美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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彼女が見た世界

 

 

「言葉通りの意味だよ。何度だって言ってやる。弱い奴はギルドに必要ねえ。俺が作る最強のギルドに、足手まといの弱者は無用だ」

 

 

ラクサスの冷徹な言葉が、私の凍りついた心に容赦なく突き刺さる。

リサーナの件があってから、私の心と魔法はボロボロだった。それを、新人のグリアがずっと傍にいて、根気強くリハビリに付き合ってくれた。彼の支えがあったからこそ、ようやく現役復帰が見える終盤の段階まで漕ぎ着けることができたのだ。

 

それなのに――情けない。

 

私は一応、彼の先輩のはずなのに。ラクサスの威圧的な言葉に怯え、また昔のトラウマに引き戻されそうになって俯いている自分が、たまらなく惨めで、悔しかった。

 

その時、私の肩にそっと、大きな手が置かれた。

 

――グリア。

 

彼だと気づいた瞬間、その掌から、信じられないほどの膨大な魔力が私の身体へと一気に流れ込んできた。

冷え切っていた私の内側を、熱く、そして深く満たしていく闇の魔力。それは目の前に立つラクサスをも文字通り三倍は凌駕する、底の知れない異次元の質量だった。

 

普通の魔導士の魔力なら、これほど注がれれば身体が拒絶反応を起こして拒んでしまうはず。

けれど、不思議なほどに彼の魔力は優しく私の血に馴染み、奥底で眠っていた『魔人』の力が歓喜の声を上げるのが分かった。

ただ力が溢れるだけじゃない。彼の魔力に包まれているだけで、心臓を支配していたあの嫌な動悸が、嘘のようにピタリと収まっていく。

 

彼が、ここにいる。ただ隣に立っているだけじゃない。私の心と身体のすぐそばで、一緒に戦ってくれている。

 

「もう独りで抱え込まなくていい」と、彼の確かな温もりが私の頑なな心を優しく解きほぐしていく。これまで必死に走ってきたリハビリの道のりは間違っていなかったのだと、グリアという絶対的な存在が、その魔力をもって全肯定してくれた気がした。言葉では言い表せないほどの、深い安心感が胸に満ちていく。

 

私の身体から、かつてないほど禍々しくも美しい、圧倒的なサタンソウルのオーラが爆発的に燃え上がった。そのただ中で、グリアが静かに口を開いた。

 

 

「……そこまで言うなら、今の彼女と戦ってみますか?」

 

 

その声はどこまでも冷徹で、けれど私にとってはこれ以上ないほど心強い盾だった。

 

それでも、ラクサスを前にすると、まだ少しだけ自信が揺らいでしまう。グリアにここまでしてもらったのに、もし無様な姿を晒してしまったら――。

 

 

「……ねえ、グリア。無理よ……いくら魔力を貰っても、私じゃラクサスには勝てないわ……」

 

 

弱気な声でそう拒絶しようとした、その瞬間だった。

 

 

(大丈夫です、ミラジェーンさん。落ち着いて俺の指示を聞いてください)

 

 

鼓膜を介さず、私の脳内に直接、グリアの落ち着いた声が響き渡った。ラクサスには一切気づかれていない、私と彼だけの秘密の通信。

 

 

(案ずることはありません。俺の言う通りに動けば……まずはラクサスから、確実に『1ダウン』奪わせますから)

 

 

脳裏に響く彼の声は、絶対的な自信に満ち溢れていた。

 

グリアが繋いでくれた魔力と、この脳内に響く声がある限り、私はもう独りじゃない。この人となら、本当に不可能を可能にしてしまうかもしれない。

 

恐怖はいつの間にか消え去り、私の心には、グリアの言葉に応えたいという強い意志が満ちていた。

 

この人が一緒に戦ってくれるなら、私はもう怯えない。先輩としてのプライドも、グリアへの感謝も、すべてをこの一戦に乗せて――私の心には、彼の言葉に応え、あの生意気な男の鼻をあかしてやりたいという強い意志が満ちていた。

 

私は深く息を吸い込み、グリアとのクエストで新たに手に入れた、ゼレフ書の悪魔の力を解き放つ。

 

 

「テイクオーバー――『魔人・ヘルモス』!」

 

 

私の身体が禍々しくも美しい紫黒の鎧に包まれ、真の魔人へと姿を変えていく。まだ、グリアから貰った莫大な魔力は表には出さず、私の内側に深く、深く潜ませたまま。

 

対峙するラクサスが、不敵に口角を上げた。

 

 

「ほう、面白そうじゃねえか。その自信、どこまで持つか見ものだな!」

 

