美女の多い世界に転生した 作:インフェルノ
ラクサスの背中がギルドの裏手の闇に消えていくのを、俺はただ静かに見送っていた。
彼の瞳の奥に再び灯った、あのギラギラとした獰猛な黄金の雷光。あれは完全に、己の限界を打ち破ろうとする「求道者」の目だった。
「……はは、やってくれたな」
誰もいない路地裏で、俺は額に手を当てて小さく自嘲の笑みを漏らした。
原作の知識を中途半端に振りかざして、ラクサスの歪んだプライドの根底にある孤独と努力を指摘してやった結果がこれだ。精神的に追い詰めてしばらく大人しくさせるつもりが、あろうことか、あの戦闘狂に最悪の『強化フラグ』を立ててしまったらしい。
だが、後悔している暇なんて一秒もない。これは俺自身の生存競争であり、そして何よりも、ミラジェーンさんの隣に居続けるための絶対条件なのだから。
(あの雷野郎は、間違いなくここから化ける……)
ラクサス・ドレアーという男の本質は努力の天才だ。戦い方の単調さを自覚し、血統という呪縛から解き放たれた彼が、死に物狂いで新しい『武』を練り上げてきたらどうなるか。原作の成長速度すら置き去りにして、爆発的な進化を遂げるのは火を見るより明らかだった。
対する俺はどうか。現在の俺の強さは、
ミラジェーンさんが愛し、リサーナを失った痛みを乗り越えてようやく取り戻しつつあるあの『大切な居場所』。それを未来永劫、完璧に護り続けるためには、俺があの雷野郎に負けることなど絶対に許されない。ラクサスがどれほど死に物狂いで強くなろうとも、俺は常にその二歩先、三歩先を行き続けなければならないのだ。
ドクン、と胸の奥が激しく、そして熱く拍動した。
心臓のすぐ隣に埋め込まれた、俺の力の源泉――『闇竜の魔水晶(デウスローグ)』が、ラクサスの残していった闘志に共鳴するように、悍ましい魔力を放ちながら狂ったように騒ぎ立てている。脳裏に直接、デウスローグの意志とも言うべき、冷徹で現実的な警告の言葉が突き刺さる。
『おい、お前……このままだと、原作開始の半年後くらいにはあの男に完全に追い抜かれるぞ』
「……分かっているさ。言われなくてもな」
俺は胸元を強く掴み、己の内側で暴れる闇竜の魔力を力ずくでねじ伏せた。
デウスローグの言う通りだ。原作知識にしがみつき、現時点でのアドバンテージに胡座をかいていられる猶予なんて、最初から一秒たりとも存在しない。ラクサスだけじゃない。これから原作が始まれば、ナツやエルザといった化け物じみた成長速度を持つ連中が、狂ったようなインフレの波を起こしていく。
マルド・ギールを少し超えた程度で満足している場合か。そんな中途半端な強さでは、これから訪れる『
「マルド・ギールなんか、遥か彼方に置き去りにしてやる……」
俺が進むべき道は一つだけ。俺自身が、フェアリーテイルというギルドそのものの『ルール』になれるくらい、圧倒的な存在になることだ。綺麗事だけで回っているこのギルドの思想を、俺はまだ完全には受け入れられていない。だからこそ、最悪の事態が起きた時には、俺の力だけでギルドの全てを支配し、ねじ伏せ、ミラジェーンさんの平穏を強引にでも護り抜く。それだけの覚悟と、誰も文句を言わせない絶対的な暴虐の力が必要なのだ。
(そのためには……泥をすするような修行でも何でもやってやらないとな…)
胸の奥を支配していた、異分子としての甘えや、原作の知識に頼った油断、そして「ミラジェーンさんの隣に立ちたい」という純粋な願いの裏にあった「独りよがりの焦り」。それらの迷いを、俺は今、完全に頭の中から消し去った。
俺は再び、地獄のような修行へと身を投じることを決意した。
まずは、このデウスローグの魔水晶から溢れる闇竜の力を完全に掌握し、炎の魔法と融合させ、さらなる高みへと昇華させる。ラクサスが黄金の雷を研ぎ澄ますというのなら、俺はその光すら全てを飲み込み、引き裂く、本物の深淵の闇を完成させてみせる。
ギルドの裏手の薄暗い影から一歩を踏み出し、俺は誰もいない訓練場へと向かった。
原作開始までの執行猶予の期間。この時間を一瞬たりとも無駄にはしない。俺の裡で脈打つ闇の魔力が、世界を塗り替えるための第一歩として、静かに、そして凶悪に咆哮を上げていた。
