無残な姿があった。

 

静寂が戻った森の中で、ミラジェーンは肩で息をしながら、勝利の余韻に震えていた。

 

 

 

「嘘……勝っちゃった……」

 

 

信じられないと言わんばかりに、ミラジェーンは力なく地面に横たわるラクサスを凝視していた。極度の緊張と、己の限界を遥かに超えた魔力行使の代償が、一気に彼女を襲う。ふらりと倒れかかる彼女の華奢な身体を、俺は一歩踏み出し、その細い肩を力強く抱きとめた。

 

 

「凄かったです、ミラジェーンさん。……惚れ直しました」

 

「グリア……」

 

 

彼女は消え入るような声でそう呟いた。ダメージというより、膨大な魔力を短時間で使い切った反動で、その意識は朦朧としている。だが、完全に闇に落ちることはなく、俺の腕の中で荒い息を吐きながら、辛うじてこの場の光景を網膜に焼き付けていた。

 

しかし、戦場に静寂は訪れなかった。

 

 

「……まだだ。……まだ、終わっちゃいねえ……ッ!!」

 

 

ボロボロになり、全身から火花を散らしながらも、ラクサスが執念で立ち上がった。流石の耐久力と言うべきか。だが、その瞳に宿る黄金の雷光は、もはや正常な判断を失った狂戦士のそれだった。

 

 

「『雷竜方天戟(らいりゅうほうてんげき)』……ッ!!!」

 

 

ラクサスが最後の一滴まで魔力を振り絞り、頭上に巨大な雷の槍を形成した。それは周囲の空気を焼き、空間そのものを震わせるほどの高電圧の塊だ。彼の手から放たれた黄金の凶器は、空を切り裂き、俺の腕の中で動けないミラジェーンを目掛けて容赦なく襲いかかる。

 

俺は彼女を抱いたまま、その射線上に音もなく立ちはだかった。

 

 

「——消えろ」

 

 

俺は空いた片手を無造作に振りかざし、迫りくる雷の槍を直接その掌で受け止める。凄まじい衝撃波が周囲をなぎ倒すが、俺の足元は一ミリも動かない。槍から溢れる雷を闇の魔力で強引に握り潰すと、それはただの光の粒子となって霧散した。

 

 

「貴方の負けです、ラクサス。……それとも、これ以上やりますか?」

 

「当たり前だ……ッ! 俺は……ネバーギブアップだ……!!」

 

 

吠えるラクサス。だが、その声には先ほどまでの傲慢さは欠片もなく、ただ己の存在意義を守るための必死な絶叫に似ていた。

 

 

「分かりました。ならば、理屈ではなく魂に刻んでやりましょう」

 

 

俺は静かに、ミラジェーンに触れる魔力だけを慈しむような柔らかなものに変え、それ以外の全方位に向けて、俺の裡に眠るマルド・ギール級の『絶望』を完全に解放した。

 

 

ドォォォォォォォォォォン!!!

 

 

刹那、周囲の巨木が根こそぎへし折れ、大地が強烈な重圧に耐えかねて巨大なクレーター状に沈み込んだ。空はどす黒い闇の色に染まり、ギルドの建物全体を震わせるほどの魔力の咆哮が轟く。

 

 

(あ、ああ……なに、これ……)

 

 

俺の腕の中で、ミラジェーンはその肌で直接感じていた。自分に注ぎ込まれたあの膨大な魔力ですら、彼の持つ深淵のほんの一滴に過ぎなかったことを。自分を優しく支える温もりとは裏腹に、世界を塗りつぶさんばかりに噴き出す、あまりに冷酷で、あまりに高貴な「闇」。その絶対的な強者の威圧感に、彼女の魂は畏怖と共に、抗いようのない熱い震えを覚えた。

 

 

「…………っ、あ、ぁ…………」

 

 

ラクサスの膝が、ガチガチと音を立てて震え始めた。ただの魔力量の差ではない。目の前に立っている存在が、もはや同じ人間という枠組みを超えた「底知れない深淵」であると、本能が理解してしまったのだ。

 

 

「これが、俺の本当の姿です。……これでも、まだ続けますか?」

 

 

暗闇の中で、俺の瞳だけが冷たく、立ち尽くすラクサスを射抜いていた。

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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