 

その瞳に宿るのは、圧倒的な強者の余裕。彼は私の内側に秘められた『本物』の脅威に、まだ気づいてすらいない。

 

 

「だが、俺に勝てると思うか!? 来ねえなら、こっちから行くぜ!!」

 

 

ラクサスの身体がまばゆい黄金の光に包まれ、一筋の獰猛な雷と化した。音速に近い速度で、私の正面へと一直線に突き進んでくる。常人の目では到底追いきれない、視界を焼き尽くすような電光。

 

だが、その黄金の雷が、私の目の前で鋭角に軌道を変えた。右か、左か、それとも頭上か。視覚の全てが眩惑され、私の思考が一瞬だけ遅れそうになった、その時。

 

 

(左です!! 反応しなくていい、そこへ渾身の一撃を叩き込んでください!!)

 

 

脳内に、グリアの鋭く、迷いのない指示が響き渡った。

 

――彼を信じる。

 

私は目に見えるラクサスの残像を完全に捨て去り、肉眼の情報を無視して、ただ左側だけへとすべての意識を集中させ、腕を思い切り振り抜いた。

 

ドン、と空気が爆ぜる。

まさにその瞬間、私の死角へ回り込もうとしていたラクサスの姿がそこにあった。完全に見切られているとは思ってもみなかったのだろう、彼の傲慢な表情が、驚愕へと染まっていくのがはっきりと見えた。

 

捉えた。私の紫黒の拳が、ラクサスの顔面の直前に晒される。

その刹那、内側に極限まで溜め込んでいたグリアの魔力を、堰を切ったように一気に解放した。

 

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 

それは、ただの魔力放出なんて生易しいものではなかった。

私がテイクオーバーした悪魔ヘルモスの底無しの怨念と、私の内側を満たすグリアの底知れない闇。二つの強大な負のエネルギーが完璧に混ざり合い、臨界点を突破した概念的な『爆発』。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオン!!!

 

 

広場全体を瞬時に飲み込む、紫黒の巨大な奔流。

完全に意識の外から、かつ回避不能のタイミングでその直撃を受けたラクサスは、身にまとっていた傲慢な黄金の雷を強引に剥ぎ取られた。最強を自負していた彼の身体が、まるでただの紙屑のように、凄まじい勢いで後方へと吹き飛んでいく。

 

地面を激しく転がり、砂煙を上げて倒れ伏すラクサスを遠目に見ながら、私は自分の拳を見つめた。

 

本当に、あのラクサスから『1ダウン』奪ってしまった。

 

 

(見事です、ミラジェーンさん。まずは作戦通りですね)

 

 

脳裏に響くグリアの優しい声に、私は胸の奥が高鳴るのを抑えきれずにいた。

 

 

「くくくくくっ……。面白いぜ、ミラジェーン。だが……てめえ、俺を舐めんじゃねえぞ!!」

 

 

ラクサスが獰猛に地を蹴った。一瞬で最高速度へと加速し、視認不可能なほどのまばゆい雷光となって一直線に突撃してくる。

もし私一人だったら、その圧倒的な威圧感と速度の前に、また足が竦んで動けなくなっていたかもしれない。でも、今の私の頭の中には、グリアの声が驚くほど鮮明に響いていた。彼はラクサスの苛烈な魔力の先読みを、さらに一段階、深いところまで潜らせて私を導いてくれる。

 

 

(……左へ三歩回避!! そのまま、あいつに爆炎を撃ち込んで!!)

 

 

私の迷いをすべて消し去るグリアの鋭い声。私は考えるのをやめ、ただ彼の言葉に身体を委ねるように、スライドしながら左へとステップを踏んだ。直後、私の鼻先を掠めるようにして、ラクサスが雷光と共に通り抜けていく。

 

本当に躱せた――! 驚く私を置き去りにして、ラクサスが踏み込んだその着地地点には、グリアの指示通りに私が配置しておいた紫黒の爆炎がすでに牙を剥いて待ち構えていた。

 

ドガァン! と、ラクサスの足元から突き上げたヘルモスの業火。

ラクサスは咄嗟に強引な雷の防壁を張るけれど、至近距離での爆風に視界を奪われ、僅かにその体勢が崩れる。グリアが繋いでくれているこの視界(感覚)のなかで、その隙はあまりにも大きかった。

 

 

(畳み掛けます! 魔法の連鎖、闇の魔力で爆炎を『増幅』させて叩き込め!!)