「倒したわよっ」
静寂を取り戻した切り立った岩山に、凛とした、けれどどこか弾むような声が響き渡った。振り返ると、ついさっきまで大地を揺るがしていた巨大な魔物の巨躯が、地響きを立てて崩れ落ちていくところだった。その巨体を背にして、銀髪をふわりと揺らしながらこちらへ駆け寄ってくる女性――ミラジェーンさん。その額には微かに汗が浮かんでいたが、その表情は信じられないほど晴れやかだった。
今回の依頼は、ギルド内でも最高峰の難易度を誇る「S級クエスト」。そしてそれは、俺と彼女がこれまで二人三脚で挑んできた、ミラジェーンさんの最後のリハビリでもあった。
悪魔の力を取り込み、己の肉体へと完璧に定着させるテイクオーバー。かつて失ったはずのその感覚を、彼女は今、この過酷な戦いの最中に完全に覚醒させ、見事に任務を達成してみせたのだ。
「……凄いです。やっぱりミラジェーンさんは、本当の意味での天才ですね」
俺の口から出たのは、お世辞でも何でもない、心の底からの称賛だった。
リハビリの終盤、あのラクサスを完膚なきまでに叩きのめし、さらにこの短期間でS級魔導士としての全盛期以上の出力を完全に自分のものにしてみせた。その卓越した魔法のセンスと精神力には、原作の知識を持つ俺ですら、ただただ圧倒されるばかりだった。
「ふふふ、そうかしら……。でも、私がこうしてまた前を向いて戦えるようになったのは、全部貴方のおかげよ、グリア」
彼女は少しはにかむように微笑み、慈しむような穏やかな表情を俺に向けた。
その視線の温かさに、俺の胸の奥が少しだけくすぐったくなる。俺はただ、彼女を護りたかっただけだ。彼女の居場所を壊そうとする要素を排除し、彼女が望む強さを効率的に引き出すための手伝いをしたに過ぎない。
けれど、そんな俺の思考を見透かしたかのように、ミラジェーンさんの穏やかだった表情が、不意にすっと真剣なものへと変わった。
彼女の青い瞳が、まっすぐに俺の瞳の奥を射抜く。
「ねえ、グリア。――私、貴方のことをもっと知りたいわ」
唐突な言葉に、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「貴方はいつも私の傍にいて、私のために戦って、私を支えてくれる。でも……貴方自身は、一体何を抱えているの? 貴方のその強さの裏にあるものが、私にはどうしても視えないのよ」
彼女の言葉は、俺の胸の一番深いところにある『秘密』に、静かに触れようとしていた。
俺がこの世界の住人ではなく、前世の記憶――いわゆる原作の知識を持っていること。そして、俺の心臓の隣に埋め込まれているのが、マルド・ギールすら凌駕する深淵の闇を秘めた闇竜の魔水晶『デウスローグ』であること。異分子としての孤独、そしてこれから始まる世界の崩壊(シナリオ)に備えるための焦燥。それらを、俺は誰にも明かさずに一人で抱え込んできた。
だが、それをこの世界の人間に、ましてや俺が何よりも護りたいと願う彼女に話せるわけがなかった。話したところで、ただ彼女を困惑させ、余計な心配をかけるだけだ。
「……大したものはありませんよ。正直、ミラジェーンさんが思っているような高尚な理由は、俺の中には多分ないも同然です」
俺はいつものように、感情をそぎ落とした平坦な声で、はぐらかすようにそう告げた。
ただ自分のために、そしてあんたのために強くなろうとしているだけだ、と。
そう言うと、ミラジェーンさんはひどく複雑な、切なげな表情を浮かべた。きゅっと唇を結び、少しだけ寂しそうに視線を落とす。
「そう……今はまだ、教えてくれないのね」
どうやら、俺の言い方が悪かったらしい。大したことはないという言葉が、逆に「お前には話せないほどの深い闇がある」という拒絶のように聞こえてしまったのだろう。完全に勘違いさせてしまった。俺が内心でしまっ、と焦りを感じたその時、彼女は再び顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの寂しさなど微塵も残っていなかった。代わりに宿っていたのは、炎のように揺らぐことのない、確固たる強い輝き。
「ねえ、私、もっと強くなるわ」
