美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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戦い終わって

 

 

極度の緊張と疲労から解放された私の身体は、まるで鉛のように重く、自分の意志では指先ひとつ動かすことすらできなかった。けれど、不思議と恐怖や不安はどこにもない。私を横抱きにして、静かに、だけど確実な足取りで歩むグリアの腕の温もりが、私の心を満たしていたからだ。

 

耳を澄ませば、ドクドクと規則正しく刻まれる彼の心臓の音が聞こえる。

世界を文字通り平伏させたあの圧倒的な『絶望の闇』を放った人とはとても思えないほど、私を支える彼の掌はどこまでも優しく、暖かかった。

 

薄暗い視界の中で、ギルドの裏口から入り、静まり返った廊下を通って医務室へと運び込まれる。

 

 

「じっとしててください、今回復させますから」

 

 

グリアは私をそっとベッドへと横たえると、すぐにその手から淡い紫黒色の光を放った。彼の闇魔法を起源とする、独特の治癒魔術。私の内側で悲鳴を上げていた筋肉や、空っぽになって干からびかけていた魔力回路が、じわじわと心地よい熱で満たされていくのが分かった。

 

息の苦しさが引き、頭の靄が晴れていく。それでも、グリアは眉間に微かに皺を寄せたまま、私の右手をごつごつとした大きな両手で包み込み、そっと目を閉じた。

 

 

「……グリア。そんなに心配しなくても、もう大丈夫よ」

 

 

まだ少し掠れる声でそう語りかけると、グリアはゆっくりと目を開け、真剣そのものの瞳で私を見つめ返した。

 

 

「いえ、ダメです。俺の魔力をあれだけの規模で、しかもミラジェーンさんの限界を超えた出力で同調(リンク)させたんです。属性が『闇』同士で相性が良いとはいえ、魔力回路の細部に歪みや拒絶反応が出ていないか、ちゃんとチェックしないと気が済みません。……少し、冷たいものが流れる感覚がするかもしれませんが、我慢してくださいね」

 

 

そう言って、彼は再び私の手から、自身の魔力を一筋の糸のようにして滑り込ませてきた。

グリアは「冷たい」なんて言ったけれど、私の感覚は全く逆だった。彼の魔力の残り香が、私の血の巡りに合わせて身体の奥深くへと染み渡っていくたびに、何とも言えない甘やかな充足感が全身を駆け巡る。

 

 

「……平気よ……。ちっとも、嫌じゃないわ」

 

 

むしろ、ずっとこのままでいてほしい。彼の魔力に内側から抱きしめられているようなこの感覚が、たまらなく愛おしくて、心地よくて、ずっとこの時間が続けばいいのにと不謹慎なことさえ願ってしまう。リサーナを失ってから、私の心はずっと凍りついたように冷え切っていた。それを、新人の彼が寄り添い、温め、こうして現役の力を取り戻すところまで導いてくれたのだ。彼に対する信頼は、もう言葉にできるような領域を遥かに超えていた。

 

贅沢な安心感に浸りながら、ベッドから天井を見つめる。

すると、身体の痛みが引いて冷静になったせいか、ついさっきまで外の広場で繰り広げていた凄惨な光景が、急に鮮明なリアリティを持って脳裏に蘇ってきた。

 

 

「……ねえ、グリア」

 

「はい、どうしました? まだどこか痛みますか?」

 

「ううん、身体はもうすっかり落ち着いたわ。そうじゃなくて……その、ラクサスのことなんだけど」

 

 

言いながら、私は自分の両手をじっと見つめた。

 

グリアの的確なナビゲートがあったとはいえ、あのプライドか塊のようなラクサスを、文字通り完膚なきまでにボロボロにしてしまった。最後は私の『ダーク・エクスプロージョン』で、大の字にして地面に叩きつけてしまったのだ。今更になって、その事実の重みがじわじわと胸に去来してくる。

 

 

「私、結構本気でラクサスをボコボコにしちゃったわよね……。あの後、あなたが見せた本当の魔力にも、彼は完全に圧倒されていたわ。……ラクサス、立ち直れるかしら」

 

 

ぽつりと溢した言葉に、グリアは少し意外そうな顔をして動きを止めた。

 

 

「彼が立ち直れるかどうか、ですか。……正直に申し上げれば、俺には分かりませんし、興味もありません。あそこまでミラジェーンさんを侮辱し、ギルドの仲間を足手まといと切り捨てた男です。魂の芯までへし折られて当然の報いを受けたと、俺は思っています」