 

 

グリアの声と私の意志が完璧にシンクロする。

 

 

「――『ダークネス・フレア』!!」

 

 

私が両手を突き出すと同時に、内側に満ちていたグリアの闇の魔力が、私の炎をどす黒く塗りつぶし、その破壊力を何倍にも跳ね上げていく。

私と彼の魔力が混ざり合った紫黒の閃光が激しく爆ぜ、ラクサスの巨体が再び大きな衝撃と共に後方へと吹き飛んだ。

 

だけど、さすがはラクサス。タフさが常軌を逸しているわ。彼は空中で強引に身を反転させると、地を這うような低空飛行から、今度は泥臭い肉弾戦を仕掛けてきた。雷をバチパチと纏った強靭な右拳が、私の顔面を正確に狙って唸りを上げる。

一瞬だけ、かつての戦闘の恐怖が脳裏を過りそうになったけれど、それよりも早く、頭の中に響くグリアの冷静な声が私の心を強く繋ぎ止めた。

 

 

(肉弾戦です。躱さなくていい。左に首を傾げ、その隙間にカウンター――顔面を真っ向から殴り抜け!)

 

 

グリアが「躱さなくていい」と言うなら、絶対に大丈夫。私は彼の言葉を百パーセント信じ、吸い込まれるようにその通りに身体を動かした。

ブン、と私のすぐ耳元を、空を切るラクサスの雷拳が通り過ぎる。その僅かな隙間に、私の拳が寸分の狂いもなく潜り込んだ。

グリアから「ラクサスの三倍」の魔力ブーストを受けた私の一撃。それは、もはや魔導士の拳というレベルを遥かに超えた、城壁をも打ち砕く破城槌のような圧倒的な質量を持っていた。

 

 

「……が、はぁっ!?」

 

 

己の攻撃を完璧に見切られ、驚愕に目を見開くラクサスの顔面を、再び私の拳が捉える。

ドカッ! 激しい打撃音が響く。

一撃。また一撃と、私の拳はグリアのナビゲートに従って、正確にラクサスの急所を穿ち、捉え続けていく。

 

一撃一撃の重みが、先ほどまでとは明らかにおかしかった。物理的な破壊力だけじゃない。私の拳に乗った彼の闇が持つ「魂を削る」という禍々しくも頼もしい性質が、ラクサスが誇る高い魔力防御を、まるで紙のようにいとも容易く引き裂いていくのが拳伝いに伝わってくる。

 

 

「な、ぜだ……っ。なぜ……これほどまで……ッ!!」

 

 

信じられないというように、苦悶の表情を浮かべるラクサス。

 

その後も、私はただひたすらにグリアの指示通りに動き続けた。狂ったように拳を振り回すラクサスから、時折鋭い反撃が飛んでくることもあったけれど、そのすべてが最初からグリアには読まれていた。

 

「ガードして」「受け流して威力を殺して」――。彼の的確な脳内指示があるから、私はほとんどダメージを負うこともない。ラクサスが誇る高い耐久力と魔力、そして体力を、私たちは確実に、冷徹に削り落としていった。

 

完全に戦況を支配している。最強の血筋を持つ男を相手に、私は今、グリアの腕の中で、彼と共に戦い、圧倒していた。

 

 

「……あり得ねえ。あり得ねえんだ……。俺は最強の魔導士だぞ……ッ!」

 

 

ボロボロになった瓦礫の中から這い出したラクサスは、その場に立ち尽くし、わなわなと両手を震わせていた。その瞳には、信じられないものを見たという驚愕と、底なしの屈辱が渦巻いている。

 

だけど、次の瞬間、彼の様子が明らかに変わった。

 

ラクサスの内側から、先ほどまでとは異質の、より暴力的で、どろりとした禍々しい魔力が噴き出し始めたのだ。そのただならぬ気配に息を呑んだ、その時だった。

 

 

(ミラジェーンさん。残りの魔力を、すべて使い切るつもりで込めてください。……最後の一撃を撃ちますよ)

 

 

私の弱気をすべて先回りして消し去ってくれる、愛おしいグリアの声。

私は彼の言葉に、無言で、だけど確固たる決意を込めて深く頷いた。グリアの闇を限界まで吸い込んだ紫黒の魔力粒子が、私の周囲で激しく渦巻き、空間そのものを歪めていく。

 

彼が私の中に注ぎ込んでくれるすべてが、私の身体を、心を、現役時代の全盛期すら遥かに超えた領域へと押し上げていくのが分かった。

 

対するラクサスの身体には、黄金の鱗が浮かび上がり、その相貌がより獣に近いものへと変貌していく。信じられない光景だった。それはまるで彼の中に『雷竜の魔水晶(ラクリマ)』が埋め込まれていて、彼の激しい激情に呼応して、限界を超えた出力を叩き出しているかのようだった。