彼女は一歩、俺との距離を詰める。その小さな身体から、ぞくっとするほどの魔力の残滓が陽炎のように立ち上った。
「貴方の隣に並べるくらい、立派な魔導士になる。だから……」
「ミラジェーンさん?」
「貴方と一緒に、強くなりたいの。貴方がこのギルドの誰よりも、それこそマスターをも超えるような強さを求めて、死に物狂いで上を目指そうとしてるのは分かってる。……でもね、私はただ守られるだけの存在で終わりたくない。貴方の隣で、貴方の背中を支えられる存在になりたいのよ」
まっすぐな、あまりにも純粋で力強い告白だった。
ただ守られるだけの看板娘ではなく、俺と同じ地獄のような高みへ、自らの意志で登ってくると、彼女は宣言したのだ。
「今のミラジェーンさんで、もう十分過ぎるほど強いですよ。寧ろ、俺如きの隣なんて、勿体なさ過ぎるくらいです。あんたはもっと誇るべきだ」
俺の言葉は、本心だった。全盛期を取り戻し、新たな悪魔ヘルモスの力まで手に入れた今の彼女は、エルザやラクサスとも正面から渡り合える本物の怪物だ。これ以上強くなる必要なんて、どこにもないはずだった。
「そう、貴方はきっとそう言うと思ったわ」
ミラジェーンさんは、悪戯が成功した子供のようにくすくすと笑った。けれど、その瞳の奥の光は、絶対に退かないという意志に満ち満ちている。
「でも、私はやるの。私がそう決めたんだから。……だからね、グリア」
彼女は俺の手をそっと握りしめた。その掌は温かく、だけど驚くほど力強かった。
「いつか……貴方の心が決まったら、貴方のこと、全部教えてね」
彼女の目には、俺のすべてを受け止めるという、大人の、そして一人の女としての確かな覚悟が宿っていた。
(……彼女も、ここからさらに成長するというのか?)
繋がれた手の温もりを感じながら、俺の胸の奥で、言い知れぬ感情がふつふつと湧き上がってくるのを自覚していた。
俺はこの感情を、一体何と呼べばいいのだろう。……「楽しみ」にしているのか?
原作の知識に基づけば、ミラジェーン・ストラウスという魔導士の成長速度は、フェアリーテイルの主要メンバーの中では中盤以降、やや並みか、あるいは停滞気味になるはずだった。ナツやエルザ、ラクサスといった前線で戦い続ける連中のインフレ速度に比べれば、ギルドの看板娘としての役割もあって、彼女の強さはある一定のラインで落ち着くのが『公式の歴史』だった。
だが、目の前にいる彼女は、その原作の因果を、俺への想いというただ一つの熱量で、力任せに捻じ曲げようとしている。
俺を支えるために、俺の隣に立つために、本来のタイムラインには存在しない『さらなる高み』へ、自ら足を踏み入れようとしているのだ。
(クソ、本当に……ますます手が抜けなくなってしまったな)
心臓の隣で、闇竜の魔水晶(デウスローグ)が嬉しそうに、そして凶悪に脈打った。
ラクサスには死に物狂いの強化フラグを立ててしまい、今度は俺が護るべきヒロインであるはずのミラジェーンさんまでが、俺の想像を超えるスピードで進化を始めようとしている。
常に二歩先を行かなければ、あの雷野郎にも、そしてこの愛おしい女性の隣に立つ資格すら、簡単に追い抜かれてしまうかもしれない。
(本当に……この世界は面白いな)
誰に言うでもなく、俺の口角が自然と不敵に上がっていくのを止められなかった。
原作の知識なんて、もうただの目安に過ぎない。俺たちの手で、この世界の歴史はいくらでも書き換わっていく。
(これから、なんだな。俺たちの戦いは)
俺は握られた彼女の手を、今度は俺の力でしっかりと握り返した。
どこまでも見渡せる青空の下、俺たちは原作開始という大波乱の幕開けに向けて、それぞれの決意を胸に、静かに歩みを進め始めた。
メインヒロイン誰が良い?
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ミラジェーン
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エルザ
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ルーシィ