美女の多い世界に転生した   作:インフェルノ

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雷の独白

 

 

あれから、丸三日間ギルドを休んだ。

 

自分の部屋のベッドに大の字になり、ただぼんやりと天井を見つめるだけの三日間。頭に血が上り、ズキズキと痛む肉体を引きずりながら、俺はあの日の光景を、屈辱を、何度も何度も反芻していた。

 

あの時、俺は自分が間違いなくギルド最強の男になったと確信していた。

エルザの女狐めは俺よりずっと弱い。新人のガキに付きっきりにさせ、情けなくもリハビリなんてものに興じているミラジェーンなぞ論外中の論外。ナツのトカゲ野郎なんて、最初から俺の眼中にすら入っていなかった。

じじいの血を引いてる事なんか関係ねえ。誰よりも血の滲むような努力を重ね、誰よりも圧倒的な力を手に入れた俺が、このフェアリーテイルの頂点に立っている。

――それは揺るぎのない事実のはずだった。

 

それが、どうだ。

新人とのリハビリを終えようとしていたミラジェーンに、俺は一方的にボコられた。

手も足も出なかった。あいつの放つ一撃一撃の重さは常軌を逸していて、まるで巨大な城壁の破片を直接叩きつけられているかのような錯覚さえ覚えた。かつて『魔人』と恐れられた全盛期の力なんて生易しいものじゃない。俺の誇る雷竜の魔力防御を、まるで薄い紙切れのように、いとも容易く引き裂いて、魂の芯まで削り取っていくような悍ましい闇。何度も地に叩きつけられた。

 

それでも、俺は己のプライドの全てを懸けて、気力だけで立ち上がった。

見れば、ミラジェーンの奴は既に全魔力を使い果たし、力尽きかけている。あと一撃。最後の一撃さえ当てることができれば、俺の勝ちだ。最強の座は俺のものだ。そう信じて、最後の一滴まで魔力を絞り出し、渾身の『雷竜方天戟』を放った。

 

だが――その黄金の凶器は、あの新人のガキ、グリアに、あまりにも簡単に、無造作にかき消された。

 

信じられなかった。片手で、まるでまとわりつく羽虫でも払うかのように、俺の最大火力の魔法が握り潰され、光の粒子となって霧散していく。

それでも俺の心は折れていなかった。「まだ終わってねえ」と、泥水をすするような執念で、敵を睨みつけた。

 

その瞬間だった。

新人の奴の目が、本気になった。

 

良いさ、来やがれ、お前を潰してやる――そう虚勢を張ろうとした俺の思考は、直後に解き放たれた奴の『本物の魔圧』によって、一瞬で消し飛ばされた。

 

周囲の空間そのものが自重でひび割れ、大地が巨大なクレーター状に陥没していく。空がどす黒い、本物の絶望の色に染まっていく。

 

 

「あ……、あ……」

 

 

声が、まともに出ねえ。喉の奥が完全に張り付き、酸素を吸うことすら拒絶されるような圧倒的な重圧。

生物としての本能が、目の前にいる存在を『絶対に逆らってはならない深淵』だと理解し、激しく警鐘を鳴らしていた。全身の骨という骨、筋肉という筋肉がガタガタと震え、制御が効かない。

抗う余地など、最初から一ミリも存在しなかったのだ。俺はそのまま、己の意思とは無関係に、情けなく地面へと膝を突き、崩れ落ちた。

 

次に意識が覚醒した時、目の前には奴もミラジェーンもいなかった。

代わりにいたのは、じじいの野郎だった。じじいは、これまでに見たこともないほどに冷徹で、哀しみに満ちた瞳で、地面に大の字になって倒れ伏す俺を静かに見下ろしていた。

 

 

「お前は、自分のしたことが分かっているのか」

 

 

じじいの声は低く、重かった。

 

だが、その言葉自体には、当時の俺は何とも思わなかった。「チッ、また説教かよ」としか感じなかった。

 

だが…本当に、ザマアねえな。

何が最強だ。何がギルドの頂点だ。

俺は……俺は、こんなに弱かったのかよ。

 

じじいの静かな糾弾を浴びながら、俺の脳裏には、あの日、戦いの数週間前に俺がミラジェーンに吐き散らした言葉の数々が、最悪の鮮明さを持って蘇ってきた。その言葉のすべてが、今度は鋭い刃となって、俺自身の胸にそっくりそのまま突き刺さり、跳ね返ってきた気分だった。

 

 

『てめえみたいな戦えねぇ雑魚が、あの男をたぶらかすのは勿体ねぇと思ってたところだ。丁度いい、あいつは俺の下に引き入れてやる。あいつの力は、俺のような強者にこそ相応しい』

 

 

笑わせるな。強者に相応しいだと?