 

 

淡々と、冷徹に言い切るグリアの言葉には、ラクサスへの慈悲など一滴も含まれていなかった。

その容赦のなさは、私を護るため、私を侮る者を許さないという彼なりの深い愛情の裏返しなのだと分かっている。だから嬉しくもあるのだけれど……同時に、少しだけ複雑な気持ちにもなってしまう。

 

 

「そうね。あんな酷いことを言ったラクサスが悪いし、最後に手を下したのは私だわ。だけど……どんなに生意気で、どんなに敵対するような態度を取っていても、ラクサスだってこのフェアリーテイルの仲間だし、私たちにとっては家族であることに変わりはないのよ」

 

 

そうなのだ。マスター・マカロフの孫であり、幼い頃からこのギルドで共に育ってきたラクサスは、不器用で、捻くれていて、今は間違った方向へ突っ走っているけれど、切り捨てていい他人ではない。いつかきっと、目を覚ましてくれると信じたい大切な家族。

 

 

「グリア。あなたにとっては……まだ、その『ギルドの仲間は家族』っていう認識が、少し薄い気がしちゃうな」

 

 

私は彼の手を少しだけ握り返しながら、少し困ったような笑みを向けた。

グリアは強すぎる。世界の理にも匹敵するような規格外の強さと、深淵の闇をその身に宿している彼は、その気になれば世界すら一人で渡り歩いていける存在だ。

だからこそ、一つの場所に縛られ、傷つけ合ってもなお「家族」と言い張る魔導士ギルドという歪で温かいコミュニティの本質が、まだ完全には腑に落ちていないのかもしれない。

 

もし、今回のことで彼がギルドの誰かから恨まれたり、孤立したりしたらどうしよう。手を下したのは私なのに、彼にすべての泥を被せるようなことになってしまったら――。

 

 

「なんてね……ちょっと心配になっちゃった。私を想ってくれた結果なのに、私、我が儘ね」

 

 

そんな私の取り留めのない、だけど本気の心配を静かに聞いていたグリアは、ふっと張り詰めていた表情を緩め、どこか呆れたような、だけどこれ以上ないほど愛おしげな眼差しで私を見つめた。

 

 

「本当に、ミラジェーンさんはお優しい人ですね。あんな男の心配までして……。ですが、安心してください。俺がこのギルドにいるのは、フェアリーテイルという看板が好きだからでも、仲間とやらが愛おしいからでもありません。ただ、俺の全力を注いで護りたいと決めた大切な『あなた』が、ここにいる。それだけが、俺のすべてです」

 

 

迷いのない、真っ直ぐな言葉が、私の心臓をドクリと跳ね上げさせる。

 

 

「だから、あなたがその『家族』とやらを護りたいと言うなら、俺はそれに従います。ラクサスがまた馬鹿な真似をしようとしたら、その時は俺が、今度こそ完全に、あなたの手を汚させずに教育して見せますから」

 

 

そう言って、グリアは私の手を包む力を少しだけ強めた。彼の内側から流れ込んでくる温かい魔力が、私の心配をすべて溶かしていくように優しく広がっていく。

 

 

「ふふ、やっぱりあなたには敵わないわね……」

 

 

私は降伏を認めるように、幸福な吐息を漏らしながらベッドに深く沈み込んだ。

ラクサスのことも、ギルドの行く末も、まだまだ問題は山積みかもしれない。けれど、私のすぐ隣で、私の手を握り、私のすべてを受け止めてくれるこの最強の「闇」がいてくれる限り、私はもう何も怖くない。

 

私の中に残る彼の魔力の温もりを感じながら、私は静かに、現役復帰への確かな一歩を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに横たわるミラジェーンは、まだ完全に回復しきっていない重い身体を横たえながら、俺の手を小さく握り返して困ったように笑っていた。

 

彼女が口にした言葉――「グリア、あなたにとってはまだ、ギルドの仲間は家族っていう認識が少し薄い気がしちゃうな」という指摘は、俺の胸の奥に冷たい楔となって深く突き刺さった。

 

目の前で俺を見つめている彼女にたしなめられて、俺は初めて、自分が置かれている状況を客観的に見つめ直す。

 

 

(……俺は、ラクサスを『敵』と見なしすぎていたのかもしれない)

 

 