 

 

「ふざけんな……っ。俺が、看板娘ごときに、後輩のガキに……っ!! 許せねえ……二人揃って消えちまえ!!」

 

 

ラクサスの口に鋭い牙が生え、膨大な雷エネルギーが彼の喉元へと容赦なく集束していく。

 

 

「『雷竜の――咆哮』!!!」

 

 

すべてを消し飛ばす勢いで、黄金の雷光が私に向かって放たれた。世界が真っ白に染まるほどの圧倒的な光の濁流。

 

だけど、私の心には一ミリの恐怖もなかった。だって、私の後ろには、私の手を引いてここまで歩んでくれたグリアがいてくれるから。

 

私は両手を真っ直ぐに突き出し、彼から受け取った「ラクサスの三倍の魔力」の残滓を、すべてその一点へと凝縮させる。

 

 

「――『ダーク・エクスプロージョン』!!!」

 

 

私とグリアの力が一つになった、紫黒の巨大な一撃が放たれ、黄金の奔流と正面から衝突した。

 

広場の中心で、光と闇が激しく拮抗する。凄まじい衝撃波で周囲の木々が根こそぎ吹き飛び、私たちが立っている大地が悲鳴を上げて割れていった。ラクサスの竜の魔力が、狂気じみた執念で私たちの闇を押し返そうと牙を剥く。

 

その圧倒的な質量に、私の腕がほんの一瞬だけ押し戻されそうになった、その刹那。

 

 

(……振り絞ってください! 『居場所』を護るために!!)

 

 

脳内に響いたグリアの叫びが、私の心に本当の火をつけた。

そうだ。私には、リサーナが遺してくれた、エルフマンが待っている、そしてグリアがいてくれるこのフェアリーテイルという大切な居場所がある。弱いからと見捨てられていい場所なんかじゃない。

 

 

(ええ……負けないッ!!)

 

 

私は最後の力を振り絞り、瞳をカッと見開いた。

瞬間、私を包むグリアの闇の魔力が爆発的に膨れ上がり、ラクサスの黄金の雷を真っ向から飲み込み、力任せに押し潰した。

 

 

「な……が、あああああああああ!!?」

 

 

逃げ場のない闇の爆発が、ラクサスを真っ正面から直撃する。大爆発と共に巻き起こった紫の火柱が天を突き、やがて轟音と爆煙がゆっくりと収まっていった。

 

そこには――二度と立ち上がれないほどの深手を負い、大の字になって倒れ伏すラクサスの無残な姿があった。

 

急に静寂が戻った森の中で、私は肩で激しく息をしながら、じわじわと込み上げてくる勝利の余韻に身体を震わせていた。自分の両手を見つめ、信じられない気持ちのまま、ぽつりと声が漏れる。

 

 

「嘘……勝っちゃった……」

 

 

うつむきかけた私の視界に、いつもと変わらない、頼もしいグリアの姿が映り込んだ。

極度の緊張の糸が切れ、己の限界を遥かに超えた魔力行使の代償が、一気に私を襲った。

 

視界がぐにゃりと歪み、ふらりと倒れかかった私の身体を、グリアが一歩踏み出して、その力強い腕でしっかりと抱きとめてくれた。

 

 

「凄かったです、ミラジェーンさん。……惚れ直しました」

 

「グリア……」

 

 

消え入るような声で、彼の名前を呼ぶのが精一杯だった。

怪我の痛みというより、膨大な魔力を短時間で使い切った反動で、頭の中が真っ白になって意識が激しく朦朧としている。

 

それでも私は、完全に闇に落ちてしまうのを拒むように、彼の腕の中で荒い息を吐きながら、必死に目を開けていた。

 

凄く心地良かった。

 

 

だけど、勝負はまだ終わっていなかった。

 

立ち上がる気配がした。ボロボロになり、全身から不快な火花を散らしながら、ラクサスが執念で立ち上がるのがぼやけた視界に映る。

 

その瞳は完全に理性を失い、狂気に染まっていた。

 

 

「『雷竜方天戟』……ッ!!!」

 

 

ラクサスが最後の一滴まで魔力を振り絞り、頭上に巨大な雷の槍を作り出す。

空気を焼き、空間を震わせるほどの黄金の凶器が、彼の腕の中で動けない私を目掛けて容赦なく振り下ろされた。

 

けれど、恐怖はなかった。

 

グリアが私を優しく抱いたまま、その射線上に音もなく、当然のように立ちはだかってくれたから。

 

 

「――消えろ」

 

 