グリアのあの底知れない深淵の闇を前にして、まともに立つことすらできず、声も出せずに震えて縮こまっていたのは、この俺の方じゃないか。あんな規格外の化け物を「俺の下に引き入れる」などと、よくもまあそんな反吐が出るような身の程知らずなセリフが吐けたものだ。滑稽にも程がある。

 

 

『この際だ、はっきり言ってやる。弱い奴はこのギルドに必要ねえ。特に、戦う力も失くして『看板娘』なんておままごとに興じてるような出涸らしはな。エルザ、てめえやミラみてえな雑魚が新人の面倒を見てるってのが、そもそも論外なんだよ』

 

 

耳の奥で、自分の傲慢な声がリフレインする。弱い奴は必要ねえ、か。その言葉をそのまま、今の俺に熨斗をつけて返してやるよ。

復活したミラジェーンの足元にも及ばず、新人の前では戦う力すら完全に失くして地面を這いつくばっていた出涸らしは、一体どこのどいつだ。

看板娘のおままごとだと見下していた相手に、プライドを粉々に打ち砕かれ、最強の血筋に頼らねえ努力の天才というメッキをこれ以上ないほど無残に剥ぎ取られた。論外なのは、他ならぬ俺自身だった。

 

胸の奥からドロドロとした黒い感情が湧き上がり、屈辱と、自己嫌悪と、あまりの情けなさに頭がおかしくなりそうだった。あの日から三日間、俺は部屋に引きこもり、自分の無力さを嫌というほど突きつけられ続けていた。

 

そして、4日目。

ようやく少しだけ動くようになった身体を引きずり、俺は久しぶりにギルドへと足を向けた。

もちろん、まともに正面から入る気なんて起きねえ。誰の目にも触れたくなくて、ギルドの裏手を歩いていた、その時だった。

 

 

「――待っていましたよ、ラクサス」

 

 

背後からかけられた、低く、どこまでも冷静な声に、俺の身体がびくりと硬直した。

ゆっくりと振り返ると、そこにはあのあの日、俺を完全に絶望の底へと叩き落とした新人のガキ――グリアが、感情の読めない瞳で静かに佇んでいた。

 

ギルドの裏の薄暗い影の中で、奴は俺を呼び止めたのだ。

 

 

「何の用だ、テメエ……。ミラの後ろで糸を引いてた黒幕が、今度は俺を直々に嘲笑いに来たってか?」

 

 

絞り出すような俺の声は、自分でも驚くほど低く、掠れていた。

ギルドの裏手、薄暗い建物の影。背後に佇むグリアを振り返りながら、俺は拳を血が滲むほど固く握りしめた。三日間の引きこもり生活で、身体の傷はあらかた塞がったが、魂に刻まれた屈辱の傷口からは、今もドロドロとした黒い感情が絶え間なく溢れ出している。

ミラジェーンに敗北し、この新人の圧倒的な魔圧の前に無様に膝を突いたあの日から、俺の世界は一変した。目の前にいるのは、俺から『最強』の看板を容赦なく剥ぎ取った張本人だ。そんな奴が、わざわざ誰もいないこんな場所に俺を呼び出した意図など、一つしか思い浮かばなかった。

 

だが、グリアは眉一つ動かさず、感情の読めない底冷えのする瞳で俺を見据えたまま、淡々と言い放った。

 

「嘲笑う? まさか。俺はただ、3日間も部屋で膝を抱えていた『最強(笑)』の先輩が、どれほど惨めな顔をしているか見に来ただけですよ」

 

「……ッ!」

 

 

奴の口から出た剥き出しの侮蔑に、俺の頭に一瞬で血が上る。脳裏の導火線に火がつき、身の内に残る黄金の雷がパチパチと狂ったように火花を散らした。今すぐにでもこの生意気なツラを殴り飛ばしてやりたいという衝動が全身を駆け巡る。

しかし、そんな俺の威嚇など最初から意に介していないように、グリアはさらに冷酷な言葉のナイフを、俺の胸の最も柔らかい場所に突き立ててきた。

 

 

「あんたがミラジェーンさんに負けたのは、あんたの雷が弱いからじゃない。あんたの戦い方が『傲慢で単調』だからだ。自分の力に溺れ、敵の動きを読むこともせず、ただ力任せに殴るだけ。そんな旧時代の戦い方じゃ、俺の爪を研ぐ砥石にすらならない」

 

 

心臓を直に鷲掴みにされたような衝撃だった。

弱いから負けたのではない、戦い方が傲慢で単調だからだ、と奴は言った。それは、あの日ミラジェーンの拳に翻弄され、自分の攻撃がことごとく先読みされ、虚空を切り裂き続けたあの絶望的な戦闘の解答そのものだった。

俺は自分の手に入れた雷竜の圧倒的な破壊力に、その絶対的な出力に完全に胡座をかいていた。敵がどう動くか、どう仕掛けてくるかなど考える必要すらない、ただ上から力任せに圧殺すればいい――その傲慢さを見透かされ、完璧に対策され、搦め取られたのだ。

旧時代の戦い方。俺が誇ってきた最強の武が、この男にとっては、自分の爪を研ぐための道具にすら値しないと言い捨てられた。

 

 

「てめえ……どこまで俺を舐めれば気が済む……ッ!」

 

 