いや、脳内で思考を巡らせながら、俺はすぐにその推論を一部否定する。

今回の件に関して言えば、俺の選択はこれでよかったはずだ。これ以外の方法などあり得なかった。リサーナを失ったあの悲劇の日から、心を閉ざし、魔法を恐れ、ただの看板娘として身を引いていたミラジェーン。彼女の失われた魔導士としての誇りと、前に進むための気力を真にステップアップさせて取り戻すには、ラクサスという圧倒的な壁を自らの手で打ち破らせる以外、俺には思いつかなかったのだから。

 

だが、彼女の憂いを帯びた瞳を見つめているうちに、俺の脳裏に忘れていた「記憶」が鮮明に蘇ってきた。

 

 

そうだ、思い出した。原作の知識を持つ俺は知っているはずだ。ラクサス・ドレアーという男が、決して最初から望んであそこまで冷酷で歪んだ性格になったわけではないということを。

 

彼は、聖十大魔導の一人であり、このギルドの精神的支柱であるマスター・マカロフの孫だった。

その偉大すぎる血筋が、彼にとってはあまりにも重い呪いだったのだ。少年時代から血の滲むような努力を重ね、どれほど魔導士としての圧倒的な実力を伸ばしたとしても、周囲の人間は誰一人として「ラクサス自身」を見てはくれなかった。誰も彼の個人の努力を認めなかった。

 

 

『マカロフの孫なんだから、それくらい強くて当然だ』

 

『やはりドレアーの血筋は特別だな』

 

 

そんな色眼鏡で見られ続ける日々。ラクサスはそれが何よりも気に入らなかったし、何よりも傷ついていた。どれほど叫んでも、どれほど実績を挙げても、誰も一人の男としての自分を正当に評価してくれない。その絶望と孤独の果てに、彼の少年らしい純粋さは摩耗し、最強という力への執着だけが肥大化して、性格が酷く歪んでしまったのだ。

 

 

(原作を知っていたのなら、俺はもう少し冷静になるべきだったな……)

 

 

口には出さず、心の中で苦い自嘲を溢す。

前世の記憶、いわゆる「原作のシナリオ」を知っているというアドバンテージがありながら、俺はミラジェーンの心を護りたいという己の私情と激しい執着に流され、ラクサスの背景にある悲哀を見落とし、ただの不届き者として徹底的に排除しようとしてしまった。

 

それと同時に、俺の胸に言い知れぬ暗い影が広がっていく。

ミラジェーンやエルザ、そしてまだまともに会話すらしていないこの世界の本来の主人公であるナツのように、ギルドの皆を血の繋がりを超えた「家族」だと本気で想い、信じ切る思想を、俺はまだこれっぽっちも持ち合わせていない。

 

どれだけフェアリーテイルの紋章(ギルドマーク)を肌に刻み、彼らと同じ空間で呼吸をしていたとしても、俺の根底にあるのは「マルド・ギール並み」と称される冷徹な深淵の闇だ。俺にとって最も優先されるべきは真っ先に仲良くなったミラジェーン達の安寧であり、極論を言ってしまえば、それ以外のギルドメンバーがどうなろうと知ったことではない。

 

 

(……やはり、俺はこの世界の、このギルドの『異分子』なのだな)

 

 

今更になって、その事実を冷酷なほど自覚させられた。

彼女の隣に並び立ち、彼女と同じ景色を見たいなどと大言壮語を吐いていた自分が、とんだ思い上がりの塊に思えてくる。

 

もし、このギルドに真の危機が訪れた時、俺はナツたちのように、己の命すら投げ打ってギルドメンバーのために死力を尽くすことができるだろうか。彼らが当たり前のように共有している、泥臭くも強固な「絆」の本質が、いつか俺にも心から理解できる日が来るのだろうか。

 

繋がれたミラジェーンの手の温もりを感じながらも、俺の心はどこまでも冷めていくのを感じていた。

このままの歪な精神性のままフェアリーテイルに居座り続けることは、長期的に見て彼女を、そして周囲を不幸にするかもしれない。

 

 

「ミラジェーンさん、少し、これからの動きを考えておきます」

 

 

俺は彼女に優しく微笑みかけながら、心の中で固く決意していた。

原作開始前というこの執行猶予の期間に、自分がこの世界でどう生きるべきか、そして彼女の隣に居続けるためにどのような存在であるべきか――俺は今後の身の振り方と、己の在り方を、根本から徹底的に見直すことに決めた。

 

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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