グリアの冷徹な声。彼は空いた片手を無造作に振りかざし、迫りくる雷の槍を直接その掌で受け止めた。

 

凄まじい衝撃波が周囲をなぎ倒すけれど、私を抱くグリアの身体は一ミリも揺るがない。溢れる雷を彼が闇の魔力で強引に握り潰すと、それは一瞬でただの光の粒子となって霧散した。

 

 

「貴方の負けです、ラクサス。……それとも、これ以上やりますか?」

 

「当たり前だ……ッ! 俺は……ネバーギブアップだ……!!」

 

「分かりました。ならば、理屈ではなく魂に刻んでやりましょう」

 

 

その瞬間、私に触れるグリアの魔力だけが、私を慈しむような、ひどく甘くて柔らかなものに変わった。

そして――それ以外の全方位に向けて、彼の裡に眠る本物の『絶望』が完全に解放された。

 

ドクン、と私の心臓が跳ねる。

重圧に耐えかねて大地が巨大なクレーター状に沈み込み、空がどす黒い闇の色に染まっていくのを、私は朦朧とした意識の中で肌で感じていた。

 

 

(あ、ああ……なに、これ……)

 

 

グリアの腕の中で、私はその温もりに包まれながら、途方もない衝撃に震えていた。

さっきまで私に注ぎ込まれていた、ラクサスの三倍ものあの膨大な魔力ですら、彼の持つ深淵のほんの一滴に過ぎなかったのだ。

 

私を優しく支えるこの格別な温もりとは裏腹に、世界を塗りつぶさんばかりに噴き出していく、あまりに冷酷で、あまりに高貴な「闇」。

 

その絶対的な強者の威圧感に、私の魂は深い畏怖と共に、抗いようのない熱い震えを覚えていた。底の知れない彼の闇が、たまらなく愛おしくて、心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

ラクサスは何も言えなかった。ただその場に崩れるように膝をつき、圧倒的な絶望感に襲われながら、歯をガチガチと鳴らして震えているだけだった。

 

俺の放つ闇の重圧が、彼の誇りと闘志を文字通り塵へと変えていく。限界を迎えた彼の心がへし折れる音が、静寂の中で確かに聞こえた気がした。

 

俺は腕の中のミラジェーンをしっかりと支え直し、恐怖に凍りつくラクサスに向けて、そのまま無慈悲に一歩前へと足を踏み出した。その瞬間だった。

 

 

「……そこまでじゃ」

 

 

低く、しかし確かな威厳を持った声が、張り詰めた空間を割って響いた。

 

そちらへ視線を向けると、いつの間にかギルドの裏手へと続く道に、マスター・マカロフが立っていた。その背後には、ただならぬ魔力の奔流を察知して駆けつけたエルザやビスカ、そして多くのギルドメンバーたちが、驚愕の表情を浮かべて佇んでいる。

 

誰もが、へし折られたラクサスの無残な姿と、俺が世界を塗りつぶさんばかりに放つどす黒い闇の深淵に、息を呑んで硬直していた。

 

 

「もう終わりじゃ、グリア。勝敗は決した。……お前とミラの勝ちじゃ」

 

 

マカロフは静かに俺を見据え、言い渡した。その瞳には、俺の持つ規格外の『力』に対する警戒と、それ以上に、ストラウス姉弟を救い上げてくれたことへの、深い感謝の念が滲んでいるように見えた。

 

 

「……そうですか」

 

 

俺は短く応じると、周囲を圧殺していた闇の魔力を一瞬で霧散させた。どす黒い雲が晴れるように世界が光を取り戻し、広場にようやくまともな空気が流れ始める。

 

俺は地面に這いつくばったまま、二度とこちらを見上げようとしないラクサスを一瞥した。もう、彼がこの二人に不遜な言葉を投げかけることは二度とないだろう。

 

 

「……グリア……」

 

 

腕の中で、ミラジェーンが微かに視線を動かし、俺の胸元を小さく掴んだ。その瞳には、恐怖ではなく、絶対的な安心感と、どこか熱を帯びた信頼の色が宿っていた。

 

 

「大丈夫です、ミラジェーンさん。もう、我々の居場所を脅かす者は誰もいません」

 

 

俺は彼女の耳元でそう囁くと、集まったギルドメンバーたちの驚嘆と畏怖の視線を浴びながら、彼女を横抱き(お姫様抱き)にしたまま、迷いのない足取りで歩き出した。向かうのは、彼女を静かに休ませるためのギルドの医務室だ。

 

こうして、俺の仕掛けた「悪役の荒療治」から始まったストラウス家の新生、そしてギルドの勢力図を根底から覆す戦いは、俺たちの完全な勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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