歯茎から血が出るほど奥歯を噛み締め、俺はグリアを睨みつけた。視線だけで人間を殺せるなら、今の俺は間違いなくこの男を塵も残さず消し飛ばしていただろう。だが、奴はそんな俺の刺すような殺意を、大気を受け流すかのように平然と受け止めている。実力差は歴然だった。悔しいが、ここで怒り狂って殴りかかったところで、また無様に地面を這いつくばる結末にしかならないことを、俺の肉体が、本能が理解してしまっていた。

 

沈黙が二人の間に重くのしかかる。ひとしきり視線で激しく睨み合った後、奴はふっと視線を僅かに落とし、再び静かに口を開いた。

 

 

「俺は事実を言っただけです。それはそうと……。ラクサスさん、貴方って実は努力の天才なんだな」

 

「……あ?」

 

 

予想だにしない方向から飛んできた言葉に、俺は思わず毒気を抜かれたような声を漏らした。

努力の天才。じじいの孫だ、ドレアーの血筋だと、生まれ持った血統ばかりを騒ぎ立てられ、怪物扱いされてきたこの俺に向かって、この男は何を言っているんだ。

 

からかわれているのか、あるいは新しい嫌がらせの類か。そう身構える俺の疑念を置き去りにして、グリアは淡々と、しかし俺の過去をすべて見透かしているかのような冷徹なトーンで言葉を重ねた。

 

 

「親が優秀だから子供が優秀と言うことは、この世界じゃ珍しくありません。ですがそれは、親が子供に自分の技術を英才教育で仕込んだ場合の話です。ですが……貴方は肉親から大した恩恵を受けられず、弱い身体に生まれ、雷竜の魔水晶(ラクリマ)を身体に埋め込んでから、やっと地道に泥臭く這い上がって来たと聞いてます」

 

 

ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

じじいの影、そしてあのクソ親父の影。偉大すぎる血筋の裏で、幼い頃の俺がどれほど惨めで、どれほど無力だったか。

生まれつき身体が弱く、ろくに魔法も使えなかった俺を不憫に思った親父が、俺の身体に滅竜のラクリマを埋め込んだ。そこから始まった、凄絶な拒絶反応との戦い。異物を身体に馴染ませるための、吐血を繰り返すような日々。そして、手に入れた力を自分のものにするために、誰の目にも触れない場所で、文字通り泥水をすすり、地を這うようにして積み重ねてきた、孤独で泥臭い鍛錬の数々。

 

それらを、このギルドに入って間もないはずの新人のガキが、まるで全てを知っているかのように突きつけてきたのだ。

 

ギルドの奴らは誰もが、俺の強さを『ドレアーの血筋だから当然だ』という言葉一つで片付けてきた。俺がどれほど裏で血の滲むような努力を重ねて這い上がってきたかなど、誰一人として見ようとはしなかった。

それを、俺を徹底的に叩き潰したはずのこの『異分子』が、今、真っ正面から指摘している。

 

驚愕と、混乱と、そして心の奥底に眠っていた複雑な感情が入り混じり、俺はグリアの顔をただ見つめることしかできなかった。だが、その言葉に救われたわけじゃねえ。血筋ではなく、俺自身の這い上がってきた過去をこいつが「嗅ぎ回っていた」という事実に、背筋に薄寒いものが走る。

 

 

「……随分嗅ぎ回っていたみてえだな、気味悪い野郎だぜ」

 

 

俺は低く吐き捨て、腫れ上がった拳を再び強く握り込み、グリアの瞳を真っ向から睨み返した。

過去を言い当てられたからと言って、俺のプライドが折れたままだと思うなよ。

 

 

「だが、最強の座をてめえに譲るつもりはねえ。ミラジェーンには負けたが、てめえにまで負ける気はねえ」

 

 

そうだ。ここで立ち止まってたまるかよ。

戦い方が傲慢で単調だと言うなら、叩き直してやる。旧時代の戦い方だと切り捨てられたなら、新時代ごとてめえを消し飛ばす圧倒的な武を練り上げてみせる。ミラジェーンのあの重い闇の拳も、グリア、てめえの底知れないあの絶望の魔圧も、俺の魂にしっかりと刻み込まれた。今度は俺が、その全てを上回ってやる。

 

 

「一先ずはじじいからマスターの座を奪うのはお預けだ」

 

 

俺はグリアから視線を外し、ギルドの建物の向こうにある空を睨みつけた。じじいを超えて、俺の力でこのギルドを塗り替えるという野望を捨てたわけじゃない。だが、今のままじゃまた同じ結果になる。まずはこの足元を固め、てめえら全員を力でひれ伏させるだけの真の『最強』にならなきゃ意味がねえ。

 

 

「てめえにもエルザにもミラジェーンにも……あの親父にも、負ける気はねえ」

 

 

俺自身の足で泥臭く這い上がってきたその過去ごと、俺はドレアーの血筋すら超える本物の怪物の力を手に入れてみせる。

グリアは俺の言葉を聞いても、冷徹な表情を崩さなかった。だが、俺の瞳に再び宿ったギラついた黄金の雷光を、奴は静かにその網膜に焼き付けているようだった。俺たちの因縁は、ここからまた新しく回り始める。

 

 

メインヒロイン誰が良い?

  • ミラジェーン
  • エルザ
  • ルーシィ
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